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Brad Mehldau Trio in Village Vanguard

Posted by 高見鈴虫 on 08.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
久々に本物のJAZZを観た。

Brad Mehldau Trio in Village Vanguard


IMG_7918.jpg


Village Vanguard に来るのは実に久しぶりだ。

NYCに来たばかりの頃に、ここでELVIN JONESを観た覚えがあるのだが、
それ以来。

Brad MehldauはJoshua Redmanとつるんだ奴を何度か観たが、
TRIOで観るのは始めて。

という訳で、このBrad Mehldau Trio

予定された火曜日から日曜日までの席はすべて売り切れ。

まさかこんな地味線のキワモノ系ピアニストがそれほど人気があるわけがない、
とは思っていたのだが甘かった。

改めて、今や観光客の土産物がわりになってしまったニューヨークのJAZZ。
わざわざ金を払うに値すると思えるのはJOSHUA REDMANとBRIAN BRADEぐらいのもの。
なによりここはNYCだ。
JAZZぐらいその辺のフリーコンサートでいくらでも観れるとたかをくくっている訳なのだが、
いざ、となると、どういう訳かやはりチケットが取れないことに唖然とする。

一体全体この時代、JAZZなんてものに誰がそれほど興味を示すのだろう。




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という訳でBrad Mehldauである。

いざ売り切れとなるとやはり観たいなという気もして来る。

幸いなことに今日は浴室のペンキのために自宅勤務。
犬の散歩も昼のうちに十分にしている。

という訳で、晩飯の後にぶらりと地下鉄に乗ってVILLAGE VANGUARDに寄ってみた。

全席売り切れと言ってもたぶんトチ狂ったダフ屋が買い漁っただけだろう。
蓋を開けてみたらガラガラ、なんてことなんじゃないのか、とたかを括っていた訳だ。

夜の部の開始が10:30ということで、もし席があれば前半部分もちょっと観たいな、
という訳で9時過ぎぐらいに到着した訳だが、なんと店の前に長い行列ができている。

なんだこいつらは、と聞けば、スタンバイの席に並ぶ人々であるらしい。

スタンバイ?

そう、売り切れだからな、とドアマンが顎をしゃくる。

売り切れ?本当に売り切れなのか?

だから、とドアマンが面倒臭そうに顎をしゃくる。

だからはやくその列に並べ。キャンセルが出た分だけ頭から入れていくから。

いや、俺は別に、それほど熱心なファンという訳でもないし、とは思いながらついつい並んでしまう。

という訳でそのスタンバイに並んでいる人々である。

なにを考えてこんな列に並んでいるのだ。観た限りそれほどのキワモノ的ジャズファンにも見えないし、
ミュージシャンか、と言えば尚更だ。

まさかこんなところで一時間も二時間も、手に入るかどうか判らないチケットを待つのか?

と思っていたところ友人から電話がかかってきた。

何やってんだよ。

ああ、実はいまVILLAGE VANGURADにいてよ。

VILLAGE VANGURAD?なんだまたJAZZに戻ったのか?

いや、違う違う。俺が出る訳じゃなんだよ。BRAD MEHLDAUってピアニストを観に来てよ。

観に来た?金払ってか?

ああ、そう。でもチケット売り切れでいまスタンバイの列に並んでるんだがよ。

スタンバイ?タダ券のか?

いや、だから、となかなか話が噛み合わない。

とかなんとかやっているうちに電話を切ればすでに9時30分。

で、観れるかどうかいつ頃に判るわけ?と聞けば、十時ごろじゃないのかな、という話。

あと三十分か、面倒くさいな、帰ろうかな、と思っていたところ、やあ、と後ろに並んでいた奴から声をかけられた。

聞いてみればジャズ・ベーシストである。

食えてるのか?と聞けば、ツアーから帰ってきたばかりらしい。

先週までずっと南米を回ってたんだ。日本にも行ったよ。ヨーロッパも多いけどね。

ほうほう、と思わず。という訳でミュージシャン同士の話。
どこの店のモニターがどうの、やら、いままでやったなかで一番ギャラの良かった仕事は?やらそんな辛気臭い話である。

とふとすると雨が降り出して来た。
もうそろそろ限界だな、とっとと帰ろうかとも思うのだが、
なんとなくそのジャズ・ベーシストとの話が面白い。

と見る見るうちに見る見ると列が空き始めた。
雨に濡れてまで待つこともないか、と諦めた人々が脱落を初めて、
開いた順番をさあ詰めて詰めてとやっているうちにいつしか先頭近く。

でさあ、とベーシストとの話は続く。

で、ぶっちゃけJAZZで食えるのか?

いやあ、やっぱり収入は安定しないよな。
こないだツアーから帰ってきたばかりなんだが、この先の仕事は2ヶ月先までまだなにも入ってなくてさ。

その間は収入なし?

CDの印税だってたかが知れてるしな。
ボストンでレギュラーの仕事があるっていうんだけど週二回なんだよ。
週二回のGIGのためにわざわざNYから往復するのもな、と思ってさ。
かと言っていまさら日雇いのバイトを探すのもなんだし、
で、いまJAVAのプログラマーでもやろうかって勉強したりしてるんだよ。

とかなんとか、まさに身につまされるというよりも、
なんかこれ、まさに俺が抱えている現実そのもの、という気が・・

とかなんとか話をしていたら、いつの間にかかなり前から並んでいたらしき初老の夫婦のその後ろ。。
聞くところによると6時から並んでいるらしい。

6時?

そう、6時。もうかれこれ4時間もここにこうして突っ立ている。

アルゼンチンから来た観光客らしい。

ヨーロッパへの出張の帰りにストップオーバーしたニューヨークで、
どうしてもJAZZが見たい、どうせ観るならBRAD MEHLDAUが見たい、と並んでいるのだが、
6時に来て2時間。前半のステージのスタンバイに並んだがしかしNG。
そのまま後半部の列に並んで今に至る、と。

なぜ?なぜそこまでしてJAZZがみたいなのか、とつくづく首を傾げてしまうう訳なのだが、日本にもそういうハードコアなファンはたくさんいるそうなのである。

理解できないな、と思わず。だってJAZZだろ?

とは思いながら、いつのまにかそのジャズ・ベーシストとアルゼンチンからのご夫妻。ああブエノスアイレスのなんとかって店でやったばっかりですよ。ああ、そこなら良く行きます、はいはい、なんて話に花が咲いている。

という訳でいつの間にか前半戦が終了。

開いたドアから、うへえ、良かったよ~と出てきた人々。

がしかし、そんな人々、どう見ても音楽ファンには見えない人々。

或いはそう、つまり俺がこれまで接してきたミュージシャン、つまりはROCK系の人々とあまりにも違い過ぎる人々。

という訳で、待つことしばし。

さああ、結果の発表です、とばかりにドアマンが頭数を数え始めて、1・2・3・4~、はい、ここまでと来られたのがちょうどそのジャズ・ベーシストのすぐ後ろ。あとの人は残念でした。

という訳でニンマリである。思わずハイファイブ。

で見れば、ぶち切られた列のその後ろにいつのまにかすでに30人近い人々が並んでいたわけで、ダメ元で待つ、と言ってもこの雨の中で30分は待っていた筈だ。

いやはや、どうも残念でした、と苦笑いを浮かべては夜の街に散っていく。

という訳で、ようやく中に入れたVILLAGE VANGUARD。

案内された席に座って改めて見渡せば、うーん、狭い。

確かに満席であるわけで、その分狭く思えるのもあるのだが、満席と言ってもテーブル席である。

まるでうなぎの寝床のような細長い作りで天井も低い。

そう、JAZZの店はどこもこんな感じである訳なのだが、
なんとなく普段見慣れたメトロポリタン・オペラやら、
あるいは昔パンクバンドをやっていた頃に良く出ていたウエブスターホールやら
あるいはバワリー・ボールルームなんかに比べても格段の狭さ。

しかもロックはオールスタンディングである。

あのキャパをオールスタンディングですし詰めできるROCKに比べて、JAZZのこのシャビーさはなんなのか、
と改めて妙な違和感がこみ上げてくる。

世界に名だたる超一流ミュージシャンがこんな間近に観れる、という喜びもあるのだが、
と同時に、こんな狭い店ではいくら満員といったところでその上がりは知れたものだろう。

とは言うものの、
果たしてJAZZをカーネギーやら例のローズシアターなんかで見てもなんとなく興ざめな訳で、
つまりはそう、ジャズというのは本質的にこんな小さな店、
つまりは裏ぶれた店でやることを前提とした音楽なのである。


という訳で始まったライブ。

いまさらながら染みったれた音である。

まあピアノ・トリオなのだからしみったれているのは当然なのだが、
それにしても染みったれた音である。

改めて、JAZZという音楽は祝祭を求めてはいない。

或いは享楽や熱狂や興奮を狙ってはいない。

これ以上無く染みったれた店で、染みったれたピアノを聞きながら染みったれた気分で染みったれた酒を啜るような、
つまりはそういうタイプの音楽な訳である。

怒鳴ったり叫んだり一緒に歌ったり、踊ったり、
あるいは暴れて突き飛ばしあったり、女の子がおっぱいをぶらぶら揺すったり、
ステージから客席に飛び込んだり、時として殴りあったり、
という世界から最も遠い音楽な訳である。

これを詩的、と表現するのだろうか。

そしていったいどんな人々が、こんな染みったれた気分にさせる染みったれた音楽を聞くために
雨の中を4時間も並んだりするのだろうか。

でおまけに、そんなハードコアファンであるアルゼンチンからのご夫妻。

言わんこっちゃない、ライブが始まったとたんにこっくりこっくりと船を漕いでいる訳で。

まったく訳の判らない人びとである。

まあ、いい。そう、世の中には色々な人々がいる。

オレはオレなりに俺的な部分で俺の払った30ドルプラス5ドルのコーラに見合う価値を見い出せばよいのである。


で、改めて言わせてもらえばVILLAGE VANGUARDは音が悪い。
今回のような一番後ろの席なんてのに座らされると、
それこそステージが見えないどころか、
ドラムの音がへしゃり過ぎて、シンバルやハイハットの音が潰れてしまい、
スネアの裏音もすべて防音材代わりの客席に吸われてしまい、
ベースの音が籠り過ぎていて、ともするとピアノの高音とチューニングが狂ってさえ聞こえる。

JEFF BALLARDは確かに世界でも指折りの凄腕ドラマーである筈なのだが、
こんな音で聞いてしまうと素人と大差ない。

やれやれ、である。

まあPAを通していなから、と言われればそれまでなのだが、
だとすれば尚更、生音をもっと効果的に聴かせるような作りを考えられないものか。

がまあ良い。なにもすべての観客がドラムの音を聴きに来ているわけでもないのだ。

そう、このバンドの主役はあの苦虫を潰したような、イボ痔のおさん、
峰岸徹を彷彿とさせる阿修羅顔のピアニストなのだ。

がこの、いかにも神経質そうな気むずかしげなおっさん。

その奏でるピアノはまさに詩的。

まるで小雨の降るセントラルパーク。あるいは、水滴に濡れたライオンの彫像。

いつか観たヌーベルバーグの古いフランス映画を彷彿とさせるビビッドさである。

まるでヨーロッパのブルースだな、と思った訳で、
改めて、いまのJAZZ界の中にあって、
金を払うに値するのはこのひとを置いて他にはいない、と思った訳だ。

ただ、この微妙かつ繊細さの危ういバランスの上を綱渡りするようなピアニスト。

この際物的な音を、果たしてどれだけの観光客が理解できているのだろう、と思うと改めて謎。

少なくとも一日朝から目いっぱいにやれ自由の女神だ、エンパイアステートだ、その後にはセンチュリー21でバーゲン品を買い漁ってロシアンティーハウスでご夕食とやってきた観光客たちが、寝ぼけ半分にうつらうつらとしながら聞いて満喫できる音楽とも思えないのだが・・・

改めてニューヨークのジャズファン。まさに謎が募るばかりである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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