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「スモーキー・マウンテンの白い女」

Posted by 高見鈴虫 on 16.2014 大人の語る怖い話   0 comments   0 trackback
ご質問を頂いたのでお答えします。

これまで一番怖かったことは・・・


出張中、霧雨の夜のスモーキーマウンテンを走っていたところ峠道に白い女がひとりで立っていました。

状況からしてどう考えてもこの世のものとは思えず、そのまま通り過ぎようとしたところ、

こともあろうにその女の幽霊が車に乗ってきてしまいまして。

危うく憑り殺されかける、という体験をしたことがあります。

♪ ♪ ♪


米国東中部にグレート・スモーキー・マウンテンという山脈があります。

スモーキーの由来はいつも雲がかかっていて山全体が煙って見える、ということからで、鬱蒼と茂る森の中、いまもエルクの群れや、時としてブラック・ベアが出没するなど、豊かな自然が手付かずで残された自然公園で、シーズン中には全米各所から自然愛好家たちの集まる観光の名所。
地理的にはこの山脈を挟んで米国の東部と南部が分かれるという意味合いもあり、古くはかのチェロキー・インディアンとの死闘が繰り広げられた場所でもあり、その後の南北戦争時代にはこの土地の各所で激戦が行われたということから、古くからその類の逸話が多数記録されてきた因縁の地としても知られています。

当時、私はニューヨークでエンジニアの端くれをやっておりまして、その仕事の中に、半年に一度、定期点検という名目でこのグレート・スモーキ・マウンテンを挟んで西のテネシー州と東のノースキャロライナ州に点在する顧客先を尋ねる廻る、というものがありました。

まあ定期点検とは言っても、作業そのものはまったく大したことはなく、担当者への挨拶がてら決められた点検項目に従ってバッチを起動して、問題がなければ「異常なし」とやるだけ。
一日のほとんどはただひたすらにフリーウエイをぶっ飛ばして次の客先へと向かうその移動時間。

普段から机に噛り付いての内勤職がどうにも性に合わなかった私としては、この半年に一度の出張旅行は、半ば骨休めの休暇扱いという意味合いも強く、まあのんびりドライブして息抜きしておいでよ、という気楽なもの。

ただ時として異常事態発生、なんてことになると、その後の予定がすべて狂ってしまうという関係上、事前に厳密な予定も立てられず、ホテルの予約も取らぬままにまさに成り行き任せ。誰に気兼ねする訳でもなく、日がな一日お気に入りの音楽を流しながらフリーウエイとぶっ飛ばし、夜が更けると街道沿いにVACANCYと灯りの点いたモーテルを見つけて泊まり歩くという、まさにアメリカならではの出張旅行でした。

そんな訳でこのテネシー州とノースキャロライナ州。

個人的にはやはり断然テネシー州。

黒人音楽の中心地であるメンフィスと、カントリー、つまりは白人音楽のメッカであるナッシュビルを結ぶミュージック・ハイウエイから始まり、かのエルビス・プレスリーの軌跡から、各所に点在する自然公園からと、なんだかんだとこのテネシー州には愉しみが多い。

風景も美しく、飯も美味しく、年間を通じて気候も穏やかなことから、どこかのんびりとした雰囲気があって、そしてとにかく人が優しい。

それに引き換えノースキャロライナなんですが、そんなテネシーに比べるとどうもギスギスした雰囲気があって、やはりここは東部なのだな、と感じることもたびたび。
ちょうどノースキャロライナ側の担当者がちょっと癖のある人だったこともあって、できるだけノースキャロライナ側での滞在を少なくし、仕事が終わったとたんにテネシー側に飛んで帰る、という行程を組むことが多かったです。

でまあ、その時にもなんだかんだでテネシー側のお客さんに引き止められて予定がのびのびになってしまい、ノースキャロライナの客先に到着したのが午後もかなり遅くなってから。なんだかんだと作業しているうちに仕事が終わったのが既に八時過ぎ。無人の駐車場に転がり出た頃にはすっかり日が暮れてしまっていたのですが、どうもノースキャロライナ側で夕食を取ったり宿泊したり、という気にはなれない。

できればちょっと無理をしてもテネシー側に舞い戻っておけば、翌朝の予定にも少し余裕ができる、という訳で、降り出した雨にも関わらず、そのままテネシー側にトンボ返りをすることに決めたのです。

と言う訳で、その雨の夜。確かハロウィンを過ぎサンクスギビングの連休を前にした秋も終わりに近づいた頃だったかと思います。

グリーンズボローを経由してインターステイツ・フリーウエイに乗り、まずはアッシュビルを目指します。

普段はキャロライナ・ブルーと言われる緑の平原と青空の広がる地方ですが、生憎の雨。しかも夜です。

アメリカのフリーウエイというのはなんとも殺風景なもので、行けども行けども同じ風景が永遠と続くばかり。白い車線と先行車のテールランプを追いかけるばかりでなにもすることがない。ついついうスピードを出しすぎてはっとすると100マイルを軽く越えているなんてこともたびたびで、そうでもしなければついうとうとと眠くなって来てしまいます。
がしかし、そこはやはりアメリカ。
アメリカと言いえばやはりハードロック天国という訳で、ガンザン・ローゼズから始まり、モートリー・クルーからメタリカからニルバナからと、とにかく威勢の良い音楽をこれでもか、というぐらいに大音響でかけまくる。

改めてこのハードロックという音楽。
この出張に向けて実に色々な音楽を用意して来る訳ですが、最終的にはやはりこのハードロックに落ち着いてしまうところがある。
まさにアメリカの生んだアメリカの音楽というか、フリーウエイのフォルクローネというぐらいに、この果てし無い高速走行に妙にリズムが合うのです。

と言う訳で、そうこの出張の愉しみと言えば、ハードロックをがんがん聴きながらこれでもかとフリーウエイをぶっ飛ばし、そして夜になればテネシー名物のバーベキューとステーキ。
そして時として、夜更けにちょっと目に付いた怪しげな看板、つまりはそう、トップレス・バーなるところを徘徊しては、朝までテネシー娘たちの甘い香りに包まれてちょっと羽目を外してしまう、なんてこともありまして。

もちろん会社の連中にはそんなこと一言も漏らしませんでしたが、実はこのスモーキー・マウンテンを越えたあちら側のテネシー州。その最初の街となるノックスビルの、その町外れにある鄙びたトップレスバー。まるで野原の真ん中に立った掘っ立て小屋のようなところだったのですが、実はそのトップレスバーにいる女の子たちがまさに絶品。
勿論、ニューヨークで言うところのダンサーたち。まるでスーパーモデルや銀幕の女優さんのようなあの煌びやかな美しさは期待できないのですが、このお土地柄、なんというかサザンチャームというか、どの子もプロのダンサーというよりは、まさにその辺りの女子大生のアルバイトといった風で、実になんともおっとりしているというか、なんというか、とても和める訳です。
半年に一度やってくるおかしなチャイニーズのお兄さん、と私のことを覚えている娘も多く、次にいつ来るか教えてね、なんてメールアドレスを交換したり、その際には勿論ニューヨークのおみやげなんてものも用意したり、となんとも和気藹々のお友達感覚。
出張に出るたびにそのお店に寄るのが愉しみであったこともあり、それを思うと雨だろうが空腹だろうが、長時間労働の疲れなどはすっ飛んでしまう。

と言う訳で、I-40をひた走り、スモーキー・マウンテンの東側の入り口、アッシュビルに着いたのが十一時を過ぎた頃でした。

この先に起きるあのとんでもないことの予兆だったのか、そのアッシュビルの街でもちょっとおかしなことがありました。

ここから峠の向こうのノックスビルの街まで約三時間をかけて山道を越えることになり、もしもの時を思ってガスを入れておこうと思ったのですが、この時間になるとなかなかガススタが見つからない。
灯りの消えたローカル道をとろとろと走ってようやく見つけたガソリンスタンドはまさに潰れかけた納屋のようなところで、まるで壊れた自販機のような給油機でガスを入れていざお金を払おうと店の中に足を踏み入れたところ、レジにひとり立っていた見るからに不機嫌そうなおっさん。テンガロンハットを目深に被ったまま、いらっしゃい、ともハローとも言わず、じっと私のことを睨んでいる。

で、まあ、ガスを入れたのでお金を払いたい、と言えば、顎をしゃくって、そこに金を置け、と。
言われるままにお金をカウンターの上に置きますと、並べろ、と言う。

で、はい10ドルが2枚、5ドルが1枚、と並べてて、なのでおつりが幾ら、と答えますと、

釣りはないからそこにあるガムでもタバコでも持ってけ、みたいなことを言う。

でおかしなことに、どういう訳かこのカウボーイのおっさん、両手を決してカウンターの上に出そうとしない。

いや、あの、社用なのでレシートが欲しい、と言いますと、そのおっさん、いかにも不機嫌そうにちっと舌を鳴らして、おまえ、ベトナム人か、日本人か?と聞く。

で、日本人だ、と答えれば、そうか、なら良い、とちょっと安心した表情。

で、両手を挙げたまま後ろを向け、とかなんとか。

まさか、ガス代を払おうとしたらそのまま強盗に合った、という具合で、いったいなにが起こったのかとも思いましたが、まあそう、ここはノースキャロライナ、あまりごたごたは起こしたくないわけで、言われたとおりにしたところ、ようやくレジの開くチンと言うベルがなりまして、で、ほらよ、釣りとレシートはここだ、と言われて振り返ると、そのカウボーイのおっさんは再び両手をカウンターの下に隠したまま顎だけしゃくるのです。

まあしかし、そうここはノースキャロライナ。テネシーとはやはり色々な意味で違う。
つまりノースキャロライナにはノースキャロライナの常識がある訳なんだろうと勝手に納得して、お釣りとレシートを受け取り、じゃあな、もう来ることもねえよ、と捨て台詞を呟いて店を出ましたところ、背後でゴトリ、というごつい音を聞いたような気がした。

つまり、そう、そのカウボーイ野郎、カウンターの下でずっと拳銃、あるいはショットガンを構えていたのではないか、と思い当たったのです。

まあそう、確かにこんな時間、町外れの鄙びた街道沿いのガススタにひとりでやってくるチャイニーズ。しかも天地を揺るがすような音でガンズン・ローゼズをかけているってのからして彼らにとってはかなり異常なシチュエーションであったのも判りますが、そうか、俺はずっと銃口を向けられていたのだな、と思うと、なんともちょっとぞっとした気がしました。

と言う訳でまあよい。ガスも満タン。

この山さえ越えればあの優しい女の子たちの待つノックスビルに辿りつける訳で、夕飯を抜かした空腹もなんのその。

雨に濡れたフリーウエイを、その霧に包まれた暗い峠道に向けて走り続けたのであります。


暗い山陰に向かうフリーウエイを走り続けるうちに、いつしか辺りは漆黒の闇。

程よいワインディングの続く峠道は、道のコンディションは良かったものの、夜ともなるとヘッドライトに浮かぶ車線のラインも曖昧になり、しかも雨。そしていつしか立ち込めてきた霧に視界がぼやけ初め、ガードレールの向こうにヘッドライトの光が吸い込まれるのを見るたびに、その下へと続く断崖絶壁を思わぬ訳にはいきません。

辺りに他の車の姿も見えず、視界はますます悪くなるばかり。
さすがにちょっと薄気味の悪さを感じてカースレテレオのボリュームを上げた時、ふと見ると、先のヘヤピンカーブのその先、ガードレールにもたれるように、白いワンピースを着た髪の長い女が、ひとり立っている姿が目に飛び込んで来ました。

おんな?まさか・・・

アッシュビルの街を発ってからかなりの道を走っていることから、こんな暗闇の峠道に人が立っているということはまずありえません。
まさか車がエンコして、という状況もありえない訳ではないのですが、別に助けを求めている風にも見えず、ヘッドライトに顔を背ける訳でもなく、ただうつむきかげんにつっ立っているだけなんです。

それに加えて、この冬の始まりを目前にした雨の山道のしかもこんな時間に、おんなが一人薄手のワンピース一枚でぼーっとつっ立っているという状況はなにからなにまでが根本的におかしい。

という訳で、君子危うきに近寄らず、とそのまま通り過ぎようとしたところ、ふと見ればその女の姿はいつの間にか霧の闇の中に消えていました。

正直、いやはや、と思いました。これはこれは・・

さすがに背筋にぞっとするものがあったのですが、まあしかし、多分目の錯覚。

十歩譲ってそれがもしもこの世のものではないなにか、であったとしても、まあそんな話、どこにでもあるじゃないか、と。

雨の夜道でタクシーを拾った女がお寺に行ってください、と言われて着いてみれば、後部座席がぐっしょりと濡れていたのでした、なんてオチがつく、まあいつものやつだろう、と。

やっぱりそういう話は万国共通なのだな、などと呑気に感心しながらも、正直、馬鹿馬鹿しい、と思っていました。

実のところ私はわりとそういう話は信じない、というか、まあ気にしないタイプで、通常であればそんな際どい状況においても、来るならこい馬鹿野郎、と鼻で笑ってしまう方なのですが、そんな時、ふと、背後に人の気配がしたのです。

むむむ・・・!?

恐る恐るバックミラーを覗いてみましたが、見えるのは暗闇ばかり。
おかしいな、気のせいか、と思ったその時、いきなり耳の横で露骨に人の吐息の感触があったのです。

さすがに、びくりとしました。正直、思わず飛び上がりそうになるほどその感覚はリアルなものでした。

全身に鳥肌が広がり、その上からじわっと冷たい汗が滲み初め、んだよ、マジかよ、勘弁してくれよ、と舌打ちをしたい気分でした。

がしかし、そう、気のせい、ということもありえる。
そう、多分、気のせいだろう、と自分に言い聞かせました。
そう言い聞かせながら。。しかしながら、目に見えないだけで、確かに確かに、シートの間から誰かが明らかに、私の肩口から覗き込むように顔を寄せている気配が消えないのです。

無性にタバコが吸いたくなりましたが、タバコに手を伸ばしたところをふと冷たい手で掴まれるような気もして、あるいは窓を開けてみようかとも思ったのですが、窓を開けたとたんにそれこそ、この類のものがわんさか乗ってきてしまう、なんてことも考えてしまい、と余計な想像が次々と浮かんで来ます。

全身の鳥肌は消えるどころかますますひどくなり、身体中にかいた汗が冷え始めて思わずブルブルと身震いがしました。

くそったれ、と思いました。なにが欲しいのかは知らないが、俺になにを言っても無駄だ。俺はそんな遊びに付き合ってる暇はねえんだよ。お化けを怖がるにはちょっと歳を食い過ぎてるって訳でね。だからさっさと降りて他を当たってくれよ、とばかりにカーステレオのボリュームを上げました。

忘れもしないストーン・テンプル・パイロッツの確かブートレッグのライブ盤。

ヘロイン不法所持で逮捕の確定したスコット・ウェイランドが、警官隊をバックステージに待機させながら打った収監直前の超絶ライブ。

これを聴いたら化け物なんていくらでもぶっ飛んでしまうだろう、と思っていたのですが・・・・甘かった。

そう、ここはアメリカ。アメリカだったのです。

ふとすると、背後にいる女の気配があきらかに、まさにあきらかにこの音楽が気に入っている風で、ともするとまさに乗り乗り。YEY YEY!ロックンロール!と言った感じ。

いやはや、しまったな、ロックおたくの幽霊かよ、ありえねえな、と思わず苦笑いをしてしまった訳です。

時間は十二時を過ぎた頃だったと思います。

繰り返しますが私はもともと幽霊を信じるどころか、そんな殊勝な心がけからは最も遠いタイプ。生じっかその辺りのカタギの連中よりは棺桶に片足突っ込んだ化け物半分な輩と居た方が気が和むようなどうしようもないタイプを自認していた人間でして。

恨めしや~と出てくる化け物よりも、もっともっと恐ろしい、つまりはヤクが切れて半狂乱になった輩が手当たり次第に刃物を振り回して、なんていう状況を何度も見てきている訳で、いまさらそんな箸にも棒にもひっかからないような幽霊話に動じるのも馬鹿馬鹿しい。
まあそんなもの出てきたとしても、こんな俺を前にしたら、しまった相手を間違えた、とばかりに逆に愛想を尽かせてばっくれるに決まってる、とたかをくくっていいた訳です。

がしかしながら、実際に明らかにそれに類するものを実際に体験するのも実はこれが始めて。

実際にそんな状況に陥ってしまうと、これはもう信じるも糞もない訳で、まあこれはもうどうしようもない。世の中にはそういう物もまあいるのかもしれないな、と認めざるを得ない。

しかしながら、この状況です。

幽霊を見ただけなら、なあに、目の錯覚さ、でも済んだ筈なのですが、なんと明らかにこの世の物ではないものって奴が、よりのよって勝手に後部座席に乗ってきてしまっている訳で、いざとなってみるといったいどうすれば良いのやら見当もつかない。

しかもその迷惑なヒッチハイカー。よりによってこんなストーン・テンプル・パイロッツなんていう、まったくどうしようもないトラッシュの中のトラッシュのようなバンドがいたくお気に入り、と言った風情で、いやはや、さすがアメリカの幽霊、なかなかやってくれるじゃねえか、と言ったところでした。

という訳で、その後部座席のそのおんな。
人の迷惑も顧みず、座席の間から身を乗り出して、ねえねえねえ、とやってくるわけです。

そのおんなの気配が、露骨に首筋から耳のあたりに顔を寄せて来ている訳で、振り返ったら終わりだ、とは思いながら、やはりどうしても気になってしまう。

がしかし、俺も車を運転中ですし、しかもこんな霧の夜。
ともすると、濃霧の中に車線どころかガードレールまでもが曖昧な状況の中にあって、
幽霊に気を取られているどころではありません。

あるいはどこかに車を停めたとしても、辺りは真っ暗。

そんな中で、下手に車を停めてこの迷惑なヒッチハイカーと対峙させられるよりは、早いところ走るだけ走って、人のいるところに行ったほうが良いに決まってる。

という訳で、全身に鳥肌を立てながらも走り続けていた訳ですが、その女、というより、どうも二十歳前後のお姉さんだった訳ですが、その陰気な風情に似合わず、これがおしゃべり好きで、なんのかんのと話しかけてくる。

まあ勿論、言葉が聞こえるわけではなく、思念、というか、そういうイメージというかストーリーが直接脳みそに流れ混んでくる訳で、と同時に、ともすると俺の考えていることがすーっと抜かれてしまう感覚もある。

でまあ、その女の話。
つまり高校の時に好きだったクオーターバックの男の子がうんちゃらこうちゃら。その後、仕事も見つからずにヤクに嵌って、長距離トラックをやってた男が他に女を作ってうじゃうじゃ、とまあ良くある話な訳で、やれやれ、あんたも馬鹿だね、みたいな感じの身の上話。

で、俺は俺で、実はその時、好きな女がいまして、でその女がいったいなに考えているのか判らなくてさ、みたいな話をしていたのですが、ふとすると、いつの間にか車の速度がどんどん上がっている。

あれあれ、どうしたことか、と必死の思いでハンドルを切るのですが、深夜のそれも雨の中の峠のいろは坂。
そのヘアピンカーブのたびにタイヤが鳴るぐらいに際どいターンを繰り返し始めて、ふとするとまさに暴走を初めている訳です。

必死でブレーキをかけるんですが、急ブレーキをかけてはケツを振り、それをリリースした途端にいきなりタイヤを鳴らして大爆走となるわけで。これはこれは。。

いったいどうしたことか。こんなときに車の調子がおかしくなるなんて。

舌打ちしたい気持ちを抑えながらしかしこんな峠道、インターチェンジなどあるはずもなく、停めるすればまさにあの断崖絶壁のヘヤピンカーブのガードレールの前。
そんなところに停めるぐらいなら、このまま無理して走ってしまった方がずっとましです。

こう見えても私はガキの時分から夜な夜な江ノ島に繰り出してはドラッグレースに明け暮れていたこともあって、実はそんな暴走行為にはちょっとした自信も持っていた。
なので、何んだよ、おもしれえじゃねえか、と逆に悪乗りしているところもありまして。

カーステレオのストーン・テンプル・パイロッツもまさに窓ガラスがひび割れるぐらいの大音響。幸い辺りに車もなく、三車線を使い切ってのスーパー暴走行為を繰り返し、と、歌の通りではないが、まさに地獄へドライブ、上等だ、馬鹿野郎、とまあそんな感じ。

そんな中、女の話はまるで止めどもなく、次から次へと思念の中にその女の抱えていたやるせなさが流れこんで来るのですが、そうかどうもこの女、嫉妬に駆られて男の後を追っていたところ、あのコーナーでハンドルを切り損ねて谷底に消えたらしい。

がしかし、男への想いを断ち切れずに、なんとしてでも後を追わねば、とそのことばかりに凝り固まってなかなか成仏ができないでいる、と言ったところらしいのです。

だからさ、と私は思わず、相槌を打ってしまいました。

だからさ、そういう話って世の中にいくらでもあってさ、一時の気の迷いというか、後で考えてみたらまったく馬鹿なことしたもんだ、で終わっている類の話でさ、などと聞いたような御託を並べて説得しようとはしたものの、そういう俺も、その時に嵌っていた女のことで寝ても覚めても頭が一杯、なんて状態であったことから、まあそう言われて見れば女の気持ちも判らないではない。

がしかし、俺がそんなことを思い始めた途端、どうもその女、そんな俺の話に腹を立て始めたらしく、男ってなんでそうなの、なんでなんで、とぷりぷりとヒステリーを起こし始める始末。

ねえ、その娘、あんたのいい人。いったいどんな人なの?と聞いてくるので、実はね、とその女のことを思い出してみたのですが、その途端です。
幽霊の女がいきなり、ギャハハハ、と大笑いを始めまして。

いまねえ、あんたのそのいい人のところに行ってきたんだけどさ、教えてやるよ、あんたのそのいい人ってのはねえ、まったくどうしようもない女なんだよ。教えてやろうか? 聞かせてやろうか? ギャハハハ。
あんな女に思いを寄せるなんて、あんたはまったく飛んだ大馬鹿野郎もいいところだね、と。

どうもそう言われてみれば実に思い当たる節もあって、やっぱりそうか、と思わずへこんしまった訳ですが、まさにその状態こそが、魅入られる、ということだったのか、と今になって思うのです。

うるせえな。お前だって人のこと言えた義理かよ、なんて、言い返してはみたのですが、
ふとするといつの間にか、そう、大音響で鳴り響いている筈のカーステレオのストーン・テンプル・パイロッツの音が、まるですっと遠退き初めまして。いつのまにかまるで耳を塞いでしまったかのように霞んで行る。

あれあれどうしたことか、と思った途端、まるでそう、貧血でも起こして気を失う直前のような、あの血がすーっと引いていってしまう感覚が襲って来まして、なんとなく首の力が抜けて頭が後ろに引っ張られていくような、妙な感覚に囚われました。

と途端に目の前のヘヤピンカーブ!思わずブレーキを踏み込んで、危うくハンドルを切りながら、そんな状態でありながらますますスピードが上がるばかり。

みるみると現実感を失っていく意識の中で、しかもこの峠道を、いつのまにか飛んでもないスピードでぶっ飛ばしている訳で、こんな状況でまさか気を失っている場合じゃない。

そこに来てこのおかしな事象のすべてが、実はこの幽霊の女のしわざなのだと気づいた訳です。

で、馬鹿野郎、やめろやめろ、その女に叫んでいるのですが、女は妙にじっとりとした目で俺を見据えながら、ねえ、なんであたしじゃ駄目なの?などととんでもないことを言い始める。

馬鹿野郎、お前、だって、死んでるじゃねえかよ、と言い返した途端、いきなりヒステリーを起こしたようにいきり立ち初めまして。

ねえねえ、どうして、どうして、どうしてあたしじゃダメなのよ、ねえ、なんでわたしが嫌いになったの、と大絶叫。

どうも私とその男とやらを思い違いを始めたようで、まさにパラノイア。
その嫉妬に駆られたヒステリー発作、まさにこの世のものとは思えない。

で、そんな中、ますます身体中の血の気が引いてしまい意識も朦朧。目の前の風景がセピア色から白黒に色褪せ、その中にすーっと白い霧が立ち込め始めてホワイトアウトの状態。

そんな俺の後ろから女は、ねえねえ、あたしじゃ駄目?あたしのこと嫌い?と、薄らいだ意識の中、耳元で響くそのねっとりとした囁きばかりが実に生々しく響いてくる。

しまったな、と思いました。

これが憑リ殺されるという奴か。。

がしかし、こんなところで死ぬわけにはいかない訳です。

必死の思いで、わあああと、うるせえ、うるせえ、うるせえ、と大声を上げましたが、しかしそんな自身の声さえまるで水の中でもがいているようにまったく現実感がなく、ますます息が上がるばかりで意識がどんどんと遠のいて行く。

まさに絶体絶命。いよいよやばい、これで最後か、と思った時、ふとかみさん、そう、あの古女房のことが思い浮かびました。

薄れかけた意識の中、部屋のソファでひとり、膝を抱えてテレビを見ていたかみさんの姿が脳裏に浮かび、思わずのそのかみさんに向けて、助けてくれ!と叫んでいたんです。

助けてくれ!

そんな私の声に気づいてふとかみさんが、え?と顔を上げたような気がしたんです。

と、その途端、いきなり背後の女が、ぎゃあああ、と叫び声を上げました。

そう、まさに、十字架を当てられたドラキュラ伯爵というか、まさにそんな感じ。

で、いきなり、まるで夢のように、一瞬のうちに、さーっと、その悪い空気が消え去っていたんです。


その悪い気が消え去った途端、カーステレオのストーン・テンプル・パイロッツが戻って来ました。まるで鼓膜が破けそうなぐらいの大音響。スピーカーが歪んでしまってまるで音にならないぐらいの大音響でした。

で、ふと見れば、アクセルを踏み込んでいたのは俺自身。

俺が思い切りアクセルを踏み込んでいたんです。で、ブレーキを踏んでいたのはまさか左足。

つまり、アクセルとブレーキを同時に踏んでいたんです。

こう見えても車の運転歴は無免許時代も含めれば20年間。違反はスピードの切符は何度も切られましたが、事故だけは起こしたことはなかった、その俺が、まさか、アクセルとブレーキを同時に踏むなんて。。。

で、その右足をすっと、どけたとたん、車はまるで何事もなかったかのようにすーっと、スピードを落とし始めて。。

まるで夢のようだった訳ですが、いやはや危ない夢もあったものです。

途端に目の前に色彩が戻ってきまして、ヘッドライトの先に頂上の展望台への道筋を示す緑色の看板と無人料金場へのサインが見えて来ました。

先の峠を超えればテネシー州。その後は緩やかな下り坂が続く筈で、私はここに来てようやく危機を脱したことに気づきました。


自慢じゃありませんが、これまで怖い目にはいろいろ会って来ました。

ヤクザに追い回されて新宿中を逃げまわったり、単車から放りだされて崖下の海までまっさかさま、なんてのから、
世界をヒッピー旅行していた時にはそれこそ、刃物やチャカを突きつけられたなんてのはたびたび。間違って地雷原に迷い込んでしまったり、あるいは、半殺しどころか完全に殺される直前まで袋叩きにあったことや、あるいは警官隊たちから四方八方からフリーズ!と銃口を向けられたなんてことさえもあったのですが・・

いやはや、後にも先にもあの迷惑なヒッチハイカーぐらいに肝を冷やしたことはありませんでした。

で、ようやく峠道を越えてテネシー側に入りまして、で、まあなんとか命だけは助かったな、と安心したとたん、なんと目の前にいきなり脚立が立ってまして。。

脚立、そう、あの屋根に登ったり、ペンキ塗ったりするときに乗るあの脚立。

あれがフリーウエイの真ん中、霧の中に忽然と立っていたわけです。

で、一瞬の反射でそれを不思議なぐらいにすっと避けていたんですが、その時、耳の後ろで、チッ、と舌打ちの音が聞こえたんです。

あの女、と思いました。つくづくどうしようもない女だったな、と。

その後、ホテルに一人で泊まるのも気が引けて、で、そのまま甞て知ったトップレスバーにまるで転がり込むように辿り着きました。

忘れもしないドアを開けた瞬間に、なんと、かのストテンがまさに耳をつんざくような爆音でかかっておりまして。。。

まったくやれやれ、でした。

まったくもって、この世の中、ほんとうにほんとうにどうしようもねえなあ、と言うか、そう、この俺、この俺の廻りって本当の本当にまったくもってどうしようもねえなあ、とその時になって骨の髄まで思い知った訳です。

という訳で、ようやくビールを一杯飲んで落ち着いたところ、馴染みの女たちが寄ってきたのですが、
あんた、なんか顔色悪いよ、と言われまして、で思わず先にあったことを話し始めたら・・・
女の子たちがいきなり、きゃー、どころか、物凄く真剣な顔で集まって来まして、で、聞いたところではどうも地元では有名な話だったらしい。でも無事に帰って来れたのはあんただけよ、ってな話で。。

なにほら、俺がチャイニーズで英語がよく通じなかったからじゃねえのか、ははは、とかと笑っていたのですが、まさに笑い話にならない。

結局その夜は朝までその店におりまして、馴染みの女からは十字架の首飾りを渡されて、なにかあったらこれを握りしめて私の名前を呼んで、なんてありがたい言葉も聞きました。

ちゅう訳で、そう、どうにもこうにもどうして命が助かったのやらいまだに謎なのですが、取り敢えずかみさんだけは大事にしています。まさに救いの神ですから。あれ以来、浮気もしていません、っての嘘ですが。

おわりです。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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