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エリザベス・ブッチ

Posted by 高見鈴虫 on 06.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
セントラルパーク・シダーヒル 午前9時30分。
燦々と降り注ぐ朝の陽光。
緑の芝生を独り占めできるこの時間。
いつものように芝生の真ん中、新聞を読みながら日光浴。
ブー君はボール遊びの休憩で、木陰に陣取ってまた芝生ごろごろ。

とそんな夢のように長閑な朝の一時に、その事件は起こった。

いきなり背後で、ギャン、というブー君の悲鳴。

なぬ?と振り返った途端に飛び込んできたブー君。

目を見開いてしがみ付いて来て、なにかに驚いた時のしぐさ。

何だお前、なにがあった?

びっくりしたびっくりしたびっくりした、とさかんに顔を舐めるブー君。

だから何があったんだよ、と辺りを見回せどなにも見えず。

ただブー君の身体がぐっしょり濡れている。

おまえ、どこに行ってたんだ?と行っても目を離したのはものの一分弱の筈。

おまえそこにいたんじゃなかったのか?


木陰の辺りにはメキシコ人風の若いカップルが芝生に寝転んでいちゃいちゃしていて、
まさか犬など目に入らない風。

とふと観れば、ブーの右の太股に妙な赤いマーク。
芝生でゴロゴロやっている時に、落ちていた口紅でも付けてしまったのか、
と観るとその赤いマークがだんだんと広がっている。

むむむ?

でよくよく見てみれば・・ なんだ、これ、血じゃないか・・・!!

お前、よく見せてみろ、とやれば、ブー君はその赤い点を痛い痛い、と隠したがる。

お前、噛まれたのか?なにに?もしかして刺し傷?誰が?
あるいは、蜂?でも蜂に刺されて血が出るか?

慌てて辺りを見回してみるが、誰もいない・・

もしかして芝生の上にガラスの破片でも落ちていたのか、と見れども、なにもなし・・
それに、この辺りはスプリンクラーの水も届かず、なぜブー君がこんなに濡れているのか検討もつかず。

おい、お前、何があった?と改めてブー君を振り返れば、なんか痛い痛い、とびっこを引いていたのが、
パニックから立ち直るに連れてそれほど気にならなくなったようで、さあボール遊び再開、と跳ね回っている。

なんだか、妙だな、とは思いながら、ぶらぶらとボートハウス・カフェへ移動。

いつもの面子、朝の散歩の途中で朝食を取っている犬仲間。

やあやあ、とご挨拶しながら、そう言えば、これ、なにかに刺されたみたいなんだけど、と聞いてみれば、

なぬ?ちょっと見せて?と集まってきた連中。

なんかこの傷・・深いよ・・と言われて改めて見れば、そう言えばそう。
白い短い毛並みに覆われた太股のその真ん中に、ぽつんとひとつの赤い穴。

なんかこれ、傷じゃないよ。穴、つまり刺し傷じゃない?なにがあったの?

いや、わからない。ちょっと目を離したらいきなりギャンって悲鳴上げて。

犬の喧嘩?

いや、犬はいなかったと思う。

それに・・ いきなりギャンって言ったんだよね。普通犬の喧嘩ならガウガウ、とかやるでしょ。
いきな、ギャンって悲鳴上げてすっ飛んできた。

でもこれ・・なんか犬の噛み傷みたいに見えるけど・・

でもひとつだよ。普通の犬の噛み傷なら二つ、あるいは上下のよっつの穴が開くはず。

それに、うちのブッチがまさかこんなところを他の犬に噛まれるなんて、あまり考えられない。

だったら蛇?まさか。
だったらラクーン(アライグマ)?あるいはねずみ?

うちのブーがねずみやアライグマに噛まれる?
いやまさか・・
この筋金入りにすばしっこいブッチがねずみやアライグマにやられるなんて、
なにがどうあってもありえないと思う。

という訳で、みんなで首を傾げながらしかしなにがどう考えてもなにかがおかし過ぎる。

がしかし、当のブー君は至って元気そのもの。
ただ、カフェのテーブルの連中に取り囲まれて身体中撫で回されて不振顔。
なんだよなんだよ、なにすんだよ、と逃げ回り初めて・・

でもまあ、ほら、こんなに元気だし、大丈夫なんじゃないの?とそのまま珈琲でも飲もうか、
と思っていた俺に、

ねえ、病院行ったほうがいいんじゃない?と言われて、むむむ、やっぱりそうかな。。

ほら、何に噛まれたか判らないしさ。

つまり、ラクーンとかねずみとかだと、狂犬病感染の危険もあるし・・

もしかして毒蛇とか?

まさか・・ でもそれだったらもう死んでるんじゃない?

あのなあ・・

いずれにしろ、これ掠り傷じゃないし、一応医者に行っておいたほうがよくないかな、

と促されるにつれて俺もだんだん不安になってきた。

という訳で、朝の珈琲をふっきって、慌ててセントラルパークを突っ切って掛かりつけの獣医さんへ。

なんだよなんだよ、なんで俺がこんなところに・・といきなりパニックのブー君を抱え上げて、
急患です!なんか公園でなにかに噛まれたみたいで。。

生憎今日は予定が一杯と言われながらも、救急扱いでスタンバイにします、と言われて待つこと30分。

さあ、こっちに、と綱を引かれて、じぇじぇじぇじぇ、と驚くブー君。

嫌だ、嫌だ、医者は嫌いだ、と思い切り抵抗しながらも、押して引っ張ってと大騒ぎの末に診察台の上。

いや、これ、犬の噛み傷だね、とお医者さん。

でも、傷はひとつでしょ?

まあ、そうなんだけど・・ この傷だけを見る限り、まさに犬の前歯。

それがひとつ?

そう。犬の前歯の穴がひとつ。それもかなり深い。

それってどういうことですか?

つまり、いきなりがぶっと噛まれた?

いやそれにしても・・

いやはや、と首を傾げるお医者さんと俺。。で、ブー君、いったいなにがあったわけ?
と聴けども、いや、そんなことより俺は早くここから帰りたい、とそればかりのブー君。
てんぱったへらへら笑いを浮かべながら、あわよくば診察台から飛び降りて闘争を図ろうとチャンスをうかがっている。

取り合えず、傷の洗浄をしないといけませんね、と先生。

そうかな、そんなたいした傷には見えないけど。家でちょっと薬塗ってじゃ駄目ですか?

いや、もし犬の噛み傷だとすれば、ほら、傷がこれだけ深いと必ず膿むと思うよ。そうなると熱が出て三日四日苦しむことになるし。

ふむふむ。

犬の歯って凄く雑菌が多くて、人に限らず犬に限らず、その噛まれた傷、といういか、穴、は必ず膿むらしい。
で、その感染症から二三日すると熱が出てくる、と。

妙な病気にならないうちに治療しておきましょう。

ついでに、と先生。一応、狂犬病の注射も打っておかねば。。

という訳で、診察室を出て奥の治療室に消えたブー君。

床に両手両足を踏ん張りながら、助けて助けてと後ろの俺を振り返りながら・・


そしてブー君を失った俺。一時間後ぐらいに連絡します、と言われてなんとも宙ぶらりん。
その間にも次から次へとやってくる患者たち。
下痢をした、喧嘩をした、熱がある、健康診断で、なんか食欲がない、と次から次へと。

という訳でそんな混みあった診察を追い出されればお昼時。

病院を出たところで、よお、と知り合いに声をかけられ、
どうした?え?噛まれた?ブッチが?誰に?いや、それはありえないな、だってあのブッチだろ?逆ならありえるが・・
とまさに、そう、俺と同じ意見。

そうなんだよ、考えてみれば、ブー君が噛まれた、というのはこれが初めて。

喧嘩となるといつも謝るのはこちらだった訳で、そうかこの妙な違和感とはつまりはいきなり立場が逆になってしまったことによるものなのか。

一時間というといったいなにをするつもりなのだろう。まさかいきなり麻酔を射たれてそのまま帰らぬ人、なんてことにはならないだろうな。

いきなりブー君がいなくなったとたんに、そんな不安が次から次へと湧き上がってくる。

というわけで、たまにはブー君が居ないときに美味いものでも食ってみようか、などという浮気心とは程遠く、もう心配で心配で食欲など吹っ飛んでしまっている。

という訳で、アパートに帰り、そわそわとテレビをつけたところ、いきなり電話。

ああ、いま終わりしましたよ。麻酔も打たずに大丈夫でした。すぐに迎えに来てください。

という訳で、取るものも取り合えずすっ飛んで行く。

見れば、首の周りにかのエリザベスカラーを巻いたブー君。おいおい、お前、まるで襟巻きトカゲ。


erimaki1.jpg



で、白い太股のど真ん中を四角く剃り上げられて、その真ん中に赤いかさぶたがひとつ。


erimaki2.jpg



抗生物質と痛み止めを渡されて、はいお大事に、と見れば請求書が250ドル。

傷の洗浄と狂犬病の注射、そして薬代、という訳だが、うーん、この請求額、果たして高いのか安いのか・・

がまあ、ブー君、どういう訳かこのエリザベスカラーがお気に入りのようで、右に左に振りながら、さあお散歩行こう、と大ご機嫌。

いやいや、この身体でドッグランは無理だし、とすごすごとアパートに帰る。

という訳で、いやはや大変な目にあったな、と改めて。

おっと、エリザベスカラーがひっかかってソファーに乗れずにこけるたびに、がはははは、と笑うブー君。なんか妙にお気に入りのようである。

という訳で、いやはや、いきなりのこの騒動に一日をまるまる持っていかれてしまったのであった。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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