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さらばヤフジャ、ハロー朝日新聞 lol

Posted by 高見鈴虫 on 14.2014 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
米国在住という関係から、日本のニュースは大抵、WEB上で見ている。

そんな事情から、ご多分に漏れず日本のニュースを漁る時にはYAHOO.CO.JP、
俗にいうヤフジャから拾い読みすることが多かったのだが、
正直言って、そんなヤフジャから日本の記事を読むたびに、
まさに、腸が腐りきるような暗澹たる気分にさせられていた。

近年感じて来た日本蔑視、というか、日本という国、あるいは日本人という民族に対する幻滅感、
ぶっちゃけ、こいつら、おつむ、大丈夫かよ、というか、まあ端的に言って、頭悪すぎ~!
つまり、思考能力欠如、論理的構築力皆無、
それに加えて恐るべきはその想像力が欠如。
というよりはその想像力に客観性がなさすぎ、
つまり自身の妄想に客観的な判断をもたらすまえにそれを直感的に絶対視してしまっている、
これ、もろもろのことのすべての原因が、実はただひとこと。

こころが狭すぎ。

そう、ぶっちゃけこの一言。
この一言ですべて言い得てしまうことごとを、
ああだこうだと妄想の中で勝手にこねくり回して、
重箱を突き回す、ように、他人の背中をまち針でつつきまわしたような結果がこれ。

そんな人々の妄想的な記事を読まされながら、
下手をすると、もうこの国、わが祖国はもうおしゃか、
つまり、駄目なんじゃないか?というような極論に達していたのも、

なんだよ、

つまりはヤフジャ、そして、そこから導かれるように誘い込まれる、
まあ、言うなれば、サンケー、やら、ヨミウリ、やら、普通であれば手に取る機会もないはずの、
与太記事専門のアル中スポーツ新聞、と変わらない提灯メディアの糞記事、を読まされてきたことに原因がある訳なのだな、
とはたと気づいてしまつた。

と言うのも、そう、例の、朝日新聞の謝罪問題、な訳である。

例によって、すでにアメリカ人である俺は、
日本国内のごたごた、ぶっちゃけコップの中のいぢめ騒動にはまったく興味がない。

この日本の事情に興味がなくなってしまった、ってのも、
元はと言えばつまりは、ヤフジャから拾い読みする記事があまりにも!@#$であったのが原因なのだろうがな。

そう、
改めて言わせて貰えば、ヤフジャに氾濫する!@#$な記事。
ぶっちゃけ、ねとうようよ関係メディアの勘違い論説と、その記事の日本語感覚というかなんというか、
正直言って、なにが書いてあるのか、なにを書こうとしているのか、
その趣旨、というか、論調というか、文体というか、
その主張、それ以前に、
そう、もっともっと、ずっと基本的な次元で、この記事、日本語やばすぎ、と。

だってさ、
新聞とか雑誌とか、つまりメディアと言われているもの、
一応、パブリケーション、つまりは公的なものである分、
ってことは一応、日本語、というそのコミュニケーション手段の基本の基本、
その言語形態のお手本であるべき筈、のところではないか、と。

それがよりによって、つまりはそのお手本、というか、その道のプロフェッショナルである筈の方々、
なんだよこれ、言っていることがさっぱりわかんねえじゃんかよ、
というか、なんというか、
ぶっちゃけ、俺の書いているこの糞ブログとあまり変わらぬレベル、といってしまうのはちょっとおこがましいが、
その辺りの2CHの便所の落書き、ドキュン厨房と同程度の文章能力の輩が作文で書かされた、程度の文章が
まさに満載されている訳だ。

で、結局なにが言いたい訳?
から始まって、
つまりは、その極端な主観性、というより、まったくもって、主旨、というか、論旨がない!
あるいは、その下心、というか、つまりは誰にお金貰ってるんですよ、へっへっへ、みたいな、
まあそう、俗に言う書かされ記事、つまりは、どこぞの誰かの利権を特定す売るための提灯記事、な訳なのだが、
そのこじ付けが苦しすぎる、というか、
その企画の時点から、その内容から、理論の展開から、
あるいは、その理由とか、その主張したいところのその主旨の、
で、そんな主張を支えるべく常識的判断、ぶっちゃけ民度のものさしとか、
つまり、そう、そういうもろもろの、言って見れば知的レベルに無理がありすぎる、というか、
まあ端的にいって、こいつ馬鹿?な訳である。

いみじくも文章で飯を食っているはずの出版社やらライターなんてところの人たちが、
こんなおつむのレベルでいったいこの国のひと、大丈夫なの?ってなレベルの記事が氾濫している訳で、
で、そう、
日本のニュースでも見ようかな、と下手な気を起こしてヤフジャを開くたびに、
そんな糞記事ばかりを読まされ続けた結果が、
んだよ、もうこの国駄目なんじゃねえか?の悲観論に到達してしまっていた訳だ。

がまあ、そう、判っている。その原因にあるのはつまりは俺。

そんな俺も言わずと知れたその辺りにいる典型的な「たちの悪いおさん」な訳で、
つまり、そう、そんないかにもたちの悪いおさん的なゲス心をくすぐる、
いかにもいかにも意味深で訳の判らない見出し、ってなやつにうっかり騙されて誘い込まれてしまうのがそもそもの原因。

で、ほうほう、朝日が嘘の記事を書いたって?へっへっへ、とゲスな笑いを浮かべて追っていけば、
むむむ、言ってることがよくわかりませぬ・・と脳みそううねうね、
で、ふと見れば・・・
んだよ、またサンケーかよ、いい加減にしろよ、とげんなりしてしまう、という訳なのだ。

という訳で、そう、そんなサンケー、やら、ブンシュンやらが、鬼の首を取ったみたいに騒ぎまくっている朝日新聞の不祥事記事。

いったい何があったのか、は判らないし、知りたくも無いが、
由緒正しき高学歴の朝日新聞の記者さんたちが、
よりによってそんな与太文屋たちから寄って集って謝罪、を強要された、ということらしく、
まあ、それはそれでなんとなく面白おかしくもあるのだが、
が、しかし、悲しいかな、
例によって、そんなサンケーやらブンシュンやらの記事では、
いったい、誰がどんな理由で何を謝罪したのか、
いったい誰がどんな理由でそれを強要する権利があるのか?
そもそも謝罪などする必要が本当にあるのか、
謝罪して誰が喜ぶのか、
いったい何のための謝罪なのか、
謝罪して貰うことによってなにがどうなるのか、
やら、
つまりはそのことの本質的、俺という読者が一番知りたいことにはまったくなにも触れていない、
ただ、猿のように、謝罪だ謝罪だ、となんの論理性もなく騒ぎ立てているだけ、という印象で、

つまり、こいつらやっぱりさっぱり訳が判らない、という結論に達する訳なのだが、

で、ぶっちゃけ、俺的な理解では、ただたんに楽屋落ちの痴話喧嘩。

業界内での足の引っ張り合いから、楽屋落ちの朝日憎し、の感情論ばかりが先走っている、
としか思えず、はっきり言って、俺としてはそんな新聞業界内の楽屋落ち、などまったくどうでもよい訳で、
結局、んだよ、このサンケーとかブンシュンの記事、その辺りの厨房ネトネトウヨウヨとかわらねえじゃねえか、と、
まあそれぐらいの感想しか持ちえない。

あるいは、もっと穿った読み方をすれば、
一方的に読者を無視した、ただたんにスポンサーの意向に迎合した提灯記事。

つまり、東電に金貰っている奴、が、東電に都合の悪いこと書こうとするやつに、アヤをつけている、と。
あるいは、ただたんに、いぢめ、と言うか、まあぶっちゃけその次元。

という訳で、んだよ、またかよ、な訳だ。

つまりはそう、ヤフジャに誘い込まれて、またまたそんな楽屋落ちの虐め記事ばかり読まされて、
心の底からうんこざりがに、辟易させられた末に脳みそウネウネの船酔い状態。そうつまりまたいつものやつ。

がしかし、ここに来て、はたと、その朝日新聞という奴に興味が出た。

一時は、まあこれは俺的な個人的判断から、もう朝日は二度と読まない、と心に決めていたこの朝日新聞、であるのだが、

ひねくれものの俺としては、このネトネトウヨウヨの言う、そんな「国賊新聞」であるらしい朝日新聞ってなやつを、
だったらちょっと読んでみるか、という気にもなってしまうというもの。

という訳で、あらためて朝日新聞である。なんだよ、IPADアプリとかあるんじゃないか、とさっそくダウンロード。

で、まさに数十年ぶりに目にした朝日新聞の記事。

まさに目からうろこであった。

つまり、日本語が美しい!

新聞記事、というよりも、伝達、つまりは、コミュニケーションの基本であるところの、必要最低限のマナー、

いつ、どこで、誰が、なにを、なにして、どうなりました。

少なくとも、伝えなくてはいけないこと、つまりは、報道の基本の基本、その文法が、まさに見事なほどに明示されている。

つまり、判りやすい、のである。

どこぞの糞翻訳サイトからのコピペのようなおかしな翻訳文章、にはない、
あるいは、どこぞの厨房記者がスマフォから書き送ったような、
文法滅茶苦茶に主観だけで書きなぐった脳みそうねうねおしゃべり記事とはまさに雲泥の差である。

まさに、これぞ日本語!これぞ新聞記事、という文章。

まあ俗に言う、5W1H。
WHEN WHERE WHAT WHO WHY そしてHOW、な訳だが、
そんな文章、というか、伝達、つまりはコミュニケーションの基本の基本、
その基本という奴を、
俺は実に久しぶりにこの朝日新聞の文章の中に見出すことになった訳だ。

少なくともこの朝日新聞の文章、
新聞記者が書かねばならない文章、つまりは、日本語のお手本としての文章がしっかりと押えられている訳で、
つまりは、この記事を書いている人々に、文章で飯を食っていることの自覚、
あるいは、日本語のお手本を示す、という文章屋としての最低限のプライドがしっかりと現れている、というところか。

そう、そうなんだよ、なにがむかつくって、ヤフジャから迷い込む与太記事サイト、
はっきりいって、この5W1Hが滅茶苦茶なんだよね!

言う、を、ゆー、とかさあ。一応、をいちよー、とかさ。
もう小学生以下だろう、なんて間違いを連発したり、とか。

それを時代の流れとか、今風、とか。
あのなあ、そーゆー次元じゃねえだろ、と。
つまり文章の書き方を知らない、基本的な教養というか、知能が足りねえだけだろう、と。

記事の内容そのものより、まさに、これ書いている奴、職業意識というか、文章屋としてのプロの自覚、ぜんぜんねえなあ、
というのが、すぐに判ってしまう、というか、つまりはそのプロ根性の差、みたいなものをひしひしと感じてしまった訳だ。

俺自身、こんな駄文を書き綴っておきながら、人の文章にケチをつけるってのも実になんなのだが、
日本を離れて云十年、俺的には、いちよー、日本語再教育の一環として、
日本のニュース読んだり、日本語による文章作成の練習、とかしている事情もあるんで、
そんな日本語を学ぶ者にとって、
5W1Hが足りていない、やら、論旨が釈然としない、やら、文法に、あるいは、用法に間違いがある、
なんていう汚い日本語、ぶっちゃけ、馬鹿が染るような文章は極力読みたくないんだよね。

実は幼少の頃から味の素のマヨネーズと読売新聞の記事を読むと気持ちが悪くなるところがあってさ。

それは気分的な問題というよりも、より身体的なもので、
ぶっちゃけ、読売新聞の記事を読んでいるといつのまにか脳みそウネウネの船酔いに似た状態になって
実際に吐き気がしてくるところがあったんだけど、
あるいは、そう、
例のフジTVの番組を見ていると眩暈がして吐き気が押し寄せてくるのとまったく同じで、
つまり、こいつら、脳味噌の周波数があわねえな、と前々から思っていた、
そんな俺にとって読売とフジテレビはまさに鬼門。

で、そんな俺が、まさにヤフジャから導かれるサンケーケーレツの記事、
なんてのに至っては、
正直、生理的に受け付けない、どころかまさに地雷。
そんな毒ガス、あるいは、殺人超音波みたいないままさにWEB中に氾濫している訳で、
ヤフジャから誘われてそんな日本のドブの底、みたいな文章ばかり読まされては世を儚んでいたところ、
怪我の功罪という奴か、朝日謝罪問題の煽りで覗いてみた朝日新聞。

改めて、いやあ、まさに目、あるいは、脳みそが洗われるような気がしました、という次第。

でさ、改めて、どうして俺はいままでこの朝日新聞を読むことがなかったのかな、と。

まあ理由としては、ヤフジャばかり見ていたからなのだが、
では、改めて、どういう訳か、ヤフジャから朝日新聞に導かれることがほとんどねえなあ、なぜなんだろう、と。

ヤフジャ自体、まあ所詮は見出しまとめサイトな訳で、
アクセス数をネタに広告料を稼ぐのが仕事、である以上、、
その内容の良し悪し、あるいは是非、よりは、取りあえずはなるべく目を引く「見出し」だけが勝負、
な訳だから、結局は「見出し」ですべてを判断する見出しオンリー的な紙面づくりに徹する、
という姿勢に文句を言う筋合いはなく、
つまり所詮ヤフジャなんてその程度のもの、と割り切るべきなのだろううが、
そんな事情で朝日新聞、その見出しがつまらないからか、
あるいは、そう、穿った見方をすれば、
俗に言う反朝日系列、サンケーやらブンシュンやら、あるいはあべせーけん、なんていう、
俗に言う、日本の底辺、かのネトネトウヨウヨ連中と、ヤフジャが提携でもしているのか、と思えるぐらい、
ヤフジャを開くと必ず辿り着いくのは、そんな低俗記事ばかりであった訳なのだが、
今回改めて、この朝日新聞、正直、
「なあんだ、日本にはまだまだ正常なおつむを持った人が沢山いるんじゃないか」
とはたと気づかされた訳である。

つまりそう、結局、俺のこの日本人蔑視、というか、
もうあんなところ死んでも帰らねえぞ、という気にさせられていたのも、
結局はこのヤフジャによって誘い込まれるサンケーやらブンシュンの記事を読まされていたから、
それだけだったのだな、と気がついてしまった、という次第。

いやあ、騙されたなあ、と。

という訳で、そう、日本が嫌いになりたくなければ、
あるいは、ぶっちゃけ、汚いもの見せられて嫌な気分になりたくなければ、
ヤフジャを見なければよい、ただそれだけなんじゃねえか、と。

あるいは、ヤフジャのページ上に、この記事はサンケーですよ、どうせ煽り見出しだけで中身は嘘八百ですよ、とか、
あるいは、ただのあべせーけんの提灯記事でーす、という具合に、ネタ元をちゃんと明確に表示して欲しいんだよね。

で、できれば、フィルター、つまり、サンケー系列の記事は表示しない、とかさ。
そういう機能、ないのかな?

という訳で、ぶっちゃけ正直なところ、なぜ朝日がそれほど清廉に感じられたのか。
つまりはそう、ネット上に氾濫するあのドブの汚濁のようなネトネトウヨウヨの汚染にさらされていないから、じゃないのかな。

つまり、そう、日本が嫌いで嫌いで、となったのは、ぶっちゃけこのネトネトウヨウヨの奴らが目障り過ぎたからなんだよな、と。

まあね、馬鹿はどこにでもいる。アメリカにもかのブッシュ御大から始まって、
その残党たるティーパーチーのような、どうしようもない低俗猿頭、みたいなのも沢山いる訳で、
まあそんな人にも五分の魂、ではないが、それなりの人権が与えられている事情から、
そんな輩にいちいち好きなの嫌いなの言うつもりもないのだが、そう、嫌な奴は見なければ良いのだ。

という訳で、ネトネトウヨウヨフィルターさえあれば、
もう俺的にはこの世にはネトウヨもティーパーティも存在しない、と割り切ってしまえばよい、ただそれだけ、と。

俺的には個人的な理由から、なによりもサヨクの連中が大嫌いであった訳で、
いまだから言えるのだが云十年前にはそれこそ沫や警察沙汰、のような騒ぎを何度か起こしたりもしていた。
のだが、しかし近年のネット上に氾濫するこの糞ネトネトウヨウヨ汚泥。
根が似たところがある分、このネトネトウヨウヨ汚染に対する苛立ちはまさに芯に応える。
本当に嫌な気がする。本気で憎しみを覚える。
この下賎の国賊どもが「天誅!」の一言で一網打尽にしてくれたい、という気にもさせられて、
つまりはネトネトウヨウヨの目的がそれ、つまり、嫌われてなんぼ、ただの嫌がらせ、の奴らなのだろうが、
それが判っていながら、やはり、そう、これ以上ないほどにただただ不快。つまりこれ以上なく目障りな訳だ。

顔の周りを飛び回る小蝿、あるいは、そう、足元にふわふわと漂う薮蚊のような奴ら。

がしかし、この時代、そんな薮蚊でも刺されればデング熱、なんてものにも伝染する恐れのあるご時世。

早々とそんな輩に関わっていても百害会って一利も無し。

という訳で、ネトネトウヨウヨ的な奴らを見たくない、というそれだけの理由で、
かつては天敵とさえ思っていた朝日新聞を読む羽目になる、というのは、まさに笑止、な訳だが、
ヤフジャを中心とするネット上に氾濫するネトネトウヨウヨ汚染を避けるためには、最早それ以外の方法もなさそうだ。

ちゅう訳で、さらばヤフジャ、ハロー朝日新聞(笑、と言わせてもらう。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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