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アッパー・ウエストサイド・ストーリー ~ 天使たちの溢れる街角

Posted by 高見鈴虫 on 08.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
ここのところ、アッパーウエストの街中に子犬たちが溢れている。

それはまさに、春に生まれた子犬たち。
三ヶ月を経て、新しい我が家へと貰い受けられてきた子犬たちが、
夏の初めになってさっそうとストリート・デビューを果たした訳である。

子犬によってはまだ任意の予防注射がまだ、ということで、
飼い主の腕に抱かれて恐る恐ると初めての世界に目を見張っている。

その子犬たちの瞳の中はまさに輝きに満ちている。
世界を包む色々な匂い、その風景、その色彩、その音、そしてそんな世界を包むオーラ、
その一つ一つをまるでブラックホールのように吸い尽くしながら、
この世に受けた生のその衝撃に度肝を抜かれているのだろう。

そしてそんな時期を過ぎてちょっとお兄さんになった子犬たちは、
まるでおぼつかない手足で必死になって地面にしがみつく様に、
しかし千切れんばかりに尻尾を振っては、
全身をうなぎのようにくねらせながら、道行く人々の一人一人、
誰彼構わずにじゃれ付いては顔中を嘗め尽くそうとする。

その姿はもうこの世に生まれついたことが嬉しくて嬉しくて嬉しくてたまらない、と言った風だ。

ここニューヨーク、アッパーウエスト地区。
元々動物好きの集まったこのエリアである。
道行く人々もそんな子犬たちの歓待が嬉しくない訳がない。

あれあれあれ、ベイビーちゃん、と思わず足を止めてしゃがみこんでは、
抱きついてきた子犬に鼻先を舐められて嬉しい悲鳴げながら、
大きくなれよ、元気に育てよ、と全身を撫で回しながらこれでもかと愛情を注ぎこむのだ。

そうやって人々に愛されて来た子犬たちが生後4ヶ月を境にしてついにドッグランへの登場と相成る。

そんな訳で、ドッグランはまさに子犬たちの天国である。

大きな頭をして、きょとんとした目をした子犬たち。
しなやかな身体と、見るからに柔らかそうな毛並みと、
ぽてり、とした妙に大き過ぎる足。

ドッグランに放たれるやいなや、猛然とダッシュ。問答無用のぐるぐる旋回。
目に入った犬という犬、人間という人間に遮二無二に襲い掛かってじゃれついて、
小枝を咥えて走り回り、人のボールを掻っ攫い、飛び蹴り、噛み付き、追いかけっこ、
とまさに何でもありである。

その溢れんばかりのエネルギー、
まるでスパークを発して目が焼けそうなほどの溌剌ぶり。

その姿はまさに、犬として生まれたことの喜びの全てを、
これでもかとばかりに世界中にぶちまけているかのように見える。

走って、飛んで、噛み付いて、転げまわって、ジャンプして、うわああああ!

その姿はまさに生きる喜びそのものだ。

その一見するとまさに無茶苦茶なほどの元気ぶりは、
いま開いたばかりの自身の可能性の蓋から、
己に備わった能力のそのひとつひとつを試運転しているのかもしれない。

それはまさに、生まれて初めて乗ったモンスターバイクそのもの。

エンジンをかけたとたんにとてつもないエンジンがぶるるんと全身を震わせ、
ギアをぶち込んでアクセルをひねったとたんに、いきなりウイリー、
そしてそのままとんでもないスピードで疾走を始めるこのお化けマシーン。

ひゃっほー!うわあああ、凄い凄い、この僕って本当に凄い!

まさに有頂天、まさにはしゃぎ過ぎるぐらいにはしゃぎ過ぎ、とまるっきりそんな感じの子犬たち。

僕は走れる。僕は飛べる。僕は噛める。僕は嗅げる。僕は叫べる。僕はなんでもできる。まるでスーパーマンだ。

そんな子犬たちがドッグラン中をしゃにむに走り回っては、子犬同士で猛然と追いかけっこ。
転げ周り、ぶつかり合い、唸りあい、噛みあい、舐めあい、吠えあい、
しては、そら来た、と、右から左へとまるでピンボールのように飛び回っている。

そんな子犬たちを見つめる人々。そして先輩犬達。

普段は不機嫌な仏頂面をした先輩犬達が、
不思議なことにそんな子犬たちの暴虐武人な暴れ周りぶりを、
しかしまさに奇跡のような寛容さで、ああ、判った判ったと目を細めているばかり。

子供は世界の宝なのである。
子犬の姿こそは、この世で最もピュアな幸せの具現化なのである。
そしてそんな天使のような子犬たちは、犬といわず人間といわず、まさに世界の宝物なのである。

そして見ろ、その気難しさと頑固さでは並ぶものの居ないミスター・ハードノーズのブルーヒーラーでさえ、
顔中を舐めつかれて背中によじ登られ耳を齧られ、と好き放題にやられながら、
はいはい、判った判った、と困惑げなニヤニヤ笑いを浮かべているばかり。

そう、誰にもそんな時期があった。
怖いもの知らずの世界一のやんちゃ小僧たちであった時代があったのだ。
そんな子犬たちの姿に、先輩の犬達、そして飼い主達は、
自身のそんな時期を追体験しているのかもしれない。

という訳で、ドッグランの主役がすっかりと入れ替わったこの夏。

まるでいくつものつむじ風に襲われるように、
今日もドッグランには子犬たちが弾け飛んでいるのである。

いやはや、とはしゃぎ過ぎた飼い主達がちょっと照れたような笑みを浮かべて溜息をつく。

いやはや、まったくとんでもない怪物を貰い受けちゃったようで・・・

そうまさに子犬は怪物である。そしてこの世で最強の悪魔である。
何人たりともそのあまりの暴虐さにまったく歯が立たないのである。

そんな飼い主と話すたびに、ビデオに撮っておいた方がいいですよ、と俺はいつもそう言う。
日々刻々と変わっていく子犬たち。
そして来週には、あるいは来月には、まさにまったく違った犬、下手をすれば、
二倍三倍に膨れ上がった姿になっているかもしれないのだ。

そしてそんな子犬たちにとって、今日のこの日はまさに二度とやってこない今日のこの日、なのだ。

という訳で、はしゃぎ過ぎた子犬たちはベンチの下で居眠りを始めた頃、
ブッチを連れてそっとドッグランを後にする。

お前にもあんな時期があったよな、と思わず振り返る。
こいつは本当の本当に、まさに悪魔のようにきかん坊だった時期があったのだ。

いまとなってはまるで夢のような話だ。

なんだよ、また昔話か?とちょっと不服そうなブッチ。
道の途中で立ち止まって、いや、そっちには行かない、とまた強情を張りはじける。

おいおい、と溜息をつく俺。

まったくこの強情さだけは子犬の時、そのままなんだよな。

という訳でこんなブッチともそんなこんなで既に5年も経とうとしている。

こいつが遣ってきてから本当の本当に色々なことがあったわけだが、
ただひとつ悔やんでいること、と言えば、子犬の頃にもっともっと沢山のビデオを撮っておけばよかった、
ということかもしれない。

子犬の頃のブッチ、本当の本当に、まるで悪魔の申し子のように可愛かったあのきかん坊小僧。
この世で唯一絶対の存在であったブッチ。
あの問答無用のパンク小僧であった子犬の頃のブッチの面影が、
いまとなってはちょっと懐かしい気もしている今日この頃なのである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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