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「鎮魂歌~ロックの殉教者たちへのレクイエム」

Posted by 高見鈴虫 on 06.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
かみさんのいない土曜の夜。またひとりストーンズである。

朝から晩までエンドレスにして徹底的にストーンズ。
まるで禅の修行のように、ローリング・ストーンズを聴き続けるのである。
かみさんが里帰りをする度に、おれはこれをやる。
言ってみればこれは命の洗濯、などでは決してない。
それは寧ろ鎮魂歌。
普段は封印している己の過去の轍、
そして消えていった奴らへの、弔いの歌、なのである。

もうなにもかもが時効だろう、と思っている。
そのかわりどれだけ手を伸ばしても、
すでに遠い彼方に過ぎ去ってしまった日々。
罪悪感や失望や、悲しみも怒りもすでに色褪せた今、
嘗てはあれだけ苦々しく、時として悔み切り、
記憶の中に固く封印し続けていた様々な事柄が、
このストーンズの音とともに一挙に解き放たれていく。

果たしてあれがなにであったのか、
ちょっとは距離を置いて考えてみることも可能になってきたのかもしれない。

そして今、改めて思い起こすあの頃。
俺達がストーンズであった頃のこと。

痩せ細った身体でいつも腹を減らし、疲れきり、
深夜の地下鉄のホームに崩れ落ちていた頃。

膝の破けたリーバイのスリム。
鋼鉄入りのワークブーツに馬鹿でかいキャッツアイ。
ヤニと汗の染み込んだライダースの革ジャンと、
尻のポケットにジャンプ・ブレイド。

さっきまでのギグの耳鳴りが身体中にジンジンと響き、
朦朧とした意識の中から、
いつか人生を変えてくれるフレーズが閃くことを信じて。

来ない電車を待ちながら、
ああ、今晩はどの女のところに転がり込もううか、
と考えていた、あの野良犬のような日々。

俺たち、これからいったいどうなってしまうんだろう。

誰もが口に出さないながら、
誰もがそんな焦燥に駆られていた中、

シオンが死んだという知らせが届いたのは、

まさにそんな時だった。





「シオン - IT'S ALL OVER NOW」






バンド関係者のひとりであったシオンが死んだ。

台風の夜に酔っ払って街をうろついていたところを、
下手な喧嘩に巻き込まれて袋叩き。
半殺しにされてそのままドブ川の中に落ち、
見つかったのはその三日後。

都市の汚濁の底。
下水に浸され、淀みに浮かんだ廃棄物中で、
ゴミ袋のように膨れ上がった姿だった、と聞く。

都会のドブネズミを自称していた俺達にとって、
似合いと言えばこれほどまでに似合いのも最期もない。

まさに完璧じゃねえか、と俺たちは鼻で笑いながら、
しかし、そう、そこに初めて、
俺たち、これからどうなっていくのだろう、
というモヤモヤとした不安に対する、明確なヴィジョンを見たのだ。

そうか、死ぬのか。。。ああやって。。。。

だが、痩せ我慢だけは一丁前の俺達は、それさえも笑い飛ばそうとした。

面白えじゃねえか。死んでやらあ。ドブの底でよ。



駅前の雑貨屋で小銭を集めて黒いネクタイを買い、
それを使い回しにしながら、ご焼香ってどうやってやるんだ?と肩を小突きあって、
そんな葬式の場では親類一同から目を背けられ、
挙句の果てに、お願いですから帰ってください、と母親に泣かれた。

俺達のダチだったってのによ、
お茶のひとつも出さねえで追い返すなんて酷えじゃねえかなあ、
と見当違いに腹を立てる奴らのケツを蹴りあげながら、
馬鹿野郎、塩撒かれなかっただけでもありがたいと思えよ、と笑った。

撒かれてたぜ、塩、とタバコに火をつけながら誰かがボソリと言う。
そうか、撒かれてたのか、塩。

そしてまた誰もが黙り込んだ。

で、襲ったのはどこのどいつなんだよ。
知らねえよそんなもん。
判ったからってなんだってんだよ。落とし前でもつけるってのか?
どうせ通りすがりのダサ坊だろう。
またあいついつもの奴で誰かれ構わず因縁つけて、
金貸してくれだなんだって絡んだんだろう。
でもさ、あいつ、わりとちゃんとしたところの生まれだったんだな。家を見て驚いたぜ。
かあちゃんもわりと行けてたしさ。
あの隣りにいたねーちゃんだれよ。喪服姿、なんかピンピンって来ちまったな。
そうそう、おやじさんも立派なカタギだったしな。
大学教授だってさ。なにやってるか知らねえけど。
どおりで。立派そうな家だったなよな。
なんであいつ、あんな家に生まれたのにあんなになっちまったのかな。
そりゃ、つまりは。。俺たちみたいのとつるんでたからだろ?
友達の悪影響って奴か。
そう、悪影響だろう。塩ぐらい撒かれて当然だよ。面白え、上等だぜってところじゃねえか。
ここまで鼻つまみになれたのもロックンロール冥利に尽きるってところだな。
馬鹿馬鹿しい。やってられねえな。

そんな俺達の後ろから、肩を寄せてはシクシクと泣く女たちがうざったくて、
うるせえぞ、ブスども。昼間からビービー泣いてるんじゃねえよ、と怒鳴りつけて、
そしてそんな自分がつくづく嫌になった。

何人かはバイトに消え、何人かは女とふけ、
そしてこんな日にさえ徹底的に行く場所のない奴らがいつもの溜まり場に戻ってきた。
昨夜の通夜代わりの飲み会の跡がそのままにひっくり返って腐り始めて、
慣れない白いワイシャツを引きちぎるように脱ぎ捨てては床に叩き付け、
そして俺達はまたタバコを咥えて黙りこんだ。

奴がいつも座っていた場所、窓の脇の柱の前。
奴の残した吸い殻さえもが灰皿の中でまだ細い煙りを燻らせているようだった。

音を消したテレビにはエンドレスになった裏ビデオが永遠と流れ続けている。
これまで何度もダビングを繰り返されてきた画質の悪い裏ビデオを見るともなしに眺めながら、
俺達は何気なく抱えたギターを弄びながら
そして俺達は、やはりストーンズを、聴いていた。

最近、珍しく姿を見せねえとは思ってたんだよな。
無理にでも誘ってやればこんなことにはならなかったかもしれねえのにな。
うるせえよ、と誰かが怒鳴った。
今更なんだってんだよ、馬鹿野郎。くだらねえこと言うじゃねえよ。
オンナだってさ。
おんな?
そう、ミカって居ただろ?あの前髪赤く染めてたオンナ。
あのデブか?
そうそう、ちびグラのさ。
ノーブラのメッシュTの女だろ?市川かどっかの。
そう、乳首丸見えのさ。
それがなんだって?
だからあいつら付き合ってたんだよ。
まさか。
知らなかったのか?
知らなかった。
俺は知ってたぜ。
俺も知ってた。ユリから聞いた。
趣味悪いなあいつ。
俺もどうせ遊びだろうとは思ってたんだがな。
遊びでもやるか?あんなオンナ。。。昔は楽屋でやらせてたっていうじゃねえか。
ああ俺もそれ聞いた。楽屋で5Pとかさ。
ローディーとかも音声さんとかも飛び入りしてたらしいぜ。
エロビデオかよって。笑わせるな。
で、そのミカがどうしたって?
だから、奴がどういう訳かそのミカにその気になっちまってさ。
で?
で?知らねえよそんなこと。
だから、まじで俺のオンナになれって言ってんのに、
ミカが相変わらずあのままなんでついにブチ切れてたって。
ミカ葬式来てたのか?
いや、来てない。
来れねえってよ。
なんで?
だから。。
あの夜さ、ストンプのバーでミカと大喧嘩になって、で。
で?
で、半殺しにしたんだとさ。
ミカを?
そう。
みんなのいる前で?
店がはねた後だったんであんま人いなかったとは聞いたけど。
雨ん中、いきなりずかずか店に入ってきてさ、でなんにも言わねえでミカんとこ来て。
いきなり後ろからパンチくれて引きずり倒してブーツで滅多蹴り。
ミカよく死ななかったな。
死んだ方がいいぐらいだったらしいぜ。
入院?
金も保険証もねえって話でユリのところに運び込んだらしいけど。
で?
前歯は折れる、鼻は潰れるでさ。バケモンみたいだったってさ。
もともとバケモンみたいな顔してたし大した違いはねえだろう。ちょっとはマシになったんじゃねえのか?
で?
で、まあ、そのままだろ。実家にでも返したんじゃねえのか?それ以外行くところねえだろうに。
いや、シオン。シオンはそれからどうしたんだよ。
知らねえよ。マッポにも散々聞かれたけどよ。
あいつミカぶん殴ったあと、また馬鹿野郎って雨の中を出てって、で、見つかった時には土左衛門。
なんともまあ、あいつらしいよな。
まったくな。あいつらし過ぎる。
そうか、オンナだったのか。でもなんかほっとしたよ。
ほっとした?なんで?
いや、なんか、そうか、オンナだったのか。ならまあいいじゃねえか。
まあいいってどういう意味だよ。
つまり死にたくなければオンナに気をつけろってことだろ?
まあそういう事だな。
ITS ALL OVER NOW
なんだよそれ。
だからよ、あいつもITS ALL OVER NOWの歌詞が判ってればこういうことにもならなかった訳だろ。

SHE'S A RAINBOWでオンナにはまって、
やっちまってUNDER MY THUMB。
でオンナに逃げられてITS ALL OVER NOW、
AS TEARS GO BYでひとりで泣いて、
SHINE A LIGHTにすがって日々を暮らし、
で、
あれ?なんだあのオンナ、でまたSHE'S A RAINBOWが帰ってくると。
まあ人生なんてその繰り返しだろう。
つくづく簡単な野郎だな。
それだけで十分だろう。
奴もまだまだ修行が足りなかったってことだな。
でもさ、溺死体なんてブライアンみたいで格好いいじゃねえか。
ODじゃなくてまだ良かったよな、親の手前。
ODじゃ犯罪者だからな。
ああ眠い。今夜のギグ何時だって?
さあな、9時ぐらいだろ?
リハは?
知らねえ。
ハコは?
どうせまたロフトだろ?
またロフトか。ならリハはもういいな。
で、対バンは?
だからうるせえよ。知ったことじゃねえよ。
ただ演ればいいんだよ。ステージに上がってライトが点いたらただ演る。演るだけ。
あとのことは知ったことじゃねえよ。
ロックンロールだなあ。ITS ONLY ROCK’N’ROLL。確かにそうだ。

そして俺達は、カーテンを閉める代わりにどでかいキャッツアイをかけて、
そして秋の午後をヤニとゴミと、そして胸にギターを抱えたまま、
浅い眠りに落ちたのである。









「キタムラ - SALT OF THE EARTH」






どういう訳か、俺とストーンズを聴いていた奴は若死にする。
それはバンドを上がった後でも同じこと。
旅の間に会った連中、ポカラのコミューンで会ったカミカゼ・キタムラが、
取材中のインド・ボンベイ近郊の交通事故で死んだことを、
LAの怪しいジャパレスにあった古新聞の片隅で見つけた。

キタムラに会ったのはその三年前だった。
ポカラのダムサイドの外れにあった安宿に滞在していた際、
それまで俺一人の貸し切り状態だったところに、
どやどやと押し寄せてきた旅芸人の一座のような日本人の一団。
キタムラはその一団の一人。リーダー的な存在の男だった。

まるで売れない旅芸人の一座のようなその集団は、
自炊用の鍋釜からケロシン・オイルのコンロから始まって、
生活道具一式をすべて持ち運んでいるような大所帯。
それまでずっと一人旅を続けてきた俺にとって、
そんな一団の持つ慣れ合い感がうざったく、
俺はそいつらとの付き合いを避けて、
ドミトリーから二階の個室に移動せざるを得なかった。

がしかし、その一団の人々は俺を避けるどころか逆に気を使って、
朝な夕なにやれ味噌汁だ、お餅を焼いた、鍋はどうだ、と声をかけてくれては、
苦笑いを噛み殺してはそんなご馳走に預かっていたのだ。

で、その中のキタムラという男。

旅には慣れていそうだがそれほど薄汚れてもいず、無精髭も生やさず髪も伸ばさず。
まるで添乗員というよりは村の青年団長のような溌剌さで、その妙な一団を明るく取りまとめていた。

そんなキタムラを前にして、
改めて振り返るこの俺自身の姿。
それまでの旅の道中、徹底的に朝から晩までドラッグに浸り込んんでは、
いなせなハードボイルドを気取っていた俺にとって、
そんなキタムラの率いるその一団の和気藹々とした雰囲気はあまりにも目に余り、
そしてその中心にいたキタムラこそが諸悪の根源、
正直なところ、あの溌剌とした様がなんとも目障りでならなかったのだ。

がしかし、ある事件から、そんなキタムラが実はなかなか骨の入った奴だということが判った。
一団の一人が肝炎とアメーバー性赤痢を併発して危篤状態に陥った時、
村で唯一まともに走るXLを駆使て真夜中の峠道を夜通しカトマンズまでぶっ飛ばし、
そして朝の訪れる頃に、ケツに医者を縛り付けて帰ってきたのだ。

そのニュースは街中を駆け巡り、キタムラは一種、村のヒーローとして、
ツーリストはもとより地元民からも喝采を浴びた。

キタムラがカトマンズに出発した時、実は俺が行くべきではないのか、と思っていた。

灯りもない、どころか、虎が出る、と噂されるヒマラヤの山岳路を六時間。
しかも先日に降った雨で地盤が緩み、そこかしこで落盤が起きては、
長距離バスの運行さえもがキャンセルになっているのだ。
その道中になにがあるかなど、誰にも判ったものではない。

そんな無謀な賭けを前に、少なくともこの新劇一座ような連中で、
そんなことができる奴が、まさかいるとは思っていなかったのだ。

つまりは、俺だろうな、とは思っていた。
見るからに絵に描いたようなアウトローを気取っていた俺にとって、
単車の運転はお手の物。
中坊のころからモトクロスというほどでもはないが、
裏山の木立の中で、盗んだ原チャリを駆っては、
木立に突っ込み、気に岩に衝突を繰り返しては、谷底に転げ落ち。
高校に入る頃には、ウィリーから、両手放しの仮面ライダーの変身から、
湘南暴走族と言うよりは、走り屋を自称していた俺なのだ。

ただ、そう言われて見れば単車などここ数年まともに乗ってはいない。
しかしもこの見るからにポンコツ・バイクである。
夜になればトラが出ると言われたポカラの山の中で、
このポンコツが故障を起こしたらいったいどういうことになるのか。

電話どころか、水も灯りもない峠の山道で立ち往生することを考えると、
早々とその危険な役回りを背負い込まねばならない理由もない。

キタムラから最初に、単車に乗った経験は?と聞かれて、
俺は、ない、と答えた。

見るからに悪であったろう俺が、まさか単車に乗れない訳はない、
そんなことは誰でも判っているのだろうが、
だがしかし、一回で快諾するのだけは癪だった。
二回三回と頼み込まれて、なら仕方がない、と買ってやったほうがまだハクがつく。

としたところ、そうか、とキタムラは言った。
ならばしかたがない。だったら俺が行く。

その言葉を聞いて、俺は一瞬耳を疑った。

まさか、この青年団長がか?

あんた、単車、乗れるのか?

ああ、ラッタッタなら乗っていた。

ラッタッタは単車じゃねえ。あれは原動機付きの自転車だ。
クラッチのつなぎかたとか、判るのか?

ああ、車と同じだろ?やってできないことはない。

本当にお前が行くつもりなのか?

ああ、あんたが行ってくれないんじゃあ、俺が行くしかないだろう。

そしてキタムラはカトマンズに向けて旅立った。
見送る人々の前で、なんどかクラッチをつなぎそこねてエンストを起こした。

なぜそうまでするのだろう、と俺はそんなキタムラの姿が不思議だった。
なぜ旅に出てまでそれほど他人の事に気をかけなくてはいけないのだ。
負けた奴、倒れたやつ、病気に罹った奴は死ぬ。
旅の原則は自分の身体は自分で守ることだ。
それができない奴は旅を続ける資格はない。
人生が旅そのものだとすれば、自分の身体を自分で守れない奴は、
それで死ぬのが運命なのだ。
それの何が悪い?

そうは思いながら、そんな自分の考えに間違いがあるとは思えなかったが、妙に寝付かれなかった。
明日、キタムラが帰って来なかったら、その時には俺が探しに行く番だ、と覚悟を決めていた。

がしかし、キタムラは帰ってきた。

明け方の鳥たちの囀りの中から、明らかに回転のおかしいエンジン音を聞いた時、思わず外に走り出てしまった。

あの野郎、帰ってきやがった。。

ホテル中の人々が転がり出てきた。
寝静まった村の窓に次々と灯りが灯り、そして人々が裸足のままに通りに走り出てきた。

キタムラと、そしてその後ろにはたすき掛けに縛り付けられた初老の医者の姿があった。

俺は素直に感動した。
人々は涙を流して抱き合った。
キタムラはまさにヒーローだった。
ちょっと出来過ぎてやがるな、と俺はこそばゆい気もしたが、
いざ自分自身が向かうことを考えていた俺にとって、
そのキタムラの姿には素直に感嘆を送らざを得なかった。

単車から降りたキタムラは、いの一番に俺のところにやってきた。

この野郎、と俺は思った。当て付けのつもりだろう。

キタムラはなにも言わずに俺を見てにやりと笑った。

こいつ、これがやりたいばかりに暗い道中を走り続けてきたに違いない。

がしかし、俺はそれを素直に受け止めてやった。握手をし、肩を抱き、そして不覚にも涙が滲んだ。

やるじゃねえか、と俺は行った。むちゃくちゃ格好いいぜ。

そんな俺たちの隣に、あのオンナが立っていた。

キョーコだった。

お疲れ様、とキョーコは言った。

ああ、とキタムラは短く言葉を返した。

キョーコは泣きながらキタムラに抱きつき、
そしてキタムラはキョーコを抱きながら、そして俺をみて軽くウィンクまでした。

この野郎、と俺は笑った。こいつなかなかのタマだな。




キタムラは駆け出しのルポライターであった。
天安門の引き金になった上海工科大学の学生運動の背後にCIAの暗躍があった、
ってな記事を日本の週刊誌に売りつけて小銭を稼ぎ、その金でインド・ネパールを旅行中だった。
これからボンベイに降りてタラプールの原発労働者の実態を取材に向かうってな話を得意気に吹聴していた。

そんな話を聞かされながら、こんな民青野郎にそんなことができるものか、とも思っていた。

原発労働者だ?そんなもの知った事か。

その後、アフガンに行ってムジャヒディンの部隊に加わろうとしていた俺は、
そんなキタムラの民青的な視点がどうにも我慢ならなかった。

負けた奴は死ぬ。
負ける奴は負けるべくして負けるのだ。
そんな負け犬は素直に死なせてやればよい。
俺は勝とうとする者達の元へ、戦い続ける奴らの元へ行く。

がしかしながら、俺とキタムラのこの目に見えない確執には、
右翼と左翼、その政治的、というよりは美意識的な違い、
なんてものとはまったく関係のないところで、
ぶっちゃけた話、そう、実は、オンナの存在が絡んでいたのだ。

キタムラの連れていたあのキョーコというオンナ。
あのカピパラのような顔をした髪の長いオンナ。

旅芸人の一座。
あの百姓のおばさんのような女達の中にあって、
キョーコの存在はちょっと目を惹くものがあった。

見るからに長期旅行者というヒッピー風な格好をしながら、
その黒いストレートの髪はいつもよく解かされてツヤツヤと輝いていたし、
どんな汚い格好をしていても化粧を忘れることはなかった。

小柄なちょっとした小太り体型。
それ自体はまったく好みではなかったが、
薄手のタイパンツを通して透けて見える下着のラインは、
その外見のラフさとは対象的に、細く鋭利なシェープを持っていた。
つまりキョーコはそれなりにちょっと惹くオンナだったのだ。

ダージリンで最期にオンナを抱いてからすでに1ヶ月が立っていた。

タイからカルカッタからダージリンからカトマンズ。
これまでの道中でオンナに困ることはなかったが、
これまで相手はみな外人、あるいはアジア人ばかり。
世界の女を抱きまくって、日本の女なんざ目じゃないぜ、
旅の中で、ともすれば日本人同志で寄り集まる、
そんな内向的な百姓ヅラの日本人旅行者たちを前に、
これ見よがしに白人の女を侍らせては、
妙な粋がりを続けていた俺であったのだが、
そんな俺が、ふとしたはずみでキョーコの肌に触れた時、
その肌のあまりの滑らかさに思わず、ぞくり、とした。

その生目の細かいまるで吸い付くような白い肌。
まさに日本の女の感触。
この旅の間、実は俺が最も飢えていたものであった。

がしかし、キョーコはキタムラというあの青年団長のような男と一緒だった。

他の人々がドミトリーで雑魚寝をしていたところに、
キョーコとキタムラだけは、二階の個室を取っていた。

俺達の個室とは端と端。
その間に2つの空室が挟まれていたのだが、
そもそもが壁はベニア板一枚の安普請。
夜な夜な漏れてくるキョーコの喘ぎ声は、
否応なく俺の部屋にも流れ込んで来ていた。

普段はキタムラ君、と言っているキョーコが、
夜の中では、コージ、と下の名前で呼んでいた。
普段は、キョーコちゃん、とちゃんづけて読んでいるキタムラが、
夜の中では、キョーコ、と繰り返していた。

がしかし、堪らなかったのはその喘ぎ声ではない。
一戦が終わった後の、二人のピロートーク。
内容までは聞き取れなかったが、
まるでささやくようにぼそぼぞと繰り返されるその押し殺した声。
そしてそれに続くくぐもった笑い声。
やだ、もう、やめてよ、という嬌声。
そしてふと穴に落ちたような沈黙の底から再び湧き上がってくる荒い息遣い。

旅行中、オナニーをすることをやめていた俺にとって、これはしかし、相当に応えた。
生まれて始めて、本気で人が恋しいとさえ思った。

くそあんな女、と舌打ちをした。
あんな女、日本に帰ればいくらでもいるのに。
日本ではあんなレベルには鼻も引っ掛けたこともなかったのに。
そんな俺が、あんな女に血迷っては眠れない夜を過ごしている。
俺はいったい、こんなところでなにをやっているのだ。
そんな時、ちょっと旅に出たことを、悔やんていたりもしたものだ。

そんな時だった。
ある朝、遅くに起きて、一団の過ぎ去ってしんとしたホテルに一人、
まだ冷たい水のシャワーを浴びていたところ、
シャワーのノズルのすぐ下にある灯り窓の向こうに、ふと人の気配がした。

xxさん?と女の声がした。キョーコだった。

ずるーい、とキョーコは言った。
あたしもみんながいない時にゆっくり入ろうと思ってたのに。

でも水は冷たいぜ、と俺は応えた。
事実、ヒマラヤの雪解け水を組み上げただけのこのシャワー。
氷水と言わないまでも、浴びているうちに唇が紫色に変わるほどに身体が冷え込む。
午後の遅い時間、太陽の熱に暖められたころが一番良いのだが、
それを知り尽くした長期旅行者たちの争奪戦に巻き込まれることにもなり、
一人旅の気楽さもあって、わざわざそんな混みあったシャワーで順番を待つぐらいなら、
一人でゆっくり水のシャワーを浴びることを選んでいたのだ。

やっぱり水冷たい?とキョーコが言った。
うん、と俺は甘えた声で応えた。
でも頑張ってる、と続けると、キョーコは、よっ!男の子、と、ケラケラと声を立てて笑った。

暖めてあげようか、とキョーコが言った。
うん、暖めて、と俺は返した。勿論軽い冗談のつもりだった。

ふと人の気配が消えた。
そして、背後の扉、鍵もかからない立て付けの悪い扉が、静かに開いた。

シャンプーを流していた俺は目を開けなかった。
水のシャワーに冷やされていた身体に、キョーコの熱い身体がみっしりと貼り付いて来た。
暖かかった。肌を通して骨の奥までキョーコの身体の温もりが染みわたるようだった。

すごいわね、とキョーコは言った。
冷たい?と俺は応えた。
すごいわね、とキョーコはそれには答えずに、
俺の身体、腹筋や肩の筋肉にそって指を添わせていた。

空手かボクシングかやってた人なの?
いや、ドラム、と言いかけて辞めた。
その代わりにキョーコの脂肪の乗った肩を抱きすくめた。
柔らかかった。例えようもなく柔らかかった。
それは、日本で知っていた、少女の面影を色濃く残していた青臭い女たちではなく、
年上の女、すでに成熟した身体にある意味での余裕を湛えた、
まさにそれは、女の身体、であった。
肉の感触がこれほど柔らかいと感じたのはいったいどれくらいぶりなのだろう。
白人たちのあの、見栄えばかりでポヨポヨと頼りない肌や、
あるいは、東南アジアの女たちの、ゴム人形を抱いているような味気無さ。
それに比べてこのキョーコの肌の感触。
堪らなく滑らかで堪らなく暖かく、
そしてまるで絡みついて吸い付いてくるような、
このあまりにも魅力的な、それは魔力とも言えるほどに甘い、肌の感触。

キョーコは水のシャワーの飛沫の中で息を荒立てながら俺の胸に顔をうっぷしている。
そして腹筋を弄っていた指先がその下、陰毛に降りてきた。

亀頭の先にキョーコの指先が触れた時、思わず息を漏らしてしまった。

感じる?とキョーコは言った。その代わりに顎を上げさせて舌を吸った。
舌を吸いながら背中のくびれをなぞり、そして柔らかい尻の肉を掴みあげて強く持ち上げると、
キョーコはそれから逃れるようにすっと膝を折って身体を落とし、
そして流れ落ちる水の中で俺の魔羅を口に含んだ。
降り注ぐ冷水の中で、キョーコの舌は火傷しそうなぐらいに熱かった。
その熱い舌が亀頭の側面をぬらぬらと滑り続け、
俺は奥歯を噛み締めながらその快感に耐えた。
くそったれ、俺としたことがこんなオンナに勃起するなんて。

キョーコのフェラチオは荒々しかった。
奥の奥までなんの躊躇もなく飲み込んで喉の奥でぐりぐりと締め付けながら、
突きだした舌で玉の裏側を舐めまわした。
思わずいきそうになって髪を掴んで立たせると、
舌を絡めたまま後ろ向きにして、
その小ぶりな身体を背後から抱きすくめた。

したいの?とキョーコが言った。
したい、と俺が答えた。
こんなおばさんでも?とキョーコが言った。
そう言われた途端、魔羅がピンと跳ね上がった。
首筋に歯を立て、鷲づかみみにした両手から零れ落ちる乳房を荒く揉みしだいた。
キョーコは誘うように尻を突き上げ、その丸い曲線の間を魔羅が滑っては弾かれる度に、
クスクスと笑っては身を捩った。
水に叩かれる背中を覆うように俺はキョーコの上から身体を被せた。
ねえ、暖かい、とキョーコが言った。
キョーコの身体も暖かかった。
それはまさしく人の温もりだった。
人の温もりはやはりどうしても愛しかった。

濡れた身体のまま俺はキョーコの身体を抱え上げるように全裸のまま部屋へと向かった。
廊下の掃除をしていたネパール人の小僧たちがそんな俺達の姿に目を丸くしていたが、
そんなことも知ったことではなかった。

部屋に入るなり、俺はキョーコの身体をベッドの中に投げ込んだ。
小さな悲鳴を上げたキョーコの身体の上から伸し掛かり、
強引に身体を開いてはそのまま奥まで一挙に突き入れた。
キョーコの喉の奥から、悲鳴とも叫びとも言えない野太い絶叫が長く伸びた。
乱れた髪の中で口を大きく開け、鼻の穴を膨らませながら、
喘ぎ声というよりは怒声を上げ続けた。
この女、と俺は思った。
この女、この女、この女。
それは愛の交歓というよりは、飢えた野獣が獲物を食い漁るような野蛮な交尾。
髪を掴み、音を立てて吸い上げながら、歯を立ててはその柔肌を食いちぎるように、
そんな俺の肩を背中を、キョーコの爪が切り裂いていく。
身体中に張り付いた冷水の雫が一挙に沸騰を初め、
いつしか吹き出した汗と混じり合っては、全身が溢れ出した愛液に塗れて行く。
この女、この女、この女。
ベッドの足が踊りを踊るようにガタガタと音を立て、
鼓膜が破けそうなほどに響き渡るキョーコの声の中で、
この安普請の壁が、いまにも崩れ落ちそうなほどに揺れ動いている。
背後に開かれたままのドアの向こう、朝を過ぎた白い陽光の中で、
箒を片手の少年少女たちが、呆然として目を見張りながら、
そんな俺達の姿を、黒い瞳をまんまるにしては、息を失って見つめ続けていた。



薄明かりの漏れる真昼の部屋の中、
ドアも窓も閉めきったまるで溶鉱炉のような灼熱に焼け爛れながら、
午後いっぱい、夕方近くまで夢中になって貪りあった。
俺よりも一回り近く年上であったキョーコの身体は、
外で見るよりも一層に脂肪が乗り、その張り切った尖った乳房も、
突き出した下腹の丸みも、そして薄目の陰毛の底にある熱い熱い蜜の壺も、
想像した以上に俺の欲望を掻き立てた。
俺はまるで気が触れたようにそんなキョーコの身体を貪った。
キョーコは踊るように腰を回しては突き上げ、
勢い余ってすぽんと抜けてしまうたびに、その奥から愛液の雫を迸らせ、
そして犬のように凍えた犬のようにブルブルと身体中を痙攣させた。
俺はやってやってやりまくった。
引き千切るばかりに乳房を掴み、食いちぎるように乳首を強く吸った。
尻に爪を立て、高く抱え上げ、引き裂くように足を持ち上げて、
平らに伸すように膝を押し開き、そして前から後ろから上から下から、突いて突いて突きまくった。
身体中から汗という汗が流れ出し、キョーコの身体から流れだした愛液と混ざっては
ベットはまるで絞れば水が滴るぐらいに隅から隅までぐっしょりと濡れた。

街に買い物に出かけていた連中がどやどやと帰ってきた時、
キョーコは身体中を痙攣させたまま、
噛み締めた歯の奥から長い長い嗚咽を漏らし続けていた。

あれ、おーい、キョーコちゃん、というキタムラの声が聞こえた。
もうどうなっても知ったことか、と思った。
俺はキョーコの震える身体を胸の中に抱き込み、
そして甘い汗の匂いに満ちた髪の中に顔を埋めて、俺の女になれ、と言った。



キョーコとはそれから事あるごとに身体を合わせた。

キタムラやその他の百姓連中の目をかすめて、
流し場の陰で、浴室で、そして明け方の俺の部屋にこっそりと忍び込んできては、
息を殺して交じり合った。

湖でボートに乗ろう、と沖にでかけ、あまりにも激しく動き過ぎて危うく転覆して水の中に放り出されそうにもなった。
トレッキングと称して山にでかけ、街を見下ろす崖っぷちの岩の上で、思い切り大きな声を出してまぐわった。

キョーコと知り合ってから、どういう訳かこれまであれほど眩しく見えた白人娘のツーリストに興味がなくなった。
ドラッグに手をだすことさえまれになってきた。
考えていることはキョーコのことばかり。
あの肌の感触。ちょっと垂れ気味の大きな乳房。
そしてすでに中年期の匂いを漂わせた丸い下腹部と、その奥にある赤く濡れた襞。
ある時キョーコはまるで天井にまで届く程の潮を跳ね上げた。
ある時キョーコはなにも言わずに亀頭の先端をその後ろの硬い蕾の上に導いた。
ある時キョーコは身体中を痙攣させ波打たせながら失禁した。
ある時キョーコは奥歯をガチガチと鳴らしながら、
今にも死にそうな掠れた声で、愛している、と言って笑った。

キタムラがカトマンズに向けて決死の大冒険を仕掛けたのはまさにそんな時だった。

キタムラが出発した後、キョーコは旅芸人の一団に囲まれて一夜を過ごした。

俺はひとり、これでキタムラが帰って来なかった時のことを考えた。

そして俺はあのキョーコを独り占めできる。がしかし、と俺は思った。
独り占めできてしまったキョーコに果たして魅力があるだろうか。

その夜、キョーコは訪ねて来なかった。
俺もキョーコがやって来ても、今夜ばかりは断ろう、と思っていた。
女とまぐわっていた最中に奴に死なれでもしたら、それこそ一生寝覚めが悪くなる。
あんな女、とキョーコのことを思った。
あんな年増の小太りの女のために、そんな重荷を背負うのは真っ平だった。

そしてあの夜を境に、キョーコに対する熱情が褪めた。
それ以来、俺はキョーコと視線を交わすことさえもなくなった。
そしてふと顔をあげると、キョーコのきつい視線を浴びていたことに気づいてはっとしたりした。

夜更けになってキョーコが部屋を訪ねてきた。ねえ、なんで逃げるの?と耳元できつく囁いた。
逃げてなんかないさ、と俺はとぼけた。
うそよ、とキョーコが言った。ずるいわ。人のことあれだけその気にさせといて。
その気になったのはお前の勝手だろう、とはさすがに言えなかった。
ねえ、して、とキョーコは言った。
毛布の中に乱暴に片手を突っ込んできた。
彼女に掴まれたそれはしかに以前のように激しく反応したりはしなかった。
飽きたの?とキョーコは言った。
そうさ、気づけよ、とは言えなかった。彼女は年上の女性なのだ。年上の女性を傷つけてはいけない。
そう、とキョーコは言った。だったらいいわ、と捨て台詞のように鼻で笑った。
そしてキョーコが部屋を出ていこうとした時に、どういう訳か、いきなりあの熱情が込み上げてきた。
俺はキョーコの腕を強く引いてベッドの中に引き倒した。
なによ、乱暴ね。
俺はキョーコのそのボワンボワンと揺れる乳房を揉みしだき、
そして愛撫もせずにいきなりそれを奥まで突っ込んだ。
痛い、とキョーコは眉を潜めた。
ごめん、と俺は荒い息の中で短く言った。
ごめん、やっぱり我慢ができなくて。。そして驚くほどあっさりと彼女の中で果てた。
出来すぎだった。これでなんとか辻褄は会う。
あのカトマンズの朝にキタムラを迎え入れたキョーコを見て、俺は身を引こうと決心したのだが、
しかし心のなかではまだ熱情が煮えたぎっている。
これですべてが丸く収まる。あとはあのキタムラが、どこまでキョーコに本気であるか、ということなのだが。


そうこうするうちに、キタムラが俺の部屋を訪ねてきた。

キョーコのことだろう、とは察しがついた。
もう終わったことだ。
もしも面倒なことを言い始めたらその時はその時だが、驚くほどにその気は失せていた。
確かに、いざ喧嘩になった時、キタムラはかなり手強そうな相手であった。
その時には一発二発ものも言わずに殴られてやろうと思っていた。
それで気が済んでくれるのならそれでいい。

俺達はハッパにまぜたハシシを吸いながらとりとめのない話をした。
あのカトマンズ行きの道中のことから始まって、これまで旅の話から、
日本でなにをやっていたか、仕事の話やらこれからのことやらといろいろ話した。

そうかルポライターも大変なんだな。
ああ、そう。なにをやってもそうだが、いざ銭にしようとすると色々大変だよな。

そういうキタムラのことを俺は心底気に入っていることに気づいた。
あの不良時代に知り合った誰かに似ている。
あるいは、あの連中の寄せ集めのような気さえした。

俺はこれからアフガンに行くのだが一緒に行かねえか、と誘ってみた。

ペシャワールまで行って、そこでムジャヒディーンのゲリラ部隊に加わってアフガンに入る。
カブールまで辿り着ければ金になる。
帰りがけにヤクでも仕入れればしばらくはまた旅して暮らせる。どうだ?

ルポライターであれば当然乗ってくるだろうと思った。
だが、その時にはあの目障りなオンナはなしにしてくれよ、と言うつもりだった。

いや、とキタムラはすぐに断った。

実は俺の旅はもう終わりだ。

実はキョーコの家は大した資産家で、彼女の父親が手を広げている海外不動産の仕事を手伝うことになった、という話だった。

なんで資産家の娘がインドやらネパールの、しかもこんな安宿にいなくちゃいけないんだ。訳が判らねえ。

親にはヨーロッパに行くと嘘をついたらしい。
あいつの荷物見たか?バッグはすべてヴィトンだし、
普段着ているあのダボパンだって実はケンゾーなんだぜ。
俺たちの前では調子を合わせてヒッピー面してるが、金の使い方も半端じゃねえし。
日本での写真も家族でベンツに乗っていた。間違いない。

資産家か、とキョーコの身体を思い出してみた。
あの小太りの身体。
どう考えても資産家で想像するような箸よりも重いものを持ったことがない、という印象からは遠すぎた。
おばさんとまでは言わないものの、良くて地方都市のちーママ。あるいは売れないソープ嬢と言ったところだろう。

つまり、とキタムラは言った。キョーコは俺にとっては最初で最後のチャンスってとこなんだ。

チャンスってのはつまりは金持ちになるってことか?

ああそう。金を掴むための最期のチャンス。
俺にもようやく運が回ってきたってところだ。

ルポライターから成金の地上げ屋か。随分の転身もあったもんだな、と皮肉を言ってやった。

ああ、こんなことを続けていたら命がいくつあっても足りないとは思っていた、と神妙なことを言った。
奴らの言いなりになっていたらこのまま殺されちまう。
そして正義を追う青年ルポライターの死、なんて記事でまた一稼ぎしようって魂胆なんだろう。

始めたころと違って、実際にそれで飯を食おうと思ったらなかなか思うようには行かねえ。
誰かにそれを買って貰うためには、買ってくれるお客様に気に入って貰えるうような商品に仕上げなくっちゃいけないのさ。
真実を暴くだ?正義の告発者だ?聞いて笑わせるぜ。
全ては商品なんだ。愛も平和も正義も真実も、すべてが商品。
価値基準は金になるかならないか、誰が得をするかって訳でさ。
まあそんな訳で、そろそろ潮時だと思っていたところをあのオンナに知り合った。
これもなにかの縁だ。乗らせて貰う。下手は打たねえ。

あのオンナと結婚するつもりか?と聞いた。敢えてキョーコという名前は使わなかった。

ああ、そういうことになればそうなるだろうな、とキタムラは答えた。

あの女がどんなオンナか知っているのか?と言いそうになってやはりやめておいた。
いずれにしろもう俺の知ったことではない。
やってしまっことはやってしまったことだが、それさえもわざわざ口に出さない限りは真実足り得ない。
あの女がわざわざそれを口にしないかぎり、二人の間から俺の存在はみるみると風化していく筈だ。

そんな俺の気持ちを見透かしたように、ああ知っているよ、とキタムラは言った。

お前らのことは知っている、というか、キョーコの口から聞いている。

俺はキタムラの表情を伺い、そしてなにも答えずにタバコに火をつけた。
なるようになれだ。俺の知ったことではない。

別にそんなことでうだうだ言うつもりはねえよ、とキタムラは笑った。

俺は関心してるんだよ。
おまえ、もしかしてAV関係者かなにかか?
正直俺でさえあの女の性欲には辟易してたんだ。
甘い顔していたら朝まで寝かして貰えない。
それが毎夜毎夜じゃあさすがにこっちも身が保たねえしな。
でちょっと突き放したらどうだ、さっそく違うおもちゃに手を出しやがった。
お前もさんざん付き合わされてご苦労なこったが、いやしかし、話は聞いたよ。
お前も相当なタマらしいな。金に困ったら竿師にでもなったらいい。
あのオンナもそう言ってたぜ。俺からも礼を言わせて貰う。

俺はキタムラの表情を伺った。
それほどラリっているというでも無さそうだ。寧ろ真顔。
こんな俺達を見てもだれもラリっているなどとは思われないだろう。
キタムラの表情にはケンがなかった。
やるときはやるつもりだったがこんな話をこれほどさらりと言ってのけるキタムラに勝てるとは思えなかった。
その時には前歯ぐらい折られるかもしれない。
あのオンナがそれに値するかと考えて思わず舌打ちをしたくなった。

黙っているとキタムラから口を開いた。

俺にだってわかってるさ。
俺だってそんな感じで知り合ったんだしな。
所詮その程度のオンナなんだろ。
そして多分、これからもそうだ。
まあでも、オンナなんてみんなそんなもんだろう。違うか?

俺は別に、あの女が良いの悪いのやら、
あんなおんなにひっかる俺達のような男がバカだのアホだのと言うつもりもねえ。
女がそうなら男もそうだ。
例えあんな女でも溜まってる時に目の前でこれ見よがしに尻を振られれば、その気になったりもする。
それは俺だってお前だって同じことだろ。

それぐらい俺にも判ってる。
だからまあ、あの女の子ことはもう言いっこなしだ。
ただな、そう、あの女はちょっとこれまでの女とは違うんだ。
つまりせっかく掴んだ金づるだ。
淫乱だろうがヤリマンだろうがそんなことは俺はこれっぽっちも気にかけるつもりはねえ。
あの女がどんな女であろうと知ったところかとさえ思っている。
だがな、そう、あの女のバックは別だ。
何だろうが大事に大事に骨までしゃぶり尽くさせて貰うつもりだ。

という訳で、とキタムラは俺を見た。

話はこれまでだ。

つまり金づるに手をだすな、ってことか。

いや、お前とタイマン張るつもりはねえよ。
ただ、お前にその気があるんなら、つるんでもいいぜってことさ。
アフガンの百姓一揆なんかを見物に行くよりは、
あの色キチガイのねえちゃんを二人でいたぶって金にしたほうがよっぽど気が利いてると思うんだがな。

あいにくとヒモになる程にはまだ苦労してないんでね。

ヒモじゃねえだろう。マスオさんって言って欲しいな。
俺はあの女のコネの海外不動産とやらで一山当ててやるつもりさ。
着眼は悪くない。
要は先立つ金だ。
ハワイ、グアム、ビバリーイルズにオーストラリア。
日本人用の高級別荘を売ったらしこたま儲かるぜ。
税金対策にもなるしな。
そう、その税金ってところが味噌なんだよ。絶対に儲かる。
そのうちに俺はフォーブスに名前が乗るぜ。
そうなればアバタどころか誕生パーティにマドンナを呼べるぜ。

まあ女の話はこれまでだ、とキタムラは大きく息を吐いた。
さあ、面倒な話は終わった。さあ飲み直そうぜ。

そして俺達は新たにガンジャを巻き直し、
そしてふとした弾みでこれまで見てきた最高の夕焼け、について話始めた。

なぜそんな話になったのだろう。
そう、なぜ旅になんか出たのか、という話からだ。

世界中でいろんな夕焼けを見たよ。
マドラスの夕焼け。サハラ砂漠の夕焼け。イスタンブールの夕焼け。
キーウエストの夕焼け、そして日本の夕焼け。

世界中で夕焼けを見たかったんだ。

なぜ夕焼けなんだ?

なんかほっとするだろ?
夕焼け見てるとさ。なんか、もう許してやってもいいかな、って思うだろ。
やさしい気持ちっていったらユーミンみたいで気持ち悪いけどさ。

ガキの頃な、部屋の窓からいつも一人で夕焼けを見てたんだ。
最初から最後まで。
おひさまの光がすっかりと夜に吸い込まれるまで、ずっとずっとさ。

ああ、俺もさ、と俺は言った。
いつもいつも学校の校庭でボールが見えなくなるまでサッカーボールを蹴り続けててさ。
俺は夕焼けが恨めしかったな。みんな帰っちまってさ。
ずっと昼ならずっとサッカーができたのに、ってさ。

ふとキタムラが顔を上げた。そうかお前も。お前もやっぱりそうだったのか?

それがなにを意味するか判らなかったが、その一言でキタムラの身体がぐったりと伸びた。

そうか、なんだよ、やっぱりそうか。
お前もやっぱりそうだったのか、くそったれだな、と、
一挙に弛緩した顔でさもおかしそうにケラケラと笑った。

ふと部屋に満ちていたぎこちない雰囲気、つまりは殺気がすっと吸い込まれていった。
その時なって、そうか、こいつもやはりそのつもりはあったのだな、と気づいた。

旅ってのは不思議だよな。妙なところで妙な奴に会う。

ああ確かに。なんか日本では考えられないぐらいにな。次から次へとおかしな奴に会う。

お前もやっぱりそうか、とは思ってたんだ。

なんのことだ?

それには答えずに、そして奴は歌をがなり始めた。

演歌か何かか、見かけに依らず染みったれた野郎だ、と思ったら、
それはストーンズのSALT OF THE EARTHだった。

ストーンズか?キース・リチャーズじゃねえか。

そう、ストーンズ。ストーンズが好きでさ。キース・リチャーズとかさ。

やれやれだな。俺も日本ではストーンズばかりだった。

知ってたよそんなこと。
お前をひと目みたらすぐに判ったぜ。
この野郎、すかしやがって。
こんなど田舎のヒマラヤの山ん中まできてキースを気取ってやがるってさ。

そりゃお互い様じゃねえか。

おまえと旅ができたら面白かっただろうにな。

俺も実はそう思っていた。
南米でも行かねえか?
ゲバラの部隊の残党とつるんでまたひと暴れしようぜ。

サンディニスタはどうだ?
センデロ・ルミノソでもいいな。
どうせならパブロ・エスカバーと組んでコケインマネーで南米に革命でも起こすか。

まだまだ行ってないところがたくさんあるな。

ああ、まだまだやってねえことがたくさんある。たくさんあり過ぎて、途方にくれちまうぜ。

その後、急遽日本に帰国することになった、と伝えられた。

すでに空港に向かう用の小奇麗な服に着替えたキタムラとキョーコは、
なので、この旅の道具、もし欲しいのあったら持って行って、とはにかむように笑った。

そしてキタムラは俺を見て、死ぬなよ、と笑った。

生きて帰れたら連絡してくれ。
俺はそのころ何をやってるかしらねえが、持ち帰った写真を売って金にできるところぐらいなら教えてやる。
お前にはこの後もどこかで会いそうな気がする。
その時はお互いどうなってるか判らねえけどな。
ただ、もしもまた会えたらその時はつるもうぜ。
忘れるなよ。俺達はつるむんだ。

パブロエスカバーの金でゲバラの夢を追う。

そうだ、それだ。判ってんじゃねえか。忘れるなよ。
俺達はマブだ。例えどんな立場にいても俺たちはマブだってことを忘れるな。

そして待たせたタクシーに乗り込むキョーコの弛んだ尻を眺めながら、
くそ、もう一発ぐらいやっておけば良かったかな、とも思った。

その後、俺はアフガンで死にかけ、テヘランで死にかけ、
イスタンブールで、アテネで、そして命からがらようやく辿りついた東京では、
ヤクザと揉め事を起こしてまさに肝の底から冷えるような思いをさせられた。

そんなまさに最低のどん底のその底のような経験を繰り返した末にアメリカに流れ付き、
そしてバイトでも探そかと下見に来た日系居酒屋で甘ったるいカツ丼を食いながら古新聞をめくっていた時、
そんなキタムラの死亡記事を見つけたのだ。

そうかあいつは北海道出身だったのだな、とその記事の中で知った。

つまりキョーコ、あのチブデブのカピパラみたいな色情狂の女とはついに結婚しなかったってことか、
と、あのオンナの顔を思い出してニヤリとしてしまった。

あのバカ、騙すつもりがまんまと騙されやがって。
あんなオンナが資産家の娘の訳ねえじゃねえか。
そんなことは抱いたらすぐに判っただろう。

そうあんな女に騙されるなんて、俺達はどうにかしてたんだ。
きっとそうだ、といまになってはっきりとそう思う。

が、果たしてキタムラはあのオンナになにを見たのだろう。
金のためならばあんなオンナとでも結婚しようとしたキタムラのそのシニカルさに、
俺は逆にしたたかさを見た思いがしていたのだが、果たしてそれは彼の本心だったのだろか。
そして奴は日本でなにを見たのだろう。
あの女は本当に資産家の娘だったのだろうか。
あるいはどんな茶番劇があの二人を待ち受けていたのだろう。

今となってはなにがあったかは知るよしもないが、
キタムラはやはり旅に舞い戻り、そして旅の中で死んだ。

奴の予想したとおり、正義の鉄砲玉として触れてはならないところに足を踏み入れ、
そして奴の予想したとおり、正義を追い続けた青年ルポライターの死として、また新たな一稼ぎが打たれた。

それが判っていながら、あいつはなぜ、再び旅になど出たのだろう。

あいつはもしかしたら、と俺はふと思った。
もしかしたら世界中の夕日の中に、俺の姿を探していたのかもしれない。。

食い終わったカツ丼の丼を下げにきたメキシコ人のウエイターがぬるいお茶を継ぎ足していった。

そのまずいお茶を啜りながら、間の抜けたLAの風景。
ゴミだらけのパーィングロットと枯れた芝生とスモッグ色の空を眺めた。

そして俺はSALT OF THE EARTHを歌った。

世界中の酔っぱらいよ。乾杯だ。
白も黒も黄色もねえ、さあ乾杯だ。

くそったれ、いい男に限って早死しやがる、と俺は舌打ちをした。

がしかし、俺は死なねえぞ。とことんまでこすくしたたかにどんな方法を使ってでも生き延びてやる。

目標はキース・リチャーズだ。





「リョウとショウコ - LET IT LOOSE」





高校卒業を控え、受験戦争もラストスパートを迎えたにも関わらず、
相変わらずバンドばかりで午前様を繰り返していた頃、
バイト先の喫茶店の常連であったなんとか組系なんとか会のなんたらというクロカワというチンピラから、
紹介したい奴がいる、と話を持ちかけられた。

クロカワ。このちびたチンピラ野郎。

またいつもの奴で紹介料だなんだでコーヒー代ただにしろなんて因縁をつけてくる算段だろう、とうっちゃっていたが、
閉店も近くなった頃になって、一人の男が入って来た。

全身が革づくめ。黒づくめ。

スリムの革パンに鋲付きの黒いバイカーブーツ。ダブルの革のハーフコートの下にはこれまた黒い革製のシャツに黒い手袋。
はだけた胸に下がったシルバーのカンナビスのネックレスだけが鈍い光を放っている。

この見るからにロック野郎然とした見るからにロック野郎。

エプロンを下げて皿を洗っていた俺の前に、よお、と男はカウンター越しに黒革の手袋を差し出した。

リョウってんだよ、とその少年は口を端を歪めて笑った。

XXさんだろ、OOの、とその男は俺のバンドでの芸名とそしてバンドの名前を告げた。

この店において他人の口からその名前を挙げられたことは嘗てなかった。

この場所は俺にとっては高校の延長であり、バンドとはきっぱりと区分されるべき場所である筈だったのだ。

とりあえず、エプロンで手を拭いて差し出された手袋の上から握手をした。

がしかしと改めてクロカワを振り返る。バンド関係者ならいざ知らず、なんで地回りのチンピラのであるクロカワがこんな男を連れてくるのか。

実はよ、とリョウと名乗ったその全身黒革の痩せぎすの男が言った。
この間ロフトでおたくのギグを見たんだよ。で、おおドラマーが良い音だしてんじゃねえか、って思ってよ。まあそれ以外はなんてことはねえ、とは思ったがな。特にあのベースは最悪だな。あのバンドにあのドラマーじゃもったいねえな、とかな、言ってたんだよ。したらよ、そいつが俺のタメでしかも地元が一緒って言うじゃねえかよ。ってんで、ちょっとこのクロカワに頼んで、面を拝ませてもらいにきたって訳なんだよ。

だったらギグに来ればいいじゃねえか、と言いそうになって改めてクロカワを見た。なんでよりによってそんな奴をこの店に連れてくるのだ。

いきなり話を振られたクロカワが、妙にしどろもどろに、実はね、このリョウさんもバンドをやっていて、と続けようとしたところ、

いきなりリョウから脛を蹴り上げられた。

てめえは余計なことを言わなくてもいいんだよ。リョウは剃り上げた眉をことさらに釣り上げてきつくクロカワを睨む。

この店においてはいつも威勢のよいクロカワがいきなりこんな醜態を晒す様がちょっと哀れに思えた。

まあ座ってください、と俺は言った。コーヒーでも淹れますから、という俺に、いや結構、とリョウは言った。

話は手短に済ませようぜ。
実はABCがよ、とリョウはいきなり当時、ライブハウスシーンから唯一メジャーデビューを飾ったバンドの名前を口にした。

ABCがよ、来年頭から全国ツアーに出るんだが、その時のサポートバンドを探していてな。で、うちのバンドにそのシラハの矢がぶっささってよ。

それはそれは、と俺はリョウの仕草を真似て口の端を歪めて笑ってやった。それはそれは羨ましい限りで。

それを見てリョウは、まるで鏡に返すように似たような皮肉な笑いで答えた。つまりこれが奴のトレードマークなのだろう、と思った。

したところがよ、ドラマーがちょっとやばいことになってな。

リョウの話では首にした、というのは建前で、実はオンナができたか下手なヤクにはまったか、練習をサボりがちになったドラマーにちょっと焼きを入れたら、思わず右腕を折ってしまった、ということらしい。

つまりよ、まあ、ちょっと蹴りを入れたら当たりどころが悪くてよ。まああんなドラマー、どうなろうが知ったことじゃねえんだがよ。

がしかし、リョウの話が本当であれば、ABCのツアーまでの間にドラマーを探さなくてはいけない。その代役が俺という訳で、それが本当なら確かに悪い話ではない。

ギャラって訳でもねえんだがよ、まあ挨拶代わりにそれなりの土産は用意しようとは思ってんだ。まあ後のお楽しみってことでよ。

実はよ、俺はおたくのことをかなり前から知ってたんだよ。噂に聞いたってよりもまあそれなりのツテからな。いろいろ聞かせて貰ってたよ。色々とさ、とさもおかしそうにケラケラと笑った。いいんだよ。そういう三枚目キャラもうちのバンドには必要だったんだ。その土方のおやじみたいなアフロヘアもよ、そう、なんかまあパンク一色ってよりも、そういうちゃらいキャラもいいかな、とは思ってた。つまりもうほとんど面接はパスだってことだ。あとはオタクの返事次第。まあお互い悪い話じゃねえとは思うんでよ。

そう言い残すと、リョウはじゃな、あばよ、と手を上げて店を出て行った。

リョウに追い払われて隅のテーブルでインベーダーゲームをやっていたクロカワに、おい、行くぞ、と犬に対するように投げやり言い捨てて。

クロカワは途中のゲームをそのままうっちゃって慌てて店を走り出ていった。

ABCの全国ツアーか。。本当だとしたら確かに悪い話じゃない。

がしかし、と俺はすでにその時点で気がついていた。

格好が決まったバンドマンは実は大したことはない。特にステージ以外での格好をバッチリと決めている奴。
そういう輩はロック・スター的なものに憧れているだけで、ロック・スターになるためのまずは第一条件である楽器の演奏そのものはお座なりにしているケースが多い。
俺はステージでの衣装が嫌いだった。できることなら普段の生活時には出来る限りロック・スター的なものからは離れていたいと思っていた。
特にこの店では。。

とそんな時、おい、と後ろからマスターの声がした。

やめとけ、とマスターは言った。

なにが?

だから、いま来た奴の話だ。やめとけ。

そうかな。もし本当ならいい話だと思うんだけどな。もし本当なら、だけど。

もしかしてお得意様のクロカワをコケにされて怒っているのか。がそんなことをわざわざマスターが気にかける筈もない。

クロカワはこの店においても鼻つまみだった。高校を中退してからプラプラとパンチコばかりして暮らし、駅前で後輩たちに絡んでは小銭をたかる。外ではそんなチンピラ風情が板についていたクロカワが、唯一そんな現実を忘れて自分に帰れる場所がこの店であったのだが、最近のクロカワはこの店においてもそんなチンピラ風情を振り回し初めている。チンピラの虚勢の仮面を外したクロカワが小心者のA型であることを知っている俺達にとっては、そんなクロカワの態度が鼻につき始めていたところだった。

もう今日はこのぐらいでいいから早く帰って寝ろ。お前最近寝てないだろう。目真っ赤だぞ。

確かにそうだ。しかも家にもほとんど帰っていない。風呂にも入ってねえだろう、と言われなかったのは幸いだった。がしかし、こんな時間に店を追い出されていったいどこに行けと言うのだ。

今日はもう店じまいだ。どうだ?飯を食わねえか?、と駅前のスエヒロでエビピラフを奢られ、そして帰り道にそのまま自宅の前で車を降ろされた。

いやあの、ここはまずい、というかここだけはまずい、というか。。

と困惑する俺に、たまにはかあちゃんに面を見せてやれ。そんでちゃんと風呂にも入って、良く寝ろ。

つまりそういうことか。

という訳で、久々の自宅だった。家に入る前に犬の顔を見に庭に周り、かばんやらバンド機材を玄関前に積み上げたままそのまま散歩に出た。

子供の頃から飼っていた犬はいまではすっかりと老いぼれてしまっていた。

小学生の頃はどこに行くにも一緒だったこの犬も、俺が中学だ高校だ、部活だバンドだ、とやり始めてからはすっかりとご無沙汰になってしまった。

犬の散歩から帰ると、玄関先に明かりがついていた。ドアを開けたとたんに暗い廊下の奥からおふくろが顔を出し、しっ、お父さんが起きるから静かに、と人差し指を口にあてて眉を潜めた。

ご飯は食べたの?

ああ、食ってきた。

風呂に入りたいんだが。

明日の朝にしなさい。お父さんが会社に出た後に。

学校遅刻しちまうぜ。

いまさらそんなこと気にするほどまともに暮らしてるとも思えないけどね。

という訳で久々に帰った我が部屋。

ジェイムス・ディーンとキャロルと矢沢永吉。
レッド・ゼッペリンとディープ・パープルとアグネス・ラムに小泉今日子。

当然のことながら出て行った時のまま。

じっとりと湿った布団を捲るとシーツの上に砂が溜まっている。前に帰った時は江ノ島に行った帰りで、砂まみれのまま寝てしまったのだった。ポケットに入っていた砂がベッドに溢れていたが掃除をする間もなく再び家を飛び出していたのだ。

つまりそう、前に出た時のそのままだ。

次にいつ帰れるかわからないからと、レコードやカセットテープやら文庫本やらを片っ端からをかばんの中に詰め込み、そして久々に電話もかけずに音楽も聞かずに一人のベッドでぐっすりと寝た。

翌日、一風呂浴びて二時間目の途中から顔をだした学校。

学校に来るのもまさに久しぶりで、教室に顔を出した途端にクラス中がどよめいた。

よおよお、どうしたよ、とクラス中が俺を振り返り、やあやあ、よろしくよろしく、と俺は精一杯の笑顔でそれに答える。

次から次へと折りたたんだ紙片のメモが回ってきて、読む度に笑いを押し殺して送り主と目配せをしてうっしっし、と笑う。そう、俺にだってそういう高校生ライフがあるのだ。そして俺はなんだかんだいってそれをとても気に入っていたのだ。

そうこうするうちに学年中の不良仲間が集まってきた。授業中だというのに、廊下に溜まった奴らが、開いたドアの間から次々に合図を送ってよこす。窓の外から、おーい、おーい、XXさーんと大声を張り上げる後輩たち。XXさーん、お帰りなさいです~!馬鹿野郎、恥ずかしいからやめろって。全校中に知れ渡っちまうじゃねえか。

大した人気じゃないか、と教壇の上から、嫌味に笑う教師。挨拶が済んだらちょっと大人しくしていて貰えないかな。お前と違って他の生徒は大切な時期なんだ。

そう、こんないけ好かない教師の面さえ、久々に見るとなんとなく愛嬌がないこともない。

教師たちは俺がバンドをやっていることを知らない。俺のやっていることが学校にバレたら多分停学では済まない。ヘタをすれば新聞沙汰だ。その際には辞めることになるだろう。それを知って、学校中の奴らの間には緘口令が引かれていると聞いた。だから心配するな。だから俺達のぶんまえ思い切りがんばってくれ。

という訳で、まったく学校に顔をださない俺の出席率はしかしいつも皆勤賞。つまり、教師の目を盗んで出席帳簿を書き換えてしまう奴らがいるのだ。俺に目をつけた生活指導の車はドブの底に沈み、赤点をくれた教師のもとにはそれとなく脅迫が届き、挙句の果てに、追試の際には10トンの大型トラックの一団が校庭中を走り回った。

なんだ、邪魔にし来たのか、という教師に、逆だよ先生。これで俺を落第でもさせたらあんたがあのトラックに轢き潰されるぞってことだよ。

そして教師は俺に解答を教えてくれた。お前なんかを落第させてこれ以上の悪影響を与えられては堪らないからな。

二時限目の授業が終わった途端に学校中の不良グループがどやどやとうちのクラスに押し寄せてきた。教室はみるみるうちに1年から3年までの不良という不良たちが一同に顔を揃えた。

よおよお、元気だったか?仲間たちと抱き合って肩を叩き合い、なんだよお前、ニグロかけたのか、なかなか渋いじゃねえか、と後輩の肩を小突き、ぽーっとした顔で見つめる一年坊の頬を撫でてよろしくな、がんばれよ、と笑いかける。いつものダチだった。ロック・スターを離れた俺の大切なダチだった。

そんなこんなで3時限目4時限目は仲間たちとサテンにふけてミーティング。つまりは最近の状況報告。飯の後に学校に戻り、良い子派の人達とも挨拶を交わしていた時、3年2組のアラキ・ショウコがすっと俺の後ろに立っていた。

目を伏せたまま、はいこれ、と封筒を差し出した。ラブレターというには封筒がかさばっている。
テープ?
そう、リョウちゃんから。
リョウちゃん?
昨日会ったんでしょ?で、これ渡してって頼まれたの。

お前、あいつの知り合いなのか?

いやまさか、と俺は改めてアラキ・ショウコの姿を見なおした。

アラキ・ショウコは不良ではない。
確かに顔立ちの整った表情は日本人ばなれしたものがある。
スタイル抜群だ、という話も聞いたことがある。
不良ではないがしっかりと髪を脱色し、薄化粧に爪の手入れも忘れていない。
がしかし、スカートが長い訳でも耳たぶにピアスが並んでいる訳でもラメ入りのシャツを着ているわけでもない。
学業も優秀で教師との受け答えにもソツが無い。
がしかし、どこかとらえどころのない、不思議なところにいる生徒だった。

不良グループからも良い子派にも属さない中間色。
美人なくせに浮かれた雰囲気がまるでなく、教室の中では至って地味な女の子。
どこの仲良しグループに属していることもなく、部活に入っていないこともあってその人間像はなんとなく謎。
誰もがそれとなく気にしながらしかし誰とも近づかない女の子。

そんなアラキ・ショウコの口からリョウの名前を聞いた時の俺の驚き。

リョウと知り合いなのか?

アラキ・ショウコはそれには答えずに、ふと顔をあげると、やけに直線的な視線で俺の瞳の奥を覗きこんだ。

リョウ、わたしのことなにか言ってた?

いや、なにも聞いてない。だから驚いている。

リョウのことはこの学校では誰にも言わないで。あんたのことも誰にも言わない。

俺のことって?

あんた、リョウのバンドに入るの?

いや、まだ決まったワケじゃない。

そう、とアラキ・ショウコは言った。

あんたのこと、リョウに言ったのはあたしなの。

ああ、それは聞いた。あるスジから俺のことはよく聞いてるって。

まさかあんたとリョウが付き合うことになるとは思わなかったから。。ごめんなさい。

いや、ごめんって、別に。。

あんたとリョウは違う。違う世界のひと。あんたのバンドとリョウのバンドは違う。同じロックだけど、でもぜんぜん違う。それだけは言っておく、とアラキ・ショウコは言った。

テープ聞いたら返事を聞かせてって言ってた。返事を聞いてこいって言われてるの。できるだけ近いうちに。

でも俺、こんどいつ学校来るかわからないぜ。

あんたがどこにいるかはあたしがよく知ってる。そこにあたしが行く。だからテープを聞いて返事だけ聞かせて。じゃあ、あたし行かなくっちゃ。

そう言ってアラキ・ショウコはふと俺の背後に視線を移した。

振り返ると、クラスの不良派の女達がじっと俺たちを見つめていた。

じゃあ。

ああ、じゃあ。

そう言うと逃げるように教室を出て行った。

ねえ、とすぐによってきたカオリが俺の背中を小突いた。

なによあのオンナ。

あのオンナって、アラキ・ショウコだろ?三年二組の。

だからそのアラキ・ショウコがあんたになんの用があるのよ。

知るもんかそんなこと。

それなに?と渡された封筒を指さされた。

さあ、なんか貰ったんだ。よくわからない。

ちょっと貸して。

いやダメ。

なんで隠すの?

隠してなんかないだろ。ただ俺のもらったものじゃねえか。お前には関係ない。

あ、そう、とカオリはふんと横を向いた。あたしには関係ないんだ。ふーん、そうなんだ。

お前なあ、とむくれたカオリに軽い舌打ちをすると、やっほー、久しぶり~、とやってきたユミやらマキコやらヨーコやらが一挙になだれ込んできて、ねえねえ、元気だった?と腕やら袖やら髪やらを引っ張る。ねえねえ、ちょっと痩せたんじゃない?と頬を撫でまわし、でもなんか今日はいい匂いがするけど、久しぶりにお家に帰ってお風呂に入ったのかな?と聞いたようなことを言う。

ねえ、今日もスタジオ?

ああ、今日は8時からだからそれまでまたマスターのところで皿でも洗うかな。

ならお店の方に行くね。待っててね。

という訳で、アラキ・ショウコに貰ったテープだった。

店に着いてからゆっくり聞こうと思っていたのだが、なんとなく気になって、そして授業が完全にチンプンカンプンになっていることも手伝って、授業中にさっそくウォークマンで聞いて見た。

なんだこれは。。思わずウォークマンのボリュームを絞ってしまった。

まるで高校生の文化祭。スリーコードを覚えたてのガキどもが調子に乗って初期のストーンズのコピーをやっている、とそんな感じだった。スタジオにカセットを置いて録ったのだろう。歪んだギターの音ばかりで他の音はまったくという程に聞こえない。

PANDEMICS とアラキ・ショウコの字であろう手書き。流行りの蛍光マジックで書かれたその文字は学業優秀者には似合わない極端な丸文字だった。

ふと回ってきた紙片。カオリの字だった。

あのおんなはやめて。ぜったい。と書き殴られていた。

6時限目の授業が終わったと同時にユミを筆頭にあのおちゃめな不良グループの女の子たちが一挙に流れ込んできた。
そのまま有無を言わさず両腕を取られてマスターの店に直行。なにか用があるのかと思えばそんなこともなく、俺などいるのか居ないのか判らないように自分たちで自分たちの話ばかりして勝手に騒いでるう。そんな一団が雪崩れ込んできて、狭い店の中は高校生の少女たちのはしゃいだ笑い声に満たされて、それまでいっそりとカウンターで本を読んでいたお客たちが目をぱちくりさせている。

だらかお前はもっと静かにしろって。ここはそういう店じゃないんだよ。騒ぎたいなら駅前のファミレスに行けよ。

そんな俺に、まあまあ、いいじゃないの、とマスターは気味が悪いみたいにごきげんである。はいこれ、とエプロンを渡されて、マスターはそのかわりに俺の座る筈だった真ん中の席にちゃっかりと滑りこんでしまう。

ハロー、マスター、やっほー、お久しぶり、ねえ、マスター髪切った?なんか素敵!と女の子たちに囃し立てられてマスターも嫌な顔はしていない。

あ、そう言えば、カオリは?とカウンタ越しに聞けば、知らない、との答え。

なんかどっか行っちゃったの。そのうち来るんじゃない?あたしたちここにいるって知ってるし。


渋谷でリハが終わったのが10時過ぎ。その後飲みに誘われたが制服であることを理由に断って、そのまま電車に乗ってとんぼ返り。マスターの店に着いた時にはちょうど店を閉めたマスターがドアの鍵を閉めているところだった。

なんか、ついさっきオンナの人が来たよ。とマスターが言った。

おんなのひと?マスターは通常、俺の周りの奴らをおんなのひととは呼ばない。

ああなんか、暗い感じの。なんか水商売っぽい感じの。待ち合わせでもしてるのかと思って、待つかって聞いたんだが、いやなら帰るってな。

ああ、たぶんアラキ・ショウコだろう、と思った。

でも水商売っぽいおんな?だったら違うのだろうか。

マスターと別れて駅に戻る帰り道、通りかかった直管のKHはゴロウの物だった。

一旦通り過ぎてからUターンして戻ってきたゴロ~。ちーっすと挨拶を入れては、実は探してたんすよ、とはしゃいだ大声を上げる。実は、ジンさんから。

ジンが?俺を?

よおよお、と足を踏み入れたアキラの下宿はすでに地元のダチたちで一杯。

隣町の高校の仲間とは違ってここはまさに俺の地元のダチたちの昔からの溜まり場。
こいつらは俺がバンドをやっているなんてことさえまったく気にも止めない昔ながらの腐れ縁仲間。
進学校で不良を気取っている奴らとは違い、ここに集まる奴らはほとんどが中卒。
すでに組の盃を貰っているものも多く、つまりは本ちゃんに限りなく近い。
つまり、俺の本当のまぶだち。いざとなった時に頼りになるのは実はこういう奴らなのだ。

よおよお、と言いながらタバコを強請り、さっそくギターを抱えてファンキーモンキーのイントロを繰り返す。

よお、そう言えばよ、シュウジが峰を投げて寄越した。一本咥えて投げ返そうとすると、いいから取っときな、と顎をしゃくった。パチンコで取って捨てるほどあるぜ。
こういうところが高校のダチとは違う。

シュウジは高校には行かずにぷらぷらとドカチンをしながら最近では組の連中とつるんでいるらしい。
シュウジのことだ。度胸と運動神経は抜群。本ちゃんでも一目置くその惚れ惚れするぐらいの極道ぶりに幹部クラスも頭が上がらないらしい。まあシュウジらしいと言えばシュウジらしい。がそのシュウジも、その隣りにいるジンには徹底的にぶちのめされたことがある。まあ小学生の頃のことだが、しかしここにいる連中はいまもそれを忘れてはいない。

とそんなシュウジは、しかし天敵であるジンのマブダチである俺にも頭が上がらない。なんだかんだと兄貴代わりになって世話を焼いてくれるのだが、時としてうざったいそんなシュウジのお節介に嫌な顔をするたびにジンに窘められる。世話を焼かしてやんな。あいつも寂しいんだ。
そういうジンを俺は本当にすごいと思う。不良の極意は気配りだ。外で親分気質の人間に出会うたびにそんなジンとの共通点に気づく。頭を取る奴が頭を取れるのは喧嘩が強いからでも金を持っているからでもない。つまりは気配りだ。そんな奴らにはこいつのためになにかをしてやりたいと思わせるなにかがあるのだ。

そんなジンが、よお、と俺に声をかけた。

待ってたんだよ。実は話があってよ、と言うジン。そういう時のジンには軽口は挟まない方が良い。

あのよ、お前のバイトしてる店にクロカワってチンピラが来るだろ?

ああ、来るよ。それがどうしたの?

あいつ、最近シャブ食ってるってな。売ってこいって言われたブツを全部てめえで食っちまったらしくてよ。〆られたらしいぜ。

シャブ?エンコでも飛ばしたのか?

いや、そこまでは行かねえ。エンコ飛ばすほどのタマでもねえだろう。ただしばらくは表に出れねえだろうな。人間の顔に戻るにはかなり時間が必要っていうかさ。

そんなにひどくヤラれたのか。

そこまで言うと、おい、とシュウジを向き直った。シュウジ、話してやれよ。

シュウジがその場所に居合わせたらしいんだ。

なんか言ってることがおかしくてよ。後藤の兄貴のバシタの弟が、とかさ。

バシタの弟の?

リョウっているだろ?

ああ、知ってる。この間そのクロカワに紹介されたんだ。

リョウ、と聞いて、ちっと、シュウジが舌打ちした。

後藤とか言ったよな。なんとか会の若頭。そのオンナの、リョウがその弟なんだ。

若頭のオンナの弟?

その後をシュウジが引き継いだ。

リョウの野郎、地元では有名な悪だったらしくてよ。ガキの頃から万引きの常習で何度パクられたか判らねえらしい。ただ誰ともつるまねえ。チームにも入ってねえ。いつもひとり。単独犯でせこい悪さを繰り返してはパクられると知りもしない奴の名前をちくってばっくれようとしやがる。中坊の時にはオンナ襲ったことがばれて危うく入りかけてるって話だ。おふくろは地元のパン助でパチンコだか麻雀だかの負けが込んでてめえの娘をソープに売ったらしい。どうしようもねえ親もあったもんだよな。

したらよ、とジンが話をついだ。

その娘、リョウの姉貴とやらに、後藤がツバつけたらしくてよ。したとたん、あのリョウの野郎、いきなり幹部風吹かせてブイブイ言わせてやがるってさ。

あの野郎、とシュウジの目が暗く淀んでいる。

いずれにしろそのリョウって野郎はろくなもんじゃねえ。いずれどこかで面倒を起こす。その時にお前に関わっていてほしくねえってことなんだよ。

やめとけ、とシュウジが言った。

俺はいずれあいつとケジメをつける。あんな野郎にこのままバッチつけられたら下のものは堪らねえ。その前にぶっ潰す。

つまりそいういうことか。

あいつ、ギター弾くとか言ってたよな、とジン。

ああ、昔おふくろの男がどこぞのギタリストだったらしくてよ。ガキの頃からそのお袋の男とやらに仕込まれていたらしい。が性格があれだろ。メンバーを片っ端から〆ちまうんで人が寄り付かねえ。で、組のチンピラ使って気に入ったメンバーに脅しかけは引っこ抜くなんてザマでよ。でそのバンドとやらを若頭に取りいって芸能プロに売り込んでくれなんて頼み込んできたらしくてさ。どこまでお調子こいてやがるってよ。若頭もねえさんの手前、手を焼いいたんだがよ。

カオリっているだろ。

カオリ?あのハヤカワ・カオリか?高校で同じクラスだよ。

そいつさ、中学の時にリョウに襲われたっていうのはさ。

カオリが?リョウに?

つまりはそういうことだったのだ。これですべてがつながった。

おう、リョウって野郎にはからむんじゃねえぞ。下手をすればお前もとばっちりを食うぜ。それも今回はただじゃ済まねえ。

とばっちり?

クロカワのシャブをぎったのが実はそのリョウだって話だ。さすがに若頭もそれにはカンカンでな。姉さんがなにを言おうが今回限りは勘弁ならねえってな。息巻いているらしいぜ。



翌日、午後近くに起きてそのまま新宿に出てバンドのメンツの溜まり場に直行。3時に機材の搬入してマイクチェックを済ませ一旦溜まり場に帰って軽くコンビニの弁当を食い9時に本番で10時に終了。アンコールが2つ来て12時前に〆。箱を閉めた後の打ち上げのテーブルにハウスからジャックダニエルのボトルが一本。いつもどうもーとやっていたところ、バーテンのタツさんに呼ばれて振り返れば、そこにアラキ・ショウコが立っていた。

アラキ・ショウコ?あのアラキ・ショウコがロフトに?まるっきり似合わない、と思えば、そのアラキ・ショウコは嘗て知ったアラキ・ショウコ、つまりはあの制服を来たアラキ・ショウコとは似ても似つかないまったくの別人。

いやはや、と言った顔でタツさんが俺にウインクした。少年、あんたも隅に置けないね、とでも言ったところだ。

俺もアラキ・ショウコの姿に思わず息を飲んだ。

黒の網タイツに安全靴ならぬピンヒール。パンツすれすれの超ミニスカートの上には見るからに柔らかそうな上質の革のジャケット。その下の胸元の大きく開いたブラウスからはこれみよがしに寄せられた乳房の谷間が誇らしげに覗いている。
それはどこから見ても立派な夜の女の姿だった。

どうも、とアラキ・ショウコは言った。

ああ、どうも、と俺は思わずしどろもどろ。変われば変わるものだ。

そんなアラキ・ショウコをそのまま仲間たちのテーブルに促した。普段から俺をガキ扱いしているバンドのメンツをちょっと見返してやりたい気持ちになったのだ。

がしかし、さぞや驚いているかと見れば、メンバーはすべて妙に冷めた表情で曖昧な表情で挨拶をした後は、そのまま見てみぬふりを決め込んでいる。

宛が外れた俺が話から外されてタバコを吸っていたところ、ねえ、ちょっと話せない?とアラキ・ショウコは言った。

ああ、と俺は楽屋の裏口から続く搬入路を通ってビルの裏口に出た。

へえ、こんな抜け道があったんだ。

ファンの女の子に追いかけられた時の逃げ道、と冗談めかして笑った。

そうね、早くそうなるといいわね、とアラキ・ショウコはまるで大人の口調でそう返した。

で、返事は?って聞かれてるんだけど。

ああ、まあ、なんというか、まあ音聞いただけじゃ判らないけど、俺にはちょっともったいないって言うか。

つまり、断るってこと?

いや、まあ、つまり音聞いただけじゃ判らないけどって言ってるだけでさ。

音はどうだったの?

まあなんというか、録音が悪すぎてよく判らなかかったんだけどな。

そう、そうなんだ、とアラキ・ショウコはまじめにがっくりとした顔をして肩を落とした。

ぶっちゃけギターは良かったよ。リフ刻んでるサイドギターのカッティングはすごく良かった。でも後が悪いっていうか、ぶっちゃけそのサイドギターの音がうるさすぎて他の音がぜんぜん聞こえてこないっていうかさ。バンドのアンサンブルになってないっていうか。

つまりリョウちゃんのワンマンバンドってこと?

そう。いくらギターがうまくてもボーカルを食っちまったらバンドにならねえよな。

ボーカルが弱すぎるわよね。確かに。。

ボーカルの問題だろうか、と思った。つまりそのリョウちゃんが他のメンバーの音をまるっきり聞いていないのがそもそもの原因なのだ。

判った。貴重な意見ありがとう。

いえいえ、と俺は笑った。とそしてその時になって、なんとあのアラキ・ショウコが普通の顔をしてタバコを吸っていることに気づいた。そう、俺はそのアラキ・ショウコが、高校の同級生だということさえ忘れていたのだ。

ありがとう。リョウちゃんにそれを伝えて、その回答をまた持ってくるから。

アラキ、と俺は気を取り直して同級生の名前を呼んだ。お前、あのリョウとどういう関係なんだ?

アラキ・ショウコはそれには答えず、通りかかったタクシーに慣れた手つきで片手を上げ、そして乗り込もうとしたところを再び走り寄って来て、

ライブ最高だった。あなたのことばかり見てたの。一番格好良かった。本当に、本当に素敵だった。と言って、俺のほっぺたに赤い唇でキスを残した。

じゃね。また会いに来るから。

ああ、と俺は返事も忘れて、走り去るタクシーを見送った。

店に帰ると、何だあのオンナ、とさっきとは裏腹に露骨に眉を潜めたメンバーたちがいた。

オンナってあれ?あれは高校の同級生。

同級生?とメンバーが顔を見合わせた。

やれやれだな。

なにが?

あのオンナには近づくな。お前にはちょっと手ごわすぎる。

でも学校では普通の地味~な娘なんだぜ。俺もあんな格好してるのみて驚いたんだ。

だから、とバンマスであるヒデが言った。だからタチが悪いって言ってんだよ。お前には手ごわすぎる。関わりあいうな。ひでえ目に会うぞ。

ひでえ目って?例えば。

例えばもなにもねえ。オンナにひでえ目に会うってのはいろいろだが結果はみな同じってことだ。

よく判らねえな。

つまり、とベースのケンが面倒くさそうに声を荒立てた。

つまり、ヒモ付きのパンパンってことだよ。あのオンナは玄人さん。身体を売っている人。それもかなりの高額で売ってる人。つまりその背後にはこわーいお兄さんたちがうじゃうじゃいて、彼女のお帰りを待ちわびてるってこと。

商品に手をだしちゃダメだな。仁義に反するぜ。

うちのドラマーのエンコ飛ばされちゃあたまらねえからな。

シャブ食ってるぞ、とボーカルのミッキーがかすれた声で呟いた。

それもポンプで入れてる。無理やり射たれてんじゃねえ。てめえで射ってるってこと。つまりジャンキー。

ジャンキー?

高校のうちからシャブをてめえで射ってればまあこの先ろくなことにはならねえな。

ジャンキー?あのアラキ・ショウコが?

その後バンドの溜まり場に泊まり、そこで制服に着替えてセシルに着いたのは2時過ぎ。客はひとりも居ず、がらんとしたカウンターの真ん中でマスターが新聞を広げていた。

コーヒーをください、と俺は言った。マスターは顔もあげずに、ただ顎をしゃくった。自分で淹れろということだろう。そしてVサイン。マスターの分もということか。

サイフォンでコーヒーを入れてカップに注ぐ。ついでに受け皿も用意してお客に出すようにしてマスターに差し出したのだが、いざ自身で飲んでみると、これがまずい。粉っぽくて飲めたものではない。

やっぱりまだまだだね、と言うとマスターは美味いともまずいとも言わずにずずずずとコーヒーを啜っては新聞を読み続けている。

あのおんなまた来たぞ、とマスターはぼそりと言った。お前が来るほんのすこし前だ。今日は制服を着てたが。。あの娘、ちょっとおかしいな。

おかしいって?

この間来た奴いたろ。クロカワ君が連れてきた奴。

ああ、リョウだろ。

そいつだ。なんか似ているな、あいつらは。

似ている?

そう、なんか似ている。同じ匂いがした。

匂い?

そう。なんというか、まあ、夜の匂いだな。

夜の匂い。

お前も気をつけないとああなるぞ。そのコーヒー飲んだらさっさと学校行け。一時間でもいいから授業を受けろ。

午後も相当に遅くなってから教室に辿り着いた俺。当然のことながら仲間連中はすでにすべてばっくれた後。

話し相手のいない机で本当の本当にひさしぶりに集中して授業を受けた。

授業が終わってすぐにアラキ・ショウコのクラスを尋ねた。

ちょうど教科書とノートをかばんに詰めていたアラキ・ショウコがいた。

あら、とアラキ・ショウコはちょっと驚いた顔をした。あらためてこのすっぴんに近いアラキ・ショウコ。どう考えても昨夜と同じ人物とは思えない。一番上まできっちりと留められたシャツのボタン。その下にはあれほど見事な乳房が盛り上がっているのだ。

それを思ったとたん、再び顔が赤くなるのを覚えた。俺はどうかしている。どうもこのアラキ・ショウコは苦手だ。

昨日はどうも、とアラキ・ショウコが助け舟を出してくれた。

ああ、と俺は頭をかいた。

で、どうしたの?と小首を傾げてみせる。まさに完璧な良いところの女子高生の演技だ。いったいこのオンナはなんなのだ。どれが本物なのだ。

照れ隠しに思わず本件から切り出してしまった。

で、リョウはなんだって?

と言ったとたん、アラキ・ショウコの目が鋭く光った。

やめて、その名前はここでは出さないで。ちっと舌打ちしながら辺りを見回すアラキ・ショウコ。だがクラスメイトから、じゃね、また明日、と手を振られると、うん、じゃね、と思い切りの作り笑いを浮かべて手を振っている。そのどれもがアラキ・ショウコだった。すべて同一人物なのだ。それがこのおんなの中にはごく自然に同居している。

ねえ、もう学校で私に話しかけないでくれる?と夜の顔でアラキ・ショウコが言った。

あなたといるところを他の人に見られたくないの。いろいろと言ってくるひとがいるから。

カオリか?

アラキ・ショウコはそれに答えずにじっと俺を見つめた。

あのおんな、とアラキ・ショウコが言った。

あのおんな、いまでもリョウが好きなのよ。だからうるさいこと言ってくるの。ブスの嫉妬よね。ったくタチが悪いわ。

なんだこいつは、と俺は思わず背筋がぞっとした。まるでエクソシストだ。見ているうちに人格がコロコロと変わる。

判った、とアラキ・ショウコが言った。あんただってこんなところで眠たい話したくないでしょ?これからあたしの後ろをついて来て。下手打たないでね。誰にも気づかれちゃだめよ。

そして大きなカバンをぶら下げてアラキ・ショウコが歩き始めた。廊下ですれ違うクラスメイトにいちいち手を振り、そして教師にはぺこりと頭を下げた。



そして俺はアラキ・ショウコを追った。学校から駅までいつもの通学路を歩き、普段とは反対側のホームで逆方面の電車に乗り降りたことのない駅で降り見ずしらない駅前商店街から細い路地裏を抜けてドブ板の上を跨いで、傾きかけたトタン板の小料理屋の二階まで錆びた階段をコツコツの登った。

立て付けの悪い合板の剥がれかけたドア。薄れた表札には「劉」と書かれていた。

アラキ・ショウコは慣れた手つきでそのドアを開けると、さあ入って、と無言で俺を促した。

散らかりまくった家には確実に貧困の匂いがした。それは俺たちの溜まり場におけるあの乱雑さとは違いまさに生活臭の体積と飽和によるものだった。
波をうった畳は足で踏むたびにいまにも底が抜けそうに頼りなく、ベタベタと靴下にくっつくようだ。

汚れた食器がそのまま山になった居間と、脱ぎ散らかした服が山となった部屋を抜け、そして一番奥の部屋。閉めきった暗がりの中にアラキ・ショウコが吸い込まれた。

リョウちゃん、起きて、とアラキ・ショウコが言った。

いつまで寝てるの?もう夜だよ。

うるせえ、と毛布の中からリョウが怒鳴った。

ねえ、お客さんだよ。連れてきたよ、XX君、とアラキ・ショウコは俺の学校での名前、つまり本名で俺の名前を告げた。

よお、とベッドに大の字に寝たまま、寝起きの顔でリョウが言った。それはこの間とは違ってまさに同じ歳の少年の顔。剃り上げた眉が寧ろその幼い表情には似つかわしくない。

ベッドの端に座ったアラキ・ショウコの腰にリョウが手を回し、そのまま無造作にスカートの中に手を突っ込んだ。

やめてよ、XX君がいるのに。

かまうもんか、とリョウは言った。どうせ誰にでもやらせるくせに。いまさら誰に見られようが気にするタマかよ。

バカ、とアラキ・ショウコは言った。学校の友だちなんだよ。やめてよそういうの。

こいつな、パンパンなんだぜ。こんなカマトトぶって高校生なんかやってるけどな。学校じゃどういう顔してるかしらねえけどさ。金で身体売ってるの。パンパン。娼婦。バイタ。ビッチ。

バカ、わたし帰る、とアラキ・ショウコは言った。待てよ、とリョウが起き上がる。全裸だった。陰毛の中から寝起きの朝立ちしたペニスが頭をもたげてぶらぶらと揺れている。

リョウは逃げようとしたアラキ・ショウコの手首を掴んで強引に引っ張ると、そのままベッドの中に突き倒した。

ちょっと、XX君、悪いけど、ちょっとだけ横向いててくれる?いや、見てても良いけどさ。大丈夫、あとでちゃんと回してあげるから。心配しないで、そこで見てて。

ちょっと、やめて、やめてよ。金切り声を上げるアラキ・ショウコの口を塞いでリョウが俺をみてクスクスと笑った。

ベッドの上に立ち上がったリョウは、まるで漁師がウサギの革を剥ぐように、足首を掴んで逆さまにし、暴れるアラキ・ショウコの顔を踏んづけて、この糞オンナ、ぶっ殺すぞ、と頭を蹴りつけている。

制服のまま下だけを剥ぎ取られたまま、リョウはアラキ・ショウコの上にのしかかってそのまま強引に腰を降り始めた。アラキ・ショウコの着けていた下着。透け透けの赤いレースの下着が小さくまるまって床に落ちたスカートの上に乗っている。

ねえ、やめて、やめて、と繰り返していたアラキ・ショウコも、ここまで来てすっかり諦めたのか、そのまますすり泣きとも喘ぎ声ともつかない嗚咽に変わっていた。

ものの1分もかからぬうちに、ああ、終わった終わった、とリョウが立ち上がった。ああさっぱりした。はいお次どうぞ、とリョウは俺に言った。悪いけどそこのテイッシュ取ってくれる?

リョウは濡れたペニスをテッシュでくるんでトイレに立った。

ベッドに残されたアラキ・ショウコが、むき出しになった陰毛も隠さずに、くそっ、サイテー、と舌打ちする声が聞こえた。

ごめんね、私にもテッシュ取ってくれる?

あと、できればたばこを一本、とちょろっと赤い舌を覗かせては、もういちど、あいつ、さいてーだよね、と苦笑いを浮かべてはくすりと笑った。

トイレでTシャツとジーンズに着替えたリョウが帰ってきた。

あれ、まだしてないの?気になるようなら俺、ちょっと外でパチンコでもしてくるけど。

いや、俺も行かなくっちゃいけないし。これからリハなんだ、と俺はアラキ・ショウコを見たまま言った。

まあそう固いこと言わないで。ちんちん固くならなかった?ちょっとあっさりし過ぎたかな。

とそんなことを言いながら、ガチャガチャとカセットの山をかき回して、あったあった、とテープを突っ込んでガチりとプレイボタンを押した。

これをさ、あなたに聞かせたかったんだよ。

曲が流れ始めた。この間の糞バンドのテープかと思えば、それはストーンズ。タンブリング・ダイス。

このギター、本当に最高だよな。

確かに、そう、メインストリートのならず者。このアルバムのキース・リチャーズのギターは最高である。

こういうのをやりたいんだよ。こういうバンド。こういうのをさ。ストーンズみたいなバンドさ。

いまさらこいつはなにを言ってるのだ、と思った。
ストーンズみたいなバンドをやりたい。世界中の誰もがストーンズみたいなバンドをやりたい、と思っていながら誰一人としてできた人間はいない。
やればやるほどにその現実に気付かされる。やったことのない人間だけが、ストーンズみたいなバンドをやりたいなんて脳天気なことを言ってられるのだ。

そんな俺の気も知らずに、ストーンズやりてえよな。本当にさ。とキッチンの奥からリョウの脳天気な声がした。

はい、これ、おみやげっていうか、お近づきの印に。

と銀紙を差し出した。ビニール袋から塩の結晶を落とし、はいどうぞ、と嬉しそうにライターを渡した。

これ、シャブ?と俺は聞いた。

これ、シャブ?だってさ、とリョウは笑った。見りゃわかるだろ、シャブだよシャブ。かくせーざい。

それを聞いてアラキ・ショウコもケラケラと笑った。そっかー、カクセーザイだったのかあ、知らなかった。

人間やめますか?はい辞めます、とかね。

もう辞めてます、とっくで~す、とかさ。

ねえ、もったいないよ、とアラキ・ショウコが言った。煙で吸っちゃたらもったいないよ。もう残り少ないんだよ。もうなくなっちゃうよ。

なくなったらまたクロカワを走らせればいいさ。あの野郎、すっかりシャブ漬けになっちまいやがってさ。シャブなしじゃあ糞もできねえってよ。

その前にバンドの話をしねえか、と俺は言った。ラリる前に。俺これからリハなんだ。行かなくっちゃいけねえ。

ほら、やっぱりプロは違うよね、とアラキ・ショウコが言った。あんたもバンドやりたいならラリる前にちゃんとバンドの話しなよ。

ラリらなくっちゃバンドなんかできないだろって、とリョウが言った。キース・リチャーズを見習わなくっちゃ。おい、これやらないのか?やらないなら俺がやっちゃうよ。

ねえだったら煙でなんかやめようよ。もったいないよ、とアラキ・ショウコが繰り返した。

だったらおまえ、そんなところで転がってねえで早くポンプ持ってこいよ。

飛び起きたアラキ・ショウコがふんふんとストーンズに合わせて裸の尻を震わせながら奥に消えた。

で、どうだった?とリョウが聞いた。

どうって、なにが?まさかアラキ・ショウコのことを言っている訳じゃあるまい。

だからさ、あのテープさ。うちのバンドの。

ああ、と俺は曖昧に返事をした。ラリる前に言ってやるべきだろうと思った。

正直いって最悪だな。

やっぱりな、とリョウは実にあっさりとそう言った。

でもギターは良かったろ?とリョウは続けた。

ギターの音がうるさくてほかがぜんぜん聞こえねえって。

それを聞いてリョウがさもおかしそうにケラケラ笑った。だってギターの音以外、聞こえても聞こえなくてもおんなじだろうって。

それには答えずに俺はストーンズを聞いていた。良いバンドだな、と思った。確かに良いバンドだ。本当にこういうバンドをやりたいものだ。それは常々思っているのだが、なにをどうしたら良いのか、演ればやるほどにわからなくなる。

やっぱりな、最悪か、とリョウは繰り返した。

ふと振り返ると、そこにアラキ・ショウコが立っていた。

制服を脱ぎ、白いキャミソール一枚。太ももの上から三角の陰毛が丸見えになっていた。

なんだよお前、もう射っちまったのか?

それには答えずに、アラキ・ショウコがどさりと、ベッドの上に寝転んだ。

こいつ。。とリョウがにやりと笑う。

いかにもいい女だろ、と自慢している風だった。確かにいいオンナだった。むらむらとその薄いキャミソールを剥ぎ取りたくなった。

やるかい?とリョウがクスクスと笑った。シャブでも、こいつでも、とそんなアラキ・ショウコに顎をしゃくった。

うーん、とベッドの上のアラキ・ショウコが寝返りをうった。白い丸々とした尻が露わになり、股の間からは湿った陰毛がはみ出していた。

そんな俺をリョウがにやにやと笑って見ている。

俺のバンドを手伝えば、このオンナもシャブも嫌というほどやらしてやるよ。

バンドやる気あるのか?と俺はリョウに聞いた。

ああ、やる気はあるさ。やる気はあるんだがメンツが揃わなくてよ、と立ち上がったリョウが奥の部屋に消えていった。

俺は取り残されるようにベッドに転がったアラキ・ショウコに目をやった。

アラキ・ショウコがまた寝返りをうった。めくれ上がったキャミソールの下から形の良い小さなへそが覗いていた。

掠れた声で、ねえやらない?とアラキ・ショウコが言った。

乱れた髪のなかで目をつむって、そしてうわ言のように、ねえ、xx君、しよう、ねえ、xx君、ねえ、xx君。

アラキ・ショウコの力を失った手が、俺の膝に伸びてきた。

ねえ、お願い。一回でいいから。わたしのこと嫌い?地味だから?パンパンだから?あたし、あなたのこと好きだったの。ずっとずっと好きだったの。。ずっとずっとすごくすごく好きだったの。

その姿はあまりに悲しすぎた。
その時になって俺は始めて、この数日の間、アラキ・ショウコと恋に落ちていたことに気づいた。

ねえ、カオリがいるから?と突然真顔になったアラキ・ショウコが身を起こした。

ねえ、カオリなの?カオリとしてるの?あたしよりカオリの方がいいの?

くそったれ、とアラキ・ショウコが憎々しげに毛布を蹴った。あのオンナ、性懲りもなくまた邪魔しやがって。あのオンナ、あのオンナ、あのオンナ。

ねえ、やろうよ、と金切り声を上げてアラキ・ショウコが俺の手を引いた。ねえ、一回だけだから、やるだけだから、中に出してくれていいから、ねえねえ、なんでよ、やるだけじゃん。一発抜くだけだってば。簡単じゃない、やろうよ、ねえねえ、やろうってばあ。

亡霊のように騒ぎ続けるアラキ・ショウコに腕をひっぱられ、俺はそのまま床に膝を落とした。頭がアラキ・ショウコの胸の上に乗った。頬の下に柔らかい乳房の感触があった。

ねえ、しよ、と耳元に口を寄せてアラキ・ショウコがつぶやいた。ねえ、やろ、ねえ、やろ。

その時、いきなり頭の上からリョウが倒れこんで来た。

この糞オンナ、また性懲りもなく、俺に隠れてこそこそと。

バカ、あんたじゃない、とアラキ・ショウコが暴れた。

俺を挟んでリョウとアラキ・ショウコが揉み合いを始めた。キャミソールの下の乳房が痛いぐらいに頭に押し付けられて、ふとすると唇の先に固く尖った乳首があった。

やめて、やめてよ、あんたじゃないの、あんたじゃなくて、xx君、xx君としたいの~。

くそ、このシャブチン、入らねえよ、くそったれ、シャブチンが入らねえよ。

ようやくそんな二人から身体を起こしたと同時に、リョウが本格的に腰を降り始めていた。

バカ、どいてよ、あんたじゃないの。あんたなんか大嫌い。くそったれ、どけよ、どけってば。

うるせえ、とリョウはアラキ・ショウコの頬を張った。黙らねえと次はパンチくれるからな。

バカ、死ねばいい。あんたなんか死ねばいい。

うるせえ、シャブ中が、とリョウが言った。シャブさえ食わせれば誰とでもやるくせに。このシャブ中のやりまんが。腐れマンコのパンパンが。


ストーンズが鳴っていた。LET IT LOOSE。


外にでると世界はすっかりと夜に没していた。

買い物帰りのおばさんと、仕事帰りの人々で犇めき合う街。
電車を待ちながら駅のホームで錆臭い空気を胸いっぱいに吸い込んだ。まるで身体中に酸素が溶け込む気がした。

シャブか、と改めて思った。

俺の存在などすっかり忘れてしまったように身体を絡め始めた二人を後に部屋を出た。

正直に言えば、そんなアラキ・ショウコの裸体をいつまでも見ていたかったのだが、その先に見えている結末はすでにわかりすぎるほど判った気になっていた。

酷い目に合うぞ、といったヒデの言葉が蘇った。

オンナにひでえ目に会うってのはいろいろだが結果はみな同じってことだ。

部屋を出るまで、背中にミック・ジャガーがLET IT LOOSEと繰り返していた。

馬鹿野郎、と俺はしかしにやりと笑った。

銀紙の上に置かれたシャブ。俺はそれをちゃっかりぎってきていたのだ。

LET IT LOOSE。

ヒデの言うとおりだ。確かに、俺には少々手ごわすぎたな。

ALL DOWN THE LINEが始まる前にこの部屋を出ようと思った。

そして追われるように部屋を出た。


その後、リョウが逃げていることをシュウジから聞いた。

逃げようたって逃げ切れるものじゃないんだけどな。世界中どこに逃げたって逃げ切れるもんじゃねえってことが判ってないのかな。

オンナは?と俺は聞いた。

オンナ?おんなって?

だからリョウのオンナさ。

さあな、オンナの話は聞いちゃいないな。

それを聞いて心底安心した。


卒業式には出なかった。ギグが重なったこともあり、それよりも面倒くさかったのだ。心はすでに高校から遠く離れてしまっていたし、ろくに出席さえしなかったのに卒業式を素直に喜ぶことに後ろめたさがあったのだ。卒業式に出ないことこそが俺のケジメという気がしていたのだ。
がしかし、世間はそういうわけにはいかない。
学校から連絡があり、卒業証書を取りに来るようにと告げられた母親がまた例によってヒステリーを起こした。
さすがにやばいと思ったのか、アキラの部屋を訪れた姉貴から地元のダチに伝言が回され、そして俺のところに知らせが届いた。
卒業証書を学校に取りに来いとのこと。
俺はその時にたまたま居合わせた極東xx会のアキさんと一緒で、そのアキさんが幹部から預かったフィアットを乗り回しているところだった。
だったらついでに、と学校を訪れ、校庭から職員室の目の前までフィアットを乗り付けた俺達は、これみよがしに廊下に痰を吐きながら土足で職員室に向かった。

ドアを開けたとたん職員室が騒然とした。悲鳴を上げて逃げまわる教師もいた。殴りこみだ、と叫んでいる奴までいた。

まったくだな、となんとかアキさんが薄く笑った。
まったくだね、と俺はそんなアキさんと顔を見合わせて、そして二人して肩をすくめた。
ちょっと悲しくなった。
それはアキさんにしても同じだったかもしれない。

いの一番に逃げ惑っていた担任の教師が、他の教師から背中を押され、そして投げるように卒業証書を渡した。

読まなくていいのか?名前を呼んだりとかさ、とアキさんが教師に言った。

いちおう、俺の大切な弟分の、記念すべき卒業式なんだ。ちょっと遅れたけどな。高校ぐらい出してやりたかった。立派なもんじゃねえか。お祝いの言葉ぐらいかけてやっても罰は当たらねえだろう。

いや、あの、と教師はいまにも膝が砕けそうなぐらいに怯えきっていた。

いこう、もうこんなところに用はねえよ。

そして俺達は思い切り肩を揺すりながら学校を後にした。

さらば高校時代。さらば青春の日々。

ゴメンね、と俺は素直にアキさんに言った。
良いってことよ、とアキさんは俺の肩を抱いてくれた。
なぜか無性に涙がこみ上げてきた。なぜか無性に。。

その後、フィアットでさんざん校庭を走り回った。
砂埃を舞い上げてドリフトとスピンを繰り返してはゲラゲラと笑ってやった。
ふたりとも顔中が埃で真っ白になった。目尻にだけは黒い筋が残った。

あの時、そう言えばアラキ・ショウコはどうしたのだろう、と思った。あの娘は卒業できたのだろうか。まさかあのままリョウと一緒に逃げたわけではあるまい。ちょっと職員室に戻って聞いてみようかとも思ったが、それこそ警察を呼ばれるだろうと思っててやめにした。

あれからアラキ・ショウコには会っていない。

リョウがばっくれた後、あの娘はいったいどうしたのだろう。

シュウジからも高校時代の仲間からも、アラキ・ショウコの噂は一切聞かない。

大学に進学したのだろうか、あるいは二人で一緒に逃げ回っているのだろうか。

どういうわけだか、カオリは俺とリョウとそしてアラキ・ショウコとのことを知っていた。

誰が話したのだろう。あるいはオンナの勘というやつか。

そしてリョウと、そしてアラキ・ショウコのことをこれでもかというぐらいに教えられた。

聞けば聞くほどにかわいそうな奴らだった。あなたとは違う、と言ったアラキ・ショウコの言葉の本当の意味がそれで理解できた。

そしてアラキ・ショウコが、そんな違う世界に足を踏み込んでしまった理由はなんだったのだろう。

あのオンナはずっと淫乱だったの。子供の頃からずっと。
お父さんとしてるって噂があってさ、お母さんが出ていったのもそれが理由だった噂だった。
お父さんの子供ができちゃったんだって。
絶対誰にも言っちゃだめって言われてたけど、私の地元で知らない人なんていなかったわ。
だから地元の高校にいけなかったのよ。
そういうことも、私と同じ、なんだけどさ。

幼いころに両親の離婚したカオリは、そんなアラキ・ショウコの不幸な生い立ちについて、
おやじとも父親とも言わず、おとうさんと言った。
カオリにはカオリで色々あるのだな、と思った。

そしてその後、俺の身にもいろいろなことが起こった。

いくつものバンドを掛け持ちし、女から女へと渡り歩き、
そして、日本から転げ落ち、アジアのドブの底から、
そしていつしか、アメリカ合衆国。
何度も死にかけ、何度も死んだほうがましだという最悪の経験をさせてもらった。
そんな長い旅の中で、そしてそんな俺の記憶の中に、いまになってもこのふたり、
リョウとアラキ・ショウコと絡んだたった一週間の出来事がなぜか克明に刻み込まれている。

そして俺はリョウに言いそこねた言葉をいまも繰り返していた。

キース・リチャーズがすごいのは、らりっていたからじゃない。

どんなにらりっていても、音楽を忘れなかった、ということがすごいのだ。

その凄さは、後に俺自身がヤクにはまった時に心の底から思い知らされることになった。

酩酊の底を漂いながら、こんな状態になっても音楽を忘れなかったキース・リチャーズという人はいったいどんな人だったのだろう、と考え続けた。

ああ、俺もリョウと同じだ。アラキ・ショウコが居ない分、それよりも格下だ。

こうして人生を経て、ろくでもない経験を積めば積むほどに、キース・リチャーズという人の凄みに気付かされることになった。

そしていまも、すでに中年期にどっぷりと足を踏み入れたこの歳になっても、あの時のアラキ・ショウコの姿が目に浮かぶことがある。
かみさんが里帰りをした一人寝の夜、いつも決まってあの時のアラキ・ショウコの姿がありありと浮かんで来るのだ。

あの時、アラキ・ショウコを抱かなかったことを、俺は多分一生後悔していくだろう、と思っている。

それはまさに、刻印のように、俺の胸の内に刻み込まれたまま、色褪せることはない。

LET IT LOOSE

キース・リチャーズのあの不敵な笑顔に、なぜかアラキ・ショーコのあの可憐な姿が、重なりあって見えてきたりもするのである。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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