Loading…

江ノ島ドアーズ

Posted by 高見鈴虫 on 26.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
ここのところ、なぜがドアーズである。

どういう訳か、これまでにも、
まるで熱病にやられるように
無性にドアーズが聴きたくなることがあった。

そう言えばそう、高校二年の夏もこんな感じだった。

寝ても醒めてもドアーズの音が頭の中に回り続けていた。

あの頃、俺は毎晩とは言わないまでも、三日に一度は海に行っていた。

そして、そんな俺にとって、
海に行く、とはすなわち、ドアーズを聴きに行く、ことを意味していた。

もちろんドアーズは過去のバンドだ。
俺が物心ついた時、ジム・モリソンはすでにこの世の人ではなかったし、
あの高校二年の夏にも、
ドアーズが再ブームになった、なんて話は聞かなかった。

俺はただ、誰からも忘れ去られていたこの60年代のバンドであるドアーズを、
中古レコード屋の特売コーナーから掘り出してきては、
まさに溝が擦り切れるまでに聴き続けていた。

高校二年生の頃、俺の頭の中には、寝ても覚めてもドアーズが鳴り響いていた。
脳波が完全にドアーズと同調していた、
あるいはまさに、身体がドアーズを必要としている、そんな感じだった。

そんな風にして俺はドアーズを聴いていた。
もはやそこに音は必要としていなかった。
寝ても醒めても、頭の中に鳴り響くドアーズ。
俺はいつでもどこでもどこからでも、
ドアーズの音を脳内においてまったくそのままに再現することができるようになっていた。

そんなドアーズ漬けであった高校二年生の俺。
学校にも行かずバイト先と練習スタジオを行き来する毎日。

昼の間は一日中、馬鹿でかいキャッツアイをかけ、
紫色のアロハシャツに膝に穴のあいたスリムのリーバイス。
そして女物のラメ入りのサンダル、という訳の判らないスタイル、
抜けかけたパーマに縺れた髪をかき上げながら、
そして一日中をウォークマンのボリュームを最大にして過ごす。

そして夜がふけるのと同時に、
まるで泥棒猫が、夜更けの窓をそっと抜け出すように、
人気の失せた夜の街へと走りだす。

そして俺はドアーズだった。

ヤザワでもキョンキョンでも
マイケル・ジャクソンでもマイケル・シェンカーでも、
ユーミンでもマツダセイコでもなく、
俺はただただ、勝手にそしてひたすらにドアーズだった。

そしてそんな俺に感化されて、
まさにたちの悪い熱病が広がるように、
バンドのメンバーを含めた俺の周りのやつらが、
次々とそんなドアーズの毒に犯されていった。

そう、果たしてそんな俺たちとってドアーズとはなんだったのか。

ぶっちゃけて言えば、ドアーズとは江ノ島であった。

ドアーズとは、あの深夜の海岸通り。

茅ヶ崎から辻堂を抜けて江ノ島まで。
そして、開けた車の窓から吹き込む生ぬるい風であった。

夏の息吹を感じ始めた頃から、
俺たちは夜な夜な、ドアーズを聴くがために、
深夜の国道を海に向かってひた走った。

Ride the snake,
To the lake,
the ancient lake,baby
The snake is long,
seven miles
Ride the snake...
he's old,
and his skin is cold



「江ノ島ドアーズ」

米キャンのバイトでせしめたジョイントをどこで喫うか、と考えて、
俺達はやはり海に向かった。

季節は夏の初めで、梅雨の合間の蒸し暑い夜だった。

いつものように辻堂海岸の防砂林の中に車を停めて、
そして風の止んだ冷たい砂浜の上で、一本のジョイントを4人で回した。

マリファナが初めてだったカズさんはもうそれだけでハイパー状態で、
だがジョイントを手渡された途端にむっと黙りこくって息を飲み、
そして摘んだ指先が震えていた。

他の3人は慣れたもので、ヒデちゃんに至っては、
いや俺は頭痛くなるからいらねえ、と言う余裕まで見せたりもした。

そして俺達は一本のジョイントを吸い、そしてぼーっと海を眺めた。

ああ、そういうことか、とキミオさんが言った。
ああ、つまりそういうことなんだな、とつぶやいてクスクス笑った。

なにが?

いや、ああ、あの、ドアーズさ。

ドアーズ?

そう、ドアーズのジ・エンド、あれってそういうことなんだよ。

なにが?さっぱり判らない。

ああ、俺もよく判らねえってか、うまく説明できねえけど、つまりさ、こういうことなんだろうな、と。

そして俺達はふと黙りこみ、いつまでもいつまでも、
夜露に湿った砂の上に転がってじっと月の無い空を眺めていた。

耳の奥にはさっきまでのカーステで流れていたドアーズが永遠と流れ続けている。

その頃の俺はすでに、ファースト・アルバムの一曲目、
Break On Through To the Other Side、から、
最後のThe End まで、
すべてのフレーズすべての歌いまわしを完全に再現することができた。

そうやって俺は頭の中でドアーズを大音響で聴きながら、そして夜の海に包まれていた。

俺は17歳で、そんな4人の中ではただ一人の高校生だった。
決まった女はいなかったが、やりたくなったらいつでもやらせてくれるぐらいの女なら何人かは知っていた。
ただ本気で好きな女は別にいて、そしてその子にはキスどころか手を触れたことさえなかった。
彼女は受験校に通う優等生で、現役で国立大を目指していた。
浪人はしないつもり。現役で入れなかったらその時はバイトしてお金を貯めて留学でもするわ。
そういう俺は日々バンドに明け暮れて学校どころか家にさえ寄り付かない暮らし。
プロのミュージシャンになるつもりではあったが、どうやって、そして
プロのミュージシャンというものがいったいどういうものなのか、はまるで判らなかった。

そう、俺は高校二年だった。
人生どころか、いま自分自身がいるこの状況からして、何一つとしてなにも判らなかった。
そして中途半端はマリワナがただでさえ曖昧な現実感覚を尚更に漠然としたものにしてもいた。

俺、なんか怖くなってきた、とカズさんが言った。
なあ、なんか寒くねえか?なんか俺、ちょっと怖くなってきた。
俺どうしちゃたのかな。俺だいじょうぶかな。

ばかやろう、とヒデちゃんが舌打ちをした。
穴でも掘って、その中に叫んでろ。

王様の耳はロバの耳~。

NO FUTURE FOR YOU!

いい国作ろうみなもとのよりとも。

てんの~バカ野郎、ドドンドドンドンド~ン!

ああ、なんか俺、小便漏らしそうだ、とカズさんが言った。
なんか、俺、小便、まじで、小便漏らしそうだ。

小便なんかどこでも好きなところですればいいじゃねえか、と皆は呆れて笑った。

あ、そうか、とカズさんが言った。そうだ、そうだ、どこでも出来るんだ。ははは、とカズさんは笑った。

そうだよ、そうだよ、どこでもできんだよ、小便。だって海なんだもんなあ。

カズさんはそう言って立ち上がると、くるくる回って足をもつれさせて倒れこみ、そしてケラケラと笑い続けた、

あいつ、やばくねえか?とヒデちゃんがぼそりと言ったが、

あ、悪い、俺いま、ドアーズ聴いてるんだ、とキミオさんが言った。
それどころじゃねえっていうか、邪魔しねえでくれって感じで、悪い。

ねえ、いまどこ?と俺がキミオさんに聴いた。
いま、何曲目?

ああ、いま、ライト・マイ・ファイアーのオルガンのソロ、
ああ、良いところだね、と俺が笑った。
俺はいま、BACK DOOR MANの二周し目。

おっと、針飛び、とキミオさんが叫ぶ。
なんだよ、おまえ、そんなこと言うから、針が飛んでいきなりB面行っちまったじゃねえか。
くそお、一番良い所抜かしちまったぜ、と頭を小突かれた。

暗い海の中からカズさんの奇声が聞こえてくる。
波の中に膝まで入って、よろよろと倒れかけながら小便をしているらしい。

おい、どうすんだよ、小便が止まらねえよ、どうすんだよ、このまま小便が止まらなかったらよお。

やっぱドアーズだよな、とヒデちゃんが言った。

でしょ?やっぱ夜の海はドアーズでしょ。

それが江ノ島ってのがちょっとさみしいけどな。

あ、てめえ、やめろ、とキミオさんが叫ぶ。邪魔すんなよ。いま、THE ENDのイントロ始まったところでよ。

あれ、3曲抜かしちゃったの?

やっぱ、BACK DOOR MANの後は、THE ENDだろう。それしかねえって感じ。

江ノ島でドアーズかあ。
江ノ島ドアーズ、とつぶやいてなぜか無性におかしくなった。

ドアーズってさ、最初から終わってたんだよな。なんというか、まさにドアーズだよな。

終わりが始まりだったんだろ?とヒデちゃんが聞いたようなこと言う。

だからドアーズなんだよ。すべてが終わったところから始まる。知覚の扉はそうやって開かれるんだよ。

ドアか、とふと思う。
暗い夜更けの住宅街の、あの自宅の暗いドアが思い浮かぶ。
家帰りたくねえな、と俺がつぶやく。

このまま砂だらけで家に帰って、また、どこに行ってたんだ、なんで余計なこと言われたら、
本当にぶっ殺しちまうような気がするな。お袋とやる気はさらさらねえけどさ、と言って笑いがこみ上げてくる。

だったらずっとここにいればいいじゃねえか。夏だし、海なんだからよ。誰も文句は言わねえだろ。
その辺りに穴でも掘って住んでろよ。そこの蟹みたくさ。

いや、俺はただ、ずっとこうして海でドアーズを聴いていたい、って思っただけでさ。
ずっとずっとこうして、海でドアーズを聴いていたいっていうか。

ああ、アメリカ行きてえな、とヒデちゃんが言った。

俺さ、まじでアメリカ行きてえんだよな。

ロンドンじゃなくて?とキミオさんが聞く。俺はロンドン行きてえな。

俺さ、実はロンドンとかあんま好きじゃないんだよな、とヒデちゃん。

ピストルズとかクラッシュはいいけどさ、JAMとかダムドってあんまり好きじゃ無えっていうか、車にあわねえって言うか。

西海岸?

そう、やっぱ西海岸でしょ。俺はずっと車に乗っていてえな。西海岸でもどこでもいいよ。ただただずっと高速をぶっ飛ばしていたい。

だったら、デッド・ケネディーズ?

いや、そう、パンクじゃねえっていうか。

なんだよ、お前、ドゥービー・ブラザーズなんて言うなよな。ぶっ殺すぞ。

いや、ドゥービーなんかじゃなくてよ、なんというか、そう、やっぱドアーズなんだろな。

で、お前は?と突然、キミオさんに聞かれた。

お前はどこに行きてえんだよ。

俺?俺は言ったでしょ、海。海に行きたい。

海って、いま海にいるじゃねえか、と笑う。

ああだから、ずっと海にいたい。ずっとずっとこうして海でドアーズを聴いていたい。

やっぱな、そう言うだろうと思ったぜ、とヒデちゃんが言った。

俺は知ってたよ。お前はそういう奴だよ。つくづく蟹みたいな野郎だぜ。

蟹かなんだか知らないけど、俺はたた、ドアーズの似合うところに行きたいなって。

そう、そう、そういう奴、蟹みたいな奴、とヒデちゃんが笑う。

でもそれってやっぱ日本じゃないよね。

ああ、日本の海じゃねえよな。
ほら、あの、イカ焼きの屋台とか、綿菓子とか、鉄板焼きそばとかさ。

ヒトデとかヤドカリとか、この臭いワカメとかさ。

海の家からヤザワなんてかかってたらそれこそ死にたくなるからな。

俺はただずっとドアーズを聴いていたいってだけなのにさ。
なんでそれが日本じゃ無理なんだろうな。
ああこのままずっと夜のままだったらいいのにな。朝なんか来なけりゃいいのにな。

昼って最悪だよな。頭痛くなる。

さ、行くか、とキミオさんが立ち上がって尻の砂を叩く。

俺、ドアーズはもういい。なんか、クアドロフェニア聴きたくなった。

クアドロフェニア?THE WHO?

そう、おい、車かえってクアドロフェニア聞こうぜ。やっぱロンドンでしょ。

なら鎌倉抜けて葉山まで走ろうぜ。

葉山マリーナは日本のブライトン・ビーチかと。

おい、カズ、帰るぞ。

ばかやろう、小便とまんねえんだよ、と暗い波間からカズさんが泣き声を上げて、皆が笑った。

という訳で、THE WHOを聴きながら葉山から鎌倉を過ぎ、ついでにヨコスカまで足を伸ばしてすっかり午前様。
そして俺達は朝日に背を向けて明け方の街を地元に帰った。

車を降りて一人になったとたんにまたドアーズが帰ってきた。

また新たなStrange Daysが始まろうとしていた。



朝の駅前の間の抜けた風景を眺めながら、くそったれ、とつぶやいた。

早朝出勤のサラリーマン。工場勤めの薄汚れた工員たち。部活の朝練に向かう高校生と、
そしてごみのように疲れ果てたホームレス。

すべてがすべて俺とはまったく関わり合いのない、関わり合うことがどうしても許せない世界。

People Are Strange まさにそんな感じ。

俺は馬鹿でかいキャッツアイで赤い目を隠し、
そしてウォークマンのイヤフォンを耳の奥にまで突っ込んで、
さあ、これからどこに行こう、茶店が開くまでまだ時間があるな、
と朝一番から途方に暮れる。

ん?あ、やばい、もしかして、今日から期末試験じゃねえのか?

その衝撃に思わず世界がぐらりと揺れた。


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://shumatsuwotohnisugit.blog.fc2.com/tb.php/2281-bf3869d4

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム