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狂犬、と呼ばれた犬の親として想うこと

Posted by 高見鈴虫 on 09.2015 犬の事情
昨日のドッグランでの大騒ぎの話。

帰ってきたかみさんに、いやあ、マッド・ドッグって言われてさ、立派な鼻つまみだぜ、と。

したところ、胸にブッチを抱えたかみさんが、さめざめと泣き始めた。

狂犬・・ わたしのブッチが狂犬・・ 

こんなに大切に、こんなに可愛がって、こんなに愛情を注いで育てて来たのに、
そんなブッチが狂犬・・



確かにちょっと甘やかしすぎた、という気がしないでもない。

あるいは、やはりアルファードッグの宿命、という奴なのか。

がしかし、そう、こんな狂犬でも、家では、とくにこのかみさんといる時には本当にドリーム・ドッグ。
夢のように可愛くて賢くて本当に心のやさしい、まさに夢のようなハンサム・ドッグ以外のなにものでもないのだ

こうしている今も、泣き続けるかみさんの顔をぺろぺろと舐めながら、
ねえ、どうしたの、どうしたの、なんで泣いているの?ああ、どうしらいいのか、
とおろおろと弱りきっている。

泣かないで、泣かないで、泣かないで、とその必死の慰め方、その健気な様は、
どう考えても狂犬のイメージからは程遠い。

がしかし、それはやはり内向きの姿であって、ひとたび犬同士の付き合いになった途端・・・

やっぱり、あんな猛犬たちと一緒に遊ばせていたのが悪かったのか。

確かにブッチの仲間たちは不良の問題児ばかり。

なんでわざわざそんな不良たちと遊ばせているんだ、とは常々言われてきたことではあるのだが、
当のブッチがそんな不良としか付き合いたがらない、ってところが問題なのであった訳で。

そうそう言えば、このアパートに引っ越してきた当初は、
あのドッグランに行くたびにドッグラン中がひっくりかえるような大喧嘩をやらかしてはすっかり鼻つまみの出入り禁止。
そんなところを、あの猛犬パーティのメンバーたちに救われたのだ。

つまりそう、お前も立派なはぐれもの。裏街道を生きる宿命にあった、という奴か。

がしかし、そんな不良も問題児、腕白で元気なのは良いのだが、
狂犬、と言われてしまっては、ここまで苦労をかけてきたかみさんにはやはりちょっと辛いものがある、というのも判る。

ぶっち、ぶっち、ぶっち、とそんなブッチを抱きしめるかみさん。

こんなかわいいブッチが狂犬のはずないじゃない。
でも、あなたがそんな問題ばかり起こしてたら、私たち住むところなくなっちゃうよ。。

いやでも、とそんなブッチの肩を持つわけではないが、

ブッチの喧嘩のパターンはいつも同じ。
気に入らない奴に、お前は礼儀ができてねえから好きじゃない、近くに寄るな、と言っているのに、
しつこく纏まりついてくる躾のできてないスポイルド・ドッグに、犬としての仁義を教えてやってるってだけの話でさ。
あのきちがいのおかま野郎にしたって、立派なメンヘラ。賭けてもいいが絶対にヤク食ってるぜ。
この間だって万引き犯を捕まえて大手柄だったしさ、
ブッチが吼えるってことはそいつになにか問題があるってことなんだぜ。
そんな奴からなにを言われようが知ったことじゃねえって。

あんたなにいってんのよ、とかみさん。
それは別問題でしょ。
ジャンキーだってホームレスだってなんだって、犬が人を噛んだらもうその場でアウトでしょ?
理由はどうあれ、喧嘩で先に手を出したほうがそれでアウトなのよ。
次に警察呼ばれたら本当に殺処分なのよ。
だから言ったじゃない、あの人には関わらないでって。あんたあんな人のために刑務所はいったりブッチが殺されたりしてもいいの?

とやはりその矛先が俺に向かい始めるわけで、

そもそもブッチがこんなになっちゃったのはあなたのせい。あなたのその馬鹿なところをそっくり真似しているだけで・・・

とかなんとか始まる前に、さっさとリビングに逃げ出す訳なのだが、いやはやである。

という訳で、こんなことになったとき、思わず目に浮かぶのはあの猛犬パーティの面々。

自身の愛犬を猛犬だ狂犬だ、と言われて、まるで人目を避けるように真夜中のドッグランに集まっては、
事情を知らずに入ってこようとする人がいるたびに、だめえぇぇぇぇ~入って来ないで~!と悲鳴を上げるような大騒ぎ。

自分が傷つけられるよりも、やはり、人を傷つけてしまう、その痛みのほうがずっとずっと胸に響く、後を引く。

自分の子供を犯罪者にしたくない。自分の愛犬を殺処分にされたくない。
その一心で、こうして日陰者のような生活を送り続けている猛犬の親たち。

そんな猛犬パーティの飼い主たちの気持ちが、やはりひしひしと伝わってくるのである。

ふと俺のおふくろのことを考えて見る。
中学の途中から、自宅にはさっぱり寄り付かなくなった俺。
電話で俺の名前を出されるたびに、すみません、ごめんなさい、と謝っていた、というお袋。

いやあ、おまえの家に電話したらいきなり謝られてさ、と笑われながら、
へん、親に苦労をかけるのも不良の勲章、などと冗談のねたにしていたのだが、
今になってその意味したものをひしひしと思い知らされる訳だ。

良いの悪いのは問題じゃないんだ、とあえて思う。

確かにお前の世界では、そういう仁義が存在するのだろうが、
引くに引けない、あるいは、譲るに譲れない事情があるのだろうが、

がしかし、本当に大切なことは、親を悲しませない、それに尽きる。

おい、頼むよ、もうお母さんを悲しませるな。

どこぞの駄目親父の吐くそんなせりふが、ついつい口出てしまう。

少年犯罪を食い止める最後の防波堤は、やはり母親の愛情なのである。

くそったれ、やっちまおうか、という時に、ふと悲しむ母の姿が目に浮かんで、

へたれ、といわれようが根性無し、と言われようが、そうやって一線を踏みとどまったやつらが、
実は、そう、人の道、という意味では正解だったのだ。

勘当されては世をさすらってを繰り返してきたこの無頼の果てに、
ついにはこんな海の向こうにまでたどり着いてしまった俺の人生。
たとえどんなやばい橋を渡ることになった時でも、
親の顔が目に浮かぶ、なんてことはさらさらなかったつもりだったのだが、

いまになって、親の気持ちが判る、とはつまりはこういうことなのだろう。

つまり俺も、すっかり歳をとった、ということなのか。

そしていま、そんな親の気持ちが判りかけてきたいま、
ブッチのやらかしたことが良いの悪いの、というつもりもない。

ただ、もしもなにかが起こってしまったとき、
その罪が誰にあったとしても、俺はブッチをかばう。
なにがあっても、どんな事情があったにしても、
俺はブッチをかばう。かばってかばってかばいつくして、
世の中の一切を敵に回したとしても、俺はブッチを守る。
そしてそれは、かみさんも同じ気持ちだろう。

つまり親の愛情とは、親の尊さとは、悲しさとは、そして親の罪とは、つまりはそういうものなのだ。

うちの親父はそんな時、警察に突き出せ、と言った。こんな極道者、さっさと警察に突き出してしまえ。

いやいや、それだけは、と泣きながらむしゃぶりついてくるお袋を跳ね除け、

くそったれが、ムショにでもなんでも入ってやらあ、ただここにだけは、この家にだけはなにがあっても帰ってこねえからそう思え、と啖呵を切った俺。

親の心子知らず、とはこのことなのか。

とそんなことを思っていたときに、ふらりとやってきたブッチ。

明らかに困りきった表情で、つぶらなアーモンド目をくりくりさせながら、ねえ、どうしたの?なにがあったの?と弱りきっている。

だから、お前がほら、あの犬を噛んじゃったから、それでみんな困りきってるんだよ。

でもね、とブッチ。
そう、お前が悪くないのは俺たちもよく判ってる。でもな、世の中ってそうそうとこっちの思い通りには転がらないってところがあってさ。

よっこらしょ、とソファに上がってきたブッチ。膝のうえに頭を乗せてごろんごろん。ねえ胸を撫でて撫でて、と甘えてくる。

そう、あの猛犬パーティの犬たちも家に帰ったらこんな感じなのだろう。

狂犬だ、猛犬だ、と悲鳴を上げて逃げ回られるあの猛犬たちが、家に帰ったとたんに飼い主の膝にまとまりついて離れないのだそうだ。

そう、どんな犬だってそうなのだ。どんな狂犬だって猛犬だって、そして例え、どんな極道だって犯罪者であったとしても、
やはり親にとっては、可愛い可愛い、目の中にいれても痛くないほどに、大切に大切に育てた子供であったりするのだ。

犯した罪は償いべきなのだろうが、罪を償わせることも親の責任、とは判っていながら、

そう、この少年法改定の叫ばれるこの時代、
安易に、死刑だ、極刑だ、とヒステリックに憎しみばかりを口にする前に、
そんな子供たちを持ってしまった親の気持ちも、そしてそんな極悪人たちの中にも、
母親というものが存在する、という事実を、
もう一度考え直して欲しい、とそんなことを考えたりもしていた夜であった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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