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ブルーなジャパンはいまこそ杉山愛さん魂に学べ

Posted by 高見鈴虫 on 16.2014 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
とまあ、怒りに任せてどうしよもない憎まれ口を叩いたが、
そう言えば、先のオリンピックでもそんな戯言をくちばしっては一生を棒に振った森なんとかというバカな政治家が居たよな、と思いあたった。

リフティングの一つもできないこの俺がなにを聞いたような能書きを垂れることこそ恥ずかしいわけでまったく恥じ入る。

言い訳させてもらえば、なぜこれほど悔しかったのかと言えば、負けたこと、そのことよりも、やはりビビり負けだったからだろう。

自身の格好やら、スタイルにこだわるのは良いが、
やはりそれがサッカーである以上、がむしゃらの闘志を燃えたぎらせた末の轟沈であればまだ拍手のひとつもしてやる気にもなったのだろうに。
つまりは完全なる不完全燃焼。まったくもって可愛げのない負け方であったからだ。

少なくとも、走らず汗も流さず息も切らせず、
緻密な作戦に基いての鮮やかな攻略勝ち、がその「自分たちのプレー」であるとすれば、
俺は少なくともそんな姑息なプレーをするチームは好きになれないな、と思った次第。
つくづくことごとく、この日本という国の美学から外れてしまったようだな、と心底寂しい思いがしていた。

そして一応、草テニサーとして世界中の奴らと切った貼ったやってきた俺的に言わせて貰えば、
今回の日本の敗因はなにかと言えば、心の狭さではないかと思った訳だ。

相手への尊敬を失くした選手は負ける。

つまり、自閉し、自滅の道を辿ることになる。

試合中、自滅していく選手はしかし実は、
相手から自閉させられてしまっている、自滅に誘い込まれている、というその事実にさえ気づかないほどに、
視野が狭くなってしまっている、視野を閉ざされてしまっている、ということなのだ。

疲れたのではない。疲れさせられていたのだ。
パスが通らないのではない、通させて貰えないのだ。
そこには相手がある。そして駆け引きと、戦略がある。

それこそを策に嵌る、という状態を言う。

日本選手はつまりは、その狭い心の奥底まで見透かされていたのだろう。

汝の敵を愛せよ、ではないが、相手あってこそ始めて競技ができる訳で、
そんな相手を敬い、尊敬し、そしてしっかりと相手を見極めた上で、自分のスタンスを図っていく、という駆け引きそのもの。つまりは勝負事の基本の基本が日本チームには見られなかった。

結果、日本チームを尊敬し、計算に計算を重ねて戦略を練ってきたチームに知力負けした訳だろう。
知恵と民度こそが日本の専売特許であった筈だったのだが、
心の狭さ、という最近の日本を席巻しまくっているたちの悪い疫病にしてやられたというところなのだろう。

改めて言えば、勝負ごとで自閉してはいけない。試合中に反省してはいけない。自分を攻めてはいけない。

そしてなによりも大切なのは、汝の敵を愛すること。相手あっての自分であるという事実をよく噛みしめることだ。

俺がこれまでの人生で嫌と言うほどに自閉自滅を繰り返していた時、
USOPENで観たあの杉山愛さんの姿、唯一の日本人として孤軍奮闘するその姿に、
まさにほろほろと涙が落ちるほどの衝撃を受けた。

杉山愛さんの貫いていた、汝の敵を愛すること、その姿勢。
そんな愛さんが世界に示したその広い心。
闘志と思いやりを兼ね備えた日本的戦士の姿。

世界の中でたったひとりで戦うことへのびびり。
でかい外人へのびびり。
己の身体能力の低さに対する劣等感と、
そして英語というコミュニケーションの壁。

一度日本人が世界出たら、ぶち当たるのはそんな壁ばかりだ。

がしかし、それにガチンコで戦ってはいけない。
ガチンコで戦う、という姿勢こそが策に嵌った姿なのだ。
ましてや、見ないようにする、やら、
相手に惑わされないように目を瞑って自分のぷれーをすることだけに専念する、
なんてことが、百戦錬磨の強者達に通用する訳がない。
足元を掬われるのが落ちだ。

まずは相手の姿を良く見ること。
そしてそんな相手と包み込むこと。
包み込むためには相手の心を招き寄せること。
相手の心を招き寄せた時、相手の心が見えてくる訳だ。
要は親和感なのだ。
つまり敵対・拒絶のまさに逆にあることなのだ。
親和感を持って敵を包み込む。
勝負はそこから始まる。
その柔軟な広い心こそが追っては自身が自滅から救われる唯一の道なのだ。

世界中を唯一の日本人として歴戦を続けた杉山愛さんだからこそ辿りつけた極意ではないだろうか。
体力で勝てない以上、知恵と、そして心で勝つ。
おもいやり戦士。
俺はそれこそが、日本人の強さだと思っている
この貧弱な身体と下手な英語を持った日本人という民族が、
世界と戦うための一番の武器とはまさにそれなのだ。

妄想系の引きこもりのおぼっちゃまサッカーの日本のチームにもぜひとも見習って欲しい。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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