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ジョンレノン魂

Posted by 高見鈴虫 on 08.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
二学期の中間試験の前日、珍しく実家に戻ったのを狙いすましたように
夜も11時を過ぎてからコージがスグルをケツに乗せて遊びに来た。
揃って身長180を越える長身の二人がのしのしと部屋に入ってくると、
散らかり放題の俺の部屋がなおさら小さく思えた。

俺とコージは同じクラスで席もいつも隣り同士。
なんてことはない一番後ろの窓際の端っこの席はなにがあっても俺たちの指定席。
クラスの席替えなど俺たちにはまるで関係なし。
そんなことぐらいで文句を言わせるほど俺もコージもやわではなかった。

と言うのもコージはその当時不良の王道であった暴走族、
地元では有名な名門チームの顔役。
でかい身体に物を言わせて武闘派の筆頭と言われた男で、
一年の時の隣街チームとの大規模抗争の際には、
既に本ちゃんの杯を貰ったと噂のあった敵の頭とタイマンの一騎打ち。
本人言わせるところはっと気が付いた時には相手が白目をむいて倒れていて、
すわ、殺してしまったかと焦って揺り起こしたところをいきなり石で顔を殴られた。
その時の残り傷で今も鼻が横にひしゃげたままで、
その赤いニグロヘアーと潰れた鼻という壮絶な顔立ちで、
どこから見てもプロレスラー崩れの本ちゃんそのもの。
そういう俺も新宿で名の通ったパンクバンドのメンバーで、
当時珍しかったライダース。鋲付きのダブルの革ジャンを肩に引っ掛けてのチンピラ風情。
そんな俺たちがどこへ行っても、まるでモーゼの十戒のように目の前に道が開けた。

スグルのことは誰もなにも知らなかった。
不良の格好もしておらず髪は無造作なサーファーカット。
校内の不良連中とも付き合いはなく中型の免許さえ持っていない。
ほとんど学校には顔を出さないがたまにギブソンを担いでひょっこりと学校に顔をだしては、
登校拒否児童にしては異様な熱心さで授業を受け、
良い子とも悪い子とも訳隔てなくニコニコと会話しては、
職員室に呼びだされてもそのはきはきとした受け答えに、
たちまち鬼の生活指導をも丸め込んでしまう。
おまけにテストの時にだけは出席してはそれなりの点数と取るものだから、
たぶん大学受験を目指し、学校を休んで受験予備校に通っているのだろうと、
その出席率は多めに見られているというところだった。
そんな訳で果たしてスグルがいったいなにをやっていたのか誰も知らなかったわけだが、
実は俺とスグルは裏の顔、つまりはバンドマンの世界においては既にそれなりの有名人。
俺はすでにロック雑誌やらテレビの音楽番組にも出演していたし、
スグルはスグルで凄腕のギタリストとして地元の音楽少年たちの間では憧れの的。
ジャンルは違うもののお互いに本ちゃんのミュージシャン志向、なんだかんだで意識はしていたのだが、
そんな俺たちが、たまたま小銭稼ぎで借り出された米軍キャンプのパーティバンドで顔を合わせてからは一挙に親近感が増し、それ以後ちょくちょくと俺のバイト先やあるいはライブの楽屋に顔を出しては、よおよおと親交を深めていたのだ。


そんな訳で俺とコージはクラスメイトということで、そしてスグルとは音楽仲間ということでふたりとも仲が良かったのだが、コージとスグルはなぜ仲が良くなったのか。
多分俺を介しての知り合ってそのままでかい同士でつるみ始めたというところなのだが、
そんなスグルがこの夏を前にしたあたりから学校はおろか地元のロック少年たちの間からも姿を消した。

まさかどこかでトラぶっているのか、とそれとなくコージにも漏らしていたのだが、そんな訳でコージのケツに乗せられて登場したスグル。

ドカチンやらバーテンやらのバイトを続けながら、プロのバンドに混じってちょくちょくキャバレー巡りのツアーに出ていたらしい。

箱バンかよ、と俺は思わず眉をしかめた。お前のテクで勿体ねえ。お前だったらスタジオの仕事ぐらい楽にこなせるだろに。良かったらバンド紹介するぜ、まあジャンルは違うけどな。

金、とスグルは肩をつぼめた。金が必要なんだ。

かね?

そう、金。もうロックだなんだなんてガキの遊びはやってられなくてな、とちょっと意味深な表情のままステレオの前のレコードラックをあさっていたかと思うと、あったあった、とその時ばかりは目を輝かせてLPレコードをターンテーブルに乗せる。

マジカル・ミステリー・ツアー。ビートルズか。。

もちろんこれは俺の物ではない。
誰かに借りたままになっているのか中学時代の忘れ物か、あるいは多分スグルのものであったかもしれない。

コージはそんな俺たちの業界話を大して興味もない風に、またいつものようにベッドに寝ころんで枕元に投げ出されたままだった読みかけの文庫本を読み始めている。
見るからにヤクザ然としたこの男が文庫本を読み耽る様はいかにも似合わないな訳だが、俺のツレで本を読む奴なんか一人もいねえからな、ここに来た時にしか本が読めないんだよ、と真顔で答えては遊びに来るたびに本ばかり読んでいるのだ。

という訳で、スグルはビートルズを聴き、俺はタバコをふかし、そしてコージはベッドの上で村上龍のコインロッカーベイビーズを読んでいた。

マジカルミステリーツアーのA面の最後、I am the Walrus の途中で、スグルはいきなり針を上げ、そしてB面に変えてしまった。
俺はその頃はすでにビートルズはとっくに卒業し、最近ではまったく聴くことがなくなっていたのだが、しかし、やはり改めてジョンレノンの曲だけはいつ聴いてもいいな、と思っていた矢先のことだった。

なんで変えるんだよ、と俺が笑いながら文句を言うと、スグルは、ジョンレノンは難しすぎるだろ、とベッドのコージに顎をしゃくって笑ってみせた。

そしてB面、ハローグッドバイがかかり、そしてスグルが一緒に歌い始めた。

な?やっぱりポールマッカートニーだろ、な、そうだよな、コージ。

あ?さあな、ジョンもポールも俺にはどっちでも関係ねえな、とベッドの上からコージが言った。

お前ら、こんな英語の曲聴いた面白いのか?歌詞の意味も判らねえでさ。

判るさ、とスグルが言った。その言い方には不良っけがまるでなく、あるいは不良の振りをすることにまるで興味を示してさえいないスグルらしいストレートな口ぶりだった。

You say yes, I say no You say stop and I say go go go,
oh no You say goodbye and I say hello
Hello hello ~ I don't know why you say goodbye, I say hello

ハローハロー、さよならとは言わない、いつもハロー、いつも明るくポジティブに、ってことだろ。

まるでがり勉のガキの小生意気な講釈のようなスグルの口調に、コージはむっとして身体を起こして、まさか、と言った。まさかそんな簡単な英語の訳ねえだろ。まるで中学生一年生じゃねえか。おい、もう一回聴かせろよ。

そして俺たちはもう一度ハローグッドバイを聴いた。ハローハロー、さよならとは言わない、いつもハロー。

本当だ、とコージは言った。中一の英語でもちゃんと意味が通じるんだな、と今更関心している。

だがな、とコージが続けた。なんか心が篭ってねえっていうか、軽すぎるって言うかさ。

それは英語の意味がわからないからだろ、とスグルが笑った。

ROCKだからな、と俺も言った。浪花節の演歌とは訳が違うぜ。

スグルと俺に笑われてコージはちょっと微妙な顔をして首を傾げている。

でもよ、これだったらやっぱりまだヤザワとかショーケンの方が判りやすいっていうか、心にぐっとくるって言うかさ。

OKと、スグルは軽く言った。ちょっと待ってろ。

まさかシド・ヴィシャスのマイウエイでもかけるつもりか、と思ったら、いきなり鐘の音が響いた。

ジョンの魂。一曲目はマザーだ。

Mother, you had me. But I never had you
I wanted you. But you didn't want me.
So I got to tell you
Goodbye Goodbye

Father, you left me, But I never left you
I needed you. But you didn't need me
So I just got to tell you
Goodbye Goodbye

Children, don't do What I have done
I couldn't walk And I tried to run
So I got to tell you
Goodbye Goodbye

Mama don't go Daddy come home

どういう意味なんだ?と言ったコージにスグルは歌詞カードを渡した。
歌詞カードを睨みながらコージがぶつぶつとなにか呟いている。

だから、とスグルは再びレコード針を戻してもう一度聴きなおす。

おかあさん、あんたは俺を持ったけど、俺はあんたをもてなかった、ってことだろ。なあ、HAD ってどういう意味なんだ?持ったてことだろ?

つまりよ、と俺はできるだけ薀蓄口調にならないようにビートルズ、そしてジョンレノンについて説明を入れた。

という訳で、ビートルズはいかにも平和な良い子向けって音楽ってされてるけどそれは誤解で、
ほら、初期のアルバムはみんなロックンロールばかり。

特にこのジョンレノンってのはまさにガキの頃からリバプールのゲットー暮らし。
親父にもお袋にも捨てられて育った筋金入りのど不良。

確かにジョンレノンは鼻が曲がってるよな、とスグルがコージを見て笑う。

ビートルズがか?この坊ちゃん刈りのグループサウンズみたいな奴らがか?

ほら、とスグルが俺の本棚からビートルズ関係の本を引っ張りだしては、
ほら、ほら、これも、これも、とハンブルグ時代の白黒写真を並べて見せる。

これがジョンレノン?この革ジャンのリーゼントがか?
そう、これがジョンレノン。
すげえな。バリバリだ。昔の方が格好良いな。
確かにな。みんなジェームス・ディーンみたいだ。

なんだよ、ジョンレノンって孤児だったのか?
叔母さんに育てられたって言ってたがまあ捨てられて引き取られたんだろうな。
有名になってからは猫を被っていたが実際はかなりとんでもない奴だったらしいしな。

で?とコージが身を乗り出した。単車にでかでかと日章旗を貼っているようなコージが、洋楽にこんなに興味を示す姿を見るのは以外だった。

ビートルズも初期の頃は一般向けでよい子の歌ばかりだったのがさ、そのうちあんまり有名になりすぎて、で、金も入って余裕かましてか、だんだん訳の判らないことをやり始めたんだよ。

ホワイトアルバムとかな、とスグルが笑う。

実験志向っていうかさ、新しい音楽に挑戦し始めたんだよ。
で、特にジョンレノンがさ、もう思い切り言いたいことを言い始めてさ。ドラッグのこと歌ったり、キリスト教こけにしたりとか、ベトナム反戦とか言ってアメリカに喧嘩売ったりとかな。

例えばさっきのストロベリー・フィールズ・フォーエバーとかさ。

イチゴ畑よ永遠に、ってことか?

ってことなんだけど、実はガキの頃の不良のガキたちの溜まり場のことらしくてさ。

で、なにを歌ってんだよ。

簡単に言えば、俺たちの溜まり場に連れてってやるぜ。らりらりでご機嫌よろしく、カタギでいるのがまったく馬鹿らしくなるぜ、みたいな感じかな。

まじかよ、あれはそういう歌だったのか、とスグルが改めてマジカルミステリーツアーの歌詞カードを見直している。

これ、溜まり場の歌だったのか。

ど貧乏だったジョンレノンは孤児院のガキしか友達が居なくて、でその孤児院の奴らとつるんでいた場所らしいな。

そこでシャブとかアンパンとか食ってたんだろうな。俺たちとかわらねえや。

女連れ込んだりとかな。

目を閉じてればかたぎの振りすんのも大したことねえが、俺にはそれもどうでもいいとかな。

なんか、まじそんな感じだったよな、やり部屋にたまってた頃。

なんだよ、ビートルズってそんな奴らだったのかよ。エジソンとかベートーベンとかみたいなもっと立派な人かと思ってたぜ。

ジョンレノンなんてこの面構えだぜ。喧嘩上等でヤクザ者を顎で使って女は孕ますかみさんぶん殴って離婚はする、のとんでもない奴だったらしいしな。

まあ金もっていてればな。

金ができる前の話しさ。金持ちになったら反戦運動を始めたんだよ。まったく変わってるよ。

つまり、世界相手に喧嘩売ってもてめえの道を通したってことだろ。極道のきわみだな。

で、さっきのマザーって言うのは?

そんなジョンレノンがさ、ビートルズが解散したあと、いきなり自分のことを歌ったんだよ。

このマザーか?

そう、思い切り自分の自分による自分のための歌を歌ってさ。

ジンジャーエールじゃなくて、なんて言ったっけ、そういうの。

心情吐露だろ、と俺は笑った。

じゃあこれ歌ってるのって本当のことなのか?

そうだろうな。こいつ親いなかったしな。かなりやばかったんだろうな、ガキの頃。。

親に捨てられたんだな、こいつも。。

そしてコージはその後、繰り返し繰り返し10回も20回もマザーばかりを聞き続け、
そしてふっと立ち上がると、悪い、これ借りるぜ、と読みかけのコインロッカー・ベイビーズに加えて、スグルが床にぶちまけたビートルズ関連の本をかき集め、そしてジョンの魂の歌詞カードを四つ折りにしてケツのポケットに突っ込むと、
じゃな、も言わずにそのまま部屋を出ていってしまった。




なんだよあいつ、と俺は首を傾げた。なに怒ってやがるんだ?

コージの前では決してタバコを吸わないスグルが俺のショートホープを一本取って火をつけた。

やばかったかな。。

なにが?

実はよ、とスグルが言った。

さっきいきなりコージがバイト先の店にやってきてよ。で、飲ませろっていうからさ。いったいどうしたんだよって話聴いてみたらさ、なんか、あいつ親父さんずっと居ないままだろ?で、したら今度はお袋さんまで姿消しちまったらしくてさ。

まじかよ。どこいったんだよ。

で聞いてみたらさ、それも今日に始まったことじゃないらしくてさ。妹なんて慣れたもんでそのままさっさと荷物まとめて親戚の叔母さんのところにいっちまったらしくてさ。でコージの奴、家に一人らしいんだよ。

だったらそれこそ好き放題じゃねえか。

いやでもさ、うちもそうだが実際に親が二人ともいなくなっちまうとかなりきついぜ。まあ俺らガキどもも好きなことしてる訳なんだけどさ、実際にそんな大人たちに好き勝手やられちまうとさ、なんとなくな、ショックなんだよ。
で、あいつ、俺のせいかな、俺がぐれたせいかな、とかさ、妙に気にしちまってるみたいでさ。

あいつらしくねえな。

そうか?あいつ俺の前ではいつもそんなだぜ。

コージがか?

ああ、こないだも女のこととか愚痴愚痴言ってはひとりで泣いてたぜ。

泣いた?あのコージが?ありえねえよ。

あいつもさ、いろいろ大変なんだよ。うちの店でひとりでぐでんぐでんになって俺が部屋まで運んだりとかざらだぜ。

ぜんぜん知らなかったぜ。

おめえはまだバンドでがんばってるからな。邪魔したくなかったんだろ。

俺とコージはまあ似たようなかてーのじじょーを抱えてたからな。まあ似たようなかんきょーで育ったっから俺には言いやすかったんだろ。


という訳で、もともとコージのケツに乗せられてやってきたスグルはコージが先に帰っちまったことから行く場所もなく、結局朝まで俺の部屋で過ごした後に、いつものように迎えに来たシューイチのXJに三人乗りで駅まで送ってもらった後、じゃな、と手をふって学校とは逆方向のホームへの階段を下りて行った。

おい、スグル、どうしたんだよ、学校行かねえのかよ。

いや、俺はもういい、ってか、実はそれどころじゃなくてよ。

その言い方がなんとも引っかかり、んだよ、お前、どうしたんだよ、と後を追った俺はそのまま学校とは逆方向の各駅電車に乗り込み、そして何も言わないスグルの後について見たこともないバスに乗り、そして簡素な住宅街に着いた。

お前、本当に来るのか?とスグルは行った。
だからなんのことだよ。正直に話せよ。
話したからってどうなる訳でもないんだがよ。
おまえ、水臭えな。
このことはコージしか知らなくてよ。学校にばれたらまずいんだよ。

とふと立ち止まった家。豪邸とは言わないまでもそれなりにかなり金持ちそうなその二階建ての白い家。

待ってろ、中から開けてやるから、とスグルはそのまま家の裏庭に廻り、そして生垣に両手をかけて屋根によじ登ると二階の部屋のカーテンの中に消えて行った。

という訳で一人家の前で取り残された俺は、見るともなく表札を眺めていた。

柏崎。カシワザキ、かしわざき。。。かしわざき・みわ!

柏崎美和は一年の時に隣りのクラスに居た子で、確か美術部かなにかの、目立たないおとなしい感じの女子だった。髪を染める訳でも化粧をするでもなく、いかにもどこにでもいそうな普通の女の子。ただ、そう、確かに、顔立ちはどことなく外人めいていて、大人になった綺麗になるだろうな、とは思っていた覚えがある。

が、その柏崎美和が、この夏休み中に学校を休学した、という噂を後になって聞いた。
どうも親の仕事の関係で一時的に海外に引越した、とのことだったのだが。
まさか、とあの柏崎美和のいかにも純潔そうなぱっとしない制服姿を思い出して、まさかあのまじめ子ちゃんが夏の間に魔が刺して妙なチンピラにこまされては不良街道をまっさかさまなんてことは。。まずありえないだろう。

ってことは。。

玄関のドアが開き、よう、とスグルが顔を出した。上がれよ。大丈夫、誰も居ないから。

おい、スグル、柏崎ってあの柏崎美和か?そんな俺の質問には答えず、スグルはいかにも慣れた風に二階への階段を登っていく。

あ、そうだ、靴もって来たか?とスグルが振り返る。
もちろん、と俺は手に持った靴を示す。
さすがだな、とスグルがいかにもうれしそうに笑った。おまえ、本当にどうしようもねえな。それでこそダチだよ。

みわ、と書かれた花柄の札の下がったドア、静かにな、いま寝ているから、とスグルが言った。

まじかよ、もしかして。。。強姦?と俺は思わずスグルの顔を見つめた。俺、つっこみは嫌だぜ、女にそれほど困ってねえし。俺こう見えてもフェミニストなんだよ。

つっこみ?フェミニスト!? 馬鹿かお前は、とスグルは笑った。必死に声を押し殺しながら、しかし腰を折って床に手を着くぐらいに笑い続けた。

とそんなことを言っていたら、すっとドアが開いて、そして暫く見なかった柏崎美和が、記憶にある顔と比べてかなりふっくらとして、そして長く伸びた髪をおでこの上に輪ゴムで束ねた姿で、いらっしゃい、とにこりと笑った。

静かにね、いまやっと寝たところだから。

そのいかにも高校生の女の子の部屋。ピンクのカーペットにピンクのベッド。本棚に並んだ受験参考書と国立大文型受験用の赤本。
そんな中、いきなり目に付いたのはビートルズのポスターと、そして。。。。揺りかご。

揺りかご?

ほら、とその揺りかごを覗き込みながら、スグルがそして柏崎美和がくすくすと笑っている。

ほら、寝ている寝ている。
おお、寝ている寝ている。

ミルクはよく飲んでるのか?
うん、凄いの。もうおっぱいもミルクももの凄い勢いで飲みまくってて、おかあさんも驚いてるの。私はぜんぜんミルク飲まない子だったらしくてさ。お父さんに似たのかね、大きくなるね、って。

ミルク?おとうさん?

生後間もない、青いタオルケットに包まれているってことは男の子。
まだ人間というよりはサル。まるでおもちゃのような楓の葉よりも小さな手をのぞかせてはすやすやと寝ているその赤ん坊。

もしかして。。。!?

8月に生まれたの。ちょうど夏休みの時で良かった。
お前、学校辞めたのってこれが理由?
いちおう休学ってことにはなってんだけどさ、とスグル。
お前ら結婚したの?
できるわけねえだろ、高校二年生で。
で?
で、なんだよ。
どうするつもりだよ。

とりあえず、ちょっとこいつが落ち着くまで待って、たぶん来年度から一年遅れで復学しようと思うの。一応勉強はやっているし、その気になれば大検って手もあるし。

大検?行けるのか?おおお言ったな、とスグルがちゃかす。

もちろんよ。あんたもがんばりなさいよ。今日は中間試験でしょ?なんで学校行かないのよ。このまま行ったら退学になってもう大検以外には方法なくなっちゃうよ。

スグル、お前、学校辞めるのか?

もう学校なんて言ってる場合じゃねえよ。いずれにしろ俺はプロになるんだよ。ミュージシャンに学歴なんか関係ねえだろう。だったら高校なんかもう行かねえ。大学も行かねえ。みんなみんな時間と金の無駄だ。俺はこのままバンドマンでやってく。箱バンでもなんでもいい。金を稼ぐ。二人で暮らすにはもうそれしかねえ。

二人で暮らす?

そうさ、いつまでも親元に置くわけにはいかねえだろ。

おかあさんはまだ判ってくれているんだけど。。

おやじさんがさ、やっぱ怒っちゃってさ。ほら、ここ、傷になってるだろ?ゴルフのクラブでぶん殴られた。

そう、実は、って言ったらいきなり。。

スグル避けなかったよね。

まあ、覚悟はできてたしな。

頭から血出しながらぜんぜん避けなかったの。私怖くて。

殺されてもしかたねえと思ってたしな。それぐらいのことはされるだろうと思ったし。包丁でぶすりよりはまだ良かったぜ。

スグルらしいな。

だろ?こういうときにこそ男張らなくっちゃ、と思ってよ。

で?

で、今はそう、こうやってさ。

おかあさんは見てみぬ振りって言うか、この時間には犬の散歩に出てくれるの。

で、間男か?

間男じゃねえだろ。ちゃんと結婚するつもりなんだしさ。

だからスグル君、その為にはちゃんと大学入りなさいよ。いまどき大学も出ないでどうしようっていうの?

だから俺はそういうの向かねえんだよ。俺はバンドマンでやっていく。プロのミュージシャンとしてちゃんとお前を食わせる。今に見ていろ、絶対に絶対にビッグになってやる。

という訳で、下の玄関のベルがちりんと鳴って、三人は顔を見合わせて頷く。

じゃな、また明日来るから。

うん、ねえ、夜に来れそうなら電話する。今日おとうさん出張に行くかもって言ってたから。XXくん、きてくれてありがとう。でも。。。学校の人には誰にも言わないでね。

言えるかよ、こんなこと、と俺は笑った。金八先生でもあるまいし。

馬鹿、あれは中学生だろ。高校にもなればこれぐらいざらにあるぜ。後ろめたいことなんかこれっぽっちもねえさ。

という訳でこそ泥よろしく屋根伝いに生垣の隙間を抜けて再び静まり返った午前中の住宅街。

改めて、さっきのあの柏崎美和の見せたあの朗らかな笑顔。
あれはまさに、高校生の美少女というよりはまさに若き母の顔。そしてその鮮烈な美貌がまぶたに張り付いて離れない。
そしてスグルである。いつになく幸せそうなまるで満たされ切ったそのにやけた笑い。

なあスグル、と俺はその長身を振り返る。

お前、まじでどうするつもりなんだよ。

どうするもこうするも、どうにかする以外ねえだろ?

まあそうだが。

どんな方法を使っても、たとえなにをやっても、どうにかするしかねえんだよ。

まあ確かにな。

だったらどうにかするさ。それしかねえんだしさ。

とスグルは空を見上げながらまるで他人事のような気楽さでそう繰り返した。

ジョンレノン、とスグルが言った。

ジョンレノン。ジョンレノンが護ってくれる。

ジョンレノンが?

そう、ジョンレノンだけはおれの味方だ。ずっとそう思って生きてきた。だからジョンレノンがいる限り俺は大丈夫だ。ジョンレノンが教えてくれた。俺はずっとジョンレノンで行く。

ジョンレノン魂、か。

そう、ジョンレノンの魂だぜ。


その後、スグルは学校を辞めた。
本格的なプロのバンドから誘いがかかったらしい。
歌謡曲のバックバンドではあるが、ツアーの予定にホノルルが含まれているらしい。パスポートってどうやって取るんだ?高校生でも取れるのか?とまじ顔で聞いてきた。

俺はこのまま、なにがあってもプロでやっていく。音楽で金を貸ぐ。音楽で飯を食い、音楽で女と子供を養う。見てろよ。俺は絶対に音楽で食ってやるんだ。

コージはその後、暴走族を辞めた。
野球部のように頭を丸め、眉剃もやめ、ヤクザの服装もいっさい捨ててしまった。
一度そんなコージのケツに乗っていた時、見知らぬ暴走族に囲まれたことがあった。
相手は四人。まあその気になれば余裕だろうと思っていたが、当のコージは胸倉を掴んできたガキを前に啖呵のひとつも切らずに黙っているばかり。
んだこら、舐めてるのか、と殴りかかってきたガキを前にようやくコージが口を開いた。
あんなあ、お前ら、俺を殴ったからっていって何がどうなる訳でもねえだろう。
俺の前で強がって見せて、俺をぶん殴って、それで結局なにが言いたいんだよ。

なんだてめえ、俺に説教くれようっていうのか、といきり立つがきの後ろから、
あの、ともしかして、コージさんじゃないですか?ともうひとりのガキが言った。
もしかして、あの、ピエロの特攻隊長だった、コージさんじゃないですか?

コージはそれを聞いてにやりと笑った。そんな奴聞いたこともねえな。

途端に萎縮しまくったガキどもを前にコージが言った。

ラブ!愛と平和だぜ。こんなチンケな街で、族同士が潰しあってどうすんだよ。俺らが喧嘩しなくっちゃいけねえ相手はもっと他にいる筈だろうが。いいか愛と平和はな、ガチの喧嘩で勝ち取るものなんだよ。この世には天国も地獄もねえんだ。幸せは与えられるものじゃねえ。自分の手で勝ち取るものなんだよ。よく考えろ。

おい、コージ、おめえ、いったいどうなっちまったんだよ、と呆れる俺も促してメットを被りなおしながら、この単車もそろそろ売っちまおうかな、とちょっと寂しそうに笑った。

その後、コージはそれまでの一切の腐れ縁を断ち切って大学現役受験に向けて猛勉強。銀縁の丸眼鏡にいつも参考書を抱えたその姿は、誰がどうみても暴走族の特攻隊長だったコージとは信じられなかったに違いない。
そんなコージを見て、実は俺はちょっと淋しかった。


その後、奴らがどうなったか知らない。

俺はその後も家を追い出され学校を追われ警察に追われヤクザに追われ、その代わりにひょんなことで誘われたパンクバンドがまったくひょんなことからマスコミに取り上げられて大人気。高校生のうちからプロのパンクロッカーとしてメジャーデビューを飾るうことになり、と相も変わらず波乱万丈の日々の中で高校どころではなくなってしまったのだ。

その後、レコード会社や芸能プロダクション関係の人を紹介されるたびに、もしかして、XXスグルというギタリストは知らないか、と尋ねて廻ったが噂を聞いたことはない。

打ち上げの後に夜の盛り場を歩くとき、がたいのでかいヤクザをみかけては思わずコージかとがん見してしまってはちょくちょく要らぬ厄介に巻き込まれたりもした。
そう言えば、あいつ東京理科大に入ったって言ってたよな。だったらいまごろヤー公なんてやっている筈もねえか、と苦笑いをしたものだ。

そして俺たちは歳を取った。

いまはすっかりふつうのおじさん。

いつのまにかジョンレノンの死んだ年齢さえ通り越してしまったようだ。

そしていま、ダコタハウスの前で再び、ジョンレノン、と呟いてみる。

ジョンレノン。。そう、ジョンレノンだけはおれの味方だ。ジョンレノンがいる限り俺は大丈夫だ。

あの時、夏の過ぎさった後の秋晴れの空に吼えたジョンレノン魂、いまもしっかりと俺の血に肉に刻まれている。

そして多分、あいつらだってきっとそうだろう、と確信もしている。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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