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おじさん怖かったの~小話集 そのにじゅう 「真昼のルーフトップ・ガーデンでだるまさんが転んだ」

Posted by 高見鈴虫 on 19.2015 大人の語る怖い話
ニューヨークに来たばかりだったころ、ミッドタウンの雑居ビルの一室に住んでいた。

そのビルには屋上がちょっとした公園になっていて、緑の生け垣と共に椅子やテーブル、
BBQ用のキッチンとミーティング用のテラス。

入居者のほんとどが商業用、週末ともなると誰もいなくなってまさにルーフトップ・ガーデンを貸し切り気分。

そんな中、俺達はこの屋上の公園でローラーブレイドの練習をしたり、
あるいは、友達が来るたびにパーティ。
マンハッタンの夜景の渓谷に囲まれながらビールを飲んだりハッパを吸ったり。

で、とある友人からドラムセットを借り受けた際、
見ているとむらむらとドラムが叩きたくなって、がしかし、さすがに部屋の中で叩くのは気が引けて、
という訳で、その屋上にドラムを持ちだしたらどうだろう、と思いついた訳だ。


季節はちょうど夏の初め、
独立記念日のパレードを控えた軍楽隊の練習が聞こえる中、
すっからかんとなった休日のオフィス街、雲ひとつない青空に響き渡るドラムの音、まさに爽快な気分。
思わず叩き込んで全身に汗が流れ始めた頃、
ふと公園のベンチに人影があるのに気づいた。

ドラムを叩いているとついつい音に集中するあまり意識が薄らいでしまうところがあって、
目の前に人が立っていることさえ気がつかない、なんてことがよくあるのだが、
で、そのベンチの人。

白人のかなり疲れた感じの初老の男。
で、どうも様子が変だ。
この初夏の青空の下、
どぶ鼠色の分厚いオーバーコート。
ポケットに両手を突っ込んだままうなだれているばかり。
表情が、その存在自体が異次元的に暗い。

考えるまでもなく、
この季節にそんな格好をしていることからしていかにもおかしかった訳だが、
どうもそう、
ドラムを叩いている俺は脳停止状態、
あるいは、ここはニューヨーク、
他人がなにをしてようが知ったことではない、
という投げやりが身に染み付いてしまったのか、
大した考えもなしに放っておいた。

まあそのうち消えるだろ、とは思っていたが、
ふと考えるに苦情だろうか、と。

休日のオフィス街、誰もいない、とは言うものの、
こんな街中でドラムを叩くというのも、
さしものニューヨークと言えでもちょっと常識の範疇を逸脱し過ぎているのかどうなのか。
下手に苦情を貰ってなんてことになると面倒だな、
うるさいことを言うようなら早めに手を打って黙らせておいたほうがいいか、
と、その人影を探せば、あれ、いない。

どうもなにかの間違いであったか、
と思い直して、まあ良い、そう、目障りな奴が消えてくれるに越したことはない、
と、また調子に乗ってドカドカとやっていたらのだが、
ふと見れば、あれ、今度はあっちのベンチへ移動。

くそったれ、しつこい奴だ。

まあいい、と俺。
ここはアメリカ。
はっきり文句を言ってこないうちはOKと見なそう、
とそのままかまわずドラムを叩き続ける。

やっぱり生だよな、と思う。
やっぱり、ドラムは生に勝る物はなし。

最初はちょっと大人しく、やれ、ジョー・モレロだ、マックス・ローチだ、
バディ・リッチだ、エルヴィン・ジョーンズだ、とやりながら、
いつの間にか調子に乗ってジャズを飛び越えてキース・ムーンからジョン・ボーナム。

この屋上のステージ。
まわりのビルに音が響きまくって、まるで大スタジアムでプレイしているようで、
もしかして、今頃下界の大通りには観客が集まってきてるかもしれないな、
なんてことを想像してはうっしっし。

がしかしながら、あのおやじ。

まだ居やがる。
しかもまたベンチを移動したようだ。

どこのベンチに移っても、
同じように両手をコートのポケットに突っ込んで、
足をだらんと伸ばしそして首をがっくりとうなだれている、
その姿勢は変わらず。

この糞暑さの中、あんな暑苦しい格好をして何を考えているのか。
ホームレス、という風にも見えないのだが。

それにしても、とふっと見るとそこには居ない。
で、あれ、とあたりを見回すと、おっと今度はそっちのベンチ。
ふと気づくたびにそのベンチを移動しているのだが、
どうも、その移動する最中の姿ってのを見ていない気がするのだ。

いったい、なにやつ、と目を凝らしていた矢先、
あれ、消えた・・・
そう、目の前ですっと消えてしまっていることにようやく気がついた。

おっと・・・・

がしかし、そう、この真夏の光の下である。
摩天楼の渓谷に降り注ぐ白い陽光。
その強烈な白光の中に全てが眩しく輝き過ぎて、
そう、多分こいつの姿も真夏の光の下の幻にすぎない。

そう、ニューヨーク、なんでもなりだ。
いいじゃねえか、あんたはあんたで勝手にやってな。
俺は俺で勝手にやる。ドラムを叩く。

という訳で、構わずドラムを叩き続けた。
やはり身体が鈍っている。
バスドラのダブルアクションの切れが悪い。
疲れた腕が痺れ初めると、
ついついレガートが重くなり、スネアのシャドーの玉も揃わない。
それを支えるのが左足のハイハット、である筈が、
うーん、このハイハットペダル。
どうも絞りが甘すぎる感がある。
ってことは、と考える。
あいつ、多分、ハイハットに気をやってないな、
ってことは、つまり、裏の切れが悪く、必然的に表の音も流れ気味。
あのなよなよとしたなにかのっぺりとしたリズムは、つまりそれが原因だろう。
このハイハットペダルをちょっと重くするだけでそれが改善される筈なのだが、
借りたドラムのセッティングを勝手に変えてしまうというのもちょっと気が引けて、
つまりあののっぺりとしたつかみどころのないリズムも、
あいつの持ち味と言ったそう言えないこともない、という訳なのか。

とそう、ドラムを叩いている時、始終そんなことを考えてしまっている関係で、
ついつい目の前のことがほとんど目に入らない、という状態になっているのだが、
そう、がしかし、この眼の前の現実。

いまや、眼と鼻の先にまで近づいて来たこの陰気な真冬男。

てめえ、だるまさんが転んだやってるわけじゃねえんだぞ、と。

で、どうもその風情を見るともなしに見ながら、
どうやらかなり昔の人らしい、ということは分かって来た。

そう、今どき真冬でもあんなまるで毛布と言うよりもカーペットのような、
ごついオーバーコートを着ている者などいない筈。
まさに、1930年の大恐慌時代の、とまでは行かなくても、
まあかなり昔の人ではあるような。

で、おっさん、結局あんた、なにもの?とかと考えながらも、

ちぇっ、しまったスティックを落とした。

下に敷いた滑り止めようのカーペットから転がり落ちたスティックが、
からからと転がってそして、そんな真冬男の目の前を通り過ぎていく。

がそう、そんな時にもドラマーの宿命、
四の五の考えるその前に、
いつの間にかフロタムにくっつけたスティックケースから、また新たなスティックが握られている訳で、
うーん、やっぱりそう、まだまだ感が衰えてないな、とちょっとご満悦。

がしかし、男は反応を示さない。

なあ、ちょっと、と声をかけそうになった。

おいおっさん、そこのスティック取ってくれねえか。

がしかし、なんとなく気が引けた。
そして、なんとなく、そのおっさんの近くを通って、
スティックを取りに行くことも、なんとなく気が引けた。

まあ、良い、と思う。どうせそのうちまた消えるだろう。

で、改めてあのおやじ、いったいなんだよ、と。
が、まあ、文句を言ってくる風には見えず、そう、俺のドラムが聞きたいということなのだろうが、
なにをやっても反応を変えず、スティックが転がっても見向きもしやがらねえ。

それにしてもあの陰気な風体。
見ているうちにむかむかとしてきて、思わずぶん殴るではないが、
思わず消え失せろ、と言いたくなるそのうさんくさい雰囲気。

まあ良い、スティックなどいくらでもある。
さあ、そろそろウォーミングアップは終わり。
ちょっと、まじめにベーシック1-2-3でも初めてみようか、
と思っていたのだが、
で、そう、あのスティック。
転がったスティック、忘れないようにしようとな、と目で追って見れば、
相変わらず陰気な風情なおっさん。

そのおっさんの足元に転がったスティック。

なにかがおかしい。

つまりそう、なにかが決定的におかしい。

が、しかし、まあ良い。
俺はドラマーなのだ。世の中になにがあろうと、良いドラムを叩けば良いのだ。

スローなレガートから倍テンへ、また4つに戻してそこからそして二拍三連で三拍子から六連。

ようやく腕の重さが抜けてきた。指先のタッチが戻ってきている。
やっぱりギグがあるないは別にしてスティックコントロールだけは毎日欠かしちゃダメだな、
と己を恥じる。

という訳であのスティック、と俺は転がったスティックをずっと見ている。
小さい小屋であれば、ちょうどあのへんがステージの先、前列の客が見え隠れするあたり。
そんなスティック。
そしてふと、気がついた。

影・・・・

あのおっさん、影がない・・・

そっか、とふと思う。影がねえのか。

まあそう、ここはニューヨーク、なんでもありの街だ。

影のない奴が居てもいいじゃねえか、なあ。

という訳で、いきなりの8ビートである。
レガートのフィーリングを忘れないままに、4つ打ちで重く重く落とす。
ハイハットを裏で入れてビートを引き締めて、スネアのシャドーを三連で入れながら、
シンバルのカップを交えてアクセントにバリエーションを作る。
うーん、俺はやっぱりこのカップの使い方が下手だな。
ついついタッチが強くなりすぎていきなり突拍子もない音が出たりして。
とりあえずジャズでやっていくならライドもまじめにやっておかないとまずいな。

という訳で、目障りなのはその男。
影のない男。
幽霊?
うーん、そうかもなあ、と思う。

だって真夏にあの格好だろ?
ホームレスにも見えないし、いずれにしろあのいかにも自殺寸前のような陰気な雰囲気。
おまけに影もない、と来ていれば、まあ十中八九、幽霊、ってことになる訳だが。

だがなおっさん、と俺は思う。
悪いが俺はそれどころじゃねえんだよ、と。

俺はドラマーなのだ。ドラマーである限りなにがあってもドラムを叩かなくてはいけない。
叩き続けなくてはいけない。
そう、なにがあってもだ。
たとえ、目の前に幽霊が座っていても、だ。

ふと、そう思った時、また男の姿が掻き消えていた。

ベンチの前に、あっけらかんと転がるスティックが残されている。

消えてくれたか、と思う。正直ちょっとほっとした気分である。

いずれにしろ、こんな真夏のニューヨークにはあまりにも似合わなすぎる。

この降り注ぐ真昼の太陽。
額を流れる汗。
そして青空に響き渡るドラム。

まあなにをしようとあんたの勝手だが、俺のやることの邪魔だけはしてくれるなよ。

4分のバスドラにシンコペを絡ませ、ビートを表から裏、裏から表にひっくり返す。
そして16。ハイハットのルーディメントからタムを絡め、
スネアのリムショットがやけに良い音を響かしたことから、
そのままラテンに移行。
左足でクラーベを踏みながら、そう言えばこの間見たエル・ネグロ・フェルナンデス、
あいつ、そう言えばこんなことやっていたっけな、と俄にコピーを試してみる。

という訳で
あのおっさん、やっぱり幽霊だったのか、とぼんやりと考えていた。

確かに、これだけ太陽のさんさんと輝く真夏の真っ昼間と言えども、
無人の屋上でそんな不気味な幽霊とふたりきりってのもあまり気持ちの良いものでもないな。

とふとそんなことを思った矢先、スティックがタムのリムに引っかかった。
おっと、と思ったその矢先、
いきなり汗みどろであった身体にぞぞぞぞっと鳥肌が走った。

なんだこの鳥肌は、と思った矢先に、いきなりクラーベのリズムが狂った。
オン抜きで固めていたバスドラがひっくり返り、見る間にリズムが倒壊。

なんだよ、俺としたことが、とは思うが、どうも鳥肌が去らない。

どうしたんだ、俺、とちょっと自分でも気味が悪い。

で、ふと、そう言えばあのおやじ、どこに消えた?と思った途端、

ふと肩越しに振り返ると、なんと俺の真後ろ。
手を伸ばせば届きそうなところにじっとりと座っているではないか。

いやはや、これはこれ、と。

さすがに思わずうっと息を飲みそうなぐらいに、激しい悪寒が走った。

これまでずっとまったくの無関心を装っていた筈のそのおやじ。
真夏の真昼の、影のない真冬男。

それがいま明らかに、俺に向けてなにかを伝えようとしている。

身体がこわばり始めた。
リズムが入らない。ビートが流れない。

思わず、おい、おっさん、んなところで何してやがるんだよ。
痛い目みねえうちにとっとと消えろ、と力んで見たものの・・

すでにリズムへの集中力が掻き消えていた。
それと同時に、からんからんになった脳裏に、
ただただ、薄気味の悪さにだけがぞっと駆け上がって来た。

ドラムの神様の魔が落ちたと同時に、
真夏の幽霊の念がどっと流れ込んでくるようだ。

さすがにちょっとこれは、ドラムを叩いている場合でもなかったのかもな。

内面の焦りを感付かれないように、とそそくさと片付けを初めた。

ネジをまわしシンバルを降ろし、スタンドをまとめ、
スタンドケースの上にドラムを積み上げてガラガラ、と帰った訳だが、
正直、その間中、身体中に鳥肌が走り続け、

服飾関係の会社をやっていたそうだ。
ヨーロッパ物を扱う輸入業で、一時期はかなりブイブイ言わせていたらしい。
それが株の暴落から始まる恐慌の波をもろに受けて敢え無く倒産。
その後はなにをやっても上手く行かず、女は子供を連れて逃げていった。
家も車もそして家族さえも失った後のクリスマスの時期、、
ホリデーシーズンで沸き立つメイシーズの人混みの中に、
かつて家族で祝ったクリスマスの光景を目に浮かべながら、
そして男はこのビルの屋上から身を投げた。

どうもそのおやじ、あれから姿が見えないとは思いながら、
なんとなく、屋上からの廊下からエレベーターから、
どうも後ろから着いて来ているような気がしてならない。

そうか、スティックか。
あのおやじ、もしかして落としたスティックを持って俺を追いかけてきているんじゃないのか?

思わず部屋のドアの前まで来た時に、
中にいたかみさんに、お~い、塩撒いてくれ塩、と怒鳴ってしまった。

なに、どうしたの?と言うかみさんに、はやく、ドアを閉めて、
そしてドアに向けて塩撒け、塩、早く早く。

という訳で、いやはや、真夏の真っ昼間から妙なものを見たぞ、と。

が、それ以降は、屋上に言ってもそのおやじの姿を見ることもなく、
そう言えばこないだここで変なの見てさ、と言っても誰も信じては貰えず。

そう、真夏のニューヨーク。
街中がパワー全開ではち切れそうなパーティタウンで、
幽霊なんて、あんまりにも似合わな過ぎる。

という訳で、まあいいや、と適当にうっちゃってしまったのだが、
で、そう、結局あれはなんだったんだろうか。

そのアパート、その後、盗難やらボヤ騒ぎ、挙句の果てに、
ドラッグ・カルテルの大捕物帳なんて事件まであって、
半年もしないうちに引っ越すことになったのだが、
まあ、ちょっとおかしな話だった。



プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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