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キャバレー雑感 ~ サリー・ボウルズのその後

Posted by 高見鈴虫 on 18.2014 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
という訳で「キャバレー」である。

ファシズムの台頭するベルリンに咲いたひとつの仇花。
旅する青年と、はすっぱな踊り子のメロドラマであった筈のキャバレー。
そのストーリーが、いまになって再びひしひしと胸に響き始めるのである。

ちなみに、このキャバレーの登場人物たち。

ブライアンこと、原作者であるクリストファー・イシャウッドは、
その後、世界放浪の果てにアメリカに辿り着き、
インド研究の第一人者としてインドの古代叙事詩であるバガバッド・ギータを翻訳。
そして、ゲイであることをカミング・アウトした後に、
米国のゲイ・ムーブメントの象徴的な存在として、長く語り継がれることになった。

そしてサリー・ボウルズは、後にマーティン・スコセージのニューヨーク・ニューヨークにおいて、
欧州帰りの美貌のジャズ・ボーカリストとして、ヤクザなサックス吹きとまた新たな悲恋を経験することになった、
というおまけがつく。

が実は・・・

そのまた幾十年、俺はその後のサリー・ボウルズとひょんなことからめぐり合う兎ことになったのである。

俺がまだ米国にやってきて間もない頃、この世の果てのようなテキサスの片田舎、
その町外れの貧民街エリアのそのまた端っこの、
まるでゴミ捨て場のような平原の中に立った壊れかけたバラックに、ふたりの老兄妹が住んでいた。

まさに100歳に近いような全身皺だらけのよぼよぼの二人であったのだが、その年齢に似合わず足腰だけはしゃんとしている。

俺はたまたまその兄であるデルと知り合って、彼の家を訪ねることになったのだが、そこで紹介された彼の妹であるデローレス。

そのデローレスこそが、かのサリー・ボウルズのモデルとなった人、という訳なのである。

デローレスは90歳を過ぎてしかしまだまるで小娘のような人であった。

いつもニコニコと笑っているか、あるいはあばら家の奥の寝室で寝てばかり。

家のなかはまさにどこもかしこもガラクタだらけのゴミ屋敷であったのだが、
家事の一切、掃除洗濯から始まって、料理から皿洗いから、なにひとつとして、
家のことは一切なにもしない、できない。

俺が訪ねた際にも、たまにお客が来た時でさえ、ソファの真ん中、その家で言う唯一のまともに人が座れる特等席に座ったっきり、ニコニコと笑っているばかりで、つまりいつ何時においても、必ず「お客様」であり「主役」なのである。

いやなに、元々そういう子だったからな、というのは兄のデルである。

せっせとテーブルの上を片付け、やかんでお湯を沸かし、カップを洗いながら、そんなデローレスを疎んじる気配はまるでない。

デルはもともとは大学の講師だった人である。
本も何冊か書いている。その後、退職した後はに外国人向けの英語教室の教師の職に就き、
その関係から、アメリカにふらりとやってきたチンピラのヒッピーであった俺と知り合った訳だ。

デルは戦争中はパイロットとして太平洋戦争を戦った、とのことで、
老いてなお、その頃の名残り、つまり軍人としての凛とした気風が見え隠れする老人であった。
自分のことはすべて自分でする。
俺の目の黒いうちはぜったいに他人の世話にはならない。
自分の子どもからさえ一切の援助をかたくなに拒み続けた、
そんな頑固な気概を持った老人であった。

とそしてその妹のデローレス。

生真面目な兄のデルとは対照的に、妹のデローレスはまさに自由奔放そのもの。
幼い頃から町でも有名な美人娘で、歳を負うごとにその美貌は街中はおろか、広くはテキサス中に鳴り響き、
彼女がウエイトレスをする街道沿いのドライブインには、そんなデローレスの姿を一目見ようと、
車やトラックが列を為して田舎道に交通渋滞が起こったらしい。

そんなある日、デローレスはかばんひとつ持って、ふいと姿を消した。

身元捜索どころか、電話でさえ行き届いていなかった時代である。
そのうちに帰ってくるだろうと思っているうちに世界はますますのっぴきならないものになっていった。
そしてその数十年後、いくつかの戦争の終わった後になって、すでに老年の域に達しかけたデルの元に、
またひょっこりとまたかばんひとつ持ってデローレスが帰ってきた。

当時、子ども達もすっかりと成長して家を離れ、
そして長年連れ添った妻に先立たれたデルが、
再びこの生家であるうテキサスの片隅のあばら家に暮らし始めた、その直後のこと。

仕事から帰って家に着いたらそのソファーにデローレスがいたのさ。
昔のまんまそのまんま。まるでちょっと買い物に遠出して、ちょうど帰ってきたばかり、という風に。

やあ、とデルが言って、デローレスは喉は渇いた、と言った。
デルは持っていた飲みかけのコカコーラを手渡し、デローレスがありがとうも言わずにそれを飲み干す。

お腹が減ったわ、とデローレスが言って、デルはああ、ちょっと待ってろ、とキッチンでサンドイッチを作り始める。

そうやって、ほぼ半世紀ぶりに再会した二人がふたたび暮らしを始めた、という話らしい。

いまではすっかり老人に成り果てた二人だが、いまでも子ども時代そのままに仲良く喧嘩しながら暮らしている。

そんな次第なので、デルはデローレスのことを何も知らない、という。

この町を出た後、デローレスがいったいなにをしていたのか、デルに語ったことはない。
どこに居たのか。なにをしていたのか、結婚はしたのか、子どもはいるのか。
デルはなにひとつとして知らない。
デローレスが自分から語らない限り、デルもわざわざそれを聞いたりはしない。
まあとりえあず二人がここにこうしている。それでいいじゃないか。
つまりデルは、あるいは、テキサスのあの田舎町は、実にそういうところであった。

という訳で、デローレスはただ、かばんひとつを持って辿り着いた時そのままに、
ソファの真ん中に座って、目の前のテーブルに食事、あるいは珈琲がでてくるのをニコニコと待っているばかり。

そんなデローレスが、たまに気分の良い時、ふと魔が刺したように化粧を施すことがある。

目も口も見分けがつかないほどに皺くちゃの老婆であるデローレスが、ひとたび化粧をしたとたん、その表情が一変する。

それはまさに、老女というよりはまさに女神。

そんな時、実はね、とデローレスが珍しく過去を語り始めることがある。

実はわたし、ヨーロッパで女優をしていたことがあるのよ。

たしかに、その浮世離れした仕草にはそんな女優時代の片鱗が垣間見えないこともない。

このあばら家において、そんな超然とした美貌を漂わせるこの老婆の姿は、まさに恐怖映画の一シーン。鬼気迫るものを感じたがのだが、まさにゴミに埋もれたソファで、その老いた魔女は、やあり年老いて目の見えなくなった蚤だらけの黒猫を抱きながら朗々とリリーマルレーンを歌う。

老婆に似合わないその精錬とした歌声。ちょっと素人離れしたその歌声は、聴く人の心をガリガリと擦り上げるような、
そんな魔性を秘めていた。
思わず息を呑んで目を丸くした俺たちを前に、デローレスはまるで当然のことのようにゆっくりと頷いて見せて、
そして少女のようにクルクルと笑うのである。

それこそはまさに、スターの輝き。

他の人間はどうであれ、卑しくも一時期はプロのミュージシャンを目指していた俺である。
スターたちのかもし出すその独特の雰囲気、そしてその音楽的実力の程度は、
見た目に騙されること無く正確に判別することができる。

という訳で、化粧を施したデローレスがリリーマルレーンを歌い始めたとき、
この人が昔ひとかどの女優であったという戯言が、にわかに信憑性を帯び始める訳である。

という訳で、俺はこの老婆が妙に気に入った。

休みのたびにデルに頼まれた食糧の差し入れと共に、デローレスに贈るためのワインを一本持参するようにしたのである。

ワインを前にすると、それまで謎めいた微笑みを浮かべるだけであったデローレスの表情がぱっと輝く。

そしてグラスを傾けるたびに饒舌となっていく。

戦争中前はパリにいたの。その前は、そう、ベルリンにもいたことがあった。
そこで女優になろうと思ったのね。映画のオーデションを受けたり、お店で唄を歌っていたこともあったわ。
ねえ、マレーネ・デイトリッヒって知ってる?知らないわよね。貧乏下宿でね。その部屋で彼女と暫く一緒に暮らしたわ。
その後にマレーネは一大ブレークしてね。でもね、わたし、彼女の成功の理由を知ってるのよ、それはね、いや言えないわ、やっぱり。二人だけの秘密だから。くくくくく・・

その後、戦況の悪化とともにデローレスはパリに逃れ、その後ロンドンへ。
そこで米軍の慰問団に加わってヨーロッパ中を巡ったらしい。
いろいろあったわ。辛いことも多かったけど、楽しい人生だった。

彼女の話はいつも支離滅裂で、時代が10年も20年も前へ後ろへと飛び回り、
登場人物もなにもかもが入り乱れて場所も時代も滅茶苦茶であったりするわけなのだが、
その逸話のひとつひとつがまさに時代というおもちゃ箱、あるいは時空を覗き込んだ万華鏡。

話をしながらふと眠ってしまって、まるで死んだようにすやすやと寝入っているかと思えば、
いきなり目を覚まして再びさっきまでの話の続きを語り始める。

テキサスの、まさに地の果てのような見捨てられた土地の、崩れかけた幽霊屋敷。
ゴミに埋もれた破れたソファの上で、そのかつての大女優の話を聞くともなく聞きながら、
俺はあのテキサスの胡乱な午後を過ごしていたのである。

その後、そんなデルとデローレスが二人、まるで示し合わせるように次々と倒れた。
担ぎ込まれた先は、低所得者の行き倒れたちが行き着くシェルターのベッドであった。

寝たきりとなった二人がシェルターに収容されてから、
唯一、彼らの世話をすることになったデルの息子であるグレンから、ふと言われたことがある。

お前、キャバレーって映画知ってるか?

ああ、あのライザ・ミネリの。

あれをシェルターで観る方法はないかな、というのである。

ああ、ビデオなら出ているよ。俺も大好きな映画なんだ。

実はな、とグレンが言う。

デローレスが、死ぬ前に一度だけあの映画が観たいって言いだしたんだ。

実は以前、映画のキャバレーを観た時、いきなりデローレスが騒ぎはじめたらしい。

これは私の話だわってさ。でもこんな映画みんな嘘っぱちだ、と。このボケ老人、なにを言ってるんだと思ったんだがね。

それ以来、デローレスの口からそんな話を聞くことはなかったのだが、いまになっていきなり、あのキャバレーという映画の続きが観て見たい、と言い出したというのである。

まさか・・

いやまあ、あのばあさんのいうことだからな、だれも本気にはしていないんだがね。

という訳で、俺はデローレスにキャバレーのVHSのビデオをプレゼントした。

俺が訪ねていった時、ちょうどお昼寝中であったデローレスは、異臭の立ち込めるホームレス・シェルター内の病室のベッドの上で、腕に点滴を刺したまますやすやと眠っていた。

まあ起こすのもなんなんで、またの機会に訪ねるさ、と枕元にプレゼントだけ置いて帰ったのだが、
デローレスの姿を見たのはそれが最後となった。

彼女が死ぬ前にキャバレーを観ることがあったのか、それは誰も知らない。

そんな訳で彼女の人生にいったいなにがあったのか、そのドラマを知るものはいまやなにも残されていない。

晩年にあのゴミ屋敷のソファの上で彼女の語ったストーリーも、どうせボケた老人の妄想、ぐらいにしか思ってもいないのだが、まあ人生とはまさにそんなものなのだろう。

ただ、そんなデローレスの死に顔がまるで天使のように安らかであった、という言葉だけが、唯一の救いかもしれない。

そして、あのサリー・ボウルズの最後を考える上で、そんなデローレスの晩年が妙に似つかわしくもあるな、と思っているのである。

合掌


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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