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失業ハイパー ~ 勉強中のBGM

Posted by 高見鈴虫 on 03.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
一日中図書館で資格試験の勉強。
冷房の効きすぎてまるで冷蔵庫の中に座っているようで、
この真夏の最中にダウンジャケットを着ては参考書を読みふける日々。

という訳で試験勉強である。
さすがに二ヶ月もこんな暮らしをしていると、正直飽き飽きしてくる。
で、ついつい、うとうと、としてしまうことが増えてきて、
下手をすれば、図書館に行く、ということだが目的化してしまい、
座ったとたんに眠くなって、なんてことにもなりうる。

という訳でリフレッシュで音楽でも聴いてみようか、とも思うのだが、
そう、俺にとってこの音楽というのが鬼門な訳である。

まずドラムの入っている音楽はいけない。
下手なドラムの音楽は端から身体が受け付けない。
上手いドラムの音楽はもう気がそればかりに行ってしまって、
目の前の参考書にまったく気が行かなくなってしまう。

がしかし、ドラムが入っていない音楽、ということになると、
つまりはリズムのない音楽という訳で、ついつい尚更に眠くなって来てしまう。

と言う訳、このリフレッシュの音楽をどうするか、
と考え始めたとたんに、BGMの音楽探しばかりに熱中することになってしまって、
改めて俺的には勉強と音楽は相容れないのだな、と思い知るのだが・・・

しかもこの21世紀である。

世界中のありとあらゆる音楽は、わざわざレコード屋に行かなくても、
あるいは、このパフォーミングアーツ図書館の秘蔵庫にうだっている訳なのだが、
しかし、この時代そんな面倒なことをする馬鹿はもうどこにもいない、筈、である。

そう、YOUTUBEなのである。
ありとあらゆる音楽がYOUTUBEな訳だ。

という訳で、この勉強中のBGMである。
それこそもう片っ端からありとあらゆるジャンルのミュージシャンの作品が視聴できてしまうことになる。

ちゅう訳で、この勉強中のBGM、その選択が無限大である分、良いの悪いの言い始めるとまさにきりがない。

まず下手ではいけない。
その演奏は、まるで流れているのか流れていないのか、忘れてしまうぐらいに滑らかでなくてはいけない。
がしかし、そこに主張があってはいけない。
少しでも、どうだ、俺は凄いんだぞ、というような安い気負いが見えるともうそれだけで嫌になるし、
その時代的には斬新であった筈の奇抜なアイデア、あるいは陳腐な電気音が入るともうそれだけでOUTである。
がしかし、もともとデジドラの音はNG。
デジドラの音を聴いているだけで勉強どころか生きているのが嫌になってくる。
そして、耳障りな衝撃音がないもの。
俺は高音系が苦手なところがあって、日本のジャリタレの鼻つまりのキンキン声や、
あるいは、管楽器のパッパーやらの音が入るとその場で脳みそがプツリと来てしまう。

という訳でその選択がかなり狭まる。

とりあえず、ロック系はいけない。
ドラムの良いの悪いの言う以前の問題である。
それがかかったとたんに完全にもっていかれてしまう。
そして帰ってこない。。(笑

あるいはJAZZである。

以前、仕事中に良くJAZZを聴いていた。

がしかし、コルトレーンとかになるともう完全にそっちに持っていかれてしまうし、
あるいは、チェットベイカーとかはもう脳みそがうねうねになって船酔い状態になってしまう。

という訳で、ながら的BGMにはピアノ系がいいようだ。

がしかし、俺はどうも、BILL EVANSが駄目なようだ。
聴きやすいのはあるのだが、あのリズム感の無さ、というか、
いかにも運動神経の悪そうな音に気が滅入ってくる。

あるいは、MICHEL CAMIROであるのだが、
昔聴きすぎたのか、最近はちょっと食傷気味。

という訳で、先祖がえりではないのだが、やはりハービーか、
あるいはそう、これ、チック・コリア。

Chick Corea - Now He Sings Now He Sobs

で、ここのところちょっとマイブームなのがこのあいだVVで見たブラッド・メルドー。

Brad Mehldau Quartet jazz baltica Live

実は柄にもなくクラッシックも色々試して、
オペラではヴェルディからワグナーから、
あるいは、ラフマニノフから始まって、ドビュッシーからマーラーまで。

がしかし、どうも俺はクラッシックを聴いているとどうしても鼻に着いてきてしまうか、
あるいは長く聴いていると欲求不満でいらいらしてきてしまうところがあって、
だったら、指揮者を代えてみようか、なんてことになるとまた泥沼。
なかなか上手くはまらないようだ。

とかやっていたら、ふと超絶的に心地の良い音楽が見つかった。



PACO DE LUCIA である。

paco.jpeg



その超絶的演奏技術もさることながら、リズムの正確さ、音の強弱、そしてそこに流れるエネルギー。
禅にさえ通じるそのストイシズムの極致。
まさに、脳みそに直接パワーを注入されている気になってくる。

昔から思っていたが、どうも俺はこのジプシーの音楽が身体に馴染むようなのである。

幸いにもYOUTUBEには、彼の残した遺産が山のようにUPされている。

基本的にはやはりLIVEものが良い。LIVEでもこれだけの安定感である。
まさに超絶、どころか、ぶっちゃけ、やはりそう、神様、なのである。

あらためてやはりPACOだな、と思う。

PACOを聴き始めるともう他の音楽は聴く気にならなくなる訳である。

PACOの力を借りてなんとか今日も午後を乗り切ろうと思う訳だ。

がむばろー


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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