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犬の役割

Posted by 高見鈴虫 on 16.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
嘗てヒマラヤの麓のにあるチベット人の村を訪ねた時のこと。

木立の中を続く細い山道を登りながら、
周囲にざわざわと草葉の揺れる音には気づいていた。

しばらくしてそれがなにかの動物であることに気づいた時、
まさか、狼?とちょっと不安になっている仲間もいた。

もしかして俺達、狼の群れに囲まれているのかな。。

確かに、気をつけてみると、俺達の一行はその動物たちに囲まれているようだ。

そしてそれがだんだんと狭まっていることも感じていた。

まさか巻狩りにあっている訳でもあるまい、とは思いながら、
確かにちょっと薄気味の悪い気もしていたのも確かだ。

そんな時、ふと背後を振り返ると、間抜けな顔をした山犬が一匹。

しまった、とばかりに俺と目があったまま凍りついている。

大丈夫、と俺は仲間にいった。

犬だ。それも誰かの飼い犬だろう。

ということは、そろそろ村が近いぞ。

という訳で、ようやく俺達一行が村に辿り着いた時、
なんと村中の人々がずっかり出揃って歓迎の挨拶。

別に電話した訳でも手紙を送った訳でもないのに。

いやあ、ほら、と頭を撫でられた犬たち。

この子たちがすべて教えてくれるから。

そう、この村は犬達によって守られている。

半径1KM以内で起こることの全てを犬達は完全に把握しているのである。

この子が誰かが来たよって言うんでね、だったらみんなで迎えに行っておいでって言ったんだ。

そういう側から、生まれたばかりの子犬が盛んにじゃれついて来て、
俺は胸の中に抱え上げて乳臭い舌で顔中を舐められている。

凄いな。犬と人間の完全な共存の姿だ。

そして俺達がこの村に滞在している間、
どこに行くにも、必ず俺達の周りには犬の姿があった。

犬たちは始終、影日向に俺達の周囲をいつも取り囲んでいて、
なにかがあると、すぐに伝令が走る、という見事な連携プレーを見せる。

この村では子供たちの周りにはいついかなる時にも必ず犬が控えている。

だから親たちも安心なのだそうだ。

ということは、つまりは俺達も子供扱いってことなのかな?

と誰かが呟いて皆が笑った。


IMG_7142.jpg




という訳で、ニューヨークという大都市に暮らしながらもこの犬の役割は変わってはいない。

つまりは犬がいるが為に安眠を保証してくれる訳で、
ついついドアの鍵をかけるのを忘れてしまってもまったく問題なし。

もしもどこぞの不届き者がこっそりとドアを開けようとした途端に、
いきなり火のついたような勢いで吠え立てられるか、
或いは、薄く開いたドアの間、闇の中にランランと輝く二つの目。

グルルル、と牙を剥く犬の存在を知れば、
さしもの大泥棒も一歩たりとも部屋にはいることはできない筈である。

犬がいると本当に心強い。

まさに人類最高の友である。

ちなみに我が家の犬。

ボール遊び以外にはまったくなににも興味を示さない駄犬ではあるが、
もしもサバイバル生活に入ったとすれば、それこそ一日に何千匹のネズミやらリスやらうさぎやらを捕まえてくることは必至。

もしもオーストラリアン・キャトル・ドッグとしての血が騒いだ日には、下手をすれば牛の群れを引き連れて帰ってくるやもしれず。

という訳で、うん、こいつと居れば例えなにがあっても大丈夫、と思わせてくれる魂の友なわけである。

みなさん、犬は人類最高の友。尊敬と感謝の気持ちを忘れてはいけません。

だから夜更けに勘違いで叩き起こされた時にも決して、このバカタレが、ただの酔っ払いだろ、と怒鳴ったりしてはいけませぬ。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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