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氷点下25度、瞬間風速20メートルの中での犬の散歩

Posted by 高見鈴虫 on 15.2015 犬の事情
朝起きて、妙な静けさ。
窓際では、まるで波の音を思わせる、
風のざわついた気配が響き続けている。
おい、散歩行くぞ、と声をかけても、
あ?うん、そうだね、と気乗りしない犬。
ふとIPHONEのお天気アイコンを叩けば、
おっと、5度。シングル・ディジットという奴。
で、問題の体感気温を見れば、
なんとマイナス15度。
これはもちろん華氏であって、
えっ?これもしかしたら摂氏で言ったら・・
マイナス25度・・・
そして、瞬間風速が20メートル。


テレビを着ければローカルニュース局のNY1、
外に出るな、と繰り返している。
がしかし、犬を飼うもの、
例えそれがどんな天候であっても、
散歩に出ておしっことうんち、をして貰わない訳にはいかないのである。

果たして俺はマイナス25度の世界がどんなものであるのか知らない。
たとえ北海道だってアラスカだって、早々とそんな天気はざらにはないだろう。
がしかし、ロシアにおいては小学生がマイナス25度の中で寒中水泳をするのだそうだ。
そう、小学生に負けている訳にはいかない。

ブートキャンプ仕様のダウンジャケットを着せられている時点から、
むむむ、これはなにかあるな、と怪訝な表情の犬殿。

大丈夫、と俺。
とりあえず、ちゃちゃっとアパートの前でおしっこだけでもしてもらって、
そしてすぐに逃げ帰ればよいか、という目論見であったのだが、
これが甘かった。

ダウンジャケットを二枚重ね、フードを被ってまさにエスキモー仕様の俺。
そんな俺たちの姿をみて、ああ、やれやれ、と顔をしかめるドアマンのアンドレ。

いや、あの、まあ事情はあるんだろうが・・今日は外に出ないほうが・・
そう、判っている、そんなことは俺にだって判っている。
判っているのだが、それが犬を飼うものの試練、宿命なのだ。

という訳で、さあ出撃、とドアを開けようとするのだが、これが開かない。
ぬ?なんで?締め切り?
と思えば、風圧で開かないドア。
これをアンドレの助けを借りてよいしょ、と押し開ければ、

一歩踏み出した途端に、ぐおおおおおお、と吹きすさぶ風。
そのすさまじさにフードが千切れて飛んで行きそうである。

さすがに怖気づいた犬。
おいおい、こんな中に俺を連れ出すつもりか?
といきなり抗議の表情。

だから、と俺。
おしっこだけでもささっと済ませて。

がしかし、犬も然るものである。
ひとたびそんな風の中に走り出てみれば、
うひょひょひょ、と思わず身震い。
そして、やにわに、さあああ、行くか、と勢いづいている。

そんな犬の様子を見て、うん大丈夫そうだな、とは思えど、
目も開けてられない突風の中、
いきなり頭に被ったフードがふっとばされるのだが、
それを直すこともできない。

ぬおおおおおおと叫ぶ。
叫ばずにはいられない。
身体中にぶち当たるこの氷の壁。
息もつけずに、ただただ、ぬおおおおおおおっ!
まさに怒号を上げる以外になにができようか。

やばいこれはまじで、生物が命を保てる限度を遥かに超えている。
おい、あの信号まで行ってから引き返すぞ。
だから早くおしっこしちまってくれ、
と言えども、え?なんで?と首を傾げる犬。
こんなときこそ公園に行かねば、とはやり切っている。

そんな俺たちの頭上では、風に踊る信号機が、そして看板が、
キーコキーコと不気味な軋みを上げ続け、
それがいつ吹っ飛んでくるか、そうなればまさしく空飛ぶ十字剣、
さしもの俺も、この雪に氷ついた舗道の上では、
得意の後ろ回し蹴りもおぼつかない。

がそんな俺の心配も尻目に、
風の中に鼻先をつっこんでは、うひょひょひょ、と身体を躍らせる犬。
まさに、はしゃぎまくっている訳で、
そんなこんなで引っ張り出された公園。
いまや一面に凍り付いては氷色に輝く大雪原に、
残雪が渦を巻き、そして折れた枯枝が次々にすっ飛んでいく訳だ。

さああ、来たぞ、と犬。
さあ、綱を離せ、ボール投げろ、と来るのだが、
おい、お前、とボールなど投げる前から風に押されて倒れそうである。

とりあえずあの丘の向こうに行けば、もう少しは風が防げる筈、
なのだが、ぬぬぬぬ、なんか頭痛いぞ。

なんとなく、頭蓋骨が寒さのために縮小を始めて、
その継ぎ目がギチギチと軋みを上げ始めたようだ。
もしかしてこれって、氷アイス食いすぎたときにおこるあのブレインフリーズ。
あのくぅぅぅぅってな頭痛が、いままさに脳みそ全体に起ころうとしているのか。

慌ててフードを被りなおす。
がそれもすぐに風に煽られてはボタンがはじけてしまう。
ああ、こんな時こそスピーワック。
あのN3Bを着てくるべきであった、と思っても後の祭り。

とそんな中、雪煙にかすむ雪原の中に走り出た犬。
風に飛ばされるように踊るように、
耳を倒し鼻先をこれでもかと突き出しては、
うひょひょひょ~、と走り回っているその姿。
まるで嵐の波間を行くオットセイそのもの。

馬鹿お前、こんな寒さで遊びまわってたら死んでしまうぞ。
そういう俺の手、手袋の中であるにも関わらず既に感覚を失ってしびれ始めている。

おい、早くおしっことうんちしちゃってくれ、まじ死んでしまうぞ、

とそんな時、いきなり視界を横切る雪の塊り。

なんだなんだ、と思えばそれはまるでぬいぐるみのようなラブラドゥードゥル。

参上参上!とはしゃぎまわってはグルグル廻り。

突如の新手の参入に、うひょひょひょ、と弾けて一緒に走り出す我が駄犬。

そんな丘の向こうから、まさに遭難者そのものの姿で、
おーい、戻ってこーい、と必死の叫びを続ける飼い主らしき人。

そんな飼い主たちの断末魔も知ったことかと、さあボール投げろ、よし来い、さあ来い、
と弾けまくっている犬。

マイナス25度の中でこの元気。
いったい全体、この犬どもの身体、どうなってやがるんだ、とつくづく首を傾げながら、
足を止めたとたんにぞぞぞぞぞっと体温が奪われているため、
否応なしに歩き続けるを得ない飼い主たち。
そのまわりを跳ね回りながら、さあ、こっちだ、こっちに行くぞ、と、
果てしない雪の原野のその奥に誘い込もうとするこの悪魔の使途。

問題はこの風。絶え間なく吹きすさぶ風。
雪の中で足を滑らせた途端、いきなり吹き付けてきた横風をまともに食らって倒れこみそうである。
やばい、こんなところで倒れてしまっては、これはまじで遭難目前。

おーい、こっちへこい、ここは大丈夫だ、と大樹の陰に身を寄せているラブラドゥードゥルの飼い主。
と途端、いきなりその身体が、まるで民衆の力で引き倒される悪の独裁者の彫像のように、
ゆっくりと揺らいで、そして雪の中にどさり。

おい、大丈夫か、とようやく駆け寄ってきた俺に、むむむむ、立てない、と既に身体中が雪まみれ。

さあ、手を貸せ、俺につかまれ、とやっている傍から、ねえ、なにやってんの?と様子伺いの犬たち。

だからもう帰るぞ、いい加減にしろ、と怒鳴りつけるも、へへーん、怒るんなら言う事きかな~い、
とばかりに再び暴風の彼方に飛び去っていく。

お前の犬、いくつ?と聞かれ、ああ、6歳、と答えれば、
ああ、とその飼い主。俺のは、12歳だ。
12歳?12ヶ月じゃなくて?
ああ、12歳。12歳でこの様だ。
まったくやれやれと言った感じ。

でも、12歳でこの元気か。いやあ、凄いな。
ああ、そう、凄いだろ?と思わず凍えた顔を見合わせて、にまーっと笑い。

なにはともあれ、
犬が元気でいてくれることに越したことはない。
たとえこんなシベリアの雪嵐のような中にあっても、だ。

という訳で、いい加減に遊び飽きた犬。
さあ、帰るぞ、飯だ飯だ、と勝手に出口への道を歩き始める。
おい、だから待てってば、と名前を呼びながら、
そんな声も風に飛ばされて雪の丘の彼方。

ああ神様、お願いだから、ここでまた他の犬が参上、なんてことにならないように、
とお願いしようとした矢先に、おおおおお、チェスやんけえ、と飛び込んできた黒い塊。

その後ろから、助けて~、と飼い主のエレン。
助けて~、まじめに、まじめに言ってるのよ。
お願い助けて、歩けないの~。
息が、息ができない・・・・

だから、外に出るなって、あれだけNY1が言ってたじゃないか。

とそうこうするうちに、見渡させばマイナス25度、瞬間風速20Mの雪の野原は、
弾け切った犬たちの独断場と化していた訳である。

犬の散歩遭難で、死人など出ないことを望むばかりだ。






プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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