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ルンバの響き

Posted by 高見鈴虫 on 04.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
最後の望みであった面接が終わった翌朝。
妙にすっきりとした気分で目が覚めた。

さあもうこれで思い残すものはなにもない。

そう思ったとたん、どこかからルンバの響きが聞こえて来た。
春なんだな、そう、ニューヨークも春なのだ。


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退職を目前に控えて、
ここのところずっと続けていた職探しとそして面接の練習。

己の履歴を募集要項に合わせていじくり回し、
無理な紐付け、つまりはこじつけをひねり出しては
常套句のコピペに職歴の改竄を重ねいく。

おぶじぇくてぃぶ
すとれんぐす
えくすぺりえんす
じょぶ・でぃすくりぷしょん
わあく・いすとりい
えくすぱてぃいず
さあてぃふぃけいしょん

当然のことながらこれは実に気の滅入る作業である。
自分の人生を嘘と虚栄と喧伝に塗り固めているような気もしてくる。
実はそれぞれの質問には模範解答がある。
そんな苦労をしなくてもWEB上のサンプルレジメから
適当な部分をコピペしてしまえば良いわけなのだが、
そんな模範解答の切り貼りを腐るほど見てきている担当者は、
そんな常套句はすべて読み飛ばしてしまう。
結果、履歴書は読まれぬまま捨てられる。

という訳で、募集要項にもう一度目を通す。
それをひとつひとつ読み砕き、キーワードを見つけては、
そのキーワードごとに己の経験との紐付け、つまりはでっち上げを組み上げて行く。

じょぶたいとる
じょぶかてごりい
じょぶでぃすくりぷしょん
りくわいあめんと
ぷれふぁあど・えくすぺりえんす
えどゅけいしょん
でぃざいあぁど・さらりい

果たしてといつも思う。

この仕事ではいったいなにをやらされることになるのだろう。
そんな仕事が俺にできるのであろうか。
そして果たして、
俺はそんな仕事が本当にやりたいのだろうか。

余計なことは考えるな、と友人は言う。
とりあえずは仕事を得ること、それが先決。
その他のことは仕事を得てから考えたほうが良い。



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職種に合わせて履歴書を書き換える過程で、
更なる面接に備えて質問と回答の台本を書きながら、
俺はいつのまにかその訳の判らない仕事の最適者に祭り上げられていく。


あなた自身について説明してください。
なぜこの職に興味をもちましたか?
あなたの強みと弱みを教えてください。
これまで困難な仕事をどのように乗り切りましたか?
仕事で好きなことと嫌いなことは?
あなたの将来のゴールは?
成功をどう定義しますか?


それはまるでけちな脚本家がでっち上げるキャラクター設定。

凡庸で当たり障りがなくしかしツボは抑えている。
明瞭且つ的確で実に抜け目なくも筋が通っている。

まさか、と笑う。

筋の通った人生だって!?

調子に乗ったお調子者からそんなよくできた話を聞かされるたびに、
苦笑いをしていた俺だ。
随分と簡単な人生もあったものだな。

人間は矛盾の生き物だ。
そんな人間のやることに筋など通るものか。
あるいは、
そんな簡単に筋など通されてなるものか。

Don't take personal と友人は言う。
これは面接というひとつのプロジェクトなのだ。
目的は希望の職を希望額以上でGETすること。
お前の本来の姿とはなにも関係のないことなんだ。



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長い下積みの末にようやく役のついた俳優が、
しかしその役柄は己の人生とはまったくかけ離れた、
強いて言えばもっとも嫌いなタイプを演じることになってしまった。

そして役作りから脚本まで、任されているのは役者当人なのだ。

自分の一番嫌いなタイプの人間になりきること。

それが今回のプロジェクトの俺の役回り。

それはまさに矛盾。
悲しくなるぐらいに滑稽な自己矛盾だ。

いまさら甘えたことは言うな、と友人は言う。
まずは役に成りきれ。余計なことはプロジェクトを終えた後に考えれば良いのだ。

それがここ数ヶ月の俺のやって来たことだ。
そしてプロジェクトはつつがなく終了した。
結果は完敗であった。

全てのとっかかりを失った俺は、
久しぶりにゆっくりと風呂に浸かり、そして一晩ぐっすりと寝た。




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目が覚めるとニューヨークは春だった。

どこかからともなく聞こえてくるルンバの響きに合わせて、
隣を歩く犬の歩調さえもが軽々と聞こえてくる。

春なんだな、と思った。もう春なのだ。

ぽっかりと穴の開いた心に風が吹き込むのが判った。
少し肌寒かったが、心地よかった。

ふと、バーゲン・ハンター、という言葉が心に浮かんだ。

周りの狂騒に巻き込まれて、いつのまにか無我夢中。

欲しくも無い必要もないものを買い漁っては、
幾ら安い、どれだけ得だ、とそれを振り回す。

果たして今回のこの面接狂騒。

安売りしていたのは実に俺自身の、その人生。

そして得ようとしていたものといえば、

ちょっとでも有利なポジション。

ちょっとでも高い給料。

ちょっとでもちょっとでもちょっとでも。

そして悪夢から目覚めたいま、それが果たして本当に欲しいもの、
必要なものであったのだろうか、と考えなおしてみたとたん、

なんだかすべてが馬鹿馬鹿しくなってしまった。



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二年前の転職を機に、俺はそれまでの漠然とした希望であった、
ちょっとまともでかなりまともな給料のもらえる大会社でのポジションを得た。

創業百年以上の歴史を誇る業界屈指の世界企業である。

伝統と格式。

入社した決定した際、家族へようこそ、と言われた。

もう心配することはない。この家族においてあなたは既に安泰なのだ。
なに不自由なく、なにを恐れることもなく、焦らずたゆまず、
心置きなく与えられた仕事に専念して欲しい。



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そんな入社時の挨拶に隠されていたものとは、
既存の権益を脅かされたくないがために、
外部の変化に対して本能的に排他的且つ攻撃的、
古き良きアメリカの伝統、つまりは前世紀型の巨大資本形態の権化。

とは言うものの、そんな悪夢のような会社に一歩足を踏み入れてみれば、
二十年三十年を勤め上げた社員たちが、
まるで午後の陽だまりの中で遥かいにしえの流行歌を口ずさんでいるような、
そんなまさに平和な、つまりは巨大客船の一等船室で紅茶を啜るような
そんな世界であった。

これまで、生き馬の目を抜くような業界で酷使され続けていた俺は、
ひとたび手に入ったもはしかしすべていつかは失われていくもの、という刹那的人生感を持っていたのだが、
しかしそんな陽だまり的な世界が当たり前のように広がっているこの巨大客船の中にあって、
これまで培って来た処世術の全てが、脆くも崩れ去っていくのを感じたものだ。

つまりは持てる者と持たざる者。

俺はこれまで、持たざる者たちの世界において持たざる者同士の過酷なカニバケツ的世界に生きていた訳だが、
しかしそんな中、既に持っていた者たちは、雲の上からそんなコップの中の断末魔を涼しい顔で傍観していたのだ。





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もう心配することはない。この家族においてあなたは既に安泰なのだ。

俺は生まれて初めて「安心」という言葉の意味を知った。

生まれて初めて、持てる者の側に身を置き、そこから世の中を見下ろすことができた。

そしてそこから見下ろす持たざる者たちの世界の断末魔が、なんともおぞましくもあさましく、
しかしその縮図はあまりにもあからさまで冷酷。思わず目を逸らしたくなり、
一度逸らしたが最後、二度と目を向けたくない世界だった。

つまり上から眺めた世界とはこうだ。

持たざる者がそれを持てないのは、最初から持たされることが許されていないからなのだ。
持てるものとはそれを既に持っていた者であってそれを自力で手に入れた者のことではない。
持たざる者は一生持たざる者であり、持てる者は既に持てる者。
ただそれだけの話。持てる者の願っている世界とはそういう世界なのだ。
持たざる者の血と汗に塗れた養分が管を通り幹に集められ、そして持てる者手に収まった時にはじめてそれは花となる。
持たざる者はその花ばかりを眩しがっては、また我武者羅に汗水を垂らして悪戯に養分を吸い取られて生きる。

持てる者はより富み、持たざる者は一生持たざる者。

それを世の中の摂理という、と、持てるものは当然のように考えていた。



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改めて、なぜそんな絶対安泰な巨船が沈没を余儀なくされたのかを語る気はない。
そもそもこの動きの激しい世の中にあり、
そんな大時代的な貴族趣味がまかり通る筈のないことは誰の目にも明らかであった筈だ。
保守的な大所帯であるということはつまりは、何もかもが後ろ手に周り、
結果、もっとも安全パイを引くつもりが、貧乏くじばかりを引かされる結果となり、
伝統と格式にこだわり続けていたこの大時代的巨船は、
俺が乗船を許された時には既に沈み始めていたのだ。

つまりはやはり、悲しいことではあるが、持たざる者の世界で生きて来た俺の常識こそが
この現代の状況により則していたということなのだろう。



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午後の陽だまりの中で遥かいにしえの流行歌が流れていた一等船室の窓から、
突如白いカーテンを翻らせて、いっせいに突風が吹き込んできた。

テーブルクロスが宙を舞い、テーブルが傾き、床に落ちた皿が砕け散った。

慌てて救命胴衣を探し始める下級船員たちに、なあに、大丈夫、と葉巻を燻らす人々。

こんなことはいままでにもあったんだ。そして私たちはいつも生き抜いて来た。心配するな。大丈夫だ。

一見して、やはり持てる者は違うな、と関心したこの優雅さも、

蓋を開けてみればこうだ。

つまり

午後の陽だまりの中、時代遅れの流行歌に浸って過ごしてきた人々は、

黒雲の到来どころか、嵐そのものがなにを意味するかさえもすっかりと忘れてしまっていた。

そんな人々には、暴風雨の中を押し寄せる波間を泳ぎ渡る力などはなからないことは自身でも判りきっていた。

つまりそんな人々ができる唯一のことはと言えば、それが起こらないことを信じて待ち続けること、

つまりは追われるダチョウが穴の中に頭を突っ込んでいるのと同じ状態であったわけだ。



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そんな人々の中にあって、俺は常々、いやそんな筈はない、とは思っていた。

これまでの人生、俺はたびたびそんな目に会ってきた。

そしていつも、最初に出遅れた奴がすべての損を背負い込むのだ。

まずは救命胴衣をゲットすること。そして、海に飛び込む頃合を計り続けることだ。

がしかし、この持てる人々的な世界にあっては、もしかしたらそんな夢のような魔法が起こるのかもしれない、

俺はそんな周囲の人々の余裕の本質に気づかないまま、そんな魔法を待ち望んでいたのかもしれない。




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そして救命船団がやってきた。

救命団員たちはどかどかと靴底を鳴らして一等船室になだれ込んで来るや、
ざっと辺りを見渡し、そして言い放った。

年寄りと障害者と力の弱い奴は船を降りろ。

これからは強いものだけが生き残る。文句のある奴はさっさと船を降りろ。

さあ、すぐに支度をするんだ。もたもたするな。外にボートが待っている。

がしかし、当然のことながら用意されたボートはこの巨大船舶の乗客を全て収納できるものではなかった。

雨風に叩かれるなかボートに飛び移るように、との指示が出た。

食事は?と乗客は答えた。食事にはワインがつくのかね?

救命隊員は口の端を歪めて笑った。

この場に残る限りワインでもなんでも飲んでいたらいい。
ただこの船はいずれは沈む。沈みたくなければ早めにボートに乗っておけ。
無理にとは言わない。あくまで個人の判断。自由意志を尊重するまでだ。



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まさか、とそんな不遜な救命隊員たちにそっぽを向いていた人々も、
勤続四十年の老人たちが次々に海に放りこまれ始めたのを見てようやく事情を理解した。

次は自分の番かもしれない。
そう思ったとたんにパニックに陥った。それでも夜装会用のタキシードをトランクに詰めることを忘れなかった。

そんな姿で人々は救命ボートに殺到した。

がしかし、当然のことながら夜装会用のタキシードをトランクを持ってはボートに乗り移れない。

しかも、既に乗り移った人々は雨に叩かれ風に煽られ、青色吐息で粗末な甲板にうずくまっているばかり。

人々は二の足を踏んだ。そうまでしてまでこの船にしがみついている必要があるのだろうか。

文句があるなら海に飛び込め、と救命団員の罵声が飛んだ。

そうしてくれたほうが都合が良い。俺達はそのために来たんだ。
それが船主の希望というやつなんだ。

いずれにしろ、と救命団員は言った。
あっちのボートに乗り移れたとしてもその先に命の保証がある、と言った覚えもないんだがね。



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やれやれ、と俺は思った。

こういう奴らは実によく見てきた。俗にいうチョッパー。
ぶった斬り屋。つまりは会社の解体屋。解雇屋。ぶっちゃけ整理屋のことだ。

他人の会社にずかずかと乗り込んできては、したり顔で弱点ばかりを挙げ連ね、
辞めろ出て行け、お前はもうダメだ、ダメなんだ、と繰り返す。

そんな奴らの話は一言足りともまともに聞いてはいけない。
彼らは人にダメージを与えるためにやってきた悪意の塊なのだ。
下手に付き合うとこの世でもっとも不愉快な禅問答に付き合わされた後、
まじめにうつ病にさせられるのがおち。

なんと言っても彼らは悪意の塊なのだ。人を不幸にすることが仕事なのだ。

そうやって次から次へと手当たり次第に社員を問答無用に痛めつけ、
社員間の連絡網をぶった切っては互いの憎悪を煽り、
そうやって会社中を完膚なきまでにめちゃくちゃした後に、
彼らはまるでシロアリの大群がいずこともなく消え去るように姿を消す。

後に残ったものは、かつて会社であった残骸。

そしてその残骸の中に、再び新しい芽が吹くこともある。それが会社側の望みなのだが、
ほとんど大抵の場合、そんなシロアリ達に食い荒らされた会社という組織は、
二度と立ち直ることもないまま、また新たな解体屋の餌食になるのが関の山なのだ。


さあ、と人々が口を揃えた。

さあお前も早く乗れ、と誰かが背中から怒鳴った。
余計なことを考えている場合じゃない。こんな時なんだ。
どんな方法を使ってもこのボートのどれかに乗り移るんだ。
それからのことは乗り移ってから考えれば良い。




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社内用の求人サイトに募集が出るたびに、職種も募集要項も支給額も見ぬうちにアプライする。
社員名簿から採用担当者のアドレスを調べ、Eメールでレジメを送りつけ、自分がどれだけ有能かを並べ立てる。

そしていつの日か転がり込んでくるだろう面接に向けて、嘘とでっち上げに枝葉がつけられていく。

がしかし、三十以上アプライしたポジションから、なにひとつとして回答が来ることは無かった。

当然のことだ。似たような境遇の人々が先を争って一つのポジションに殺到していたのだ。

ボートの席の取り合いは既に断末魔の様相を呈していた。

しかも運良くそのポジションから引きが来たとしても、第二第三で待ち受けているのは、そんな整理屋とのインタビューだ。

これまでの、そしてこれからの、あることないこと、弱みや欠点ばかりを挙げ連ねてこれでもかと給料を叩かれる。

叩かれて叩かれて叩かれまくった末に、

給料は4分の一でおまけに肩書をすべて剥ぎ取られ、退職後のペンションまでもが掻き消えて行く。

今や残骸と化した一等船室の窓から、波間に揺れる救命ボートを声を無くしてただ呆然と見つめる人々。

手元に残った整理番号、何月何日までに辞令に従うべし。

減棒・降格を受け入れて地方拠点への島流しを受諾するか、
タキシード、つまりはペンションを詰め込んだトランク、つまりパッケージを手に降船、つまりはアーリーリタイアメントを決意するか。

いまとなってはすべてが遅すぎた。総勢2万人にも及ぶ当部門のスタッフが、一人残らず露頭に迷い初めていた。





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そしていま、俺は荒れ狂う海を前にしたデッキの先頭に立ち、荒立つ波を眺めている。

俺はもともとこの海を渡ってきた男だ。

波に揉まれ、飢えと寒さに震え、そしていつ足元から忍び寄ってくるサメの影に怯え続けて。

二年前までそんな日々を送っていた俺にとって、波の砕け散る海に再び飛び込むことは、
面倒くさくはあれ、それほど不自然なことではない。

まあなるようにしてなった、ということなのだ。

帰るべくして帰った、ということなのだろう。

心底うんざりはしているが、まあ世の中そんなものと諦めもついている。

この船の一等客室でのうのうとしていた日々の間に、ちょっと身体が鈍っていることが心配なだけだ。



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海に戻るよ、と俺は言った。

そんな馬鹿な、と人々は笑った。笑っていながら、誰もがなにひとつとして身の振り方が見つからないでいた。

俺はもともとなにひとつとして持たないままにこの国にやってきた男だ。

なにかを得たとたんにすぐにそれを毟り取られ、そうやってがむしゃらになって今日の食い扶持だけのために生き続けていた男だ。

この船にいる間はほんとうに幸せだったが、こんな日々が長くは続かないことはなんとなく予想はついていた。

きっと波に飲まれて死ぬぞ、と人々は言った。

きっと溺れるに違いない。

あるいはサメに食われて海の藻屑だ。

そうかも知れない、と俺はいった。ただ、そうやって荒波を泳ぎ渡って行くことを、人生と言うんじゃなかったのか?

そして、すべてのボートが船を離れた時、俺は救命胴衣のベルトを締めて、荒れ狂う海を眺めていた。


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そしていま、そんな俺の耳にルンバの響きが聞こえて来た。

そう、荒れているばかりが海ではない。嵐は必ず過ぎ去る。そして朝になり、雲の切れ間から日差しが差し込む筈だ。

あとは海に飛び込むだけだ。そしてまた、たった一人で波間に浮かぶ日々がやってくる、ただそれだけの話だ。

波に揉まれ、飢えと寒さに震え、そしていつ足元から忍び寄ってくるサメに食いちぎられないかと怯え続けながら、

行く宛の無い漂流を続けるだけなのだ。

少なくとも俺は、そんな生き方しか知らない。





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悪夢から覚めて、春の訪れを知った時、俺はバーゲン・ハンターたちの狂騒のその本質に気がついていた。

俺はもともと、食事にワインなど欲していない。

タキシードを着て夜装会に出る趣味もなければ、ポルシェを乗り回したい、やら、
人々を嫉妬の業火で焼き尽くすほどに羨ませがらせたい、と思ったこともない。

他人に後ろ指を指されることを恐れたこともなく、
ましてや、もともとはバンドマンとしての半生を望んできた俺だ。いまさらなにを欲しがるものか、と思ってさえいる。

欲しがることをやめたとき、バーゲンハンターたちを躍らせるその狂騒曲の化けの皮がぺろりと剥がれた。

俺の望みはただ、週末の朝にこうして犬に十分な運動をさせてあげたい、とただそれだけなのだ。

それ以外になにが必要だろう。




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セントラルパークに桜が咲き乱れていた。

桜。さくら。サクラ。

俺は日本人だ。桜の美学を尊ぶものだ。

モノノアワレ=物の憐れ。

生きとし生けるもの、すべての生命はいつかは朽ち果てる。

つまりはそれを、いろは、物事の基底としてきた民族のものだ。

そんな俺が、今更なにを欲しがるのもか。


がしかし、そんな境地に達することが出来たのも、

少なくとも一時だけは、ああして一等先客の窓から荒れ狂う波を眺めて過ごした経験gあるからなのだろう。

得たことの無いものは目標として、あるいは見果てぬ夢として人々の心を捉え続ける。

この世の残酷さは、

一度も得ることのできないものは一生かけてもその夢を追い続けてしまうこと

つまりは、貧乏人ほどにそんなバーゲン・ハンターの狂騒の信奉者であり、

そんな無益な狂騒に踊らされやすい、ということなのだ。

そしてそんな狂騒者たちは、自らが踊らされているその狂騒の本質には決して気づくことができない。





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面接の全て終わった金曜の夜、久しぶりにブルックリンのレイモンドを訪ねた。

奇跡のマッサージ師であるレイモンの技によって、これまでの疲れを揉み解してもらおうと思ったのだ。

よく足が攣るんだ。

緊張すると特にね。

いつも違和感があって、いつ痙攣が始まるかと気が気じゃない。

そこから痙攣が始まると、それが両足から両手から全身に広がって、いつか心臓まで止まってしまうんじゃないかなんて、
そんな変なことを考えて不安になってきてしまう。

一時間かけて身体中を揉み解した後、筋肉には問題がないな、とレイモンドは言った。

だったら骨?

いや、骨にも問題はない。

だったら・・心理的なもの?

いや、ちょっと待っていろ、と神妙な顔をして膝を曲げた足をもってぶらぶらとやっていたレイモンドが、
やおら、ほら、と足首を捻ったとたん、コキリ! とすっとんきょうな音が響き渡った。

これだろ。

これ?つまり足首の間接?



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奇跡のマッサージ師であるレイモンドが言った。

間接を鳴らす目的は、ジョイントを開ける、ことなんだ。

ジョイントが開いていないと、閉じた状態で身体が順応し、それを支えるために色々と無理を始める。

あるいは間違ってつながってしまったものを支えようとしてね。

ジョイントを広げてつなぎなおすこことによって、その無理な運動から身体を解放するすんだ。

そしていま、いつも痙攣を繰り返していた脹脛の違和感は一瞬のうちに消え去っていた。

ほらね、足首が閉じすぎていて、閉じたままで順応を始めたために、違和感が残り続けていたんだ。無理をし過ぎていたんだろ。

そしていま、レイモンドはうつぶせに寝た俺の身体にまたがって、うん、と体重を乗せる。

ゴキリ、と胸の中で不穏な音がした。

まさか肋骨がへしゃげてしまったのか。

そら、とレイモンドが笑った。

そら、空いたよ。かなり長い間閉じたままだったけどね。その状態に慣れきっていたのだろうがな。いまそれが開いた。

なに?なにを開けたのの?

いずれ判るさ、とレイモンドが言った。

今夜は大人しく家に帰ることだ。

ゆっくりと風呂に浸かり、そして心置きなく眠ることだ。



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夜更けの列車がブルックリンの町の上を通り過ぎてゆく。

暗く沈んだゲットーの中にも、窓に灯る明かりが見える。

あの窓のひとつひとつの中に、人々の営みがある。

恋人たちが愛を交わし、家族が夕餉を囲む。

憎しみも悲しみも、笑いも喜びも、あの窓のひとつひとつに満ち満ちているはずだ。

そんなあたりまえのことに、気がついたのは実に久しぶりのことだった。

帰るところのなかったガキの頃、暮れてしまった暗い校庭でボールを蹴りながら、

そんな窓の明かりのひとつひとつがどれだけ恨めしく思ったことか。

そしていま、俺は列車の窓からそんなささやかな人々の営みを見下ろして、そしてそこに希望を見出している。

持てるもの、持たざる者、幸せの本質はそんなことではない。

持てるものにも、持たざる者にも家族がいる。そう、この街にも家族がいるのだ。

そしていま、俺はそんな家族の待つひとつの窓に向かっているのだ。

なあにどうにかなるさ、と思った。

仕事なんかなくなって、金なんかなくなって、きっとどうにかなる筈だ。

すっと、深呼吸をしてみた。驚くほどすんなりと空気が肺に満ちた。こんなすがすがしく空気を吸ったのは実に久しぶりだ。

ところで、あの時、レイモンドがゴキリと鳴らした胸の骨は、いったいどの間接だったのだろう。

もしかして、と思った。

もしかして、心の間接を開いた音じゃなかったのか?





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そして目が覚めたとき、ニューヨークに春が訪れていた。

青々と新緑が吹き出た緑のカーペットの上、差し込む朝日に朝露がきらきらと反射している。

ボールをせがむ犬が我武者羅な疾走を始めて、そんな朝の風景の中にかすかなルンバの響きが流れている。

この先どうなるかまったく検討もつかないが、少なくとも、バーゲンハンターの狂騒に気づいてしまったいま、

望むことをやめた俺はもうなにも怖いものはない。

なるようにしかならないだろうが、それはそれほど酷いものでもないであろう気もする。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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