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おじさん怖かったの~小話集 そのじゅうきゅう 「とりの間」

Posted by 高見鈴虫 on 19.2015 大人の語る怖い話
高校一年の冬休み、飛騨高山の旅館で住み込みのバイトをしたことがある。

まさに人里離れた飛騨山渓の山間にある鄙びた旅館で、戦前からある老舗ということだったのだが、
いやはや、あのバイトの間、本当にいろいろなことがあった、と今にしても苦笑い。

でまあその中のひとつ。

夜中になって従業員宿舎にフロントから電話を貰って、
急の客が来たんですぐに来てくれ、という。

で出かけてみれば、相変わらずのこの糞寒さ。
飛騨高山というところ、まさに寒いのなんの、
風呂の後に濡れたタオルがすぐに凍りついて、
丸めた雪で野球ができるようなところだったのだが、
その旅館の玄関に、まるで信じられないぐらいに薄着のお二人。


なんか昔のバスガイドというか、皇室の園遊会とかに出るような、
タキシードと、レースのついた帽子を被った若いカップルが、
寝静まった薄明かりの玄関にぽつーんと立っていて、
新婚旅行どころかまるで葬式の後のようにむっつりと黙りこんでじっと足元を睨んでいる。

で、なんか妙に切羽詰まった感じの若奥様が、

この荷物をとりの間に、と言う。

とりの間?とりの間なんて聞いたことない、というと、
旧館の二階の北楝の、と場所の説明を受けて、

で、部屋の前に荷物を置くだけで良い、という。

普段は、部屋に入って電気を点けて、
窓を開けて空気を入れ替えて、
夜であれば布団を敷いて、となるわけなのだが、

部屋の前に荷物を置くだけ。
置いたらすぐに下の詰め所に戻ってこい、と。

なんかその妙なてんぱり方が気になってはいたのだが、
そう言えば今日は満室の筈。

なんかおかしいことずくめだ、とは思いながら、
でそのふたつのスーツケースがやけに重い。
まさに、札束、と言わなくても、死体でも入ってるじゃないか、
というぐらいにとてつもなく重い。

老舗の旅館、旧館にはエレベーターなんてものはなくて、
その2つの特重のスーツケースをえっちらおっちらと二階まで運んで、

で、えーっと、とりの間、とりの間、と探してみたがみつからない。

部屋の名前はすでにたいてい覚えていたのだが、
とりの間、なんてのだけは聞いたことがなかった訳で、
で、果ては、とまだ入ったことのない部屋ってのを探したら、
まるで物置かなにかかと思っていたドア、それがまさしくそのとりの間であるらしい。

で、まさか、客がドア開けたら掃除用具置き場だった、
なんてことにならないように、一応念のため、とドアのノブを回してみたら、
なんとそのドアががちゃっと開いた。

あ、やっぱり部屋みたいだな、と。

で、まあドアを開けたんだから、電気ぐらいは点けておこう、と、部屋に入ったとたん、

むむむむ~!と。

これはこれは、といきなり背筋にじわっと汗かいちゃうぐらいに、なんかあるぞ、とは思った。

がしかし、そう男の子である。

これぐらいのことでビビってなるものか、と。

で、ちーっす、と暗い部屋に入って、でスイッチを探して見るが見当たらない。

あれえ、おかしいな、といろいろと探してみて、したらなんと電灯が裸電球式。
で、その電球の脇にあるスイッチをちょっとひねると、なんとぱかーっと電気がついた。

おおラッキー、と思ったのだが、電気がついてもなおも薄気味の悪い部屋。

さすがにこれはいくらなんでも布団を敷くどころじゃない、と、
いちおう荷物だけはよいしょよいしょと部屋に入れて、

で、俺の仕事はここまで、と帰って来たのだが、正直階段を降りても鳥肌が消えなっか。

で、下の階の詰め所に戻ったら、大旦那から女将さんから若旦那から、とみんなが勢揃い。

みなひそひそと耳を寄せているのだが、そのテンパった様子がどうも尋常ではない様子。

で、終わりました~、帰りま~す、と従業員宿舎に戻ったところ、

そのバイト先で唯一俺を可愛がってくれていた若い板前のカツさんから、

おまえ、こんな時間にどこにいってた?と聞かれて、

いや、あの急な客が来たんで、って言われて、と答えれば、

今日は満室の筈だろう、と、さすがに大人っぽいことを言う。

で、いやあ、若いカップルがすごい寒そうな格好をしてて、荷物が無茶苦茶重くて、
と話ながら、

で、おまえ、その荷物どこに持っていった?と聞く。

え、あの、とりの間ってところに、と言った途端に、カツさんの血相が変わった。

おまえ、その部屋入ったか?

え、まあ。

その部屋、ドアに名前ついてなかったろ?

そう、それで、いちおう部屋なのかどうかみとこうとおもって。

で、入ったのか?

うん、まあ。

電気のスイッチなかったろ?

そう、それが見つからなくて、えらい困ったけど、裸電球で。

とそれを聞いた途端、いきなり立ち上がったカツさん、見れば偉い剣幕で顔が真っ赤か。
唇がわなわな震えていて、うへえ、やべえ、怒らせちゃったぞ、と俺もぶっとびまくり。

おめえ、ちょっとついてこい、と手を引かれて、
で、いや、あの、なんでもないって、怒らないで、と言いながら旅館に戻って詰め所に駆け込んだとたん、

よりによってこんな子供をとりの間なんてところにやって、いったいどんな了見じゃ~、と怒鳴りまくっている。

いや、だから、と若奥様。

部屋の前に荷物を置くだけでいいって。

本当か?と聞かれて、はい、そう聞きました、と俺。

ならなんで部屋に入った、と聞かれて、いや、だって部屋の名前の表札ないし、間違えたら大変と思って。

ええええ、なんで~、と泣き声をあげる若奥様。

あんた~、なんてことしてくれたの~、と頭を抱えている。

としたところ、大旦那と若旦那がいやあ、終わった終わった、と帰ってきて、
で、なんだよカツさん、こんな時間に、とやれば、

こいつが、と俺の頭を小突いて、こいつがとりの間に入った、と。

ああ、部屋の電気が点いてたからな、と大旦那。

とりあえずお茶くれ、とか、いや、ビール、いや酒のほうがいいな、と。

で、改めて俺を見て、バカだな、おまえ、と。

あれほど荷物置くだけでいいって言ったのに、と若奥様。

俺はなにがなんだか判らず、とりあえず酒ってことでグラスを用意したり、冷蔵庫からなんかつまみ出してこい、
とかやっていたのだが、

まあ大丈夫そうだ、ってことで、なにが?と聞けば、

ああ、しんじゅ~、と言う。

しんじゅ~?

しんじゅ~って?と聞き直せば、

いいんだよ、ガキがそんなこと知らなくても、とは言われながら、

そう、深夜になって予約もなしにやってきた若い二人連れ、となればもうこれは心中だろう、ってのが日本の旅館の常識であるらしい。

でもほら、あの、ちょめちょめとか、と俺が聞けば、

おまえなあ、街に行けばあれだけピンクのネオンがチーカチカなのにわざわざこんなところにまで来てちょめちょめやる必要ないだろうが、と。

高いんだよ、うち。これでも一応老舗だしさ。

で、心中?まさか。

まあな、連れ込みホテルで死にたくはないわな、とカツさん。

で、布団運んだりとか、夜食のおにぎりだけでもとかを用意しながら、それとなく様子を見たところ、

やっぱり?と大奥様。

まあ、でも大丈夫そうだな、と大旦那。握り飯も食っていたしな。

まあ確かに、死んだ後に腹の中から握り飯ってのは頂けないわな、とカツさん。

そんなものかな、と俺。

そんなものだよ、と一同。

で、と俺。なんでとりの間、と言ったとたんに凍りつく一同。

いや、あの、とカツさん。

おまえはそんなこと知らなくていいんだよ、と頭をこづかれて、

まあ大丈夫だ、と大旦那。

もうこれだけ日が経ったんだしな。厄も払われたってことだろう、と。

いやでも、こういうの久しぶりねえ、と妙にはしゃいだ感じの大奥様。

あんな若い人が旅館で心中なんてねえ、リバイバルかしら。

だから心中じゃないって、と若旦那。

道に迷って泊まるところなくてと言ってたし。

まさかあ、と一同。

どこで道迷ってこんなところまで来るものか。

まあいい、と大旦那。コップの冷酒をきゅーっと一気に飲んで、

さあ、おまえも飲め、と俺に差し出す。

いや、この子は高校生、と若奥様が止めて、なら卵酒でも作ってやれ、と。

こんな夜中に呼び出して悪かったな、とポケットから無造作に出したお金、五千円札をほら、と差し出す。

え、あの、と戸惑っていると、貰っておけ、とカツさん。

で出来上がった卵酒。鍋に蓋をしたまま、宿舎でゆっくり飲めと言われて今日はお開き。

という訳で、宿舎に帰った後に、卵酒をすすりながらカツさんに聞いたところ、

やはり思ったとおり開かずの間。

ずっとずっと昔にあの部屋に長逗留していたおばあさんが亡くなって、
で、それ以来、あの部屋に泊まった客から、出た出た、とクレームの山。

で試しに大旦那が泊まってみたところ。

出たの?

いや、出たとは聞いていない、とカツさん。

あの大旦那のことだ、なにがあってもなにも言わないだろ。

が、それから坊主から神主から山伏からといろいろ呼ぶことになったらしいのだが、
結局あの部屋はそのまま開かずの間。

まあどこのホテルに行ってもそういうのはあるんだよ、って話。

ただ客商売だからな、おおっぴらにはできねえし、坊主も神主も変装させて裏口から入れたって話だ。

という訳で、聞いたところでは、
いかにも心中しそうなカップルってのが来るたびに、あの開かずの間であるとりの間に泊めるのだそうだ。

なんで?呼ばれちゃったらどうするわけ、と聞けば、

いやあ、心中しようとしたら先客が出てきて、うらめしや~、とやられた日には、
あまりの恐さに死ぬどころじゃなくなっちまうだろう、と。

そんなものかな、と俺。

そんなものだよ、とカツさん。人間誰でも、死ぬときぐらいは綺麗に死にてえものさ。

という訳でまあそれだけの話なのだが、そっか世の中にはやっぱそういうのあるんだな、という経験はできた。

で、その若い二人連れ。

翌朝、夜が開けたと同時にチェックアウト。朝飯も食わずにさっさと退散したらしい。

今でもあの糞重いスーツケースの中身はいったいなんだったんだろう、と思うことがある。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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