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ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのに

Posted by 高見鈴虫 on 10.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記

今更ながら、ガキの頃、なぜあれほど肉が喰いたかったのか、
それにも関わらずなぜあれほどまでに肉が食べれなかったのか、
という理由が見当たらない。




確かに野菜に比べて肉は高価であったのだろうが、
単に経済的な理由から肉があまり食べれなかったのだろうか、
というとそうとも限らない気がする。

その理由はと言えば、
食事のスポンサーである親父もお袋も、
それほど肉が好きではなかった、ということなのだろう。

と言うか、俺の親達の世代の人々。
育ち盛りのところにばっちり戦中戦後が重なっているため、
その食糧難の記憶等もあったのだが、
そんな訳で肉そのものを食べる習慣があまりなかった、
あるいは喰い慣れて無かったのではなかろうか。

文献によれば、日本人はそれほど肉を食べる民族ではなかった、と聞く。

江戸時代までは、肉を食べる習慣そのものがほとんんど無かったらしい。

鶏肉などはまさに珍味で、
西郷隆盛から鹿児島の黒豚を食わされた勝海舟が、
野獣臭くて食べれたものではない、と吐き出した、
とどこかの本で読んだ記憶がある。

まあ確かにその頃の日本人の平均身長が150CM足らずだった、ということを考えれば、
現代は勿論かなり食生活も改善だれたのであろうが、
肉食をしない民族は世界中にまだまだ沢山いる訳で、
それでもみんな元気にやっているということは、
肉そのものが栄養源としてそれほど必要か、
というとそうでも無さそうな気がするのである。

がしかし、一度、肉を食してしまったものは、
まさにその肉の魅力に取り付かれてしまう。

肉こそが食卓の花である。
肉こそが宝であり、肉こそが食事の目的になったりもする。

そんな肉料理のまさに最高峰と言えばそれは言わずと知れた「ビフテキ」であった。

が、俺はビフテキを食べたことがなかった。

お出かけで行った高島屋のお子様ランチレストランでも、
ビフテキというメニューを探してみたのだが、やはりそれは見つからなかった。
ビフテキが、ビーフのステーキである、ということさえ知らなかった俺だ。

ただただ、ビフテキ食いてええ、と呪文のようにして唱えていただけだ。

と言う訳で、俺が最初に、「ビフテキ」を食べたのは、まさに渋谷のフォルクスである。

1500円でステーキが食べれる!

ステーキと聞いただけでもう居てもたっても居られなくなった。
つまりそれは、豚肉しょうが焼きやらポークソテーなんてものとは違う訳か?

とりあえず何回かの飯をがまんし、あるいは一日カップラーメンひとつ。
昼は麺だけ食べ、夜は残り汁に冷や飯を入れる。
タバコはシケモク。電車はキセル。
挙句に、顔見知りを見つければ、
おい、お前2ヶ月前の俺の誕生日プレゼント忘れたろ、いまでもいいからなんかくれや。
なにもないなら金貸せ、とやったわけで、それでなんとか、
彼女への分もふくめて3000円のステーキ代を捻出した訳だ。

という訳で、あの時、フォルクスはまさに天国であった。

オーストラリアからの輸入肉であった訳だが、そんな肉の良し悪しなど判る訳もない。
そしてなによりもうれしかったのはライスとサラダ食べ放題。

これはこれは、と思わず。なんという大判振る舞いだろうか。その心意気に痺れた訳だ。

そして目の前には鉄板にのった巨大なビーフ・ステーキである。

これがビフテキという奴か・・・漫画で見たものよりかなり薄いが、まあこれが現実というものだろう。

それはまさに、牛肉であった。まさに恐れ多いばかりである。
こんなに肉を食べて、まさか神様が腹を立てたりしないか、とちょっと不安にもなったものだ。

と言う訳でこのありがたいありがたいステーキ様。
まさに幅一センチ未満にまで細く細く切り刻み、そしてご飯二口に肉一切れ、のサイクルでも十分に十分過ぎるほどで、
かみ締めるほどにそのありがたさにまさに涙が滲むよう。
くそったれ、1500円も払ったんだ。吐くまで食うぞ、と心に誓った夜であった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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