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AMERICAN BITE その六

Posted by 高見鈴虫 on 16.2014 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
果たして捨てる神あれば拾う神あり。

そんな絶体絶命であった俺を助けてくれたのは、
まずはコリアン教会の人々。

似たような顔似たようなメンタリティをしながら、
まったく言葉の通じないこのコリアンという人々から、
ジーザスも仏陀も関係なく、
ただご飯を食べにおいで、と誘ってもらったのだ。

いや、俺は宗教は・・と二の足を踏んでいたのだが、
果ては家にまでそのご飯をお持ちいただけることになって、
ここアメリカに来て初めてありついた銀シャリ。
これには正直言って、まじで、涙がこぼれるぐらいにありがたかった。。

その後、なんだかんだで知り合いが増えた。

アメリカ中、どんな田舎街に言っても必ず生息している日本人留学生。
なんの因果かこんな地の果てにすっとばされた日系企業からの駐在員。
がしかし、これらの人々と俺とは根本的に立場が違っていた。

俺はまさに移民であった。
つまり、日本からの援助がまったくなかったのである。

米国に着いてすぐに必要になったのは車である。
米国において車とはまさに靴。
これがなければどこにもいけない。
タバコどころか、食料さえ、あるいは、仕事にさえ行けない。

という訳で日本から用意してきた資金のほとんどがこの車代に消えてしまったため、
俺はまさに日々の食費にも困る状態。
近所のスーパーで買った99セントの食パンとそして缶詰め。
これこそが俺の食事のすべて。

そんな時、なんだかんだと手を差し伸べてくれた人々がいる。
戦後の混乱期に米軍兵と結婚して渡米した「戦争花嫁」と言われた人々。

この間違えてやってきた日本人移民の身を憐れんでか、
子供たちの日本語の先生に、なんて今考えてくれるとあまりにもやさしい心使いで、
なんのかんのと世話を焼いてくれた。

そんなこんなでようやく、
それまでただひとりアパートの床に転がって英語の参考書と格闘する日々が、
なんだかんだと誘いをかけてもらっては、近所の安いファストフードでビールを飲んだり、
週末のオープンバーのコンサートや、日曜品の買い物から中古家具から、
となんとか人間らしい生活ができるようになってきた。

そんな中、助けてくれたのはやはり、アジアの人々である。

コリアン、チャイニーズ、ベトナミーズとフィリピン人のひとびと。

これらの人々のコミュニティーに招かれるたびに、まるで家族同然に扱ってくれて、

取れたボタンから面倒な契約書問題からポンコツ車の修理から日々の食事まで。

あの人たちのことを考えると、いまでも足を向けて眠れないと思う。

そんなわけで、俺は最近の日本のネトウヨ、やれコリアンがどうの、中国がどうのと軽口を叩く輩が、
どうしても勘弁ならない。

俺の命の恩人たちを侮辱する奴らは生かしておけない。

もしもの時には、俺はアジアの人々を擁護するためになんでもするつもりだ。
それが日本の何か勘違いした人々とぶつかることになるなら、俺はアジアの人々の側にまわる。

改めて言う。日本を出た日本人が世界でたった一人になったとき、頼れるのはそんなアジアの人々なのだ。

あそこまで追い詰められた俺を救ってきれた人々。

俺はその恩を一生忘れはしない。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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