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猛暑見舞い

Posted by 高見鈴虫 on 10.2014 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
日本の友人(ダチ)から連絡がない。

普段は、てめえ、しつけえぞ、というぐらいに届くメールが、
ここのところ、まったくの音信不通。

俺と同じ世代というとつまり奴もすっかり中年である。
お互いに「不良」であった手前、ちょっと長生きをし過ぎた、というばつの悪さを感じている、
そんな年齢にある。

そして奴はいまだに独り身である。

女にもてない訳では決してない。
少なくとも大学時代にはそれこそモデル級の女をとっかえひっかえしていたことを知っている。
が、それがどうした、な奴であった。たかがそれしきのことじゃねえかよ、と何食わぬ顔で肩をすくめてみせる、
そんな奴であったことを俺は知っている。

単車とブルースと現代芸術をこよなく愛する男であった。
女も金も名誉も、その中にはきれいさっぱり含まれていなかった。

そしていまだに定職はない。

が、無能な訳ではない。

20代の半ばにはそれこそ普通の人間であれば10年は軽く食えるであろう泡銭を手にし、
したとたん、ふっと行方をくらまして世界放浪の旅に出てしまった、つまりはそんな男である。

いまだにその世界の人々には名前ばかりそれなりに有名な「伝説のなんたら」であるらしいのだが、
本名、ましてや連絡先を知るものはその世界の中でもほとんどいない。

そしてその男が、俺にとっては数十年の時空を超えて、
いまだに連絡を取り合っている数少ない日本の友の一人なのである。

その男から、珍しく連絡が途絶えている。

これまで、世界中のどこに居ようとも、一ヶ月以上電話、あるいはメールが途絶えたことの無かった男がである。
そのほとんどに俺は返信すら出さなかったが、それでも俺がそれを読んでいる、だけで奴は満足であったのだろう。
俺の返信を待たずまた新たな、時として、あるいは大抵の場合、意味不明な自分本位な極直感的な書付、ばかりであったのだがそんなメールをせっせと送り続けていた奴が、である。

という訳で、正直、これはもしや、と思わなかった訳ではない。

そして、もしもそんなことが起こったとしたら・・

きっとどこぞの貧乏下宿で発見された身元不明の腐乱死体、
あるいは、どこぞのコーナーを曲がりそこねて、とそんなことが脳裏を過ぎる。

あの男が、である。

まあそんな最期を本人も覚悟の上でそんな暮らしを続けているのであろうが、
しかしそれが本当に現実に起こった時のことを考えて・・正直ちょっと焦りもした。

という訳で、これはまさに、掟破りでもあるのだが、今回ばかりは俺の方からメールを出すことにした。

まあつまり、よお、元気かよ、ぐらいなものなのだが、しかし、この短いメールの中に込められているもの、
つまりは、まさに、俺からメールをした、という事実がなにを意味しているのか、は少なくとも奴にははっきりと判っている筈である。

が、返信がない。

どこかに行っているのだろうか、とも思う。これまでに何度か、インターネットや電話どころか、郵便さえも届かないような場所に長逗留していた、ということも無かったわけではない。

がそんなときには事前に、どこどこに行く、ぐらいの連絡はしていたと思う。

そして半月が経った。

さすがにちょっと、その事態、を覚悟しなかった訳ではない。

幸いにも、奴の兄貴の勤め先は知っている。
日本人なら誰でも知っている大会社のそれなりの役職に就いていることも知っている。
最悪の場合は、そこに連絡を取ることになるかもしれない、と覚悟は決めていたつもりである。

そして一ヶ月が経った。

思わず、
てめえいい加減にしろよ、俺はなあ、てめえなんざの安否を心配してくれてやってんだぜ、
という気持ちを込めて、
おう、生きんのかよ、とだけ送った。
これだけで十分である。少なくとも俺たちの会話はこれだけで十分に意味を成しうる。

が返信はない。

ついにか、と思わなかった訳ではない。

まあ、あいつにはお似合いの最期であった訳だがな。
つまりはそう、嘗て知った結末。それさえも十分に予想していたものであった筈だ。
後腐れなく送り出してやろう。
どうせここ十数年はメールの中だけの付き合いであった。
たまに会うたびに、おう、死ぬなよな。ああ、いちおうな、が別れの挨拶であった俺たちだ。
奴が生きていようが死んでいようが、俺の現在の生活にそれほどの影響があるとも思えない訳だが、
しかしだ。
そう、奴は、少なくとも俺の数少ない日本人のダチ。その残りに残った貴重な生き残りの独り、な訳である。

が、そう、ここまで来れば、多分そうなのであろう。

その最期が腐乱死体であろうと轢死体であろうと、それはそれ、魂の抜けた後の屍に過ぎない。
そして奴の魂はすでに、こんな糞くだらない俗社会はとっくの昔におさらばして、別天地において燦然と輝いている筈である。
奴が死んでいようが生きていようが、それはもう大した問題ではない。
あるいは、奴の肉体がどんな状態であろうと、と言い換えることもできる。
そして、その肉体が滅びた後にも、ふとメール、あるいは脳内へのメッセージを送って寄越す、ぐらいはする筈である。

そういう訳かよ、とふと思ったりもした。
まあ死に目に会えるとははなから思ってはいなかったが、
行方不明、というのも、まさに象の最期を思わせるようで格好が良いとも言える。

そして俺にとっても、こうして俺の過去を知る唯一の証人は消え去った、
という訳で、逆に言えば、もう奴に対するてらいも言い訳も考えることなく、
この後の人生を思う存分にじたばたと生き恥を晒せる、という気楽さを感じなかった、と言えば嘘になる。
つまり、俺もようやく普通のおじさんに戻って生きられる、という訳なのである。

こうして俺は、奴のいない世界におけるその最初の45日間を滞りなく生きた。
そしてこの先、こんな日々がどれだけ続くのであろうか、と考えて、
それがたとえ明日であろうが、あるいは10年後、20年後であろうが、大した違いはねえだろう、
という事実にも気づいてしまった。

それはなんとも空虚で、そして、妙に気楽さを伴った、ちょっとすがすがしさもある感覚だった。

という訳で、そうやって二ヶ月が過ぎた。
俺はいつのまにか、奴のいない世界とやらにもしっかりと適応を始めていたのだ。

とそんな時だった。

それはなんの予告も予感もなく、限りなくぶしつけな一行の文字。

あちいよ

つまり、涼やかな快晴日の続くニューヨークとは打って変わって、
日本は記録的な猛暑。たぶん奴の事だ、エアコンなど使ってもいないであろう、そんな奴の部屋では、
暑くてメールの返信など書いてられる状態じゃねえんだよ、ということ、な訳か。

つまり、それほどまでに今夏の日本は暑い、ということであったのか。

ささくれ立った古畳に新聞紙を敷き、汗まみれになってのたうつ奴の姿が一瞬で脳裏に像を結ぶ。

んだ、そんなことか。

そして、むらむらと怒りが込み上げてくる。

あのなあ・・・

が、そう、暑いのである。
そう、それだけで十分だ。

そうか、暑いのか。。。確かにメールの返信など打っている場合じゃねえよな。

そして俺は、ふっと、鼻で笑って、まあ死ぬなよ、とIPHONEをそのまま尻のポケットに突っ込んで、
また新たに始まった元の人生に対して、密やかな溜息を漏らした訳である。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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