Loading…

ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのろく

Posted by 高見鈴虫 on 17.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
がしかし、そんな俺たちがなにもキャベツが好きで好きで溜まらずにキャベツばかりをかじっていたわけではまったくない。

俺達がまさに夢に見るほどに切望していたのは、まさに肉。
キャベツの山の中に、たった一切れでも良い、その肉の欠片であった。

そんなまさに東京という街の底辺をうろいていた俺達にとって、もっとも身近な肉と言えばまさに吉野家。

つまりは牛丼であった。







がしかし、そんな牛丼にしても食べられるのはまさに週に一回。
それも相当に度胸のいる大出費だった訳で、
隣りに座るサラリーマンが生卵なんてものをぶっかけているのをみて、思わず生唾ごっくり。
ああカタギはいいなあ、金持ちは違うなあ。
俺もこんなヤクザな暮らしはさっさとやめて早く牛丼に生卵をぶっかけられるぐらいの身分になりたいものだ、
とは常々思ってはいた。

が、しかし、海苔とおしんこだけで冷や飯三杯、なんて生活をしていた俺たちにとって、
吉野家の牛丼のその神をも恐れぬその豪華な過ぎる盛り付け。
まさに贅沢、まさに浪費、まさに快楽至上のもっともたるもので、
その分厚い肉の層を見るたびに、これ、やりすぎだろ、と罰の悪い思いをしていたものだ。

普通ならこの肉一片で飯一杯は行けるはずだが。
できるなら残りを持ち帰りたい、と思いながらついつい、というよりも気がついたらすっかりなくなっていて、
あああ、俺はなんて罪深い奴なんだ、と自分自身を呪う。

と言う訳で、吉野家の牛丼大盛りが神に挑む大贅沢であった頃、
手に届くところにありながら決して口には入れない生卵を睨みながら、
紅生姜ばかりでまっかになったどんぶり。
その飯粒の最後の一粒まで残すことさえも憚られて、
それが礼儀ではなく欲求によるものと気づいた時、つまりは牛丼を食べるたびに、あああ、カタギの仕事、探そうかな思っていたわけで、
俺がバンドを辞めたのはまさに、牛丼、つまりは肉の魅力に勝てなかったから、なのかもしれない。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム