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おじさん怖かったの~小話集 そのにじゅうさん 「唖の経理担当者」

Posted by 高見鈴虫 on 27.2015 大人の語る怖い話
ニューヨーク、ダウンタウンにあったとある日系企業さん。

そこで、経理用ソフトのアップグレイド、
なんていうちょっとした仕事を頼まれてお邪魔した際のこと。

で、今回の仕事の最大の協力者、ぶっちゃけパートナーとなる筈の、
その経理担当の方ってのが、
アメリカ人の、それもちょっと独特な、
ぶっちゃけ、ぞっとするぐらいに陰気な雰囲気を持った女性であった。

実は唖、お口がきけない、という話。

仕事の依頼を貰った日本人担当者の人からは、
いやあ、実はちょっと難しい人なんですが、と事前にお断りは受けていたのだが、
よくよく聞いてみれば、

幼少の頃、何らかの事情があって、
そのトラウマから口をきくことができなくなってしまった、とのこと。
それだけが理由、というわけでもないのだろうが、
まさに出会う人の全てを思わずぎょっ!と慄然させる雰囲気、
というか、ぶちゃけその凄い顔つき。



化粧っけはまるでなし。
長らく梳かした後の見えないボサボサの黒髪。
まるで蝋人形のように表情を失った顔立ちに加え、
特筆すべきはその目つき。
青々と剃り上げたかのように極薄の眉毛と、
そして眉間に深く寄せた三本の皺。
まるで瞳孔をこれでもかと絞り込んだようなその尖すぎるほどに鋭い視線。
まさに、見ていうるだけでちょっと背筋が寒くなって来るような、
超ド級に陰気なその風情。

キュービックの並んだ社員用のセクションから遠く離れた机にひとり、
まるで社内から隔離されるような状態で、
誰とも話さす、誰とも顔さえも合わせず、ましてや笑顔なんて微塵も見せず、
一日中、ただ黙々と仕事をこなしては、定時の5時になるとぱたっと姿を消している、
まさにそんなタイプの人。

がしかし、そんな彼女、いざ仕事を初めてみれば、これがこれが、
なかなか聡明な方であるらしい。

俺が事前に渡しておいた資料はすでにほとんど暗記済み。
説明する新しいソフトウエアの仕様から操作方法から癖から難点から、
みるみるうちに理解しては、
そのチャットの画面を通して、たらたらと流れ始めるメッセージ、
その内容が実に的確。

下手なシステム屋なんかよりもずっとずっと判りが早い。

で、そのご担当者とチャットの筆談を続けるうちに、
そのコツが掴めてきてはトントン拍子。

挙句に、こちらが頼みもしないのにいつの間にか、
作業中の懸念点のリストから、作業ログ、
ユーザ側の試用テストの項目から、
挙句の果てに、
他の社員用に簡易マニュアルなんてものまで作ってくれているぐらいで、
いやあ、その素晴らしい気配り、そしてその処理能力、
まさに超絶ハイスペックでしかもマルチタスク。
まるで凄腕のエンジニアが十人も束になった、と言った感じ。

いやあ、世の中には頭の良い人っていうのはいるもんだなあ、
と思わず関心して、
で、ふと、そんな彼女の姿に視線を移してみれば、
あらためてその表情、まさに、バ・ケ・モ・ノ。

相変わらず恐怖に引きつったような表情で、
一心不乱にモニターの画面を睨んでばかりいる訳で、
モニター上のチャットを通してでしか、まさに取り付く島もない。

見たところ三十前のお嬢さんといえる年齢でもあるようなのだが、
その雰囲気からして、まさに老婆のよう。

ただ、まあ、その仕事の早さ、というか、頭脳の明晰さ、
まさに惚れ惚れ、といったところで、
俺としては勿論そっちの方が最優先。
そんなバケモノ的にド陰気な彼女に、実に実に助けられた、というか、
ほとんどおんぶにだっこ、というのが正直なところ。

隣同士に座りながら、互いにチャット画面でやり取りしては、
で、彼女からのそのメッセージ、
見た目の陰気さとは対照的に、
その内容が実に実に洒落がきいていて実に面白い。

仕事になれるにしたがってちょっと余裕も出てきて、
ともすると作業そっちのけで彼女とのチャットに没頭しては、
そのメッセージ、語り口の巧みさにとことん魅せられてしまって、
思わず、ぷっと、吹いてしまうことも度々。

なんだよこの人、その外見は別としてその内面、
良い人、どころか、まさに知的魅力のカレイドスコープ。
次から次へと魅惑の言葉がまるで泉に湧き出てくるウィットと、
そしてその中に星屑のようにキラキラと光る知性。

そうかあ、人間、本当にいろいろなところでいろいろな魅力を持っているのだな、
と思わず関心、どころか、ちょっとした恋心さえ抱いてしまいそうになってくる。

がしかし、そう、現実問題としての彼女。
改めてその外見、表情だけはぴくりとも動かさず、
相変わらず眉間に深々と皺を寄せては、
まるでモニターの画面に穴を開けようと念力を込めているような表情で睨みつけている訳で、
いやはや、改めておかしな人だなあ、とは思っていた。

で、作業三日目。
そろそろこの仕事も終盤に近く、
彼女とのこの楽しすぎる共同作業も終わりに近づいてきた頃、
なんとなく一抹の寂しさ、なんてのも感じていたりもしてたのだが、
この仕事の山場となるはずだったデータ移行作業も嘘のようにすんなりと終わり、
あとは最後の仕上げのひと踏ん張り、最終確認を待つばかり。
とそんな時、
ふと机の脇から、手元を誰かに覗きこまれている気配。

で、なにげに顔をあげてみると、そこに工事用作業服を着た白人の中年男。
どうやらビルのメンテナンス作業員の人、という感じ。

あれ、なにか工事にでも来たのだろうか、と思って、
ちょっと、会釈をしては、あ、私は外部の人間なので、
と、隣りの彼女を見れば、
その彼女、まさに、あの絞りこまれた瞳孔が、
なお一層に針の穴のようになりながら、
そんな作業員の姿をじっと睨んでいる。

で、ふとその作業員の人に、ああ、やっぱり、ご担当者、あちらの机の、
と言おうとしたところ、あれ、いつの間にか居ない。

まあ勝手にどこかに消えたのだろう、と思っていると、
ふと見ればまた、その作業員。

今度は俺の背後に立っている。

腰のまわり工具をつめたベルトをぶら下げていて、
巨大なドライバーからスパナからトンカチ、そしてバールのようなもの。

どうもオフィス機器の修理人というよりは、
車の修理工、あるいは建設作業員と言った感じで、
もしかしてエレベーターでも壊れたのかな、
と思っていたが、しかしふっと気づくとまた消えている。

で、なんとなく、背筋にぞぞっとする雰囲気もあったのだが、
時間としては昼の日中。

ずらりと並んだキュービックの中、
社員の皆様が一心不乱にお仕事をされている中で、
まさか、なんか妙なおっさんがこっちを見てるの、
なんてことを言うのも気が引けて、
で、そうそう、仕事仕事、と邪念を振りきって作業を急ぐ。

で、そう言えば、サーバ側での設定箇所を忘れていたかも。

念の為にいまのうちにもう一度確認しておくか、と、
フロアの一番奥にあったサーバルーム。

そのひんやりとしたタイル張りの個室に篭っては、
立ち上がった石棺のようなサーバーラックの前、
カタカタとキーボードを打っていたところ、
いきなり背後に、まさにぞっとするほどにリアルな人の気配。

実は以前、妙なユーザの女性が、
そんな俺の背後からすっと近づいてきては、

ねえ、なになさってるんですかあ? また難しいことなの?
凄いのねえ、格好いいわあ、
なんて言うふうに、べったりと身体を押してつけて来られたことがあって・・

そんな理由から、
俺はひとりでサーバ室に入るときには、必ずドアを閉めるように、
と心がけてはいたのだが、
そう、俺は確かにドアを閉めた、にも関わらず、
いったいなんなんだこの人の気配。

その耳元に不穏な吐息を感じては、
思わずはっとして振り返ってしまうのだが、
やはりそこには誰も居ない。

やおらぞぞぞぞっと立ち上ってくる寒気とそして鳥肌。。
とたんにサーバ室の空調がやけに冷え冷えとして感じられて、
いやはや、なんなんだこのオフィスは、とちょっと腹も立って来る。

がそう、俺は仕事で来ているのだ。
そんな邪念にかまってはいられない。
で、さかさかとサーバ上の設定事項を確認して、
とやりながら、その背後の気配、
いなくなるどころか、ますます濃厚になってきて、
で、俺の肩越しから、モニターからキーボードの手元を覗きこんでは、
まさに、頬がくっつくほどの至近距離から、
じっと俺の横顔を睨みつけている気配がありあり。

こいつ、さっきのあの作業員だな、と薄々、というよりも、
明らかな確信を持っていた訳だが、
そんな作業員が果たして俺になんの用なのだ。

うるさい!邪魔だからあっちに行ってくれ、
と何度、心の中で念じても、
いつまで立ってもその背後から張り付いた作業員の気配、
一向に消えてくれることはなかった。

で、ようやくサーバ上での作業も終わり、
さあ、仕上げだ、と再びあの陰気な経理担当者の隣りに戻ったところ、
その経理担当者、席に戻った俺の、その背後に向かって、
いきなり、しっ!とまるで猫でも追っ払うような小さな声を上げる。

しっ!しっ!しっ!

唖というからには声は出ないのだろうが、そのしっ!しっ!しっ!
まさに鬼気迫るよう。

で、ふとすると、そのお陰なのか、
さっきまでまさにべったりと背中に貼りつくようだったその気配、
いつの間にかすっと消えていて、まるで肩の重荷を下ろしたよう。

と、ふと経理担当者、じいいっと俺の顔を、まるで穴の開くように見つめた後、
おもむろに、頷いて見せた。

画面の上に、RUOK? 大丈夫? と文字が浮かぶ。

Y. K!  YES OK と簡潔に答えると、

SURE? 本当に?と聞いてくる。

いったいなんのことだろう、と彼女を振り返ると、
そんな彼女、今度はじっと、モニター、その上の空間を睨んでいる。

ふと見ればそこにまたあの作業員。

アイガードの大きなメガネをかけた作業員の男。
無精髭を生やした銀髪の中年男。
そのまだらに生えたヒゲから皺から、
まさに毛穴のひとつひとつまで見えそうなぐらいに、恐ろしい程にリアルなその存在。

その男がじっと彼女を見下ろしている。

そして彼女、おもむろに俺を振り返り、そしてゆっくりと頷いて見せる。

ふと画面に文字。

MY DAD

DAD? おとうさん? この人が?

思わず声に出してしまうと、再び大きく頷く彼女。

YR DAD?

YES。

で、おもむろに流れ始めたメッセージ。

私のおとうさん、
ずっとずっと私から離れないの。
そして私の側に来る人に必ず意地悪をする。
嫉妬しているのね。
すごく煩わしいけど、それが私のパパ。
そしてそれが私の人生。

でも、おとうさんって言ったって、
とふと見れば、その男はまた嘘のように掻き消えている。

思わずまた顔を見合わせて、そして深く頷く彼女。

行ったわ。
あなたも早く帰って。
そしてなにも気にしないで。

としたところ、いきなり全身に寒気。
そしてまさにキーボードが勝手にカチャカチャ言うぐらいに震えが来て、
結局仕事になど集中できる訳もなく、細かな設定を終えぬ内に時間切れ。

大丈夫、マニュアルを置いていって。あとは私のほうでやっとく。

とそんな中、おつかれさまです~、とやって来た日本人担当者。

まさに罰当たりのような明るい声で、

で、どうですか~、終わりましたか~、と、
その営業用のスマイルがまるで太陽のように眩しい眩しい。

ああ、いや、まあ、と曖昧な返事を返すと、
振り返った彼女、きつい表情のまま、大きく頷く。

突き出した親指を何度も上げて、全てOK、なにも問題なし、と強烈なアピール。

はい分かりました~、とご担当者。

本当にご苦労様でしたぁ。毎度毎度、無理なお願いばかり申し上げて、いやあ本当に、大感謝です~!

では、さっそくですが、お預かりした書類の方、あちらでサインさせて頂きますので、と呼ばれ、
そそくさとかばんに資料を詰めていたところ、

画面にぽっと、THANKS のメッセージ。

いや、あの、と呆気に取られる俺の前を、脇目もふらずに出口に向かって歩いて行くその唖の経理担当者。

振り返りもせずにドアの向こうに消えていった。

いやはや、世の中には本当にいろいろな運命を背負って生きる人がいるものだ、
と深く感心してしまった次第。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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