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ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのさん

Posted by 高見鈴虫 on 11.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
青春期、つまりは高校の途中から二十代の半ばにかけて、俺は徹底的に飯が食えなかった。

なぜかと言えば、俺がROCKERであったからだ。






ROCKERは飯が食えなかった。理由はと言えばろくに仕事をしなかったからである。

なぜろくに仕事をしなかったかと言えば、ROCKERはまともな仕事をしてはいけなかったからである。

なぜなら、ROCKERであった俺たちにとって、定職とはまさしく敵であった。

ROCKで食えるようになるまで、死んでもろくな仕事には就くものか、と心に決めていた。

潰しに頼るな。潰しなど作るな。

自ら出口を塞ぐことによって自らを追い込み、ROCK以外には生きる術を覚えないこと、

そしてROCKで生きていけなくなったとき、その時はその時。落ちるところまで落ちるだけだ。

がそうやって気張ってみたところで、どう転んでもROCKで食える筈など無く、
結果当然のことながら俺達は徹底的にどうしようも無く食えない奴らであり、
現実問題として落ちるところまで落ちるしか生きようがなかった。

ぶっちゃけROCKで食おうとする上での最良の方法は、良い女を見つけることである。
俗に言う「女に食わせて貰う」ということ。
という訳で食えないROCKERにとってそんな女を捕まえることは死活問題。
それなりに見栄えの良い奴らは次から次へと女達を食いつぶしては乗り換えながら、
割りとよろしくやっているように見えてしかし内情は針のむしろ。
そのうち女に刺されるか、あるいはどこぞの大旦那にひっつかまってドラム缶に詰められて沈められるだろう、
とそのぐらいのことは余裕でやっている連中だった。

がしかし、ほとんどの奴らはそんな器量も器用さも持ち合わせてはいない。

女とちゃらちゃらしている暇さえもねえ、と嘯く連中のこと。

飯を食う暇などあったらギターを弾いている。
ドカタのバイトはドラムのためのトレーニング。
ビルの窓拭き中は誰に気兼ねもせずに思い切り声が出せる。

そしてそんな食えない奴らは四六時中音楽を聴いている訳だ。
そんな俺達にまともな仕事など出来るわけもなく、
そしてそもそも俺達はまともな仕事などする気がさらさら無いと来ている。

勝手に野垂れ死ねばいいわ、と女どもに愛想を着かされては、
上等だぜ、そうさせて貰わあ、と啖呵を切るのもバンドマン冥利。

そんな俺達はまさに日本で一番どうしようもなく食えない連中であり、
そんな俺達にとって、食えないこと、
つまり最早どうしようもないぐらいに生活がどん詰まっていることはまさに勲章でも会ったわけだ。

くそ、飯食ってねえよ、が挨拶だった。

俺は二日。俺は三日。俺なんか四日。
そこまで来るとほぼ断食修行にもなるのだが、
もちろん俺達は断食が目的で飯を食っていないわけではない。
飯を食いたいのは山々なのだがさまざまな事情でそれが許されないのである。
がしかし、いかにROCKERと言ってもさすがに四日もなにも食わないとROCKERどころか人間であり続けることさえも危うくなる。

パン屋でパンの耳を貰う、というのは常套手段。
日がな一日近所の大学の学食をうろうろしては、
めぼしい奴、それもほとんどは女の子、に声をかけては、
泣いて脅して煽てて持ち上げて、なんとか一杯210円の素カレーを奢ってもらう、というのが第二の手段。
袋に詰めたパンの耳をフライパンで炒めてカビを落としてはありがたくいただいた。
強者になってくると、ファミレスのテーブルに陣取って、
食い残した客が席を立ってウエイトレスが皿を片付けに来るまでの瞬間を突いてその食べ残しをかっさらう、やら、
バイト先の仕出し弁当をケースごとかっぱらって逃げた、やら、
コンビ二の裏に忍び込んで期限切れの弁当を掻っ攫って来る、なんてのもいて、
そういう奴らとつるんでいるとちょくちょくうまい出物にありつけた。
あまりの空腹に新聞紙を煮詰めて食った奴は予想通りちょっと頭がおかしくなっていたらしく、
じきに故郷から親が迎えに来た。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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