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ダルバールの少女

Posted by 高見鈴虫 on 22.2015 旅の言葉
朝靄に包まれたカトマンズ。
まだ誰もいない夜明けの街を、
ダルバール広場に向けて歩いていると、
車の行き交い始めた交差点の路肩に、
全裸の少女が転がっていた。


多分この界隈にたむろをしている浮浪児のひとり。

スリ、かっぱらいから始まって、
ドラッグの売り買いから売春まで。

悪さの限りを尽くす、まさに街のドブネズミのような浮浪児たち。
そんな乞食少女の一人が、
下手を踏んで拉致られて散々慰み者にされた挙句、
道端に打ち捨てられたらしい。



道端で埃にまみれたまま、大の字になって転がったその全裸の少女。

まだ胸の膨らみかけて間もない頃。
ウエストも見分けがつかないぐらいの、
まるで子供のままの体型。
だがしかし、乱れきった髪の間から覗く
黒ずんだ表情には、もはや生気の欠片も消え失せていた。

ホコリまみれになった身体の中で、剥き出しになった下半身だけが、
唯一、色変わっている場所。
さんざんと弄ばれたらしいその部分から覗く地肌の色。
膣から流れ出た血のどす黒さがなんとも痛々しく目に飛び込んでくる。

通りの向こうから仲間であろう浮浪児たちの一団が走って来た。

道端の屍を見下ろしながら思わず目を見張る子供達。

いつの間にか俺の隣に立った少女が、思わず俺のシャツの袖を握りしめながら、

ねえ、死んでるの?と聞いて来た。

見るんじゃない、とその顔を手で覆う。

お前ら、見るな。見るんじゃない。

通りかかった行商人が、そんな光景に、ちっちっちっち、と舌を鳴らし目を反らし、
頭を振っては、おい、ガキども向こうに行け、と浮浪児たちを追い払う。

チェロチェロチェロ、子供の見るものじゃない。

行き交い始めた車が路肩の少女のすぐ近くをクラクションを響かせては通り過ぎ、
もうもうと舞い上がる埃の中に少女の姿が埋まっていく。

いつのまにか俺の周りに集まってきた浮浪児たち。
日本で言えばまだ通学帽を被って小学生に通っている頃だ。
女の子たちはみな泣いている。
男の子たちは怖いもの見たさに好機の目を輝かせながら、
あるいは、年かさの少年はきつく下唇を噛みながらその屍を睨んでいる。

そうこうするうちに人通りを増し始めた朝の街。

通行人が立ち止まり、ああ、あっちゃっちゃちゃ、と首を振ってはそのまま通り過ぎ、
車とリキシャの一団が、次々と埃にまみれた少女の死体をかすめては走り抜けていく。

ねえ、とシャツの袖を握りしめた少女が俺を呼ぶ。

助けてあげて、どうにかしてあげて・・

どうにかって言っても、もうあんなになっては俺にはどうにもできない・・

とそんな時、場違いにけたたましい観光客の一団。

目に眩しい真新しいシャツを着た、日本から着いたばかりであろう大学生たち。

おお、死体だ、とひとりが叫ぶ。

おお、ほんとだ、死体だ死体だ。

おっと、いきなりだな。

すっげええ、素っ裸だぜ。

うわ、割れ目、モロに見えてる。

と、一様にはしゃぎながら写真を撮り始めた。

そんな日本人大学生たちを、じっと睨みつけている浮浪児たち。
そしてそんな風景を忌々しげに見やっては、
一様にやりきれない、と首を振りながら通り過ぎる地元民たち。

ねえ、と再び袖をひっぱる少女。

お願い、助けてあげて、お願い。

気が付くと、浮浪児たちがじっと俺を見つめていた。

その切実な瞳の中に、浮浪児たちのわずかに残された良心の最後の一欠片を思い知った。

ああ、判った、と俺。

カルカッタからずっと愛用していたオレンジ色のクリシュナスカーフ。
それを広げて、そしてその路肩の少女の屍の上からそっと被せた。

え、なんだよ、と舌を鳴らした大学生たち。

ちょっと、なにするんですか、人が写真撮ってるんじゃないですか。

お前らなあ、と思わず睨みつける。
ぶっ殺されるまえにとっとと失せろ、このキチガイ。

キチガイってあんた、ここはネパールなんだ。
これだってネパールの本当の姿だろ、それを写真にとってなにが悪い。

と、そんな大学生たちに浮浪児たちが砂を蹴り始めた。

あっちに行け、ジャパニ、あっちに行け。

そんな中、ようやくやってきた警察官。

被せたスカーフを捲って、顔を覗きこんで、はい、死んでます、とそれで終わり。

程なくしてやってきたゴミ回収のトラック。

いっせいのせ、で生ごみと一緒に荷台に投げ込まれ、
そしてあっという間に朝の雑踏の中に見えなくなった。

人垣が散り、後には俺と、そして死体と同じぐらいに頭から埃りまみれの、
そんな乞食の子どもたちが残された。

ありがとう、と少女が言い、俺はシャツの裾で少女の涙と鼻水を拭ってやる。

お前らは死ぬなよ。なにがあっても死ぬなよ。この都会のどぶねずみとして、何が何でも生き抜けよ。

再び歩き出そうとする俺に、子どもたちのリーダー格であろう少年がやってきた。

ジャパニ、と少年は言った。ありがとう。

馬鹿野郎、と俺はそして少年の肩をそっと抱いた。

少年が泣き始めた。
唇を噛み締め、拳を握り、そして地団駄を踏みながら少年が泣き始めた。
そんな少年を思わず抱きしめたとたん、堰を切ったように、少年は俺の胸に顔をうっぷして、
そして声を上げて泣き始めた。

馬鹿野郎、おまえが泣いてどうする。
おまえが強くなって、世界一強くなって、そしてその力で、こいつらを守ってやらなかったら、
いったい誰がお前たちを守ってあげられるんだ。

泣きじゃくる子供たちの肩に抱いて、そして俺は再びダルバール広場に戻ってきた。

やがて繰り出して来た観光客たちの一団。

気を取り直した浮浪児たちが、朝の一稼ぎにとそんな観光客に向けて一目散に走って行く。

ガキども、上手くやれよ、と思わず。
何をしたっていい。ただ、死ぬなよ。強く生きてくれ。生き抜いてくれ。
そして大人たち、そして、そう、きれいな格好をしてはお恵みとばかりにいくばくかの小銭をばらまく観光客。
あるいは、歯の浮いたような戯言を並べては、愛だ平和だなどと脳天気なことを並べるおめでたいボランテティア。

いいか、上手くやれよ。そんなバカどもを徹底的にかもってやれよな。

俺がその後、ダルバールの乞食王、と呼ばれるようになった所以には、
実はそんなエピソードが隠されていたのである。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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