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地獄の外人カラオケ

Posted by 高見鈴虫 on 04.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
ひょんなことからパーチーに招かれて、
で、夕食の後、ひょんなことからよりによってカラオケ!!
なんてところに行くことになつてしまつた。

実は俺はカラオケが大の苦手である。
苦手どころか、憎んでいる、と言ってもよい。

かつて日本の生活において、なにが一番苦痛だったか、
と言えば、それはまさに「カラオケ」であった訳だ。

断っておくが俺はミュージシャンを志した者である。

物心ついてからずっと、音楽で飯を食う、ことを目指し、
この一生を、音楽に捧げようと誓った者である。

そんな俺が、しかし、ことカラオケ・・ 
これが実は、どうしても、なんとしても、いかんしがたくも、
徹底的にNGな訳である。

カラオケは音楽にして音楽にあらず。

カラオケを謡う誰もが、それを音楽として認識さえしていないのでは、と思う。
謡いたい歌をただ謡いたいように謡うだけ。
大切なのはその謡うという自浄行為そのものであり、
そしてその結果としてうたいだされた自身の歌声という産物には実はそれほど注意を払っていないのでは、
という気さえしてくる。

つまり、カラオケは音楽にあって音楽にあらず。
時として、そういうモドキこそが一番たちが悪かったりもするのだ。

という訳で、ミュージシャンである俺にとって、
そんな音楽モドキのカラオケはまさに地獄のような拷問に近いものとなる。

がしかし、そう、他人様の下手な歌になんとか我慢すること、
そのぐらいのことはもちろん俺にだってできない訳じゃない。
耳栓をして吐き気をこらえながら、適当なお喋りやら馬鹿騒ぎやらで水に流し、
ああお上手お上手と、やっと終わってくれたぜ、と適当にうっちゃることも可能ではある。

が、そう、しかしカラオケに置ける最大の問題は、
まさしくこの「俺」自身の歌な訳である。

言わせて貰えば俺の歌は凄い。
ついさっきまで、おいおい、まさか冗談だろうこいつは、とまさに絞め殺すどころか、
すり鉢でゴマといっしょにすり潰してくれてやりたい、と思っていたド下手なおさんの、
その二乗三乗の上前をはねるぐらいの超ド級のド下手やろうであるからである。

しかしながら、そんな俺自身が、
まさか自身の謡う自分の歌を耳栓をしてうっちゃる訳にはいかず、
自身の声帯から発せられるこの信じられないぐらいに醜悪なノイズを、
どうやって水に流すことができるのか、それができるほどの技量もない。

そして俺は、そのミュージシャンとしてのその耳が、
どうしてもどうしても、
この俺自身の謡う歌が、なんとしても、いかんしがたくも、
その声質からして、声量から、息継ぎのタイミングから、リズムから、
なにからなにまでが、徹底的に許せない、耐えられない、
ついには吐き気を通りこして、恐慌状態を起こしてしまいそうなほどに、
なにからなにまで徹底的に大嫌いな訳である。

そして俺はドラマーである。
ドラマーである以上、実は演奏中には徹底的に歌を歌っている。

それはまるで一人オケ、のように、ドンカンドンカンのドラム語、から始まり、
コーラスから、ともすると、自分のバンドの持ち歌に勝手に替え歌を作ったりしながら、
♪チャンチャコチャンチャコ・ががががががが♪てんてけちんてけ・んぱんぱんぱぱっ♪
などと伴奏そのものを歌にして謡い、
♪あそりゃさっと、そらそら、よし来い、そりゃどっこいしょっ♪
なんて妙な合いの手まで入れながら、
最初から最後まで、徹底的に歌い続けている、訳だ。

そう言えば過去に何度か、そんな俺の歌が、ドラム用のマイク、
あるいは切り忘れたコーラス用のマイクが拾ってしまい、
PAは通さないまでも、ライン録音にしっかりと入っていた、
なんてことがあって大恥をかいたことがあり、
極力、声に出しては歌わないように、とは思いながらも、
それはやはり、ドラマーとしての宿命からか、
やはり、どうしてもどうしても、歌わないわけにはいかない訳だ。

が、そう、問題は、である。
そんな俺の歌が、まったくもって酷いのである。

絶対音階のない俺は、伴奏なしでは最後まで同じキーを保つことができない。
そして、声楽の基礎の欠片もない俺は、発生方法からしてまさに滅茶苦茶。
音域が極端に狭く、タバコの吸いすぎですぐに息があがり、
そんな訳で歌にリズムを作ることができない。

つまり、致命的な音痴であることに加えて、リズム感さえも皆無、の、
まさにどうしようもない歌い手、当然のことながらこれまでのキャリアにおいて、
バックコーラスでの参加はことごとくNGされて来たわけである。

そんな俺が・・カラオケ・・・

という訳でそう、このニューヨークにおける外人カラオケ、
悪い予感どおり、まさに地獄の苦しみを味わうことになった。


カラオケといえば、まずはその選曲である。

俺がミュージシャンである以上、その選曲に手を抜く訳にはいかない。

が、しかし、
カラオケが一応社交が目的である以上、
参加者がみな楽しめる曲を歌わなくてはいけない。

そう、ここがニューヨークである以上、、それはやはり英語である。

のだが、そう、そこでやはりドラマーとしてのデメリット、
俺は、音楽をドラムの音を中心に聴いている訳であって、
実は、歌詞は、それほど聴いていなかったり、する訳である。

しかもそれが英語となれば尚更である。

通常の日本人同士のカラオケであれば、どうせ誰も判らないこと前提として、
空耳アワーではないが、桑田圭祐のようななんちゃって英語で押し通すこともできる。

がしかし、それはここがニューヨークであり参加者が外人である以上、
つまり、なんちゃって英語が許されない訳である。

しかもその参加者である。

年齢層がまさに、10代から60代まで。
人種は白人中心、プラス、こっち生まれのアジア人がちらほら。

断っておくが俺はHIPHOPをまるで知らない。
つまり1990年代半ばからここ20年間の音楽をまったく知らないのである。
21世紀に入ってからは、邦楽、洋楽を問わず、
歌詞どころか、一曲たりともなにも曲そのものを知らなかったりもする訳である。

そんな俺が、果たしてどんな曲を歌うことができるのか。

確かに、童謡、という手がある。

犬のおまわりさん、やら、かわいい魚屋さん、やら、
エーデルワイスやら、マイ・リトル・インディアン、なんて曲をドまじめに歌う、
という手もあって、

と、そこまで来れば、ここはまさに「りんごの歌

さああああみなさん、リンゴの「り」の字を「マ」に代えてぇえええ
と絶唱する、と言う必殺技もある!

のだが、今夜の主役は外人の、しかも家族連れである。こんな和製のキワモノねたが
まさか外人ご家族に理解してもらえる訳もない。

とそして、である。なんといっても俺はこう見えてもミュージシャンの端くれである。
がしかし、これまでのキャリアにおいて、
なにがどうあっても、どうしてもバックコーラスすら参加させて貰えなかった、
超ド級の音痴・悪声のこの俺が、よりによって外人の前で英語の曲を歌わなくてはいけない。

ええ、ままよ、である。

とここに来てやはりどうしてもミュージシャンのとしての欲望が頭を擡げてしまう。

どうせだったら、どうせだったら、好きな曲を歌いたい、と思う訳である。

がしかし、本当に好きな曲、つまりは俺のテーマ曲でもある、
 JOHNNY THUNDERS & THE HEARTBREAKERS
あるいは、SEX PISTOLS

というのはさすがに、家族連れには??である。
がしかし、もしかしたら、
THE CLASH
ぐらいだったら許されるかもしれない。

がそう、実はロックの歌詞はこ難しいのである。
単語が沢山ありすぎて、そして参加者も知らない人が多いであろう。
こんなご家族カラオケのような場でそんなマイナーな曲、
しかもパンクロックなんていう不穏な音楽を披露してもしかたがない。

という訳で、なにを歌いたいか、あるいは、歌とはなにか、
なんてことを考え続けた末に、とどのつまり俺の本当に歌いたい曲というのは、
実は実は、クラッシック・ソウル なわけであつた。

そう、それは、
MARVIN GAYE である。
SMOKY ROBINSON である。
SAM & DAVE である。
WILSON PICKET である。
ORTIS REDDING である。
そしてもちろん、JAMES BROWN 
な訳である。

がしかし・・・・ それは・・大間違いであった。

そう、そう、なのである。SOULを謡うのは難しい。それも、超ド級に難しい。
つまりSOULの歌い手たちは、まさに、超どどどどど級に、上手な人たちなのである。

だからまあ、俺が好きだった訳なのだが、しかし、いざそれを俺が歌う、となると・・・

当然のことながら、
それはただたんに、歌いたい曲、あるいは、演りたい曲あって、俺が歌える、曲ではまるでなかった訳である。

それはまるで、楽器を手にしたばかりの中坊が、いきなり

LED ZEPPELIN 

がやりたい!
と文化祭のステージに立ってしまったようなもの。

つまり、まさに救いようがないぐらいの身の程知らず、であったわけだ。

そして、そして、よりによって、そんなSOULの名曲の中の名曲のその伴奏が、
なんと、おいおい、冗談だろうの、ポコポコのシンセドラム、な訳である。

ふざけんじゃねえぞ、だからカラオケは嫌いなんだよ~~~!!
と思わず曲の途中でマイクをモニターに投げつけそうになってしまつた。

という訳で、帰り道、だがしかし、たかがカラオケ、されどカラオケ、
どうしてもどうしても、いつの日にか、

Ain't no Mountain High Enough  

だけは歌えるようになりたあい、

とまじめにお歌の練習をする決心をした俺であつた。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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