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「誰でも行ける戦争見物 ~ SOF」

Posted by 高見鈴虫 on 12.2014 旅の言葉   0 comments   0 trackback
おっと、SOFじゃねえか。

ちなみにこんなものがまだ世の中にあることさえ信じられないのだがな。

まさかとは思ったが、WEBページがあったとは知らなかった。

SOF = ソルジャーズ・オブ・フォーチュン

つまりその昔は、世界を股にかけるプロの戦争屋、つまりは傭兵と呼ばれる奴らの業界紙であった訳だ。

ちなみにこの雑誌、俺が実際に戦場に行った時、いたるところ、安宿のロビーで、レストランで、
そして、長距離バスの待合室にまるで当たり前のように転がっていた覚えがある。

そしてかくなる俺も、
このSOFのページを引きちぎってはケツもポケットに突っ込んで、さあ、次はどこのドンパチに加わるかな、と爪楊枝で前歯を突いているような連中と、
実際にヒッチハイクして回っていたことがある。

いまだにそんな馬鹿げたことやってる輩がいるとは思えなかったが、やはりそういう連中はいつの時代にもいるのだろうなあ。

ちゅうわけでそう、まあ世の中にはそういう奴らも本ちゃんで実際にいる、
ということをちょっとはそんな世界を現実的に、つまりは身近に感じることもできるのではないか?

ってなわけで改めて言わせて貰えば、

日本に暮らしていて欲求不満がたまるのはとっても良く判る。

実は俺もそうだった(爆

日本に居ると、もう身体中を見えない真綿でがんじがらめにされては押しつぶされてしまうような気がして、
苛立ちに思わずブチ切れそうになるのを抑えるのに精一杯。
でその苛立ちブチ切れを抑えるのにまたとんでもないストレスを抱え込むことになって、とまさに悪のスパイラルを真っ逆さま。

ああ俺はそのうち、ひょんなことから大事をやらかして、いつかきっと遠いところに行く羽目になるだろうな、と覚悟していた部分があった。

がしかし、それがどうしたことか、騙されたと思って一歩日本を出た途端に、オーママミア!まさにここは別天地!!

つまり、死ぬ自由、殺される自由が満載。

くそったれ、もう誰にも何にも言わせねえぞ、勝手にぶっ飛んで勝手に死んでやるつもりだが誰もなんにも気にするな、
とまあ、つまりは超解放感。

で旅の間はその超開放感のなかで思い切り羽を伸ばして過ごすのであるが・・

それが、元気いっぱいで日本に帰り着いたとたん、そのまさにネガティブ・ヴァイブレーションの中で早くも窒息状態。

空港から東京に着いた頃にはもう世界で一番元気の無いひとに成り下がってしまっていて、おいおい、旅の間に培ったあの無敵感覚はいったいなんだったんだよ、ああ、旅に帰りたい、とさめざめと泣けてくる、とまさにその繰り返し。

そんな感覚は実はいまもまったく変わっていなくて、日本に帰るたびに、身体中が拒絶反応。
もうここにだけは帰ってこないぞ、と世界中にファックマークを出したくなるほどにイライラのしどうし、と鳴ってしまうわけだ。

で結論から言えば、ぶっちゃけ日本というところ。つまりはそういう国なんだよ。

ちゅうわけで、俺のような、そしてたぶん、お前のような、言ってみれば特異体質、つまりは日本よりも海外の方が性に合うってな奴らには、日本はもう徹底的に向かない。なにからなにまで俺たち用には作られていない、ということな訳で、それを良いの悪いの言うぐらいなら、さっさとそういう間違った場所はおん出てしまったほうが全ての人々の為にもなる、というのをなるべく早く悟ったほうがよい、と思うんだよね。

ちなみに日本を一歩でも出れば、それはつまりは団体旅行とか言うのではなくて、裸一貫、たった一人でということだが、した途端、そんな似たもの同士、つまり日本をいぶり出された元気ヤロウが、よお、お前もか、俺もだ、ばかやろう、とごきげんな笑いを浮かべて手招きしてくれる、という訳。

ちゅうわけで、そう、日本はつまりはそういうところ。寿司屋にラーメンがないように、日本には元気やろうはいない、ただそれだけの話。

日本がそういうところであることは別に誰のせいでもないし、
そして、俺達のような日本不適応者が、日本と波長を合わせられない、というのも誰が悪い訳でもない。

寿司には寿司の、ラーメンにはラーメンの良い所がある。

ただラーメンが食いたかったのに寿司屋にきちまった、というような、間違った場所に居合わせてしまっただけ。
それが気に入らないのならぶつくさ文句を言う前にさっさとけつ捲って出てしまった方がいいよ、まじで。



ちゅうわけでそう、日本が最も嫌うタイプってのはどういう人かというと、実に一言、元気な人。

日本はねえ、公家文化の国だからね、つまり元気な人がきらい、迷惑なわけで、そう、お前も子供の頃から言われたでしょ?

静かにしなさい!

そう、この静かにしなさいを、何度も何度も何度も何度も、言われて来たわけでしょ?

あんまりにも静かにしなさい、静かにしなさい、を何度も何度も言われるんで、しまいには俺ってなんかおかしいのかな?なんて思ったりもしなかった?

つまりはこれ、日本は元気のある奴がきらい、ということから来るわけで、それがすっかり社会常識になってしまっている。

下手をすればこの日本、ちょっと元気過ぎる奴がいるとすぐに警察沙汰にされてしまうってなところがあって、そう、この日本という国、元気な奴らにとっては本当の本当に生き辛い国。

だからね、みなさん、俺達はちょっと元気が良いだけなの、といくら言ってみても、誰もそんなこと知ったことじゃない。あるいは、またいつものやつで、しーっ!静かにしなさい、とやられるだけ。で、なんで?なんでなの?とやればやるほど警察やらなにやらが集まってきて本当にタチが悪い。

という訳で、本当はもう心の底から思い切り大騒ぎしたいのに、と怨念を為に貯め続けて欲求不満でブチ切れそうになりながら、世間で言われる「切れやすいタイプ」なんていうバカなレッテル貼られたくないばっかりに我慢に我慢を重ねて、とやっているんじゃないの?実は。


だがしかし、どうしてもどうしても静かにしたくなかった連中はね、そう、迷うことはない、もう脱出しかないよ。

つまりはそんな元気な連中ばかりが集まったところ、元気でいることが悪いことでもなんでもない世界に自分から出かけて行けばよい訳ですよ。

という訳で、犯罪者予備軍と言われながら実はただ元気が良かっただけのみなさん、

悪いことは言わない、日本なんて、そんな世界で一番ちょろい連中の揃った、
ちーっちーぱっぱの幼稚園のような、女子供とおかまばかりのようなところで粋がっていないで、
さっさとそんな馬鹿みたいな場所はおん出て、自分のための自分の場所を探したほうが身のためだよ。

少なくともそんな欲求不満を、例えば掲示板に馬鹿な投稿を繰り返したり、
ゴミのようなホームレスで喧嘩の練習をしてみたり、
妄想の中にハマり込んだ挙句、一番弱いやつ、つまりは女子供に通り魔やるように無駄に消費してしまうぐらいなら、

あるいは、そう、もしもそういうことを本当にやりたいのなら、
いっそのこと、本ちゃんの戦場、実弾の飛び交う中で、本当の本当に死が隣り合わせになった感覚ってやつを学んでくるのが一番だと思うんだけどどうかな?

という訳で、また俺のバカ自慢なんだけど、つまり俺はそうした、というか、そう戦場を目指した。

で、発見したことと言えば、
そんな思い切り元気な奴らにとって、戦争はまさにおもちゃ箱!

ヘミングウェイではないが、死なない戦争ほど面白いものはこの世にはないってぐらいで、

まじで、もう、本当に面白いぜ。
血湧き肉踊るじゃないけど、本当に身体中に力がメキメキ湧いてきてさ。

おおおお、俺は、俺は、俺は、生きてるぞ!!!ってほんと叫びたくなるぐらいに生きる充実感なんてのが燃え上がるのを感じることができる。

ちなみに俺は、砂漠のどまんなかで月を見ながら、ああ俺は神様に愛されている、そして俺は、神様に愛されている俺自身をとてもとても愛している、という、まさに、自分自身を完全に把握している、という、チャールズ・マンソン言わせるところの「超覚醒状態」の体験もすることになって、ああ戦争に来て本当に良かったなあ~、と思ったりもしたものだ。

で、そんな極限状態での充実感の中に生きていると、どういう訳か身体中に今までまったく気が付かなかったいろんな能力が目覚めるのが判って、これはまじな話、本当に背中に目がつく、というか、自分の身の回りで起こっていることへの感覚が五感を飛び越えて、オーラ、あるいは「気」として把握することができるようになるんだよね。

これ実際に戦場を渡りあるいた奴はみんな言ってるよ。

スターウォーズじゃないけど、フォースアイ、という奴で、つまり第六感が異常に敏感になって、危険を事前に察知できるようになったり、気配を感じて身体が先に動いている、なんていうまるで神業的なことがいつの間にか自然にできるようになってきたり。

ただね、ここで一つ言わせて貰えば、

この第六感が異常に発達してしまった状態で文明国に帰り着いたりすると、いままで緊張に張り詰めて身体中にビシビシと走っていた気合みたいなものが行き場所を失って伸びたゴムみたいにブランブランになってしまった挙句、身体中があの気合ビシビシ状態を求めては軋みを上げ始める訳で、多少のことですぐにブチ切れてはいつなんどきも神経が過敏になりすぎてよく眠れず、というまあ言ってみればPSD的な症状に陥る事になるわけで、つまり、この戦場の恍惚感みたいなものを一度感じてしまうと、もう文明国に生きていくのがとてもとてもつらくなってしまったりもするのだよね。

やばいところをずっと渡り歩いてきた奴が、ひとたび安全な文明国に帰って来ながらすぐにまたやばい場所に旅立ってしまうのは、つまりはこれが理由。PSDと言ったらまさにPSDなんだけど、つまりはその極限状態における充足感の快感から逃れられなくなっているってことなんだよね。
でも俺的にはそれはそれで悪いことじゃないと思うんだよね。

極限ばかりにいるとそれこそ神経が張り切ってそのうちプチッと来ちゃったりもするので、まあ要はバランス、というか、おせちもいいけどカレーもね!じゃないけど、文明もいいけど戦場もね、でも十分にOKじゃない?ぐらいのゆるさが大切なんじゃないかな、と思っていた。

ちゅうわけでそう、まあ余計なことだらだら書いてるけどさ、
そんな奴ら、つまりは極限状態での超覚醒を目指しちゃう、みたいな輩にとって、
日本はまさに最悪の場所。

あの清潔感と、公家的な超管理社会の中にあっては、生の実感も無ければ死の尊厳さえもないわけで、
人が死ぬということ、人に殺される、ということがいったいどんなことであるのか、
そして、そんななかで、自身がまだ生きている、ということがいったいどれだけ尊いものなのかっていう、
つまりは生きる喜びの基本中の基本みたいなものがまったく曖昧になってきちゃう訳で、
これこそがまさに、真綿で首を絞められる状態そのもの。

こんなところで飼い殺しにされるぐらいなら、いっそのこと戦場での極限の充実感の中でぶっ飛んでしまいたい、と思う気持ちも凄くよく判るんだが、改めて言えば、それを日本でやってはいけない。

寿司屋にラーメンがないように、日本には戦場がなくてあたりまえ。

そんな戦場での美学をわざわざ日本に持ち込むこともない訳で、
寿司屋でラー油ありますか?ない?ないってのはいったいどういうことだ馬鹿野郎、舐めてるのか、ぶっ殺すぞ、とトチ狂っているのと同じこと。

つまりは場所をわきまえなさい、ということなんだよね。

どう、これ聞いてちょっと安心しない?

つまり、その苛立ちの中で出口をなくして妄想に走っちゃうなんてのじゃなくて、
ただたんに、俺は日本は合わねえから、合うところに行きます、さようなら、でぜんぜんOKってやつでさ。

ちなみに俺は、高校生の時に、そんな俺の将来をまじめに危惧してくれた先公から、「気分はもう戦争」ってな漫画を読まされて、おおお、まさにこれだ!と思った訳だ。

つまり、ハチマキ、ではないけれど、実際に自力で戦争に行けるのかよ、だったら行かなくっちゃだな、と思ったわけで、暴走族もパンクロックもいきなり色褪せてしまった、というか、そう、男の極限の遊びは戦場にあり!まさにその通りなんだよね、実に。

なので、そう、いまそんな日本でブチ切れそうになっている奴、日本で騒ぎ起こして遠いところに幽閉されてはロボトミーみたくされちゃうよりは、さっさと日本を出る、もうこれ以外に道はない、と思うがどうよ?


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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