Loading…

Like Father, Like Son ~ そして父になる、を観た

Posted by 高見鈴虫 on 24.2014 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
なんかゴジラから妙に映画づいてしまっている。

で、ずっと気になっていた映画、
Like Father, Like Son ~ そして父になる、を観た。

そして父


がそう、正直、なんかしっくりこなかった。
全編を通じて、思わず首をかしげてしまうことしきり。

確かに、日本人の感覚では十分にお話にはなるのだろうが、

ニューヨーカー的な感覚、
そして、世界旅行者的な常識の範疇においては、
なにからなにまで、なぬ?の映画であった。

まずここアメリカにおいては、子供をアダプトする、という話が実に普通である。

ユダヤ人の家族にチャイニーズの子供がいたり、
あるいは、白人の一家にひとりだけ黒人の子供、
あるいは、そう、スコット藤田ではないが、
日本人夫妻に日本人として育てられたという白人著名人、
なんてのもいるぐらいで、
そう、そういう話が割りとざら、というか、そう、ごく普通なのである。

そして、これまで歩いて来た国の中で、
ちょっとこちらの目が点々になるぐらいにまでゆるい家族という奴をこれでもか、と見てきた。

隣近所の家族、あるいは親戚連中の家族がもう入り乱れてしまって、
ほとんどの時間をあっちの家族とこっちの家族を行ったり来たりしている間に育ってしまった、
なんていう子供たち。

兄弟4人、父親と、そして人種までもがすべて違う、なんて家族。

あるいは、同じ村の中で、あいつとあいつは父親が同じ。
あいつとあいつは母親が同じ、なんてだったり、

あるいは端から、父親なんて誰にも判らないじゃない、からからから、と笑われたりもした。

そう、父親というのはなんとも心もとない、つまりはとてもとても曖昧な存在なのである。

それを世界の人々はそれをとてもよく知っていて、
そんなドサクサを割りと楽しんでいる、というか、笑うしかないじゃない、
ぐらいのところで生きていたりもする訳だ。

あるいは、そう、日本でだって、戦後のどさくさぐらいまでは、
養子とかが割りと普通に行われていた、と聞くし、
もしもわざわざDNA鑑定をやる気さえあれば、
あり?なんてケースが多分これでもかと出てくるのは必至なのだろうが、
誰もわざわざそんなことしないでしょ?

という訳で、
このドラマの設定そのものが、ちょっとあまりにも現代日本的常識に限定しすぎ、
核家族化がどんづまった閉鎖された家族の図式、そのものが前提となっている訳で、
この人たち、なんで素直に二つの家族を一緒にしちゃわないのかな、

おい、まあそんな事情で、お前には家族がふたつできてしまった。
どうだ嬉しいだろ?これからはふたつの家族でがんばって息子をやりなさい。

それで十分ではないか、と思っていたのだが・・

がしかし、かといってこの俺が、人種の違う子をアダプトして養子として迎え、
我が子として育てる気があるか、というと、それはそれでまた難しいところなのだがな・・

うーん、なんか煮え切らない映画であつた。
で、そう、実は・・・・この映画が気になっていたその理由・・

こんなことを書くのは実になんなのだが、
この、子供を間違えられた、という設定は、
俺的にはまったく洒落にならなかったりもする。

俺は物心が付き始めた頃から、
母親から、実はあんたはね、という話をたびたび聞かされて育ったのである。

母親が俺を産んだ後、
初めて、はい、この子です、と連れて来られた赤ん坊が、
ぶーとむくれるばかりでどうにも可愛くなかった、らしい。

で、この子は私の子ではない、と言い張ったところ、
では、確認してきます、と引き返した看護婦さんが、
ごめんなさい、間違えました、正解はこの子です、
と連れて来られた赤ん坊。
それが、うちの母親を見て、にこっと笑った、らしい。

で、その笑顔を見て、あっこの子です、これにします、と言った、
それが、俺だった、とのこと。

まるで金の斧と銀の斧。
いやあ、間違えたなあ、と母親はいつもからからと笑っていたのだが・・

冗談のつもりかなんのなのか、母親はその話を良くしてくれて、
幼い頃の俺は、何か悪さをするたびに、病院に行って取り替えて貰うよ、
という必殺の脅し文句を何度も聞かされて育った訳で、
病院で間違えられた子、という逸話はすでに俺の血となり肉となり、なのである。

が実は、そんな母親の話が、歳を負うごとにあまり笑えぬlことになってきた。

親父と生き写しであった姉貴に比べ、俺は親に似ていなかった。
両親のどちらにも、まったく似ていなかった。

夏休みに田舎の親戚たちに会う度に、
一同で俺を囲んでは、はてさてこの子は誰に似たのかな、
とみんなして首を傾げていたのを覚えている。

そしてその違和感は、歳を負うごとに顕著になっていった。

俺と親父とは不思議なぐらいに気が合わなかった。

俺の親父な超堅物技術者であった人でまさにガリガリの理系タイプ。
それに引き換えこの俺と来たらお調子者のひょうきんタイプで、
クラスの人気者街道まっしぐらであったわけだ。

親父はスポーツが苦手だったらしく、
俺は親父とキャッチボールをしたりサッカーをした記憶はまるでないのだが、
どういう訳だか運動場の花形。
運動会のたびにメダルをいくつも下げて帰ってくる俺を見て、
親父は喜ぶどころかいつも苦笑いを浮かべていたものだ。

これは俺の血筋じゃないな、それが親父の言葉だった。

そんな親父の言葉通り、俺は歳を負うごとにますます親父の血筋という奴からかけ離れていった。

お誕生会にクラスの全員が集まってしまった時にも、
学級委員になった時にも、
短距離走で県大会の選手に選ばれたときにも、
バレンタインデイに山のようなチョコレートを持ち帰ってきた時にも、
読書感想文が全国大会に行くぞ、なんて話が来たときにさえ、、
親父はちょっと不機嫌になった。

これは俺の血筋ではないな、とそう苦く笑った。

そう、俺と親父はなにからなにまで違った。

親父は動物が嫌いだった。
俺の可愛がっていた犬が吠えるたびに、
うるさい、あんな馬鹿犬とっとと捨てて来い、と怒鳴り始め、
そのたびに泣きながら犬を連れては、このまま家出をしてしまおうと夜の街をさ迷った。

友達の家庭の和気藹々とした様を見るたびに、
どれだけ他の家の子供になりたい、と思ったことか。

その後、ご多分に漏れずグレ始めたときには
既に親父にとって俺はただのモンスター。

下手を踏んでお廻りにとっつかまった時にも、
親父は俺を引取りには来なかったし、
六角橋に引きずり出された時にも、もちろん親父は来なかった。

もうお前は俺の子供とは思わない、とはっきり言われた。
もうお前がどうなろうと知ったことではない。
だからもう係わり合わないで欲しい。
おう、上等だぜ、と返した。せえせえすらあ、じゃあな、と家をでた。

鬼っ子と言われればここまでの鬼っ子もないのだろうが、
どうせそうなのであれば、それを徹底的に立証してやろう、
それが俺の人生であったのかもしれない。

そんな訳で、いまになってからも、
その後の俺、つまりは高校半ばで勘当を喰らってから先、
家の外でなにをしてきたのか、親には一切話していないし、
そして今更、それを話してみてもどうなるものとも思えない。

ただひとつ、俺は実は、別れの挨拶、と言うか最後っ屁の替わりに、
ちょっとしたトリックをしかけてきた。

アメリカに渡る際に実家に置いてきた荷物。
その中に数冊のアルバムを残して来たのだ。

それは親の知らない外での俺。

数百台の暴走マシンに囲まれて日章旗とともにポーズを決める俺。
スポットライトの中でドラムを叩く俺。
学校の俺。バイト先の俺。
中国でタイでインドで地元の奴らと肩を組んだ俺。
そしてどこか見知らぬ砂漠のど真ん中で、
謎のターバン野郎たちとAKを構える俺。
ヒッピーヌーディストの溢れる南国のビーチ。
どこぞのジャングルで土人たちと戯れる俺。
白人黒人たちとあきらかにマリファナと思われるパイプを吹かす俺。
刺青だらけの男達。唐突に現れる白黒黄色の裸の女たち。
そしていきなり、リクルートスーツを着て接待カラオケに汗を流す俺。
同僚達、そして顧客達との記念写真。

なんの説明もないがために、見ているほうがなにがなんだか判らないだろうが、
しかしそう、それこそが、家を勘当された後に俺が歩んできた道、そのものなのだ。

親父はきっとあのアルバムを見ているに違いない。
そして、なんどもなんども苦笑いを浮かべて首をかしげながら、
これはいよいよ俺の血筋じゃないな、と思っていたに違いない。
それが俺から親父へのメッセージであることも親父は気がついていたに違いない。

そして今、俺は既にあの頃の親父の年齢に刻一刻と近づいている訳だが、
実はそんな俺が近頃常々感じていること。

そう、顔が親父に似てきている、のである。

とそんな話に、かみさんは思い切りの苦笑いを浮かべている。

最初に逢ったときから、あなたたち親子はそっくりよ、と思っていたらしい。

だって、俺の親父って超カタブツの理系男なんだぜ。パンクロッカーの俺のどこがどう似てるんだ?

なに言ってるの、生き写しじゃないの。

ちなみにうちの母親の家系はそんな俺の無軌道人生を割りと面白がっていたらしい。
いやあ、男らしくていいじゃないか。男の子、それぐらいじゃなくっちゃな。
やんちゃ盛りだった男の子が狭い日本は住み飽きたとばかりに世界流浪の果てにいまはニューヨーク暮し。
いやはや格好いいじゃないか、上等上等。
そうやっていつも笑って迎えてくれるのは母方の家系であった。

ちなみに学者肌が多い父方の家系とは対照的に、
母方の家系は代々スポーツ系。祖父は鬼と言われた剣道師範。
そして叔父や叔母も若かりし頃は柔道の国体選手だったと聞いた。
そう言えば、うちの母親の田舎にはいつも犬が群れて、
そんな犬達に囲まれて祖母はいつも油絵を描いていて、
そして蔵には博物館クラスの古書が山積みになっていたっけ。

なあんだ、つまりはそういうこと。俺はただ母方の血を濃く引きすぎただけ、の話だったのだ。

という訳で、父親がいくらがんばってみたところで、
子供には父母どちらもから遺伝子を受け継いでいる訳だ。

そして男は母方に似る、という話もある。

という訳でこの映画、
なんとなく設定からしてからまわりだったのでは、と思っていた訳なのだが、
その答え、
そうつまりそう、「そして父になる」という題名にその謎解きがある。
つまり映画そのものが、父親のからまわりの映画である、ということなのであった。

と言う訳でそう、この物語の主役は、「間違われた子供」ではなく、
実はおとうさんであったわけか・・(笑

がしかし、うーん、なんとなく、そう、やっぱりあのエリートリーマンのおとうさんにはちょっと入りこめなかったな。

そしてあのまま引き取っていた実の子が成長するにつれて、
俺のように徹底的に親父に逆らった人生を生きる、という行く末が目に見えていて、
まさに、そう、笑えない話であった。

ちゅうわけで、是枝さんの作品の中では、やはり「歩いても歩いても」が一番好きだな、と思ってまた見直したくなってきた。



  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://shumatsuwotohnisugit.blog.fc2.com/tb.php/2185-00f550d4

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム