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奇跡のマッサージ師 レイモンドとの再会

Posted by 高見鈴虫 on 31.2014 チャーリーホースは真夜中に疾る   0 comments   0 trackback
試験が終わったらこれだけは、と思っていたことが二つある。

一つは部屋の掃除。
兼ねてからのネズミ騒動。それになんの手をうつこともできずに、
いまや俺の机の周りはなにからなにまでネズミの小便の匂いがこれでもかと染み付いている。

これをもう徹底的に掃除したい、とずっとずっと思っていた。

とそしてもう一つ。この腰痛である。

実は12月を過ぎてから、俺の身体はまさにほとんどボロボロだった。

犬の散歩もワンブロックも歩かぬ内に腰全体が疼痛に痺れ始め、
そうこうするうちに太腿の裏側がピクピクと不穏に引きつり始める。
とそのうちに、まるで釘で刺されるような激しい痛みが脹脛を遅い、
むむむ、とそれに耐え続けていると、まるで電気が走るように足の指がピキンと緊縛、
その後は、痙攣の激痛に耐え続け、と、それが毎朝の苦行になってしまっていたのだ。

自宅での勉強中はずっと足の間に電気按摩を挟み込み、太腿から膝から脹脛から足の裏まで、
くりかえしくりかえしマッサージを続けてようやく少しは持ち直すのだが、
昼を過ぎて図書館に向かう自転車でも、坂道の途中でビキビキと太腿が凍り初めては痙攣の一歩手前。

広げたページを読み込みながら手の平が引きつるほどにマッサージを繰り返すのだが、
1時間も座っていると下半身の感覚が麻痺して来て、足元はもうまるで血の通っているとは思えないほどに冷たくなってくる。

これはもう完全に身体をぶっ壊してしまったな、とは重々承知しているのだが、
かと言ってここまで来て医者などに言っている時間などある筈もない。

まずは試験に受かること。すべてはその後だ。

という訳で、戦いの終わった翌日、俺が最初にしたこと、と言えば、
まずはあの奇跡のマッサージ師、ブルックリンのレイモンド師に電話を入れることだった。

やあ、と答えたレイモンド師。
がしかし、なぜかその声が冴えない。

いや実は、もうかなりやばくて、腰痛や痙攣どころか、下半身がすぐに冷たくなってしまう、と事情を話すと、
うーん、と唸ったレイモンド師。

判った。なら3時に来れか?と聴く。

もちろん。何時でも見てもらえるならいつでもどこにでも行く。

判った、と答えるレイモンド師。

では三時に。

という訳で、奇跡のマッサージ師、にやけた超人ハルクであるところのレイモンド師。

あのなあ、だから言ったろ。どんな事情があっても月に一度は必ず来い、とは言われていたのだが、そう事情が事情で、と言い訳ばかり。
そしてここまで悪くなって始めて泣きつくことになるのだが、まあ今回はそれも承知の上。

そう、もうこれを救えるのはレイモンド師しかいない。あるいは、レイモンドだったらどうにかしてくれる筈だ、とそれを信じていたからこそここまで無理ができたのだ。

長い長いブルックリンはコニーアイランドへの道のり。
これはまさに、広尾から小田急線の終点の片瀬江ノ島の一歩手前、という距離にあたるだろう。

で、いやあ、ご無沙汰です。ああ、久しぶりだな。あれほど一月に一度、と言っているのに、と挨拶からして刺がある。

そう、つまり世の中は既に新年を前にして完全なOFFモード。レイモンド師も実はクリスマスからこの方、患者を断って本業の武術師の修行に専念していたらしい。

で、どうした?と聞かれて、いやあの、そう、つまりは、この足が腰が全然いうことを聞かずに、10メートルも歩くと足が攣り始めて、と言ってる側から、そこに寝ろ、と言う。

試験を受かったのか?

そう、昨日の夜に試験に受かったばかり。で、最初に電話したのがあんただよ。ずっとずっとここに来なくちゃと思いながら試験が終わるまではと思っているうちにこのザマだ。

ははは、と笑うレイモンド師。そんなことだろうと思った。

で、痛むのはつまりはここか、といきなり一番やばい太腿の裏側の筋一本を指で押されて飛び上がる。
で、ここだろ、といきなり脹脛の奥の筋、その一本。
で、ここ、ここ、ここ、とまさにピンポイントで、痙攣の走る筋の一つ一つのツボを押さえながら、
判った。つまりはここだ、と押されたのが、なんと腰骨のちょっと上の背骨。

なんかこれ、ヘルニアの症状にそっくりで。実はかみさんに薦められて近所の医者に言ったんだが、MRIを撮れと言われて凹んでたんだ、と言えば、

心配するな、とレイモンド師。俺が楽にしてやる。MRIはその後でもいいだろう。

という訳で始まったレイモンド師の荒療治。休日をふいにされた怨念か、今回ばかりはちょっとかなりきつかった。

一時間の悶絶の間に、両足が攣り、腰骨が面白いほどにボキボキと鳴り響き、首を捻られ腕を捻られ、とまさに苦行の中の苦行。
さすがに激痛に呻くというのは無いのだが、ひとつひとつを揉みしだくレイモンド師が、うんうん、と上げるその力んだ嗚咽の中に、ぐきりぐきりと関節という関節が軋んでいるようだ。

一時間半の治療が終わった時、今晩はちょっと痛むぞ、と言われた、やかん一杯の水を飲め。

で、結局、原因はなんだったわけ?

つまりは腰だ。

いや、でも、攣っていたのは足な訳で。

そう、その痙攣の原因は腰から来ている。
とどのつまりはここ、ここにあるFUSEなんだ。

FUSE?

そう、FUSE。ここにFUSEがある。下半身のすべての体流を実は腰のここにあるFUSEに集約されている。

で、そのFUSEがどうなっちゃったの?

そのFUSEが切れいた。

FUSEが切れた?

そう、そのFUSEが切れていた。そのレバーを俺がまた上げておいた。
これでまた体流が始まったが、全てに行き届くまでに3日はかかる。まあ3日もすればすべてが治る。

で、なんでそのFUSEが切れちゃったの?

つまりここ、そう、全ては実はここから始まってる、と言って、なんと首の後ろをぐいと抑える。

ここに神経系すべてのスイッチがある。このスイッチがオフになってしまったために腰のFUSEが飛んだ。結果として下半身の体流が止まってしまったんだ。

なんで首のスイッチがオフになってしまったのかな?

つまりは、そう、一言で言えばラップトップだ。

ラップトップ?

そう、ラップっトップのモニターの高さだ。最近やってくる患者のほとんどすべてが同じ理由だ。つまりは一日中ラップトップを使っている人々。
こうやって、背中を丸めて首を折って、手元のキーボードを叩きながら、まるで穴の中を覗きこむように一日中ラップトップのモニターに顔をくっつけている。
いいかい、人間の身体はそんな姿勢を長く続けるようには作られていない。顎が首よりも下がるような姿勢を続けていると首筋にある神経系が麻痺し始める。
でその結果が、肩こり、偏頭痛、そして、腰痛だ。
実はその全てが同じ原因。ラップトップのモニターのその高さだ。
前にも言ったろ。モニターの位置を上げろ。腰を伸ばして首筋をまっすぐに伸ばした、その視線と同じ高さまでモニターを持ちあげなくてはダメだ。
心配するな。明日、とは言わないまでも、明後日ぐらいには成果が現れる筈だ。
来週また来い。それで様子を見よう。だが心配するな、MRIなんか受けなくても俺がすべて治してやる。
今日はまっすぐに家に帰れ。そしてずっと水を飲んで寝ていろ。明日の朝ぐらいにはなんとなく調子が良くなっている筈だ。

目が覚めた朝、不思議な感覚に気がついた。

足の先が温かいのだ。これまで気が付かなかったが、そう言えば朝に目が覚めた時に足の先が冷たかった。
で、そのまま冷えた床に足をおろしたとたんにピキーンと足の指が引き攣ったりもしたものなのだ。
それが、今朝、足の先がぽかぽかと温かい。

で、足をおろした途端、またまた、むむむ、である。
腰が痛くない。
そう、俺はいつも朝寝起きのベッドの上で、腰の疼痛に呻きながら恐る恐る立ち上がっていたのだ。
足が軽い。腰が軽い。まさに、そう、血が、体流が通っている、という感覚がはっきりと判る。

そのまま犬の散歩に出る。
それはまさに今更ながらに不思議な感覚。
つまり痛くないのだ。
足が腰が肩が首が、まさに軽い。
普段であれば、10メートルも歩かぬ内に疼き始める両足が、痙攣の予兆に怯えながら足を引きずるように歩いていたその足が、
なんとも軽い。そして温かい。

奇跡だな、と改めて思う。
あのレイモンドのおっさん、まさに奇跡だな。

という訳で、これでようやく新年を迎えられそうだ。

次はネズミとの戦いが待っている。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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