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WHO KILLED BAMBI ~ 俺達の錦織を潰したのは誰だ!?

Posted by 高見鈴虫 on 09.2014 テニスねた   0 comments   0 trackback
今更になってこんなことを言うのはとてもとても見苦しいことであることは分かっている。
そして、腹の虫がおさまらない、ということでもない、とは思う。

とは思うが、んなことは重々承知してはいるが、言って置かなくてはならないことがあるような気がする。

そう、WHO KILLED BAMBI ~ 俺達の錦織を潰したのは誰だ!?な訳である。


ご覧の通り、錦織のUSOPEN決勝戦は散惨たるものであった。

あんな酷い試合、錦織の全キャリアに置いても早々と見つかるものではないだろう。

が、そう、一度、俺はそんな錦織を見ている。

2008年のUSOPEN、FORTH ROUND

その前の試合、当時まったくの無名であった錦織が、
アームストロング・スタジアムにおいて、
第四シードであったデビッド・フェレールを相手に、
ぎりぎりのフルセットの試合を勝ち抜く大金星。
一躍、世界の脚光を浴びた時だった。

その大勝利をトリガーに日本のメディアが群がった。

まるで降って湧いたような日本のメディア。

まさに試合開始時間を日本の放送時間に合わせろ、
なんていうとんでも無い注文まで繰り出して大狂騒。

そして迎えた相手は、デル・ポトロ

シードこそ17でありながら、身長2Mの巨漢から繰り出すサーブは、
当時のテニス界で最速に位置し、全テニス界の注目する新星選手。

ちなみにこのデル・ポトロ、
その翌年のUSOPENでは見事フェデラを倒して優勝を勝ち取ったことからも、
その実力が半端ではなかったことは周知の事実。

だが、この2008年のUSOPEN。
若き錦織に群がった日本の「メディア」が、
寄ってたかって、まるで獲物に襲いかかるピラニアのように
この若いホープを散々に食い荒らしてしまった。

若き天才が全米を震撼させた!
シード4のフェレールに勝った以上、17位のデル・ポトロへの勝利は確実。
優勝の可能性は?

あのなあ、である。

言っておくけど、テニスはそんな甘いものじゃない、って。

こんなヨタ記事を書いている奴ら、果たして本当にテニスのテの字でも判って書いているのか?

そしてその試合、錦織は日本の全メディアの目に晒されながら、
6-3 6-4 6-3 のストレート。
ガチガチに緊張しまくったまま、何一つとしてなにも良い事がないままに、
悲惨な惨敗を喫した。

そして、その試合の際、かのマッケンローが苦言を吐いた。

錦織はとてつもない才能を持った選手だ。
その勝負強さ、そしてメンタルの強さは、身長の低さを十分に凌駕している。
ただ、とマッケンローは言った。
あの日本のメディアのキチガイども、あれがまとわりつく限り、この選手のまっとうな成長は望めない。

こんな幼気な新人を、寄ってたかって騒ぎ立てる日本のメディアはいったいなにを考えているのだ。
たかがサードラウンドでまぐれ勝ちしただけの選手を寄ってたかって
緊張を煽り立て、祭り上げるだけ祭り上げて・・
試合前、すべての雑念を取り払って勝負に臨む選手を徹底的に追い回してはインタビュー攻め。
負けろ、負けろ、と言っているようなものではないか。正気の沙汰ではない!

そして、そう、今回の決勝における錦織は、あの時のデル・ポトロ戦のまさにそのまま。

優勝はすでに手中
だなんだ、と取らぬ狸を追い回した人々。

そして、対戦相手であったチリックを、シード17の弱小選手、のように書き立てたバカ。
あのヨタ記事を書いた連中は、その前の、フェデラ、そして、ベルディッチとのストレート勝ちの試合を、
一目でも観ていたのだろうか?

あるいは、チリックのその順位低迷の理由が、前年のドーピング疑惑からグランドスラムへの出場権を剥奪されたこと、
そして、その間、いったいチリックがなにを考えて練習を続けてきたのか、

それを考えただけで、このUSOPEN優勝への熱意が、並外れたものでなかったことは誰もが想像できる筈だ。

そんな事情を知りながら、錦織、断然有利、などと思っていた素人は、少なくとも世界のテニス界には一人もいない。

だがしかし、日本のメディアが、なにも知らずに、なにひとつとしてまともな調査をせず、
そして、なにも知らない筈の日本の人々を、

勝てる!
優勝は目前!

と煽れば煽るほどに、騙せば騙すほどに、錦織本人はまさに混乱の局地、
そして、その体内には、これでもか、というぐらいに邪念が押し寄せてしまったののではないか。

そんな狂騒に惑わされ、まさに、緊張して舞い上がって、
なにがなんだか判らないままに為す術もなく、叩きのめされる、
と言うよりは、風に吹かれて飛んでいってしまった、という所だろうか。

そして俺達日本人は、この手の例をこれまでに嫌というほど見ている。

かのソチオリンピックにおける、日本人選手たちの惨敗。

そして、まだ記憶にあたらしい、ブラジルでのサッカーワールドカップである。

あの惨敗に値するほどまでに、日本の選手には実力がなかったのか?

いや、俺にはそうは思えない。

つまり、彼らは試合そのものにまったく集中できない程に、どこかの誰かさんたちから、
まさに、嫌というほどまでに邪念漬けにされてしまっていたのではないか?

改めて言わせてもらえば、錦織はそもそもあんな試合をやるような選手ではない。

試合への集中力、勝負強さ、タフさ、持久力、なにをとってもテニス界随一の筈だ。

それが、いったいどうしたのか。

確かに、それまでの激戦の疲れが出なかったのか、と言えば嘘になるだろう。

がしか氏、本当にそれだけであったのか?

俺的には敗因はひとつ、と思う。

つまりはそう、「邪念」だ。

試合に集中できなかった。

試合以外のことばかり考えてしまい、試合に気持ちを入れられなかった。
あるいは、
そうされてしまったのではないか、と思うのだ。

それはまさに、敢えて言わせてもらえば、日本の糞メディア、

あの無責任なヨタ記事ばかりを書きまくって、選手たちを徹底的に追い回し、
邪念漬けにして、試合への集中力をそぐことしかしない、まさに、藪蚊、銀蝿、あるいはゴキブリのような連中。

これだけ、マスゴミだ、諸悪の根源だ、と叩かれながら、一向に反省が見られない、ということはつまり、

ひとたび日本人としてして生まれた限り、通勤ラッシュとこの銀蠅のようなうるさい糞メディアからはもう逃れられない、という宿命なのか?

という訳で、思い浮かぶのはかの「イチロー」である。

イチローのメディアを完全にシャットアウトしたあの頑なな姿勢。

それこそが、イチローがあの集中力、そして、コンデションを保ってこられた最大の秘訣である。

少なくとも、大勝負を前にした選手に、
この試合に勝ったらいくら貰えますか?
それで何を買うつもりですか?
負けたらどうするつもりですか?
ねえねえ、これだけ騒がれた末に負けて大恥をかいたらいったい日本の皆様にどうお詫びするつもりですか?

そんな無神経な質問を騒ぎ立てながら追いかけ回すこのメディアという人々。

日本人という人々がみんながみんなそんなバカ、とは誰も思っていないが、
少なくともそんなバカどもの書き捨てるヨタ記事が世界に氾濫し、
そして、日本という国のそのものの品位を疑われ、
その結果、選手たちが総崩れになっている、というこの現実。

これをいったい、日本のメディアの人々はどう考えているのだろうか?

そして、この先も、こうやって、幼気な、純真な選手たちを、徹底的なカモにして食いまくるつもりなのであろうか?

まあ確かに、プロである以上は、金のために試合をやっている訳で、金さえ入れば結果はどうでもよい、
と思っている奴らもたくさんいるだろう。

例えば今回のUSOPEN、決勝の賞金である300万ドル、
そして準決勝の賞金である150万ドル、
その差額の150万ドルぐらいは、マスゴミのこうじるマジックでいくらでも手に入る、
と思っているのかもしれないし、
金が金である以上、どんな方法でも儲かればよい、と思うのであれば、
そう、かの石川遼のように、試合にも出ないで、巨万の富を稼ぐ、という方法もなきにしもあらず。

そして、そうやって多くの優れた才能を持った逸材たちが、
しかしろくに功績も出せないうちからあぶく銭に溺れ、使い捨てにされ、
そして無様に沈められていく、という例を腐るほど見てきている。

がしかし、そう、全国民の注目を浴びての展覧試合。
それこそがスポーツ選手の晴れ舞台、と言えなこともない。

まあ確かに、王だ、長島だ、という人々は、そんなメディアの狂騒をまさに糧にするように、
それが大舞台であればあるほど、まさに奇跡のような大活躍を繰り広げてきた。

つまり、これだけお膳立てしてやったんだから、
それで負けるのはそっちがそのタマではない、ということではないか、
とケツをまくりたくなるのも判る。

だが、である。

言わせて貰えば、王や長島が、全世界規模で注目を浴びたことなどはなかったではないか。
王や長島は、ただたんに、後楽園球場を沸かせた、それだけ。
つまり狭い日本というコップの中で大騒ぎしていただけ。

そしてまた、そんな王や長島を囲んでいたマスコミの人々には、邪心がなかった。
つまり、王や長島を囲むメディアの人々、その誰もが王や長島のファンで、
そして王や長島に活躍をしてもらいたい、と心から思っていた筈である。

そして、今のメディアに、そんな、愛と尊敬が、果たしてあるのか?

そう、問題はそこ、なのである。

現在のメディアには、選手たちに対する、愛や、尊敬、がない!

そして、選手たちを共に育てよう、という責任感。
選手たちの栄冠をともに分かち合おうという親和感。
そして、そんな選手たちをここまで押し上げたのは私達だ、というプライド。

現在のマスゴミに欠如しているのは、まさにその人間としてのプライドなのである。

もし日本のマスゴミが、本心から選手たちの活躍を望んでいるのであれば、
世界の桧舞台で日の丸のはためく姿が観たいのであれば、
いったいどうすればよいのか、なにを書いて良いのか、なにを書いたらいけないのか、
自ずと判る筈ではないのか。

糞メディアの方々。
お願いである。後生である。
頼むから、自粛して欲しい。

それは、まさに、武士の情け、だ。

男として、大人として、人間として、そして、日本人として、
誇りを持って己の書き散らず文章に責任と、そしてプライドを持って欲しい。

あるいは、そう、テニス、そしてスポーツという、
まさに人間が極限に挑むその土壇場の美学を、
これ以上、打算という土足で汚さないで欲しい。

特にテニスは個人のスポーツだ。
世界各国からの「個人」が、たったひとりの力で壮絶な下克上世界を勝ち抜き、
そしていつか栄冠を手にするために日夜鎬を削っている。

そしてテニスは個人で栄冠を勝ち得るものだ。
つまり、国家や、チームの競技ではない。
錦織、という選手自身がそれを勝ち取るもので、
錦織が日本出身であるかどうか、など大した問題ではないのである。

そして改めて言わせてもらえば、
USOPEN、そして、その会場であるフラッシングメドウは、
我々そんな、国なんてものは軽く飛び越えた、まさに国境を越えたテニスバカどもにとってはまさに聖地。

それは300万ドルだ、150万ドルだ、という金額、なんてものには推し量れない、
まさに、世界中のテニスバカたちの、血と汗と涙の結晶なのである。

このフラッシングメドウ、あるいは、アーサー・アッシュ・スタジアムに
足を踏み入れることのないままに消えていった選手たち。
己の夢を、人生のすべてをかけて闘いぬき、
そして敗れ去っていった者達の、
その夢と、そして怨念の結晶なのだ。

という訳で、錦織圭。

正直に言って決勝戦のあんなクソ試合、
俺は日本人であるからまだ、好意的に見てはいるが、
まわりのニューヨーカーのテニス馬鹿たちは、
もう徹底的に錦織など忘れてしまいたい、と思っている。

少なくとも、もうあんな糞試合は、もうだれも二度と観たい、とは思っていない。
そして決勝戦であんなクソ試合を見せられた日には、
日本テニス、どころか、全米テニス協会どころか、
世界のテニス界そのものの存続に関わる、とすら言われている。

日本のメディアの狂騒ぶりの、そのプレッシャーがどうの、など、
はっきりいって世界のテニス界では知ったことではない。

錦織というちょっとでの選手が、USOPENの決勝戦で、
まさに、へどを吐きたくなるぐらいにどうしようもない試合をしやがった。
ただそれだけ。

自国のメディアの狂騒に踊らされて飲み込まれてしまった?
アホか、と。
所詮、その程度の選手なのだろう。
そして、それごときの選手であるならば、
どだいこの先、この生き馬の目を抜くテニス界で生き抜くのは到底無理な話だ。

もしも錦織が、この先、なにもかもを吹っ切って、
テニス人としてテニスの王冠を手にするためになにもかもを捨てる気があるのであれば、
そうまでしてテニスというものに人生を欠けるのであれば、
日本のあの糞メディアとは一切決別すべきだ。

彼らは、百害あって一利なし。それは錦織自身が骨の髄まで思い知っている筈だ。

錦織、悪いことは言わない。イチローたれ。

日本のバカメディア、あのしろうと連中にちやほやされて好き放題にカモられるよりは、
孤高のアスレートとして、世界中の尊敬を集める、そんな選手に育ってくれ。

その為には、日本のメディアの毒は一切排除すべきだ。

そして最後に、

日本の方々、
日本の提灯糞メディアがなにをほざいているかしらないが、
テニスを舐めないで頂きたい。

今回のUSOPENには、ナダールも、そしてデル・ポトロも出場していない。

つまり、今回の錦織が辛くも勝ち抜いた、ラオニッチ、そしてワウリンカ、
そして、決勝で惨敗を喫したチリッチ、
そんなレベルの選手たちをはるかに凌ぐ強豪たちがまだまだ犇めき合っているのだ。

そして、今回、ひょんなことから注目を浴びてしまった錦織。

もうこれからはダークホースではいられない。

つまり、すべての試合を徹底的にチェックされ、マークされ、
そして、まるで重箱の隅を突くように、その弱点を徹底的に洗い出される筈だ。

つまり、2014年のUSOPEN、
こんなチャンスはこの先、もう二度と現れないかもしれない、というのが現実なのだ。

もしもここで踏み止まらなければ、この先、泣かず飛ばずでMR.QTR FINALを続け、
ランキングも10番前後を行ったり来たり。
怪我に泣かされ、そして若手に次々と追い抜かれ、
そしてすっかり世の中から忘れ去られた頃になって、
なんの間違いか、あのオーストラリアン・オープン、あたりで、
また決勝の場に転がり出てしまった、なんてのが期待値、というのが大方の見方だ。

世界レベルの見方から言えば、
錦織はその全キャリアの中で、一度、あるかないか、のチャンスで決勝戦というものが経験できた、
そして、その唯一のチャンスを、ぽーっとしているうちに風に流されてしまった、
まあでも、そのレベルの選手としては、決勝にでれただけでもラッキーな選手であった、
ぐらいの位置で消えるのではないか、と誰もが思っていることだけは確か。

そしてそうならないためには、邪念を取り去り、魂のすべてをボールを追うこと、それだけに集中する、
その為にはなにが必要で、そして、なにが邪魔か、そして、邪魔になるものの一切を排除すべきだ。

錦織の肩には、幸か不幸か、日本テニス界の100年以上の執念が重く伸し掛かっている。

並の選手で終わって欲しくないのだ。がんばって欲しい。心からそう思っている。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

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このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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