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お読みいただける記事の本数を超えました

Posted by 高見鈴虫 on 12.2014 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
という訳で、かつては天敵であった朝日新聞、
なかなか読み応えがある。
思わず引き込まれて読み進めるうちに、
いきなりこれ、
「お読みいただける記事の本数を超えました」
である。

くうううう、続きが読みたい。。。

つまりこれ、まさに本屋での立ち読み、の時のあの状況。

駅前の本屋の店先で、
思わず没頭していたページの上を、
いきなりハタキを持ったおばあちゃんに、バタバタとやられて、
くっそお、また明日来るか、あるいは、と本を引っくり返しては、
ああ、1800円かあ、三日飯を抜けば払えない額ではないのだが、
と苦笑いを浮かべるあの状況、まさにそっくり。

そう言えば以前日系の会社に勤務していた時には、
日本の新聞は読み放題。
その後、金に吊られて米系に移った際、
えっ!?日経読めないの?と唖然としたことがあった。
まあ当然だ。全社で一人しかいない社員のために、
新聞購読料を払ってくれる会社などない。

まあそう、それも高い給料との差額でなんとかせい、
ということなのだろうが、
いまさらながらにショックであったのを思い出す。

という訳で朝日新聞である。
最近になって、必ずこの、
「お読みいただける記事の本数を超えました」
の壁にぶち当たっては、長い長いため息をつかされる。

レジの奥から本屋の親父の、へへっへ、してやったり、
という得意げな薄ら笑いが目に浮かぶようだ。

読みたい、でも読めない。。。
だがなんとなく、そんな感覚もちょっと懐かしい気がするな。

近年、インターネットの普及でほとんど大抵の文章は無料で読めるようになった。
ちょっと調べ物があっても、わざわざ本を買って、あるいは勉強をしてなんてこともなく、
ちょいちょい、とぐぐればすぐに回答が出てくる。
俺のような海外在住者にとっても、
日本の状況がほぼリアルタイムに手に入るのはとてもうれしい。

という訳で改めて、このあまりにも簡単な知識氾濫の時代。

インターネットが世界を便利にした分、
旧時代的な産業形態にしがみ付いた人々、
出版社、そして新聞社、そしてそんな会社からの収入を生業とする
文筆業の人たちも、たぶんとても大変なのだろう。

という訳で、くそ、朝日新聞読めねえのならしょうがねえ、
とヤフー・ジャパンのページに戻る。

が、なんだよ、またいきなり産経かよ!
つまりは、ヤフーのニュース、
相も変わらずの糞ネトウヨの与太記事ばかり、な訳である。

あらためてヤフーで読み放題の記事。
当然、と言わんばかりに、ネトウヨ系の記事ばかり。

まあ確かに、こんな糞記事にわざわざ金を払うなんていう気もないのだがな。
で、改めてそういったネトウヨ系の与太記事がなぜ無料で読めるか、と言えば、
あるいは、
そう言ったただで読める記事をWEBに氾濫させている新聞社・出版社が、
いったいなに生業にして経営を立てているか、といえば、
言わずとしれた「広告宣伝料」なのであろう。

つまり宣伝に頼ることでしか、収入を得られなくなった会社、
逆の見方をすれば、
宣伝の収益があるために記事そのものにはお金を取らなくてもよくなった会社、
がその売り物の中身である文章そのものを無料で放出している訳だ。

が、待てよ、と思う。いや、待たなくても良い。そんなことすぐに判る。

つまりこの宣伝広告料に支えられた新聞社、あるいは出版社。

つまりその無料放出する記事の内容とはつまりは、その広告主の宣伝の記事、ばかりになる、
というのも当然のこと。

という訳で、謎、というのもバカバカしい、
このヤフーに氾濫する知恵足らずのネトウヨ・メディアの糞記事の数々。

全てはどこぞの機関からの宣伝攻略の一環な訳だ。

まあタダより高いものはない、とはよくいうことだが、
つまりは、新聞購読料をけちったばかりに、
いつの間にか、ネトウヨ系メディアにすっかり汚染されて、
心の底から日本という国を見限ってしまう、なんてことにもなりうる訳だ。

祖国を見限るこの代償、実はとてもとても重い。

文章で生業を立てる、いわゆる、文筆家と言われた人々が、
すべて、宣伝広告料の奴隷と成り下がって、
宣伝主の提灯記事しかかけなくなってしまった、
という状況が日本のメディアの実情なのだろうが、

宣伝、つまりは、私企業、あるいは、
「政治的営利団体」の利益のためだけの文章ばかりがまかり通る世の中、
殺伐とした気分に落とし込まれるのも当然のこと。
そしてこの悪雲というよりも、まさに光化学スモッグ、あるいは毒ガス、
のように立ち込めた嫌世感、そのものも、

つまりはそういった事情、つまりは宣伝屋に完全に買い取られてしまったメディア、
それを許してしまった日本という国への絶望の表れなのだろう。

そんな絶望的な宣伝主義国家の先鋭を気取るネトウヨの人々。
なにが悲しくて自ら率先してそんな私企業の宣伝戦略に自らが奔走しなくてはならないのか、

が、待てよ、と思う。いや、待たなくても良い。そんなことすぐに判る。

そう、このネトウヨのかたがた。
つまりそう、そのネトウヨ喧伝メディアのその元締めである広告会社そのものが雇っている、
ということなのだろう。
で、そんなネトウヨ記事の広告宣伝を買って出た広告会社、
その広告会社の大お得意様であるところの自民党政府。
その自民党政府がどうやって莫大な宣伝広告量を払っているか、といえば、

つまりは税金なのである。

つくづくそんなものに騙されてしまったかわいそうな読者たち。

そんなネトウヨ与太記事を読まされて、心底自身の祖国を見限りたくなるような、
絶望的な気持ちにさせられながら、その元凶が、自身の税金から賄われている、
なんて、まさにマゾ、これほどの茶番的悪循環ってのも考えつかないほどの悪趣味さである。

嫌な世の中になったなあ、とは、つまりはそういうことなのである。

子供にだって判る簡単な図式なのだ。

馬鹿馬鹿しい、犬の散歩にでも行くか、と思うわけである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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