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力を持った者にしか、弱いものを救うことはできない

Posted by 高見鈴虫 on 18.2015 犬の事情   0 comments   0 trackback
犬仲間の友人からメールが届いた。

どこぞのゴミ屋敷から、
実に六十匹近い犬猫が発見されたらしい。
俗にいうアニマル・ホーダーという奴である。

救出された犬猫は、しかしやはり病気の宝庫。
健康診断どころかろくに治療も受けていなかったため、
ほとんどの犬猫がフェラリアを初め数々の病魔に犯されていた、
という悲報である。

通常であれば、可哀想だがそのまま殺処分、となったところである。
がしかし、そのニュースが流れた後、
救出された犬猫達の治療費・手術代の全額負担を申し出る者があったそうである。

友人からのメールは、
なので、治療の済んだ犬猫たちの引取先を探して欲しい、
という旨の連絡であったのだが、
正直、げげげげ、凄い!そんなツワモノの金持ちもいるんだな、
と驚きながら、

よし判った。俺の友人たちにも声をかけてみる、
と答えた途端、

ごめーん、この話、もう終わった、とのこと。

なぬ?
ってことはやっぱり殺処分?

かと思えば・・・



実はその後、犬猫救出のニュースを流したTV局が、
その後追いとして、事情を放送したところ、
なんと一瞬のうちにすべての犬猫たちの引取先が決まってしまった、とのこと。

と同時に、視聴者たちからも既に支払い済みである筈の治療費・手術代を、
私も肩代わりしたい、という募金希望が続々と集まっているそうである。

凄いな、やったなあ、そして、やられたなあ、な訳である。

つまりは、持つべきものは「お金持ちの友」なのである。

金、あるいは、力、のない者たちがいくら集まってもなにも始まらない。

弱い者同士が集まったところで、出るのは愚痴ぐらいなものだ。

強い者は違う。
自分の持てる力、そのカードを使ってなにができるか、
そのためにはなにをするべきか、と現実的な方法を考える。

そしてその力で強者同士を繋ぎ、あるいは弱者を束ね、
そしてまるでブルドーザーのように事態を解決していく。


世のほとんどのアニマル・シェルターが、
そんな弱者たち、ボランティアの犬猫愛好家、という、
善意、という曖昧な理由を振りかざす人々によって運営されている。
そしてそのほとんどが、まさに青色吐息の状態のようである。

そしてそんな善意の弱者たちは、身を寄せあっては犬猫たちの悲劇を愚痴り、
そして、涙しながらそんな犬猫たちをガス室へと送り込む手伝いをやらされている。

そこにやってきたお金持ちの友。

そんなお金持ちの友が、いったいなにを目的に犬猫たちの命を救おうとしているのか、
弱者には判らない。
そしてそんな謎の金持ちに、弱者は時として拒絶反応を示す。
そういうよく判らないパワーに対して、恐れおののいてしまうか、
あるいは、盲従してしまう、そういう姿勢、それこそが弱者が弱者たる所以なのである。

こいつの目的はなんなのか。
もしかしたら税金を誤魔化すための手段かもしれない。
ことに寄ったら、ヤバイ金の洗濯、俗にいうマネーロンダリングが目的の危ない輩かもしれない。
その弱小犬猫シェルターを餌に、土地転がしで一山当てようとしているのかもしれない。
あるいは、後になって取り立てとやらでこわーい連中がやってくるかもしれない。

そう、金持ちとは得てしてそんなものだ。
目的が無ければなにもやらないし、その目的が大抵は金だ。
何故ならば、金持ちになろう、という強い目的意識を持った者以外は、
金持ちになどなれないからだ。
つまりは金持ちとは本質的に胡散臭い連中なのである。

がしかし、と俺は敢えて言う。

だからどうしたと言うのだ、なのである。

多額の資金援助を申し出た金持ちの目的がなんであれ、
取り急ぎ、最も切迫している事情は、犬猫の命を救わなくてはいけない、
ということである。

犬猫の命を救うためにどうすればよいのか、
善意のボランティアたちが肩を寄せあっては、
ただグチグチと世の不幸を嘆き、愚痴りながら、
可哀想な犬猫たちの為に花でも摘んでやるのか。

そしてテレビ局である。
世のテレビ局は、広告主からの広告収入によって成り立つれっきとした営利団体である。
そこには必ず目的、つまりは、金=収益を稼ぎだす為に存在する組織なのである。

そのテレビ局が、わざわざ犬猫たちの命に関するニュースを放映して視聴率を稼ぎ、
そして、途方に暮れる善意のボランティアを救うために、
謎の金持ちが多額の資金援助を申し出た、ことを報じてはまたまた視聴率を稼ぎ、
そして、それを見た無言の視聴者から、
だったら私も、と今更になって募金が集中し、集中したというニュースを放映してまた一稼ぎ。

そうやって世の不幸を飯の種にしてそれを収益に替える錬金術のようなこのメディアという媒体。

考えれば考える程に胡散臭い人々ではあるのだが、

しかし敢えて言う。

だからどうした言うのだ、である。

この胡散臭いメディアが視聴率稼ぎの為に犬猫の悲劇を煽り、
がそれにまんまと騙された人々によって、少なくとも犬猫たちの命は守られたのである。

世のボランティアの人々よ。

自身を弱者と思っている人々が、より弱いもの、つまりは悲劇の犬猫を救おうとすればするほど、
そこに生まれるのは使い道のない嘆きと、そして屍の山ばかりである。

あなた達がやらなくてはいけないのは、弱者同士で身を寄せ合うことではない。
そんなことをやっていれば、例え幾百年たっても事態は絶対に好転はしない。

弱いものを救うためには、自身が強くならなくてはならないのだ。

力を持った者にしか、弱いものを救うことはできない。

弱いものを救いたければ、自身が強くなること、それ以外にはないのだ。

もし犬猫を救いたいのであれば、殺処分にされた犬猫たちの檻のウンコ掃除をしている間に、
投資運営のやり方から、金持ちのスポンサーを見つける為の宣伝方法、
そして、マネーロンダリングであろうが、税金隠蔽であろうが、
とりあえず金を持った奴、力を持ったやつに利用価値を見出させるためにはどうしたらよいのか、
それに頭をひねり続けるべきなのだ。

そんなこと・・そんな上手く行くはずがない、と言うだろう。

という訳で、ここにひとつの例を上げる。

言わずと知れた 「ASPCA」 である。

言わせてもらえば、俺はこの悪名高き「ASPCA」の大口のスポンサーである。

前職からのヘッドハントのお陰で、給料が倍額になった時に、
俺が一番最初にやったのは、給料の差額全額とは言わないが、
俺の収入に置いてはちょっとやり過ぎ、という額の金を、ASPCAに寄付をしたのだ。

確かに税金対策、というのもある。
が、だからなんだというのだ。

そしてこのASPCAである。
俺のような酔狂者から募った募金を、彼らは善意のボランティアたちにドーナッツを振る舞う代わりに、
投資運用するのである。

その為に、犬猫救済のボランティアなどではなく、
投資運営会社での経験のある投資運営のプロを、
それなりの給料を払って雇い入れているのである。

そのようにして様々な分野からビジネスのプロを雇い入れては、
マーケティングから始まり、広告戦略から投資運営から、
と、実にビジネスライクに組織の運営を進める。

全国域のテレビ局のCM広告件を買い取り、
そして日夜、ケージの中で寒さに震える、可哀想な可哀想な犬猫たちの姿をこれでもか、
と放映し続けては、それによって、全米の善意の第三者たちからまさに巨額の募金をせしめる。

あるいは、マイホーム用のセカンドカーにターゲットを置いた「スバル」と提携し、
幸せな家族の象徴たる犬をテーマにしたCMを流すスバルの新車を購入すると、
自動的に幾ばくかの募金がASPCAに送られます。スバルは犬猫の味方です、とやり続けては、
ご存知のような未曾有の快進撃を続けている訳だ。

大口スポンサーである俺の元には、ASPCAからのバランスシートが送られてくる。
まるでどこぞのいかさま投資ファンド、そのものである。

そんなビジネスライクなやり方を、良いの悪いの、という次元で話を進めるつもりはない。

俺はその理由がなんであれ、犬猫の命が救えればそれで良いのである。

その「犬猫の命を救う」という目的の為に、ASPCAは全米からうんこ掃除のボランティアを募る代わりに、強者、つまりは、ビジネスの分野でなんらかのスキルのある者たちを雇入れては、その方法、時としてその方法がえげつなく胡散臭いやり方であったとしても、取り敢えずは、愚痴を言っているばかりであった善意のボランティア団体が、いつの間にか全米に名を轟かせる犬猫救済組織へと変身させた。

このASPCA。
その母体組織のスポンサーは、実はかのロカフェラーである。

世界経済マフィアの黒幕と噂される世界で最も胡散臭い人々。
世の悲劇のほとんどがこのロカフェラな人々の暗躍によるもの、という輩もいる。

がしかし、である。

だからどうしたんだよ、と俺は敢えて言ってしまう。

だからどうだって言うんだ。
要は今まさに殺されようとしている犬猫の命を救うことだろ。
犬猫の命を救うためなら、マフィアであろうが悪魔であろうが、
マネーロンダーであろうが、車屋であろうが、税金隠蔽目的であろうが、

その力を借りられるのであれば借りるべきなのだ。

その後で起こるであろう悶着は、またその時に悶着解決のプロを雇えばよい訳で、
そんなプロフェッショナル、つまりは強者を雇い入れられるように、
自身の能力、そしてパワーを蓄えればよいのである。

弱者が善意の弱者の皮を被って愚痴を言いながら世の不幸を嘆いていても世界は、何一つとしてなにも変わらない。

弱者を救うためには、まずは自身が強くならなくてはいけないのだ。

そうやって強くなった者が、その己の力を、弱者救済にあてる、その姿勢こそを、健全、というのだ。

で、あれば、なにも持ち得ない、己が弱者であることに甘んじ、そんな弱者である自身をまさしく弱者的な感覚で愛しいと思っている弱者の中の弱者たち。
そんな弱者たちが己の身を守るためにはどうしたら良いのか。

その一つの方法が、「選挙権」なのだ。

選挙権、その一票には経済格差や社会的地位には関係がない。

一票は一票。住民票さえあれば手に入れることのできるその一票こそが、弱者たちの最初で最後の秘蔵の剣なのだ

かのブッシュのように、投票箱に細工をして投票集計システム自体をごまかしてしまう、
なんていう大技を使われては元も子もないが、取り敢えずは弱者たちによる一票を束ねること。
一票が十票に、十票が百票にと弱たちの貴重な一票を束ねあげることにより、そこにパワーが生まれる。

そしてそんなパワーを持つものには、そのパワーを利用しようとするハゲタカどもが寄ってくるに違いない。
がしかし、一票を百票千票に束ね上げた弱者たちは、いまや弱者ではないのだ。
そんなハゲタカたちと、タメで話ができるのである。

つまりはトレードオフ。交換条件を提示することができるようになるのである。

そして弱者たちは、初めてパワーを持つもの、つまりは強者たちがいったいどんなバランス理論の中で生きているのか、身を持って知ることが出来るはずだ。

そういうパワーを蓄えた団体には、金が集まる。人が集まるのである。

という訳でこのASPCAという組織。

ますます胡散臭い人々になっているようではあるが、少なくとも、彼らの活動によって全米の犬猫たちの命がひとつでも多く救われている、というのは確かなようである。

善意のボランティアの愚痴に付き合っている暇があったら、殺処分直前の犬猫たちにトレーニングを施して老人ホームの慈善訪問をしてはYOUTUBEに番組を放映し、テレビ局に企画書を提出したり、あるいは、カクテルパーティでもやって犬猫シェルターを使っての税金対策の悪知恵講座でもやっていた方がなんぼか犬猫ためになる、と俺は思っている。

それが好きだ嫌いだ、などと言っている場合ではないのである。
犬猫たちの命がかかっているのだ。
善意の弱者を振り回している場合ではないのである。






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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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