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失業ハイパー ~ ワグナー開眼

Posted by 高見鈴虫 on 11.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
今日も今日とて図書館でお勉強である。

リンカーンセンター内にあるオペラの殿堂であるメトロポリタン・オペラ・ハウス、
それに隣接するパフォーミング・アーツ図書館にいるから、という訳でもないのであろうが、
勉強をしながら聴ける唯一の音楽は、というと、まさにオペラな訳である。




The-Metropolitan-Opera-House-of-New-York_Lincoln-Center-_14193.jpg




普段は聴きなれたVERDI。

LA TRAVIATAはそのキャッチーなフレーズと判りやすいストーリーでいかにも馴染み安く聴きやすく、
俺的には最高のお気に入りの逸品。
これまでちょっと退屈だった筈の二幕目・三幕目で思わず入り込み過ぎて涙が滲んでしまったり。
お次はAIDA。或いはRIGORLETTO。時としてIL TROVATOREかOTELLOとか。

ここまで来るとVERDIもお腹一杯。

で、ちょっとお口直しにプッチーニ。
プッチーニと言えば俺的にはやはりTURANDOTな訳で、
あるいは、LA BOHEMEとか、

という訳で、ここのところ柄にもなくオペラ三昧であった訳だが、

昨日、ふと、そう言えば、とちょっと聴き始めたワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」

それまでイタリアオペラ一色であった俺の脳内に、いきなり流れ込んできた「トリスタン和声」。


Richard Wagner "Tristan Und Isolde"


ぐぐぐぐ、と思わず、脳髄が痺れる、というよりは、身体中がひたひたとワグナーの溶液に浸されてしまったという感じ。

おおお、そういうことか~!

これまで俺の周りのクラッシック通たちが口を揃えて、

ワグナーだよ、ワグナー聴けよ、と言っていたのだが、

そうか、そういうことなのか、な訳である。

という訳で、いきなり目が覚めた。まさに、ワグナー開眼、と言ったところ。

なんとなくこれは、歌謡曲ばかり聴いていたガキが、いきなり洋楽に目覚めた時と同じ衝撃に近いものがある。

たしかに凄い。
がしかし、それは良い、でも、美しい、でも、ましてや聴きやすい、なんてものではない。
そう、凄いのである。

つまり、別の次元。マッケンローとフェデラーの差。
あるいは、ロックンロールがチャック・ベリーからローリング・ストーンズに。
そしてエアロスミスからニューヨークドールズ、
そしてセックス・ピストルズを経てガンズに至ってニルヴァーナですべてぶっ壊されたように、

そう、進化の過程において、ワグナーこそが最終形。
これに比べたら、VERDIなんてまるで歌謡曲。モーツアルトなんて童謡だな。

つまりこれがオペラの打ち止めなのか、とふと思った。
ってことは、もしかするとクラッシックはワグナーで打ち止めであった、って訳なのか。

で、ふと思い立って、ラフマニノフやらマーラーやらも聞いてみたのだが、なんか物足りない。
というか、いまだ頭の中に鳴り響くワグナーの衝撃に比べると、
なんとなく粗悪品、あるいは、私小説的解釈の模造品という気さえしてくる。

つまりその後の音楽は、ワグナーがトリスタンとイゾルデにおいて辿りついた聖域。
そのインパクトにはまったく届いていない、という気がしてくるのだが・・

そっか、やっぱワグナーだったのか。

という訳で夜の8時の閉館までの4時間。思い切り持っていかれてしまったぞ、トリスタンとイゾルデ。

で、勉強も進む進む、と思っていたのだが、ふと巻末の練習問題をやってみれば・・・あり、なにも覚えていない・・・

つまり脳みそみんなワグナーに持っていかれていた、ということかよ。おいおい。

これも禁じ手だな。やれやれ。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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