Loading…

UNA NOCHE を観る

Posted by 高見鈴虫 on 03.2014 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
unanoche1.jpg


ハバナが舞台の映画。
ティーンエイジャーが古タイヤで作った筏で海の先、90マイル先のマイアミを目指す、ってな話なんだが、
舞台のほとんどはハバナの街中。

クーバに行ったのはもう十数年も前なのだが、いやはや相も変わらず懐かしい街並みである。

ハバナの街並みはあの頃から徹底的に廃墟であったが、その後もますます廃墟な風景。
御気楽なツーリストとしてはそのぶっ壊れ方がなんとも格好よかった訳だが、
住んでいる人々、それもそこから出れない人々にとってはちょっとたまらないだろうなあ、
とは常々思っていた。

unanoche5.jpg


いまでもクーバの観光案内を見ると、

クーバの人たちはそんな暮らしの中でももちまえの陽気さを失わず、
やら、
海と太陽とサルサに溢れる街角、
やら、
幸せとはなんだろう、とつくづく考えさせられました、

やらやらやら、

なんとも能天気にも無責任な謳い文句が並んでいる訳だが、
行ってびっくり、そんな謳い文句の一つ一つが、まさにこれ以上ないブラックジョーク、
という現状を目の当たりにすることになる。

クーバと言えば、ラム酒とサルサとセックス、という訳で、
いやあ、酒と音楽とセックス、最高じゃねえか、と言うのは観光客だけ。

住んでいる奴らにとってはもう徹底的にラム酒とサルサとセックス以外には何もない、訳であって、
人生がそれだけで充足できれば良いのだろうが、
なかなかそういうわけにもいかない、というのが人間の難しいところ。

一皮剥けば、壊れたインフラ、街中に溢れる娼婦(そして男娼)とエイズの嵐。
そんな楽園の牢獄の中に閉じ込められて、
もう徹底的になにもかもがうんざり、となっているのは容易に想像がつく。

この映画の中にも、

ツーリストはすぐに判る。石鹸の匂いで・・・

というセリフがあったのだが、
そう、ハバナには石鹸がなかった。
それ以外にも、ビニール袋や電池がなかったり、とか、
あるいは、塩や砂糖や珈琲が無かったりなんていう、
思わず、えっ!? ってなものが普通に無かったりした訳で、
その滞在が一日一日と経つうちに、
なんだよ、この国、実は徹底的にぶっ壊れてるな、
という事実にいちいち思い知らされることになったわけだが、
そんな状態は今も変わっていないらしい。

という訳で、そういうクーバの現実にほとほと嫌になった若者たち。
いや、若者達に限らず、住んでいる人々はもう徹底的にほとほと嫌になっているに違いない。

そして若者達にとってなにが嫌かと言って、
つまりは、そんなほとほと嫌になって暮らしている人々に囲まれて生きることがなによりも嫌、
な訳なのだが、
いや、実は世界中どこに行ってもルーティーンなんてそんなものなんだぜ、
という事さえも、実はキューバの人々には知る術がないのである。

unanoche3.jpg


という訳で、そんなやるせないハバナの現実がこの映画にも滲み出している。

で、改めて思うのは、こんな反カストロ的な映画をよくハバナでロケをさせたな、という訳で、
つまりはもう、政府もそんなことどうでも良くなっているのだろうな、と思う。
あるいは、それもクーバ政府お得意のブラックジョークなのであろうか。

ちなみにこの映画、2012のトライベッカ映画祭に出展された作品なのだが、
こともあろうにその祭典に出席する筈だった主役の二人が、マイアミで逃げた(笑

で、逃げた後どうなったのか、誰も知らないが、まあ想像はつく訳で、
そして逃げた二人がいまごろなにを思っているのかさえも安易に想像がついてしまう、というところ。


unanoche6.jpg


ちなみに、ここニューヨークに置いて、次のバケーションの予定が決まらないとき、
車でマイアミまで行ってみようかな、というのがある。

で、行ったことのある人々は、やめとけ、なにもないぜ。悪いことは言わない飛行機にしとけ、
と口を揃えて言うのだが、そうやって口を揃えて言う人々も、一度は車でマイアミまで行ったことがある訳だ。

という訳で、敢えて人のやらかした失敗を周到するために出かける旅というものもある。

そんなところに行ってもなにもないぜ、と言われた場所に、
あえて、なにもないことを確認しに出かけて行く、というあれだ。

そして、その旅を終えた時にようやく仲間入りができる訳だ。

やめとけ、そんな苦労してもなにもないぜ、と一種「大人の余裕」を持ってそう言い切れるのである。

という訳で、クーバの人々。

クーバを出れば、石鹸も砂糖も塩も山ほどあって使い放題なんだぜ、というのが夢のような話なのだろうが、
いざマイアミに辿りついてそこに三日も暮らせば、石鹸や砂糖や塩に溢れた暮らしというものが普通になってしまう訳で、
そんなものがごく普通になってしまった時、改めて失ったものの大きさ、
マレコン通りの潮の香りや、流れていたルンバのリズムや、そしてラム酒の甘さをしみじみと思い出すことになるだろう。

という訳でこの映画、それがハバナであれ、あるいは、それが日本のどこかのしみったれた地方都市であったとしても、
ガキどもの抱えている問題というのはまあ似たようなものであって、
つまりはそう、これが政治映画であるか、という見方は敢えてしたくない。

つまりそう、まあよくある青春映画、そのハバナ版、と言ったところ。

そう言った意味で見ると、とてもよくできた青春映画でありました。


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://shumatsuwotohnisugit.blog.fc2.com/tb.php/2194-be3cc3b4

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム