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広州 ~ 黒い男

Posted by 高見鈴虫 on 03.2015 旅の言葉   0 comments   0 trackback
黒い男に会ったのは中国。

自由旅行が解禁された直後、
瓦礫と化した共産主義社会のどさくさの中を、
これでもかと這いずりまわった果てに辿り着いた
広州・珠江のユースホステルだった。



それまでの中国旅行の間、俺は中国人に化けようとしていた。

あえて旅行者同士の寄りあいを避け、
なんとか中国人に化けては中国社会に紛れ込もうと悪戦苦闘をしてきた訳だが、
どういうわけだかどこに言っても一瞥でリーベン、日本人とばれてしまう。

俺が下手な中国語を話し始めるのを待たず、
時としては、露骨な憎悪に歯を向きだしては、
人民の人民による人民のための、なんて演説、
などでは勿論なく、
お前はなんでよりによって中国人なんてものに化けたがるのか、
バカにしているんじゃないのか?
あのなあ、お前がいくら中国人に化けようとしたってすぐに判らあ。
お前は違う、まったく違う!
と、まさに、小日本鬼子なんて扱いを受けては放り出されることになる。

でそんな騒動をいつも黒山の見物人が取り囲んでいた訳で、
君子、なんでお前は中国人になりたがる?
中国人の俺たちでさえ中国にはもううんざり。日本人になってしまいたい、と思っているのに。
いや、つまり俺は、尊敬する毛主席の作ったこの人民中国という国の、その本当の姿をみたいだけなんだ。
あいやあ、と顔を見合わせる一同。
本当の姿なんて誰も知らない。それが中国。

もちろんそういう会話はすべて「筆談」で行われた訳だが、
俺のポケットにある赤い小冊子、つまりはあの「毛沢東語録」
市場の歩道に山になっていたものを面白がって購入した訳なのだが、
それを翳した俺に、取り囲んでいた中国人がみな爆笑したものだ。

そんなものを持っていたからにはいつまでたっても中国人にはなれないよ、
だそうである。

つまり、そう、いまの中国人で「毛主席」なんてものにこだわっている奴はもうひとりもいないってことさ。
という訳で、ネタが明かされた。

俺の頭に被った人民帽。そこについていた赤い星。
これもわざわざ、別に購入した訳で、
ふとした拍子に頭から吐きかけられた痰唾、あるいは手鼻、
これをやられるたびに、わざわざこの赤い星を取り外しては、
新たに人民帽を購入して、とやっていた訳だが、
なんだそういうことか、
俺がどこに行ってもリーベンと見破られたその理由は、
つまりはその赤い星にあった訳だ。

だが、いまはもう、中国で赤い星をつけている奴など、どこにもいない。

つまりはその赤い星こそが、中国の人々がもっとも捨て去りたかったもの、その象徴であったのだろう。

日本人が中国人になりたがり、中国人は日本人になりたがっている。
ないものねだりってことか?

と言いながら、そう言えば俺にもそれに似たものを見た覚えがある。

香港の繁華街、高級品店が立ち並ぶネイザンロード、
シャネルやローレックスやルイ・ビトンのネオンサインがこれでもかと輝くその大通りに、
ふと見れば牛、というよりもどこかセイウチを思わせる体系の白人旅行者の一団。
で、その彼女たちが、なにを間違えたか揃ってモンペを履いていたのだ。

モンペ!
よりによって、香港の超一流名店街で、モンペとは!

日本の旅行の思い出に、この超機能的なおしゃれなパンタロンを、というつもりなのだろうが、
確かに、いまの日本でモンペを履いている奴はいない。

俺の赤い星もつまりそういうことか、と。

という訳で、なんとなく中国人に化けるのが馬鹿馬鹿しくなって、
そしてとってつけたような人民帽も人民服も脱ぎ捨て、
代わりに香港で買った訳の判らない日本語の印刷されたTシャツ、
それに擦り切れたジーンズに着替えた途端、
不思議なことに俺をリーベンと見破るものは誰もいなくなった。

が、そう、当時日本においてジーンズと言えばLEVISであった訳で、
そういう俺ももちろんリーバイの赤タブを履いていた訳だが、
そう、中国人と日本人を見分けるには、
このジーンズの赤タブこそがその目印であったりもした訳だ。

という訳でそう、一言で言って中国は疲れた。

中国人に化けようとすればするほどに疲れる。

その混沌。その行列。砂埃。排気ガス。そして人ごみ。
どこに行っても人の眼がある。
前から後ろから横から上から下か。
誰もがじっと俺の姿を睨みつけ、
あるいは、驚愕にぽっかりと口を明けたまま、
あいやあ、と穴の開くほどに見つめていたりする。

そんな人々の中で、あえてその注目に挑戦を試みた訳なのだが、
結果はそう、見事なほどの敗北に次ぐ敗北。
いつになっても中国人は俺の前で本当の姿を見せようとはしてくれなかった。


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俺が中国で、何故にそれほどまでに中国人に化けようとしたか、のには実は訳がある。

つまりはそれ、兌換券と人民元。

当時の中国では旅行者用に発行された旅行者用の、兌換券と言われる貨幣があって、
中国人たちの間で使われているあのぼろぼろの人民元とはレートからなにかすべてが違う。
旅行者はどこに行ってもその馬鹿高い兌換券レートでの支払いを強要されていたのだが、
俺にはそれがどうにも癪であったのと同時に、
実は俺はなんとしたことか、その大量の兌換券を、人民元にブラックマーケット、
当時で言うところのチェンチェンマネーしてしまった訳である。

いきなり膨れ上がった財布にうはうは言っていたのは最初だけ。
その人民元での支払いを、どこに行っても徹底的に拒否されることになり、
それまで満面の笑みで対応してくれていた人々が、
ひとたび俺が人民元を取り出した途端に豹変。

この、ごくつぶしの、腐れやっぷんちゃいの、この鬼子野郎が!
とっとと地獄へ堕ちろ、と罵倒の限りを尽くされる。

という訳で、俺の中国での旅はまさに悶着に継ぐ悶着。
つくづくこの人民元と、その二重貨幣に象徴される中国の現実を呪ったものなのである。

そして辿り着いた広州。

香港はもう眼と鼻の先。
当初予定していた上海も北京も蘇州も、
そしてもしかしたら、と期待してはいたウルムチやトルファンもあるいはラサも、
すべてはその人民元との戦いに敗れ去っては疲れきり、
そしてここ広州の地で、既に俺は心の底からこの中国という地に絶望していたのだ。

早く文明の地に帰りたい、と俺は節に願っていた。

日本とは言わない。
せめて香港の、少なくとも肝炎にもアメーバ性赤痢にも、
あの四方八方からのがん見からも砂埃からも手鼻からも痰唾からも開放されたい。
ああ、普通の男の子に戻りたい、と泣きが入っていた。

広州に着いてから丸一日、雑踏の中、旅社の看板を見つけては、
馬鹿の一つ覚えのように、よーめいよー・こんふぁん?空き部屋はありますか?と繰り返しては、
没有、メイヨー!と親の敵のように罵声を浴びては放り出されるを繰り返した挙句、
ついに見るに見かねたおっさんから、着いてこい、と白タクに乗せられて連れられていかれたのが、
珠江にあった外国人旅行者向けのユースホステル。

まさにロンリープラネットご用達というか、そう、つまりは疲れきった旅行者たちの駆け込み寺。
つまりは、兌換券的な世界、ツーリストたちのコロニーという奴。

そのホテルの入り口で、いきなり出くわした日本人旅行者。
ブリキのコップを片手に歯ブラシを口に突っ込んだまま、

俺の姿を見るなり、おおおおおお、と驚きの声を上げる。

すっげえええ、まるっきり中国人!と一言。

あんた、相当に苦労してきたね。

そしてはははは、と笑いながら奥の廊下に消えたかと思うと、

ねえねえ、なんか変なの来たぞ、と扉の奥に向けて呼びかけている。

という訳で、このユースホステル。
これまでのまさに砂を被り手鼻を浴び頭から痰唾を吐きかけられる人民暮らしから一変。
そのドミトリー、パイプ製の二段ベッドの心地よかったことと言ったらない。

とそしてそこで知り合った世界各国からの旅行者たち。
カナダ人、香港人、アメリカ人、フランス人、オーストラリア人、といろいろ居たわけだが、
やはりなんといっても、一番面白いのは日本人。

あの日本の、いったいどこにこんな逸材的に面白い人々が隠れていたのか、というぐらいに、
まさに、個性豊かな超人的変人ばかり、なのである。

夜を徹して、あんたどこから来たひと?で、なにして来た人?の質問攻めの中で、
ほおおおお、バンドマン、で、初めての海外旅行、で、
騙されて兌換券をみんな人民元に変えちゃって、
で、中国人に化けて非解放区を渡り歩いていた、と、
あんたそういう人なわけかい、と話したとたんにどういう訳か、
地球縦三周横三周なんていう旅のツワモノばかりが俺を取り囲むようになって、
おお、バンドマンのにいちゃん、飯にでもいかねえか、といちいち声をかけてくれては、
人民元での支払いのOKな店ばかりを連れ歩いてくれたものだ。

と、そんな地球縦三周横三周の人々と歩いていると、
これまでまさに謎なぞなぞに包まれていた中国社会の真相が実に鮮明に糸をつむぎ始め、
はあ、つまりはそういうことな訳ですかい、と思わず唸らされてしまう。

つまりはまあ、文化大革命。それかな、と思う訳でさ。

その文化大革命の間にいったいなにがあったの?

それが判らない。誰もしゃべろうとはしない。がしかし、それがまさに相当なものであったことは想像に難くない。

つまり、あの糞だらけのトイレ。
誰も便器の穴の中に糞を落とそうとしないこと。誰もろくに尻を拭こうとさえしない文化とか、
人がいようがいまいが情け容赦なく飛んでくる手鼻や痰唾、
あるいはそう、あの夜叉面で吐きかけられるめいよ~!没有!!!の罵声も、
人前で平気でおならする女たちも、

すべてその秘密が、文化大革命にある、と。

そう、その通り、と答える地球縦三周横三周の面々。
この一見してまったく滅茶苦茶の社会システム。そのケイオスの根本にあるのがつまりは文化大革命。

いったいそれって何が?

つまりは、社会の基本の基本、根本の根本、それがぶった切られてしまったってことかな。

社会の基本の基本?根本の根本?

そうつまりは、人と人との信頼ってことかな、と。俺はそう思っていた。

人と人との信頼がぶった切られた社会・・

後に、ワイルド・スワンから始まり、文化大革命当時の秘話が次々と刊行されていく訳なのだが、
当時の我々中国旅行者にとって、文化大革命とはまさに中国の歴史のなかのどす黒い闇。
鉄のカーテンに閉ざされた密室の中でのブラックホールであった訳だ。

という訳で、初めての海外旅行で、
タイもインドも経験しないうちからいきなりこの国にやってきてしまったってのは悲劇だったな。
相当辛かっただろうに、と慰めを言われるのだが、

まあでも、面白かったよ。いろいろと。だってこんな無茶苦茶なところって今までみたことなかったしさ。
日常的に新宿ロフトでアナーキーのライブ見てるみたいなものじゃない。実はすっげえ面白かった。


俺が同年代の大学生旅行者たちとまつろわず、
あえてそんな地球縦三周横三周のようなツワモノたちとばかりつるんでいたのにはやはり理由があった。
俺が中国という国で体験したこと、それが大学生旅行者との間では徹底的に食い違うのである。

屋台のうどん屋で公安から面白半分にぶちのめされる少数民族。
乞食と病人に溢れる裏通り。
風呂どころか電気もない家々と、
そしてあまりにも色気にかける娼婦たち。

ええ、公安?公安っておまわりさん?

ああ、あいつら、どこのやくざよりもたちの悪い暴力集団だぜ。
まあおまーりがそんなんだってのは、どこに行っても変わらねえだろうけどな。

まさか、と絶句する大学生たち。

乞食?病人?娼婦?そんなものみたこともなかった。

つまり、そう、彼らと俺は同じ国を歩いても見てきたものがまったく違う。

そしてそんな俺はそう考えてみると、写真を一枚も撮ってなかったな、と思いついたのだ。

そうやって写真を撮らない旅を続けてきた俺。

結局あんた、日本にきた外国人が、山谷やら釜が崎やら、そんなところばかり見て帰っていった、とただそれだけの話だろ、
それで日本の現実を見てきました、なんて言われるのとおんなじ。おたく、なんか視点が根本的にずれてるんじゃなの?
と澄ました顔で言われた日には、二度と口をきく気になれないのも当然のこと。

いや俺はただたんに、人民元の使えるところばかりを探していただけの話なんだが。。

そんな中、ある夜更け、
消灯の時間をかなり過ぎてから、いきなり安全靴の踵をドカドカと響かせて入ってきたその黒い男。

巨大な荷物をどさり、と床に投げ捨てて、寝静まったドミトリーの中で、
おう、誰か日本のタバコ持ってねえか?の野太い声。

毛布の中からでもその異臭に気付くほどに、まさに絵に描いたような筋金入りの長期旅行者。
寝ぼけた声で、いったいどちらから?の問いに、ハイナントー、の一言でホテル中がひっくり返った。

ハイナントー!? あのハイナントーに行ってきたのか?

当時、まだ非開放地区であった海南島。
その秘密の楽園に侵入することこそが、その珠江のユースホステルに滞在していた地球縦三周横三周たちの目的であった訳だ。

という訳で、俺、寝てないんだよ、と苦笑いをするその黒い男。
まさに日本のタバコ攻めに会いながら、ぼそぼそと、これまで辿って来たルートの報告が始まって、
はああ、なんか本当に世の中にはすごい人がいるものなのだなあ、と関心するばかりであったのだが、
数日後になってその黒い男から、おう、あんたバンドマンなんだってな、と声をかけられ、
ワンタンメンでも食いにいかねえか、と誘われた訳だ。


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でその黒い男。
やはり見るからに超筋金入りの長期旅行者。
その顔中が煤を塗りつけたように真っ黒。
顔中を覆う黒い髭と、そして目深に被ったニット帽。
歳のころは35,6。
地球縦三周横三周どころかその三倍っていった調子ながら、
しかし旅の達人だけあってなによりも誰よりも英語が上手い。
そういうお前も英語上手いじゃねえかと言われて、
ほおお、高校の頃からキャンプを回っていたのか、と聞いてはじめてはっはっは、と笑った。

なんだよ、おまえ、不良学生か。
女に食わせて貰いながら大学そっちのけで新宿ロフトと渋谷屋根裏を行ったりきたり、
と話したところで、ふん、と横目で睨みつけて、よろしくな、と改めて肩を叩かれた。

事実、その黒い男。
あまりにも濃過ぎるその風体から、いつの間にかユースホステルの旅の仲間たちからは敬遠されるようになっていたのだが、
どういう訳だか俺とは妙に馬があって、事実その黒い男といると心底ほっとできる、というか、つまりは同じにおいがしていたのだろう。

がしかし、その黒い男。
俺のことは根掘り葉掘り聞く癖に、自分のことは一切話さず、なにを聞いてもすぐに話をはぐらかす。
まあ確かにその濃過ぎる風袋から物言いから目つきから、俺的にはまるで懐かしく慣れ親しんだ、あの東京の夜のにおいがびんびんした訳で、
世界の若者と友達になろー、やら、世界中で人々の優しさに触れました、なんていう地球のなんとか、な人々とは、やはり本質的にかなり違う。

挙句に街でひっかけたカナダ人ツーリストのところに転がり込んで、マリファナを吸いながら3P、
なんてことをやり始めて、日本製コンドームの借りができてからはまさに兄弟仁義。
なんか、顔も黒いと思ったらちんこも黒っすねえ、ケツも毛だらけ真っ黒け、
などと軽口を飛ばすようにもなっていたのだが、
そうまでもしても、この黒い男の正体はいっさい判らぬままであった。

で、そんなこんなで、この広州滞在もかなりのびのびになってきて、
いつのまにか大学の休みも終わってかなりすぎていた頃、
おう、そろそろ文明にもどらねえか、と誘われようやく、香港に戻るきっかけが見つかったのだ。

さあ、香港ホンコン、楽しいホンコン、愉快なホンコン、香港ホンコン♪
と、その時ばかりは妙に明るくなったその黒い男。
ユースホステルの日本人大学生にまで声をかけて、
みなさん、一晩かけて香港までのクルーズ旅行を楽しみませんか?
なんて風に、一団をひき連れてはチケット売り場までご案内する始末。

添乗員宜しくそんな大学生たちとともに乗船を済ませ、
出国手続きが終わった途端にその黒い男、
まるで違う人になっていたわけだ。

いやああ、長かった長かった、
と甲板の長いすに脚を広げてふんぞり返り、タバコを咥えてはひとりゲラゲラと笑っている。

いやあ、中国長かったなあ、と。

そう、確かに中国、長かった。たかだか二月にも満たないこの時間が、いまになってずっしりと肩に伸しかかってくるようだ。

で、お前、日本に帰ってなにをやるつもりだよ、とその黒い男。

まあ、バンドが売れる、とは限らないし、大学を出て新卒でどこかの会社に潜り込んで、とかも考えてない訳じゃなくて、
おめえにゃカタギは無理だろ、とその黒い男。
あいつら、と顎をしゃくる先には、例のユース・ホステルから引き連れてきた地球のなんとかご一行の大学生が、
去りゆく広州の遠景を背景に、肩を組んで記念撮影をしている。

あんな奴らとどういう面してこの先、渡り合っていこうって訳だかよ。
俺はなんか、ちょっと似合わないっていうか、違和感がありすぎるって気もするんだがよ、

とかなりきついところを突いてくる。

カタギばかりが人生じゃねえよ、とその黒い男。

でも、と夜風の中で妙に開放的になっていた俺。
カタギ以外にどうやって暮らしていけばいいのか、どうもまだよく判らなくて、とついつい本音を漏らしてしまう。

ああ、確かにな、とその黒い男。
おめえ、大学どこだよ、といきなり聞かれ、ああ、俺、なんとか、と大学名を答えると、
ああ、やっぱりな、そうかと思ってたよ、と意外な言葉。

お前の先輩って奴としばらくつるんでいたことがあってさ。
やっぱり似たような雰囲気だったな、と思ってたんだよ。
と、そういう黒い男。
実は東京の某有名な音大卒。
作曲科?
ああ、ピアノ科だがな。ピアニストとしてのテクだけではさすがにやっていけねえんで、
まあ作曲科なんて中途半端なところに落ち着いてたんだが、
ととんでもないことをさらりと言う。
ってことはなに?いまこうしているときにも、頭の中にはラフマニノフが流れていたりとかする訳?
と冗談を言ったつもりなのだが、おお、ラフマニノフか、とふと考え込んで、膝に置いた指でたらたらと流し始める。
うーん、もう駄目だな、と笑う黒い男。
真っ黒に日焼けし、黒い強い髭にスキー帽を被ったその姿からは、まさかピアニストの姿はどうしても思い浮かべなかった訳なのだが、
今ならセロリアス・モンクが良い所だろう、とにやりと笑われて、ますますこの男が好きになっていた。

という訳でその黒い男。

本当の職業は、と言えば、とび職をしていたのだそうだ。

とび職?ピアニストじゃなくて?

ああ、とび職。建築現場で、なんとかと煙は高いところに登る、あのとびさんって奴。

なんでまた、と言う俺に、お前は高いところは苦手か?と笑いかける。

とそんな中、ひまわりの種を売りにきたおばはんに、よお、おばはん、それ二袋、とこれまた流暢な中国語。
ほらよ、コンドームのお礼だ。これ食い方知ってるか?これがうまく食えないようじゃあ中国を旅したことにはならねえぜ、とにやり。

教えてやるよ、こうやんだ、と欠けた前歯を見せてはひまわりの種の食い方の講習。

こんなところでひまわりの種食ってる人がまさかピアニストとはなあ、と笑う俺に、お前だって似たようなもんだろが、とげらげらと笑う。

まあこうして知り合ったのもなにかの縁だ。今後のこともあるからよ、いろいろと教えてやるよ。悪い見本ってやつをさ。


とびってのはまさに才能だけ、なんだよ、と黒い男。

つまり、高いところが怖くないって、ただそれだけなんだな。

普通の人が、高いところが怖いって言うだろ?眼がくらむとか、足がすくむ、とか。
どういう訳だか俺にはそれがない。というか、その高いところが怖いって感覚がどうにもよく判らない。

ピアノで食えなくなったときにビルの窓拭きのバイトを紹介されて、そこで俺は高いところが怖くない、ってことに気付いてな。
で、どうもそれがわりと特異な才能ってことも判ってきた訳だ。

で、そんな特異体質とやらを生かして、ならもうちょっと身入りの良い仕事ってな欲を出したら、
そうあの高層ビルとかの建設現場な。
あのてっぺんでやる仕事を紹介されてさ、まあ仕事が楽な割りになんだかんだで払いが良いんで、いつの間にかそればかりって奴。

ピアノは?

ああ、バンドがばらけてから暫くはそれこそ意地になってピアノで食おうとしててな。
ツアー・バンドから、演歌のバックから、キャバレーの伴奏から、といろいろやったがな、
才能がないんだか、運がないんだか、泣かず飛ばず。
そのうちにお決まり通りに悪い薬に嵌っちまってさ。
なんだか、ばかばかしくなっちまってよ。

で、窓拭き?

そう、その時は俺も、なんとなく誘われてふらっと旅に出てよ。そんで、そう、旅先、まあ俺の場合はバンコックだったんだが、まあそれが運の尽き。
タイからインドからビルマからと旅するうちに、日本ってところがつくづく嫌になってよ。

で、日本で窓拭きやっては金を稼いで、金が溜まればバンコック。
その金がなくなるまで旅をして、金が尽きたらまた日本に帰る、と。そんな暮らしをしてもう10年だな。

で、いまはとび職。

実入りが良い分手っ取り早くてよ。しかも経験者だからさ。日本についたらすぐに仕事にありつける。で適当に日銭を稼いで、またバンコックに舞い戻る、と。

なんかうらやましいな、と俺。

だろ?と黒い男。

ただな、そう、やはり一生の仕事っていうにはちょっとな、とも思う訳だよ。
クリエイティビティに欠け過ぎるっていうかさ。
つまりは、才能だけ、っていうか、求められるのは高いところが怖くないってただそれだけ。
別に努力する必要もなにもない訳でな。

だが、よく聞けよ。そういう、生まれ持った才能だけ、苦労もなしにいつのまにか備わっていた才能ってのは、
やはりどういう訳だか人にはあまり尊敬されないわけだ。

つまりはそう、糞のにおいが気にならないやつが汲み取り屋になって、血を見てもなんとも思わない奴が屠殺屋になって、とかさ、
好きでも嫌いでもねえ、ただ気にならないだけで選んだ仕事ってのは、やはりどうにも人々の尊敬を得られないっていうかな。
職業に貴賎なし、とは言うがな。誰も自分の子供にその仕事を継がせたいとは思わないだろうってタイプの仕事。

つまり、なんというか、そう、大切なのは努力。努力して勝ち得たものってのがやはり一番尊いんだよ。

つまりピアノ?

いや実はさ、俺は自分で言うのもなんだか、ピアノの才能だけはあったんだよ。練習もまったく苦じゃなかったしな。
その気になったら10時間でも20時間でも弾き続けていてもなんの苦もなかった。
バイエルなんか渡されたその日にすらすら弾けたってのは嘘だが、ヤマハピアノ教室の先公の眼を丸くさせるぐらいのことは普通だったな。
がそう、だから努力をしなかったんだ。努力を舐めていたっていうかさ。
なんでこんなことができないんだ?簡単じゃねえか、ほらよって感じで、それに調子をこいて、胡坐をかいていた。

つまり天才って奴?

そう、天才、そうなのかな、と思っていたことは確かだな。
が、そう、実はそれだけでは駄目なんだよ。俺の場合、それだけでは駄目なんだ、と気付くのがちょっと遅すぎたんだ。

で、その才能ってなんなのかな?

つまりそう、高いところが怖くねえ、とか、何時間弾いても苦にもならない、ってこと、と思われがちだけど、実はそうじゃねえんだよな。

だとしたら?

それが判らねえ。それが判らないから、まだこうして旅をしてるっていうかさ、と黒い男。

そんな黒い男の横顔に、実は辛辣なまでに己の才能を問い詰め続けた禁欲と、それをあえて隠そうとしてきた倒錯が見て取れた。

まあ、キャバレーのピアノ弾き風情が才能だなんだっていっても笑われるだけだしな。
笑われるぐらいならこうして旅を続けていた方がなんぼか軋轢が少ないっていうかさ。

で、そう、おまえ、おまえ、バンドマン、楽器はなんなんだ?

ああ、俺はドラム、と言えば、ああ、やっぱりな、と笑う。

ドラマーってのは落ち着きがなくていけねえよな。俺もまあそうなんだが、ほら、といつの間にかハイハットとバスドラを踏んでいる足元に顎をやる。
そうピアニストもそうなんだよ。いつもどこでも指を置いた場所に鍵盤が広がっているんだよな。

旅の間中、ずっとそうやってピアノを弾いてたの?

ああ、そう、いつも弾いてるな。お前もそうだろ。いつもドラムを叩いてる。おまんこやってる時だってさ。そう、そんなもんだ。それを才能と言えないこともねえっていうかさ。

ただな、それが、そう、ふっと、消えてなくなるんだ。つまりそう、なんといか、そう、消えてなくなるんだよ。

消えてなくなる?

そう、いつか、それがいつか、なぜか、判らないがな、そう、それが消えてなくなる時が来る。ああ、もうピアノ弾かなくていいのか、ってさ。そう思ったとたん、いきなり身体がすっと軽くなってな、そしてすごくほっとするんだ。
ああ俺はもうピアノを弾かなくていいのか、神様ありがとう、って感じでさ。それまでさ。そう、それまでだ。

なんかそれ、すごく恐ろしいことのように聞こえるけど。

ヘロインだな、とその黒い男は言った。

俺の場合、ヘロインだった。ヘロインって知ってるか?

あのジミヘンとか、キース・リチャーズとか、シド・ヴィシャスとか。

そう、ジョン・コルトレーンとか、ビリー・ホリデイのヘロイン。

でも、ヘロインって、音楽関連でやってるひと、多いんじゃない?

そう、言わせて貰えば、ミュージシャンにとって、
ヘロインこそが音楽から開放される唯一の道なんだよ。
音楽ばかりにやっていて、音楽に追い立てられて音楽から逃げたいと思った奴が逃げ込める最後の砦。
そしてそこから帰ってくる奴と、そして俺みたいに帰ってこれない奴ってのが出てくる。

いいか、これだけは言っておくぞ。ヘロインだけはやるなよ。
コカインもいい。シャブもいい。酒や葉っぱは音楽の肥やしだがな。だが、そう、ヘロインだけはやるなよ。
あれは本当に恐い薬だ。悪魔の薬とはよく言ったものだ。死ぬほど気持ちよいがな。
死ぬほど気持ちよくて、ほとんどあの世にいっちまったような気分になるが、そのかわり、お前は生きていく上で一番大切なものを失う。

つまり、ピアノ?

そう、俺の場合はピアノだった。そしてお前の場合は、リズムだろう。

リズムを失う?

そう、そのリズムを失う。お前が生きる上で一番大切だったものをヘロインは奪い去る。それだけは忘れるな。

それが才能?

そう、そうかもな。ヘロインはお前の才能を根こそぎ持っていってしまう。そしてそれは、二度と帰ってこない。

ああ、早くドラム叩きたいな、と俺は呟いた。
これまで、旅の間ずっとずっと思っていたことだ。旅はいい。毎日が刺激に満ちている。
そしてこの開放感。こんな溌剌とした気分はまさに生まれて初めてだ。

とは思いながら、しかし俺の中にはまだあの暗く湿った密室でドラムを叩き続けていたあの時間を、
まさに身を引きちぎらんばかりに欲しているのだ。

ドラム叩きてえな、と俺がいった。

叩いてたじゃねえか、この間、とその黒い男が笑った。

あのほら、カナダ人のねえちゃん。ひんひん言わせながら、お前はずっとドラム叩いてたじゃねえか。

え?判った?もしかして見てたの?

いや、聞いていた。判ってたよ。んだよ、こいつほ本当に身も心もドラマーなんだなってな、俺はあの時から思ってたよ。

俺いつもそうなんだよね、おまんこやってるとなんかドラム叩いてるような気になっちまってさ。

はははは、と黒い男は笑った。

ドラムで食えなくなったら竿師にでもなるが良いぜ。そうだな、確かにいいドラマーは女にもてたってかな。つまりそういうことか。

腰を中心に手足が回って客が踊る、つまりドラム。

ははっは、と笑う黒い男。ぺっぺ、とひまわりの種を吐き出しながら、そう、そういうもんだよな、と暗い海を眺めていた。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


そんなこんなで夜通しひまわりの種を食べつくし、翌朝遅くに香港についた時には下腹がごろごろと鳴っていたのだが、

久しぶりに包まれた都市の雑踏。その末期的な混雑の最中で、おお文明社会!と思わず大手を広げてくるくると回ってしまった。

とりあえず黒い男の後をついていくと、かの重慶マンションのその裏手、崩れかけた雑居ビルの洞窟のような階段を上った先にたどり着いたラッキーゲストハウス。
そのまるで霊安室をベニア板で仕切っただけのような安ホテルにシングル部屋をとった黒い男。

え、もしかして同じベッド?もしかしてそういう人なの?と思ったのだが、いや、実は、と黒い男。

これからちょっとやることがあってな。で、午後に人に会ってくる。そして今晩の便でそのままバンコックに飛ぶ。お前はその後、この部屋を自由に使えばいい。

ってことはもう香港には帰ってこないの?

ああ、まあ、そう、これから会う奴次第なんだが、

とそんな話をしながら、オールナイトフェリーでの徹夜のおしゃべりに疲れていたのか、あるいはしたためた中国の旅の重さか、
俺はそのままベッドの端に倒れこんだままいつの間にか眠っていた。

眼が覚めてた時、寝汗に身体中がぐっしょりと濡れていた。

でそんな俺の枕元に、味の素の袋がいくつもばら撒かれている。

おお、起きたかバンドマン、おまえ、そう言えば機械とか得意か?と言う黒い男。

タイ人がするような黒いだけの刺青に覆われた肌一面から汗を滴らせながら、なにやらベッドの上でビデオデッキと格闘している。

これな、このカバー、どうやって外せばいいか判らなくてよ。

壊れちゃったの?

いや、壊してるんだ、という黒い男。

どうもこのドライバーってやつがどうしても好きなれねんだよな、ピアニスト的には。

という訳で、寝ぼけた頭をかきながら、ああ、こことここのねじを外して、とやってぱかりと開いたソニーのビデオデッキの裏蓋。

中からはなんとやはり味の素の大袋。

なにこれ、味の素?

ああ、そう、味の素、と笑う黒い男。

ありがとな、と立ち上がると時計を見て、ならちょっと行って来るぜ、と、黒いアロハシャツを羽織る。

夕方ぐらいに一度帰ってくる。その時にまた飯でも食おうぜ。それまでこのあたりでぶらぶらしててくれ。そう言えばこの上にテラスがある。シャワーでも浴びて、そのテラスで草でも喫ってるがいいさ。

言われた通り、便所の掃除置き場のようなシャワー室で長かった中国旅行の垢をこすり落とし、濡れた身体に腰にバスタオルを巻いただけで屋上のテラスに登ってみれば、そこはまさに都会と言うジャングルの溺れ谷。

空高く乱立する雑居ビルの狭間に、ぽっかりと浮いたその屋上のテラスには、どこかのゴミ捨て場から拾ってきたようなサマーチェアーが転がっていて、そこにはまたまた、広州のユースホステルで見かけたあの地球横三周縦三周的なツワモノ風が一人。

黒い上下のチャイナ服にどでかいキャッツアイをかけて、ぼんやりとタバコを吸っている。

やあどうも、と挨拶を入れてそのまま隣のサマーチェアにどさり。

リーベン?と聞かれて、

ああ、ヤップン、と答えてにやりと笑う。

どこから?と聞かれ、ああ、中国。

中国のどこから?と聞かれ、ああ広州からオールナイトフェリーで。

ああ、あの船ね、と笑う。

で、あんたは?と聞けば、

そう、まあ話せば長いんだが、ラサから、かな。

ラサ?あのチベットのラサ?

そう、もういまはチベットではないんだが、そのラサから。

おっと、と思わず。よくぞご無事で。

ああ、そう、確かに、と笑う。

これ吸う?と黒いチャイナ服の男。

差し出されたタバコはやはりガンジャ。

すっと吸い込んだとたんに都市の息吹が一挙に流れ込んできて、ああああ、と思わず帰ってきたな、と大きなため息。

帰ってきたな、俺はやっぱり都会が好きだ、と心底思う。

で、そう、と隣りの男にガンジャを返し、で、ラサの話、聞かせてくれない?

おお、ラサな、と黒いチャイナ服の男。長かったよ、と一言。長い長い旅だった。


そんな黒いチャイナ服との間延びした会話の内に、空を埋め尽くしたネオンサインの明りが低く立ち込めた夕暮れの空を照らし始め、
そうこうするうちに、よお、と戻って来た例の黒い男。

おう、出かけるぜ、世話になったな、と一言。
その前に、飯くわねえか、奢るぜ。

という訳で、黒い男の荷物を抱えてタクシーに乗り込み、たどり着いた、モンコックのストリートマーケット。

裏手の屋台でヘビのスープで精をつけた後に、土鍋に煮立ったほいこーろうのどんぶり飯。

いつになく晴れやかな表情の黒い男。

長髪をオールバックに撫で上げて、黒いアロハシャツに黒いレイバンのサングラス。
胸と腕には金物が光り、というそのいなせな風体からは、昨日までの中国でのいかにも長期旅行者然とした姿は想像もできない。

いやあ、良い商売だった、と黒い男。
思いの他、高く売れてな、とほくほく顔である。

売れたってあの味の素?

そうそう、味の素。

で、通りかかった店のねえちゃんに、ビール10本と、あと、あのあそこにある鴨の丸焼き、あれと、そうだな、青菜炒めとか青梗菜でもいいな、まあ適当に持ってきてくれ、と100ドル札を渡す。

100ドル?

ああ、100ドル。

やくだよ、と黒い男がにやりと笑う。

やく。

そう、やく。お薬。白い粉。味の素。つまりはまあ、そう昨日お話した例の奴。

へろ?

そう、そのへろ。

はあ、そういうこと?

そう、そういうこと。

バンコクからの持ち出しが難しくなってな。で、ラオスから中国の国境を抜けて昆明に入って、
確かに船でつなげばなんのチェックも無し。
おかげさまで大学生の皆様とご一緒だとなんの疑いもない訳で、楽チン楽チン。
まあ俺はそこまでがっついてないんで、ここで売り払ってそのままタイへ逆戻り、のぐるぐるコース。
今回は欲出して海南島なんて行ってみたんだが大失敗。いやはや、大変な眼にあったぜ。

という訳で、届いた鴨の丸焼きを食いちぎっては地面に放り投げ、
喉を鳴らしてビールを飲んではがっはっはと大笑い。

そう言えば、上海から神戸に船が出るそうだな。
どうだお前、そのルートでやってみねえか?
下手すれば、こんなビデオデッキなんていわねえ、スーツケース一杯でも持ち込めるんじゃねえのか?
三回もやれば家ぐらい建つぜ。

呆気にとられる俺に、なあ、おまえ、ユリゲラーって知ってるか?と妙なことを言う。

ユリゲラーってあのスプーン曲げのユリゲラー?

そう、あのスプーン曲げのユリゲラー。

昔な、あのイズラエルでも学生運動が盛んで、
で、当局にぱくられた学生相手に、その頃モサドが開発中だった嘘発見器、
あれの実験をしていたらしんだ。
したらその学生の中に、どういう訳だかその嘘発見器にまったくひっかからない奴がいる。
で、その嘘発見器にひっかからない学生に、当のモサドの当局が興味を持った。

どうもその学生、どんな嘘でも平気でついて、けろっとしている。
で試しに、いろんなシチュエーションを試してみたらしいんだが、
どうにもこうにも、その男には緊張するってことがないらしんだな。

で、その特異な才能に眼をつけた担当官の一人、
この嘘の天才を超能力者に仕立ててて金儲け、
世界中を煙にまいてやろうって考えた奴がいた。

それがあのユリゲラー?

そう、らしい。まあ俺もイズラエルからのツーリストに聞いたんだがな。

で、そう、俺。実は俺にもそういうところがあってさ。

嘘発見器にひっかからない?

俺さ、バンドやっていたときから、ステージであがるってことがなかったんだよ。

どこでどんな奴らとやっても、あるいは、どんな大群衆を前にしてもあがるってことがなくて、
そのあがるって感覚がどういうものなのかもさっぱり判らない。

で後々、やくざものに追い込みをかけられた時でも、あるいは、そう、麻薬捜査官の尋問を受けたときにも、
俺は嘘が上手いやら、肝が太い、とかそういうことよりも、
なにより緊張するということがなかった訳だ。

これとピアノ、そんで高いところが怖くないって才能とどうリンクしているんだか判らないんだが、
とにかく俺は嘘が上手かった。つかまらなかった訳だ。

という訳で、そう、その才能も使わないてはないっていう訳でさ。

あるときはいんちきジャーナリスト、ある時はヒッピーのピアノ弾き、
あるときはとび職。そしてまたあるときはやくの運び屋。それがこの俺、多羅尾伴内。

なんかまじすっげえって感じで。

あ、で、そうそう、これを聞こうと思ってたんだが、おまえも実は高いところ大丈夫だろ?

ああ、割と大丈夫っていうか、怖いと思ったことはないかも。

ドラマーやってたぐらいだからステージ度胸はばっちりだよな。

まあ確かに、高校の頃からステージ張ってるしね。大抵のヤマはいざとなればどうにかなる。

だったらさ、とその黒い男。

やってみない?俺の弟子ってよりパートナー。

え?俺がとび職?

いや、ははは、そうとび職でもいいんだが、良かったらこのまま一緒にバンコックに飛ぶか?

バンコック?

そう、バンコクからチェンマイへ。ビルマから中国に入って。その気になれば一生でも旅を続けられるぜ。

一生旅か。それもいいなあ。

まあ無理にとは言わない。考えておけよ。

ドラムで食えなかったらね。

そう、人生いくらでもつぶしはあるさ。カタギばかりが人生って訳でもねえし、かたぎのつもりでいつのまにか鴨られて運び屋やらされてる奴もいるしな。

という訳で、兄弟、ご苦労さん。また逢おう。世界のどこかで、と立ち上がる黒い男。

バンコックの楽宮、広州の珠江、で、香港のラッキーゲスト、
カルカッタのモダン・ロッジ、カトマンズのストーン。そのどこかにいれば必ず逢える。

じゃな。お前とはまたいつかどこかで会う気がするよ。

という訳で、ひとり取り残されたテンプル・ストリート。

ああ、そういうことだった訳ね、とこれまでの経緯が糸を紡ぎはじめて、あああ、なんだそういうことか、と、
鴨の丸焼きを食いちぎりながら、思わず、やられたなあ、と笑ってしまった訳である。

それが俺の初めての旅だった。

そして俺は思った通り旅に嵌った。

そしていまも、旅の途中にある。

元はと言えば、確かにあの黒い男。
あの黒い男の予言に導かれてしまった結果かもしれない。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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