Loading…

「海とドアーズ」

Posted by 高見鈴虫 on 18.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
高校の頃、俺は毎晩海に行っていた。

別にサーファーであった訳でも、まして土曜の夜にバリバリ、の暴走族であったつもりもない。
ただ、夜になると海に行きたくなった。
だが、海に行ったからと言ってなにがあるわけでもない。
暗い海。夜露に濡れた砂浜。そして生温い潮風。
物ありげなカップル。暇そうな族風のガキ。夜釣りのおっさん。
防砂林を抜け、暗い砂浜に立つと、やあ、ついたな、と深く息を吐いて、
そしてタバコを銜える。
火がつかねえな、と肩を寄せない、やっぱ誰もいねえな、と苦笑いをし、
そして、波の狭間で小便をする。
街道沿いのファミリーレストランでコーヒーを飲み、
生欠伸をしながらくだらない世間話。
そして、さあ、帰るか、と車、あるいは、単車に戻る。
ただそれだけのことを、俺は毎晩繰り返していた。

という訳で、そんな昭和末期の少年たちが毎夜毎夜海に通って、
いったいなにをしていたか、と言えば、
つまりはそう、、音楽を聞いていた。

矢沢永吉、萩原健一、
アラベスク、アース・ウインド・アンド・ファイアー、スティービー・ワンダー、
ドゥービー・ブラザーズに、
横浜銀蠅に、小泉今日子に、松田聖子に、
そして時として、ユーミン。

確か、そんな時代だった。

普段からのクソやかましい俗世を抜けだして、深夜の街、夜の明かりの中を疾走するのは実に清々しいものだった。

特にバンドの練習の後、汗の冷えた誰切った身体で、練習の録音を聴きながらなんとなく海に向かう。

パンカーであった俺達は、ダブルの、つまりは今で言うライダースの革ジャンに、安全靴。
膝の破れたスリムのジーンズに安全ピンと首からさげた錠鍵のネックレス、
かと言うと実は全然そんなことはなく、
俺は学校帰りの制服、はさすがにまずいとワイシャツを脱いで紫のTシャツ。
バンドの連中も実に普段着、つまり、雪駄に甚平、であったり、
あるいは来がけにちょっとひっかけてきた、先の右翼のバイトでぎってきた特攻服に、
シルバーの編サン、であったりしたわけだ。

バンドのメンバーということで、それなりに全員が音楽通。
担当の楽器によってそれぞれ好みの音楽も変わったりもしたのだが、
やはり、クラッシュ、ダムド、あるいは、イギー・ポップ、と来ればセックス・ピストルズ。

がしかし、スタジオの地下室で目いっぱいにそんな音楽をギャンギャンとやり続けてきたその後、
海に向かうときはふと、もっと違う音楽が聞きたくなったりする。

という訳で、人気の失せた夜更けの湘南。

さあ、どうする?もう帰るか、という時に、
いや、もう少し走ろうぜ、とタバコを投げ捨てる。

俺、ドアーズが聞きたくなった。

そう、海と言えば、ドアーズである。

俺はドアーズが好きだった。

疾走する深夜の海岸通りに、ドアーズは実によくマッチした。





いまでも海と聞いて一番最初に思い浮かぶのは、このドアーズである。

そして、ドアーズを聞くたびに、あの夜更けの江ノ島の生ぬるい潮の匂いを思い出す。

あるいは、あの時の夜の湘南に満ちていた、
あのいかにも危なっかしく、そして、奇妙なほどの開放感。
あるいは予感。
女の髪の匂い。駆け抜けていくチンピラたちのきつい視線。
持て余した性欲と、身悶えるほどの苛立ち、
先々への不安、なんとはないやるせなさ、そして有り余るほどのエネルギー。

つまりは、俺達は高校生であったのだ。

どこにいくべきかなにをするべきか、なにからなにまでさっぱりなにもわけがわからなかったが、
とにかく俺たちは生きていた。
いつでも死んでやらあ、と無茶苦茶なスピードでぶっ飛ばしながら、そうやって俺たちは生きていた。

そしてドアーズである。

夜の湘南と、そしてドアーズ。

高校時代、俺が死ななかったのは、つまりはこれがあったからだ。

あるいは、これがそんなことだがかこんな道を歩むことになったのだろうか、とも思うが。

とりあえず、いま思えばあれはあれで、素敵な瞬間だった。

なにひとつとしてなにもろくなことがねえ、と、
日々鬱屈に鬱屈を重ねていたような気がしていた高校時代において、
唯一の、まさに詩的な時間であった。

そしていま、ニューヨークの図書館で資格勉強に励む失業者の俺。

この先どうなるのか、
どこにいくべきかなにをするべきか、なにからなにまでさっぱりなにもわけがわからないが、
そしていま、再びドアーズを聴いている。

ああ、ジム・モリソンの歌声が、そして、レイ・マンザレイクのオルガンの音が、
まさに身に沁みるよう、思わず涙がにじむようだ。

ああ、海に行きたい、とふと思う。

それは、カリビアンでも、ハワイでも沖縄でも、地中海でもない。

あの、夜更けの江ノ島、そこでもう一度、ドアーズが聴きたい、と思っている。

そして、俺も歳をとったものだ、と苦笑いをしている訳だ。


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://shumatsuwotohnisugit.blog.fc2.com/tb.php/2271-2430e1d7

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム