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世界最強の目覚ましの壊れた朝

Posted by 高見鈴虫 on 11.2015 犬の事情
朝、いきなりがばっと飛び起きたかみさんが、
ぎええええええっ!と叫び声を上げる。

ああああ、もう8時半だ、完全遅刻だあ!
なぬ?遅刻!? ありえねえ。

いきなり、ぶーくん!!と怒鳴るかみさん。

ぶーくん、なんで起こしてくれなかったのぉ?!






そう、我が家において、
例え何が起ころうとも、遅刻だけは絶対にありえない。
なぜならば、そう、この世界最強の目覚まし。

7時になったとたん、いやそのずっと前、
セットした目覚ましが鳴らぬうちからベッドに飛び乗ってきたブー君。
じぃぃぃぃっとかみさんの寝顔を覗き込みながら、すっかり臨戦態勢。
7時のベルが鳴ったと同時に、
そら行け、とばかりに息も詰まらんばかりの舐め舐め攻撃開始。

口から鼻から顎から瞼から、
耳から首から額から、とやたらめったら舐めまくりはじめる訳である。

ぐぐぐぐぐ、息ができない。
と、そんな様子を横から薄めを開けて見ていた俺、
しまった、悟られた、と思ったと同時に飛び込んできて、
またまた、
口から鼻から顎から瞼から、
耳から首から額から、とやたらめったらの舐め舐め攻撃。

この世界最強の目覚まし。
が、どういう訳か、今朝は故障中ということなのか。

ねえ、ブー君、
おい、ブー君、
と二人で声を上げるもその姿が見えない。

あれ、もしかしてもう玄関の前で待ってるのかな、
もしかして、キッチンでねずみでも捕まえたか、
あるいは、暖房が暑くてバスタブの中に避難してるのか、

がしかし、どこにも姿が見えない。

あれおかしいな、うちの目覚ましどこ行った?
と探してみれば、見つけたのはクレートの中・・

どうやらブー君はクレートの中で身を丸めている。

れれれ、ブー君どうしたか?

と言えども、うろんに首をもたげただけで、
また、どさり、とその頭を落としてしまう。

むむむ、具合悪いか?

と頭に手を当ててみても、どうも熱は無さそうだ。

ぶーくん、ほらおやつ、とかみさんがとっておきのチキン・フィレを翳してみても、
普段ならなにがあってもすっ飛んでくる筈が、あれ、見向きもしない・・

なんか、具合悪いみたいだな。
どうしたんだろう・・・

がしかし、早々と犬の心配ばかりもしていられないかみさん。
化粧もせずに髪も梳かさず、バッグを引っつかむと、じゃあブー君よろしくね、と走り出して行く。

という訳で、ブー君である。
普段ならこんな時間にはすでにセントラルパークでボール投げをしている筈。
おい、お散歩行かないのか?といくら声をかけてみても、まったくの無反応。

部屋着から既にお散歩ウエアに着替えてしまった俺。
リーシュとバッグを抱えて宙ぶらりんである。

まあ、そう、行きたくなったら言ってくるだろう、とそのままの格好で机に向かい、
そう言えば、と図書館で借りた技術書などを読んでいるうちに、
ふと気付けばもうお昼前。

さすがに俺も腹が減った、と冷蔵庫の中の残り物をチンして食べる訳だが、
普段なら、そんな俺の隣に狛犬よろしく待機して、
ねえ、それなに?ちょっと頂戴、と控えめながらも執拗なプッシュを繰り返す訳だが、
今日に限って、ブー君はいまだクレートの中。

おい、おまえ、このチキンの軟骨、大好物だろ?食べないか?
と、こちらから誘ってみても、ちょっと鼻先を向けるだけで、
不機嫌そうに寝返りをうってはそっぽを向いてしまう。

果たしてこれはますますおかしい。

本当であれば午後からまた図書館に行きたかったのだが、
まさか、飯も食わず、トイレもさせていない犬を家にひとりで置いていく訳にもいかない。
なによりまさかの時には、そのまま医者に駆け込む、なんてことも想定しておかなくてはいけないのだ。

という訳で、うーん、しかたがない、と今日は自宅待機、となる訳だが、
いやはや、家にいるとついつい他のことばかりに目が行ってしまって、
なかなか勉強に集中できない。

とかなんとかしているうちに二時過ぎ、
ふとみればブー君、ようやくクレートから起き出してきて、
ソファの上でごろんごろん、とお腹を出している。

どうした、よくなったか?と聞けば、え?なに?お散歩?

そうだよな、朝もトイレに行っていないし、とさっそく準備をしてお散歩出動。

まあなにはなくともこいつが元気になる、ということはいいことだ。

綱を引かれるままにリバーサイド・パーク。
入り口の石垣にまずは長い長いおしっこ。
念のため見てみれば、血が混ざったりなんとこもなく、
ただたんに、長い長いおしっこ。

で、そのまま雪の平原を斜めにつっきり、
おい、そんな急ぐな、滑って転びそうだ、と言っていれば、
その平原の真ん中でいきなり特大のうんち。

おお、出た出た、なんだ、下痢もしてないじゃないか。

で、そら、こっちだ、となにか確固たる自信を漲らせた歩調でぐいぐいと綱を引き、
79丁目の交差点を渡り、山を越え、トンネルをくぐって雪原を突破、
階段を下りて坂道を登って、とやっているうちに、
辿り付いたのは、なんと、テニスコート。

テニスコート?おまえ、テニスコートで何やるつもりだ?

目の前に広がるテニスコート。

がしかしながら、いや、当然のことながら、
そこはまさに、雪の原、というよりは巨大な雪のプール。あるいは湖。

おい行くぞ、と勝手にバッグフェンスに開いた穴からするり、と中に入り込むも、
あれ、あれ、あれ、と足が滑って身動き取れない。

あれ、おかしいな、と首を傾げるブッチ。

でも、まあ、いい、さあボール投げろ、と催促するのだが、
いざボールを投げてみれば、あれ、あれ、あれ、とつるつると滑っては足を取られて前にも進めない。

くそ、と苛立ちの募る表情で、いまいましげに先に転がるボールを見つめ、

うーん、と考えた末に、まあ、いい、とそのまま諦めて帰ってきてしまう。

お前、ばか、ボールもってこいよ、あのボール。

いや、もういい。あれはいらない。

いらないじゃなくて、あれ無かったら困るだろうが。

いや、でもいい。こんな足が滑っちゃ取りにも行けないし。

取りにいけないってボール投げろって言ったのはお前じゃないか。

だからもういいって。さあ帰ろう、くっそ、ここならボールできるかと思ったんだがなあ。

がしかし、お気に入りボールをこんなところに置いていく訳にもいかず、
が、ブー君の通りぬけた穴、どうも俺には小さすぎて。

という訳で、いまや広大な雪の湖と化したテニスコート。
当然のことながら入り口の鍵は幾重にもチェーンが巻かれ、
外側のフェンスに沿って、積もった雪のなかをざくざくと一周するも、
やはり人の入れるような隙間は見当たらない。

なんだよ、おい、どうするんだよあのボール。

いいよあんな、とブー君。
おい、いい加減に帰らないか?と迷惑顔である。

あのなあ、元はと言えば、お前があのボールを、といくら文句を言っても知らぬ顔。

お前って奴は、本当に・・・

と一大決心をしてフェンスをよじ登ろうとするが、
スノーブーツのつま先があまりにでかすぎてフェンスの網の中に入らない。
くそ、こうなれば、と脱いだスノーブーツ。
これをブー君のさっき入った穴から中に押し入れて、
凍える靴下のままでよいしょよいしょとフェンスをよじ登っては、
いやあ、冬の間に完全に身体が鈍ってるなあ、と、
うめき声を上げながら乗り越えて、
うっしゃ、と飛び降りてようやく進入成功のテニスコート。

当然のことながら足跡ひとつないその広大な雪のプール。

一足踏み出すごとにざくざくと膝の上にまで雪が届き、
ちょっとこれはやはりまともに歩けたものではない。

あのなあ、と振り返るブー君はフェンスの向こうですまし顔。

だから、はやく、あのボール取って来い、と言った途端、

うっしゃあ、と弾かれたように参上したブー君。

その雪の原を、いきなりのロケット噴射。

うひょひょひょひょ、と身体中を躍らせながら走る走る走る。
つるつるつるつる~、ひゃ~、滑る滑る~、とひとりで大はしゃぎ。

おい、だから、そのボール、と指差すも、

いきなり立ち止まって、ん?なに?と首を傾けるや、
再び、うひょひょひょひょひょ~、とまるでピンボール。

あのなあ、とつくづく困り果てたテニスコートの真ん中。

だから早くあのボール取ってくれよ、とよもや泣き声である。

という訳で、ようやくボールをゲットするが、果たしてまたあのフェンスを乗り越えるのか、
と思うと途方に暮れてしまい、ああ、そう言えば、裏口のドアがあったはず、とそっちに回り込んでみれば、
おお、やった、鍵が内側にあるだけだ、と思ったのが甘かった。

そう、深く雪に埋まったドア。例え鍵など有っても無くても積もった雪の間でうんともすんとも微動だにしない。

やれやれ、という訳で、再びフェンスを乗り越えようとすれば、
むむむ、このフェンス、内側には暴風用のネットが張ってあるではないか。

もしかして俺、閉じ込められたってこと?

まったくいやはや。
思わず、川沿いの遊歩道を行過ぎるランナーにでも助けを求めようと思ったのだが、
そうだ、こんな雪の中、誰が好き好んでマラソンなどしているものか。

ってことはつまり、孤立無援、とい奴?

という訳で えーい、しかたがない。
これでもかつては、その身軽さから、猿、と異名を取った俺である。

エベレストを登る人々のことを思えばこんなものは屁でもない、とばかりに一念奮起。
靴もバッグも手袋もダウンジャケットも、えいやあ、とフェンスの向こうに放り投げては、
猿、というよりはまるでイグアナのようにフェンスにしがみ付いてよじ登る。

という訳で、ようやく脱出成功、と思ってみれば、
おいおい、さっき放り投げた手袋がひとつ見当たらない。

おい、ぶー、手袋探せ、と言ってる俺を、
へへーん、と馬鹿にするようにいまだにテニスコートの中を走り回ってばかりいる犬。

お前って奴は本当に頼りがいの無いやつだな。

さすがの俺のぶち切れて、無くした手袋も犬も置いたままさっさと帰り始める雪の原。

相当しばらくして追いついてきたブッチ。なんとその口には無くした筈の手袋を咥えている。

ねえねえ、どうしたの?なに怒ってるの?と人の顔色を伺いながら、

なんだよお前、もう知らねえよ、とやれば、
だったらこの手袋返さないよ~、とばかりに、へへーん、と雪の中をロケット噴射のぐるぐる回り。

で、ところで、お前の朝のあの具合の悪いって言ってたのは、何だったわけ?

え?なにが?と犬。

なに言ってるかさっぱり判らねえ、とすましたもんである。

ああ、腹減った、早く帰ろう、とせかされるのだが、
だから、足が滑って歩けねえんだよ、と言い返す。

なんだよ、だらしがねえな、と犬。
だったらほら、俺みたいに四足で歩けよ。ほら、こうやってこうやって。なんでできないんだよ、まったく人間って奴は・・・

という訳で雪の帰り道。

もう今日と言う今日は、俺はもうお前のことなどまったく知らない。赤の他人。もう好きにして、と完全に無視。

へん、このドン亀やろう。さっさと歩きやがれ、と遥か前方から忌々しげに振り返る犬。

で、結局、朝のあれはなんだったんだよ。
けっ、知ったことか、と、
すっかりいつもの調子に戻っていたわけである。

めでたしめでたし

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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