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ふと、イソップの童話が読みたくなった

Posted by 高見鈴虫 on 29.2012 読書・映画ねた
ふと、イソップの童話が読みたくなった。
ざっと読み飛ばして、そこに書いてあることを要約すると、

地道に勤勉に暮らし
嘘をつかず
他人に親切にし
他人を羨まず
高価なものは望まず
欲張らず
人に意地悪をせず
友達と争わず
助け合い
他人の中傷に気を取られず
長いものには巻かれ
強いものにはへつらう。

となる。

まさに奴隷のための処世術。

つまりは、バブル寸前までの日本の美学である。

これがバブルの時期にひっ繰り帰り、
バブル崩壊後もこの世界観に戻ることができずに迷走を続けている訳だ。

つまり、バブルの前まで日本人はただの奴隷であったのだ。
そして奴隷をやめたとたんに破綻するわけだが、
破綻はしても奴隷よりはましだ、という姿勢は、
それはそれで一種の選択であるとも言える。

選択である以上、その答えは自由で、
しかし自由選択によって得た結果は、自己責任となる旨、ご了承されたし、
というところだ。

ちなみに近年のアメリカも、このイソップの寓話の逆をうつものばかりだ。
つまり、己は奴隷にあらず、と言い続けている訳だが、
それを民主主義とはき違えた馬鹿は、
奴隷にもなれず、望んだものも手に入らず、
結局、ブチ切れてショットガンをぶっ放したりもするが、
それほどの度胸もないものは、
MIDDLE OF NOWHEREの片隅で、
マクドナルドばかり食べてぶくぶくと肥え太りながらゲーム三昧、
一生をクズの中のクズとして生きることをなかば積極的に享受している。


XIMG_8424.jpg


そして、実に、
つまるところ、正真正銘の奴隷、
それ以外の何者でもない筈の黒人の方々は、
真の奴隷でありながら奴隷の処世術を拒否したことにより、
あるいは奴隷になるための最低レベルの能力さえ持たなかったことから、
社会から完全に取り残された末にただの粗大ごみ、つまりはホームレス。

が、しかし、アメリカの人々はすでにそれが自由選択の結果、
つまりは自己責任であることを知っているので、
ホームレスになるにしてもなににしても一種いさぎのよさがある。


という訳で日本であるわけだが、
日本には自由選択の意識がないために自己責任の概念もなく、
誰かが勝手に自分を不幸にした、
とまるでお天道様の仕業のような気分でいるのだろうが、もちろんそれはちがう。

たとえば日本のバブル以降の若者たちの状況をと見れば、
みんなといっしょに黙って座っていれば
みな平等に分け前がもらえるのが民主主義、
と履き違えて、
結果いつまでたってもなにも届かず。
下手に誰かが得をすれば、不公平だ!と騒ぎ始める。
騒ぎはじめはするのだが、
騒いでいるばかりでなにかするわけでもないので、
結局はそのまま放っておかれるという図式。

不況が続いて仕事がないがいつか晴れるだろうと雨宿りのつもりで20年待ち続けた挙句に、
奴隷にもなれないくせに奴隷の処世術を小馬鹿にし、
あるいは、それを学ぶチャンスさえも奪われては、
粗大ごみ、つまりはニート以外になりようもない。

つまるところ、
生まれつき貴族、の人々以外、
つまり普通の人間は、奴隷の轍から抜け出ることはできないに違いない。

もしそうであるならば、いっそのこと誰もが誰もが一度奴隷を経験し、
そのまま奴隷に満足できるものは一生イソップを読み続けそこに安住すればよい。
奴隷の中の奴隷を目指してスーパー奴隷、つまりは管理職に就く事を目指しても良いし、
それは他の奴隷たちから、立派な人、と言われるに違いない。
あるいは、
冬に餓死することを覚悟の上で歌い続けるのも良いが、
その際には冬の到来とともに潔く餓死して欲しいものだ。

と言う訳で、
時代は変われど、それがまあ今も昔も変わらぬ奴隷、つまりは普通の人の処世術なわけだ。

ところで、
イソップの寓話の中に、
ロバはそう言った暮らしがつくづく嫌になり、一人荒野に旅立ちました、
というくだりはなかったような気がする。

なぜイソップの登場人物たちは荒野に旅立たなかったのだろうか、
それはつまり、イソップ、つまりは奴隷は旅立たなかったために
旅立った人々の行く末を知る術がなかったから。

奴隷とはつまり、そこにい続けることを前提としている訳で、
あるいは、
奴隷の雇い主が永遠に奴隷を飼い続けてくれることを前提としている。
つまり、
奴隷とは、自己の責任を放棄した姿なのだ。

という訳で、結論を言おう。己を奴隷と認めたくなければ、旅立つことだ。

旅立つことにより、奴隷のための処世術であったイソップの寓話は、
そのまま己を守る武器と変わるだろう。

旅立つこととは、つまりは、全てを自己責任として受け止める、ということなのだから。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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