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この世でもっとも大切なもの

Posted by 高見鈴虫 on 04.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback


六時を過ぎたのにまだ仕事が終わらない。
犬が待っていることは判っているのだが、
そう思うと気持ちばかりが焦ってつまらないミスばかり。

今晩のうちにこの報告書を出しておくかおかないかで、
この先の展望がかなり変わってくるはずだ。

それは判っているのだが。

くそ、と思う。

犬さえいなければ、朝までかかったって完璧な報告書をあげてやるのに。

がしかし、7時を過ぎたところで諦めた。

もう今晩はここまでだ。

いくらなんでも12時間、部屋に置き去りにしておく訳にはいかない。

と言う訳で、気ばかりが焦って辿り付いた部屋。

ドアを開けたとたんに飛びついてくる犬。

満面のこの笑顔。まさに幸せの全てがこの瞬間にあるといったところ。

ごめんな、遅くなって悪かったな。

と頭を撫でれば、口を目一杯に広げて大きなあくび。

なんだよ、お前寝てたのか。

犬は身体を弓なりにそらせて、うーんと伸びをする。

そして改めて顔を上げて、にかり、と笑う。

がそんな笑顔を見る限り、犬はそれほど煮詰っていた訳でもなさそうだ。

なんだよ、あれだけ焦って損をした。

と言う訳で、取るものもとりあえず、犬を連れて公園に急ぐ。

既に誰もいなくなってしまったドッグランで、ボールを咥えたまま、盛んにあたりを見渡している。

ああ、ちょっと遅すぎたな。もうみんな帰っちゃったみたいだな。

気を取り直してボール遊び。暗いドッグランでボールがすぐに見えなくなってしまう。

まったくなあ、とため息をつく。

あんな糞仕事、と改めて思う。

砂だらけのボールを掌において、これ以上なく幸せそうな顔で笑う犬。

そんな手放しな喜びようを見ていると、なにもかもが間違っていたことに気づく。

そう、俺はこの犬を幸せにするために働いていたのではなかったのか?

仕事と仕事と言っても、突き詰めればつまりはこの犬のための仕事であった筈なのだ。

と言う訳で、夜の公園でひとしきりボール遊び。

さあ、もうお腹減ったろ、家に帰ってご飯を食べよう。

仕事をしていれば仕事が世界の中心、犬を前にすれば犬こそが最も大切なもの。

まあ世の中そんなものなんだろうなとは思うのだがな。

と言う訳で、二つの世界をきちんとバランスを取らなくてはいけない。

しかし忘れてはいけないことは、仕事がどうなろうと
この犬になにかあったら俺はもう仕事どころか生きている意味さえも失ってしまうだろう。

さかんに振り返る犬の笑顔の中に、ようやく幸せを取り戻したような気がするのだ。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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