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おじさん怖かったの~小話集 そのにじゅういち 「箱根の幽霊旅館」

Posted by 高見鈴虫 on 19.2015 大人の語る怖い話
箱根の旅館でバイトをしていた時、
その近所にあった老舗の大旅館で同じように住み込みをしている若いバイトの連中が、
夜になると別棟の従業員宿舎に、酒を持って遊びに来るようになった。

そのバイト、金は安かったのだが、飯付き宿付き、
それに加えてその旅館で働いている面々、まさにいろいろな経歴の持ち主ばかりで、
夜な夜な宿舎の部屋に集まっては朝まで酒盛り、なんて感じだったのだが、
そんなところに顔を出した近所の旅館のバイト連中。
みな体育会系の大学生、という感じなのだが、どうもそいつらの顔色が妙に冴えない。




で、よくよく話を聞いてみると、うちのホテル、出るんだよ、ってな話。
出るってのは、ぴゅっと?などという軽口も耳に入らないぐらいのマジ顔である。

彼らの働くその老舗の大旅館、

実は大宴会場ってのがあって、お客さんはそこに一同してご夕食を召し上がって頂く訳なんだけどさ、
その大宴会場ってのが、夜十時を過ぎるといきなりお開き。
十時になったとたん、さあ一斉のせ、で片付けを初めて、
たとえどんなに座が盛り上がっていようが、酔いつぶれた客が寝ていようが、いっさいお構いなし。
食いかけの料理から飲みかけのビールからを問答無用、一切合切に運び去っては、
さあさあ、帰った帰った、と酔客たちを部屋に追い出していく、ってなルールがあるらしい。

十一時を過ぎた時にはもうピシャリと麩という麩を閉めきって、
そしてその大宴会場のあるフロアは立入禁止。

事情で片付けの間に合わなかった時には、いや、いいからいいから、と翌朝まで放置。
あるいは、お客さんが忘れ物をした、と騒ぎ出した時でも、
いや、ダメ、立入禁止、とガンとして受け付けないらしい。

いったいなんで?と思わず。

それがさ、と口をつぐむバイトの青年たち。
いや、言っちゃいけないって言われているんだけどさ、ともじもじ君。

んだよ、さっさと喋れよ、と新たなビールを注いで酔い潰してとやっていたのだが、

出るんだよ、とのこと。
まさにその大宴会場にさ、出るんだよ、芸者さんが。

芸者?芸者の幽霊?

どうもその老舗旅館、戦前からの名門旅館とのことなのだが、
戦後、GHQに接収されては、米兵向けの保養所にされていた際、
芸者のひとりがよりによってその宴会場でヤクザな兵隊になぶり殺しにされた、
ってなことがあったらしくて・・・

それからだって話なんだけどさ。

深夜を過ぎた頃になると、その宴会場からとぎれとぎれに三味線の音色が響いてくるらしいのである。

聴いた?
いや、俺は聴いてない。
おまえは?
俺、実は・・
え?まじで?おまえ、聞いちゃったの?
いや、多分空耳だろ。
おいおい、やめてくれよな、
と、そのバイト連中、まさにマジ。
酔もすっかりと冷め切っている。

いや、実は聞こえるんだよその音、と一際顔色の冴えない奴。
夜に寝てるとさ、なんとなく聞こえて来るような気がするんだよな、その三味線。

その老舗旅館、事件の後はまたたく間に客足が遠のいて倒産。
人手から人手へと転売が繰り返され荒れるに任せていたらしいのだが、
そんなこんなで悪名高き大手プロパーの手に落ちたこの旅館。
徹底的な改装の後に、改めて新装開店とぶちあげたらしいのだが・・

いや、出るって話は前々からあったらしいんだよ。地元の人には有名っていうか。
だから多分、おまえらんところの旅館の人も知っている筈。

俺言われたもんな、あの旅館だけはやめておいたほうがいいってさ。
まじかよ、それを知っててなんで俺を誘ったかな。
いや、俺もまさか、まじめにそんなことがあるなんてさ。

気が狂うらしいよ、みんな。
気が狂う?
その芸者の幽霊を見た人、みんな気が狂って死ぬらしい。
俺、三味線の音聴いた奴って聴いたぜ。三味線の音聞くと気が狂うって。
だったらおまえ、もうだめじゃんかよ。
だから、だからマジでもう辞めねえかって言ってんじゃんかよ。

最初に旅館を任された支配人。
そんな噂を聴いて、馬鹿馬鹿しい、と一笑。
わざわざその大宴会でこれ見よがしに酒盛りをやったらしい。
で、夜中を過ぎて、ぎえぇぇぇ、と大騒ぎ。
で、夜中まで魘されては、芸者が芸者が、と。

深夜になったらその芸者がステージの上にひとりで座って三味線を弾き始めたらしいんだが、
その姿があんまりにも、恐ろしくて恐ろしくて、と。

で、その支配人?
だから死んだって。
気が狂って?
そう、気が狂って死んだって話でさ。

で、出るのが12時過ぎぐらいらしくて、でも11時もやばいんじゃないか、みたいな話になって。
テレビ局とか、雑誌の取材とかも来たらしいんだけどさ、それが、なんか。
そう、あんまりにも洒落にならなかったらしくてさ。
お祓いとかもやったらしいんだけどね。
いやはやこれはもう、誰にもなんともならない、ってな話で。

がそう、とバイト連中。
すっかり酔いも醒めてしまっては温くなったビールを啜るばかり。

いや実はさ。
おい、やめろよ、と他の連中。
もういいよ、やめろってば。
いや、実はさ、その宴会場だけじゃないんだよな。
芸者が?
いや、芸者じゃないんだけどさ。
そんなことねえよ、と声を荒立てるバイトのひとり。
俺は知らねえからな。俺は知らねえ。聞かねえ。ああ、聞かねえ聞かねえぞ、と耳に指を突っ込んでいる。
いや、もうさあ、そこいら中っていうか。もうそう思うとそこら中でさ。
ら~らららら~、あのお~ぞらに~、つばさをひろ~げ~、とんで~、ゆきた~い~の~!
いや、まじで、ともう一人。実はさ、そう、俺らの宿泊所のさ、
かなしみのない~、じゆ~なそらへ~、つばさ~、はため~か~せ~、
なんで翼をくださいなんだよ、おまえ。コーラス部かよ。
ガキがさ。
いや、俺が見たの若い女。なんか着物来た。
くっさり~に~つながれて~、おまえは~いきるの~か~い~、ゆっめ~が~、やっせ~、
ああ、俺もそれみた、赤い帯したおんな。
ゴルラ~、ばっしゃおおおおおだせええええ~
ああ、やっぱそっか、赤い帯、同じだ、やっぱあれもそうか。
ゴルラ~、じだいのこ~やえ~、ちゃらららら~
405号室のさ、
きみはふぁんきもんきーべいびぃぃぃぃ!
ああ、405号な、あれまじだろ、あのばあさん。
ちょ~お~ちょ~ちょ~お~ちょ~、な~の~は~に~と~ま~れ~!
あのばあさんさあ、こないだ、もう、もろにさ、
いっぬぅのぉぉぉ、おまわりさ~ん、こまってしまって、わんわんわわ~ん

だみ声を叫び続ける男を押さえつけて、てめえ煩えよ、とやるのだが、
半べそをかきながら暴れ始めて手も付けられない。

夢に見るらしい。
夢?
うなされてんだよな、みんな。
みんな?
そう、夜にさ、このぐらいの時間になるとさ。
うんうんうなされる声で、うるさくて眠れなくてさ。
で、起こすだろ?
で、そう、みんな起きちまって、で朝まで酒飲んでるんだよ、毎晩。

という訳で、浴室に出た。廊下に出た。トイレに出た。
1102に出た。1812に出た。205にも出た。509にも出た、と出た出たのオンパレード。

なんだよ、どこにでも出るんじゃねえか。
そう、なんか旅館中がお化け屋敷だよ、完全。

すげえなそれ。
だろ?ほんと、俺も最初は笑ってたんだけどさ。霊感とかぜんぜんねえし、とかさ。言ってたんだけどな。
俺たちさあ、こう見えても体育会の空手部なんだぜ。
そう、全員黒帯。
で、こいつがさあ、てめえら弛んでる、とか言い出してさ。
幽霊にビビるなんて気合が足りねえ、とか言い出してさ。
なあ、俺がぶっ飛ばしてやるとか、言ってたんだよな、おめえ。
俺はぜんぜん怖くねえ、そんなもの死んでも信じねえっていうんで連れてきてみたら、このざま・・
いや、と、飛び起きた男。顔を真赤に腫らしては、
俺は見てねえ。怖くもねえ。信じもしねえ。関係ねえ。知ったことじゃねえ、と鼻水をすすりながら涙が滲んでいる。

とそんな話を部屋の隅で聞くともなしに聞いていた苦労人の田島さん。

この人、親父の会社が潰れて夜逃げしては全国を逃避行。
父も母も次々に病死して兄弟を養うために土方仕事から始まってありとあらゆる日雇いを経験する中、
騙されてダムの建設現場のタコ部屋に押し込まれては死ぬ気の生還を果たし、
バーテンから呼び込みからしながら、今も司法試験合格を目指して勉強中という強者。

とその田島さん。
いきなりむにゃむにゃとなにかを呟き始める。

ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、
ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、ノウマクサンマンダ・バサラダンカン

なんすかそれ、と言ってみれば、
いや、おまじない、とにやり。

実は以前、ビルの守衛をしていたことがあってさ、その時に先輩から教えられたんだよ。

ビルの守衛?

ビルっていうか、まあ火事の跡地っていうか。

それってもしかして・・

まあ、そう、多分、あんたが思っているような、そんなところ。

で?

そう、その火事のあったビルにさ、妙な奴が入り込まないようにってんで、夜の守衛をやってたんだけどな。

おおお!

でまあ、金が良かったんで、辞めるのも気が引けて、したら、そう、そのバイト先に密教の修行をしてたなんてへんなおやじがいて、
その人から教わったんだ。

出た?

いや、俺は・・・・ ただ、一晩中、目を瞑ってこれを唱えてたんだよな。そう、一晩中、

ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、
ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、ノウマクサンマンダ・バサラダンカン

という訳で、その連中、まさに物に憑かれたかのように、

ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、
ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、ノウマクサンマンダ・バサラダンカン

俺もいい加減馬鹿馬鹿しくなって寝てしまった訳だが、

空手部の大学生三人、まさに朝まで、

ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、
ノウマクサンマンダ・バサラダンカン、ノウマクサンマンダ・バサラダンカン

と声を揃えて唱え続けていて、うるせえったらありゃしねえ。

まさしく悪い夢にうなされそうであった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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