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「僕」ってなんだよ馬鹿やろう

Posted by 高見鈴虫 on 18.2014 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
小説とかを読んでいると、
主人公が自身を「僕」と呼んでいることが多いのだが、
正直いって気味が悪い。

それだけで、ああ、これは絵空事、とすぐに興ざめの気分、
すぐに読む気が失せてしまう。

なぜなら、
俺はこれまで、自分のことを 僕 と呼んだことは一度もない。

あるいは、自分のことを「僕」という奴に逢った覚えがない。

仕事上では「わたし」あるいは「わたくし」、
そして仕事を離れれば「俺」に戻ってせいせいすらあ、と一息。

つまり日本男児のほとんどが、自身を「俺」と定義している筈、と俺は考える。

がしかし、文章になると必ずと言ってよいほど「僕」になるのは果たしでどういったことか。

そう言った取り決めでもあるのだろうか。

あるいは、この時代にちまちま小説なんか読んでいる奇人変人に限っては、
自身を「僕」と呼ぶ風習でもあるのか。

あるいは、やはり。。。あのハルキムラカミの影響なのであろうか。。。

自分で自分をどう呼ぼうが勝手だが、まさか便座に座って小便するのだけはやめてくれよな、
とまた余計なことを言わせて貰う



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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