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いつの日か、釣りをして暮らしたい

Posted by 高見鈴虫 on 24.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
いつの日か、釣りをして暮らしたい、と思っている。

老後の愉しみ、と言うよりは、
そう、いつでもいいが、まあ、勝ち逃げできたかな、と思ったら、の話。

そう言えばガキの頃、夏休みによく小川に行った。
がそれは釣りをするためではなく、
むしろガキの頃は釣りが大嫌いだった。
獲物がいるのかいないのか判らないままじりじりと待つなんてことは馬鹿馬鹿しいにもほどがある、
と思っていたのだ。
そんなことなら、
ズボンの裾をまくってじゃぶじゃぶと川の中に入っては、
穴のあいたザルで川岸の草の根をごしゃごしゃとやって、
マッカチーやらカエルやらを取っていたほうが面白かったっけかな。

(2005-07-24)NYFL05-Day09_Dolphin-KeyW_023.jpg
という訳で釣りである。

俺にとって釣りをやって暮らす、というのは、
この先、なにも心配がない、つまりはやることがない、
なにもやらなくてよい状態に他ならない。
将来のことがまったくなにも心配がなくなったら、
その時は昼間から釣りをして暮らそう、と、思っている。

日がな一日、魚がいるのかいないのか判らない桟橋から釣り糸を垂れ、
小さなラジカセ(!)でルンバを流しながらデッキチェアーに寝転び、
ドストエフスキーやらツルゲーネフやらトルストイやら、
冬の長い街での鬱屈した人間たちの苦悩と徒労を堪能するのだ。

或いは、
海に面したテニスコート、
竿の先に鈴をつけて、テニスをしながら獲物がかかるのを待つのだが、
いざというとき、ブレークポイントやらダブルフォルト連発やら、
タイブレーカーやら、
そんな時になって決まって鈴がなって、
えーい、くそ、魚など放っておけ、
と、やってしまうものだから、いつまでたっても何も釣れない、
と、テニスラケットを背中に背負って、
両手に釣竿と空のバケツを提げたまま、
夕暮れの海岸通りをとぼとぼと帰る、
なんてのもいいかな、と思っている。

ねえ、そんな時って本当にやってくるのかな?
ずっとやってこないのだとしたら、
今から初めてしまってもいいのかな、
などと考えている今日この頃。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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