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少年法改定を叫ぶ奴らの

Posted by 高見鈴虫 on 28.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
少年法改定、ってなことを声高に宣う連中が多いようだが、

え?なんで?と思うのはどうやら世の中で俺ひとりのようだな。

で、その少年法を改定するべき、とか言っている奴ら、

改めて聞きたいのは、

果たして少年法を改定してどうしたいのか。

その本心、あるいは、己の下心に、
気づいていらっしゃるんですかよ、と俺はまずはそれを言いたい。


少年法を改定することによって、

悪ガキどもの悪さにブレーキがかけたい、

あるいは、

不良少年少女たちを、立派な真人間として更正させてあげたい、

そう言った、社会人としての使命感に燃えてのことか、

というと、実はそうでもないような気がするのだがどうだろうか。



少年法改定を叫ぶのものその理由を大別すれば、

1.そんな不良少年たちに、迷惑をかけられたくないから、

--> つまりは、そういう劣性遺伝子の厄介な連中は、
早めにムショにぶち込んで、隔離してしまって欲しいから。


2.少年法の改定が、非行行為の歯止めになる、と信じてるから。

--> つまり、少年が蛮行を繰り返すのは、
少年法を悪利用(どうせ二十歳までの犯罪であれば、
少年法に守られて大した罪にならないとタカを括っている)、
そのためであり、
その特権を奪うことにより、犯行が減る、ということなのだろうか、


3.犯罪を犯した子どもたちを実名報道することによって、
社会的を申告に受け止めるべき、と考えるから。

--> つまりは、実名報道によって晒されることによって、
社会的な制裁を加えたいから、加える必要があると考えるから。

あるいは、

--> 実名報道を恐れることにより、非行少年たちが犯行を思いとどまる、と思うから。


敢えて、誤解上等、なんとでも言ってくれや、と開き直った上で暴言を吐かせて頂ければ、


それはつまり、大人のエゴじゃねえのか?と思うがどうだ。


まず、1.迷惑をかけられたくないから。

あのなあ、
不良に迷惑をかけられたくないのなら、
まずは不良を生み出さないため、
あるいは、不良に蛮行を思いとどまらせるために、
大人はなにをするべきなのか、
どういった責任があるのかと真剣に考える、
というのが真っ当な大人の役割なんじゃないのかな?

中学生が不登校で、そして朝までほっつき歩いている、
ということ自体が異常なのであって、

なぜそういうことが起きているのか、
それをさせないためにはどうしたらいいのか、と考えるのが、
正常なオツムの働き、と思うがどうなんだろうか?

親の責任は元より、学校、地域住民、そしてあまり関与して欲しくはないが警察、

そういった社会そのものが、非行少年を悪戯に罰する前に、
非行少年が非行に走るその要因を分析・理解し、
その原因を是正していくことこそが必要なのではないか、
というのが正論だと思うのだが、誰か文句あるか?


で、2.少年法の改定が、犯行の歯止めになる

なんてことは、ないな(笑

昔も今も、悪ガキが悪さをするのは、法律が悪いからでもなんでもない。
あるいは、そんな悪さの結果、犯罪という一線を越えてしまうのも、
実はそういった「縛り」があるから、ないから、という問題ではない。

あるいは、そうやって、どれだけガキを縛り付けようとしても、
縛られれば縛られるほどに反抗するのも悪ガキの特性。
よって、少年法を改定すれば、
それによってガキはもっと巧妙な手で悪さをしかけるってのが、
本当のところじゃねえのかな?


で、3.そう、実名報道だ。

少年法改定を宣うやつらにとって、これが一番の目的なんじゃないのかな?

で、そう、改めて聞いてやる。

実名報道の、その理由とはなんだ?

なせあえて実名が報道がされねばならないんだ?

自分の胸に手をあててよく考えてみろ。

それはぶっちゃけ、極悪人として晒される少年の、その姿を見物したいから、

ワイドショーで大っぴらに騒ぎ立ててやりたいから、

つまりは、思う存分、いぢめてやりたいから、と、

つまりそういうことなんじゃねえのかな?


あるいは、それを焚き付け、煽り立てることで金を稼ぎたいマスゴミ、

その口車に載せられて、すっかり片棒を担がされている、
それだけなんじゃねえのかな?と思うがどうなんだ?

つくづく頭の中がスキャンダル雑誌のワイドーショーになっちまっているゴシップ頭のあほ。

ヒステリックに騒ぎ立てるその正義のカサが、
実はそんないかがわしい出歯亀根性に根ざしている、

そういう本質を、下心を、ガキは見抜く。

偉そうに説教くれやがって、どうせてめえは、てめえのことしか考えてねえ、それだけじゃねえか。

だったら・・・ というのが、非行少年が大人を嘗め切る、その理由、と考える。


改めていう。

少年刑務所の目的はなんだ?

劣性遺伝子の、貧困家庭出身の、きたねえ、がらの悪い、醜いがきを、
隔離して、葬り去ること、それが目的なのか?

違うだろう。

様々な理由から、道を踏み外し、あるいは、泥沼に嵌り込み、
そして一線を越えてしまった子どもたちに、
もう一度更正のチャンスを与えること、それが大義名分ではなかったのか?

社会から隔絶された塀の向こうで懺悔の日々を送る時、
ひとたび実名報道をされてしまった、という事実がある以上、
少年たちは、懺悔、どころか、
もう己の将来はすっぱりと諦め、
犯罪者としての裏街道に生きる以外に道はない、
とすっかり腹を括ってしまうことになるのではないのか?

つまり、更正を目的としている筈の少年刑務所が、
将来の凶悪犯罪者のための予備校、あるいは、就職斡旋所。

そこで鍛えられたワルたちは、とことん凶悪化、した上で、
シャバに出ては世間様に思う存分復讐できる日を今か今かと待ち続けることになる。

つまりは、それがここアメリカの現実でもあるのだがな。



改めていう。

世の中の悪を全て根絶する、なんてことは、できる訳がない。
犯罪者を全て死刑にする、など、それこそ愛しすではないか。

臭いもの、醜いものはすべてフタをする、なんてことも不可能。
うわべだけを取り繕おうすればするほどその内面に汚濁が貯まることになる。

どんな人の心にも、陽があり、そして影があるように、
どれだけうわべだけを綺麗に着飾っても、うんこもすれば屁もこくように、
人間は、陰と陽が合わさってはじめて人間足りうる。

そして、そんな人が作り出す世、つまりは社会も然り。

悪を隔離し、閉じ込めれば閉じ込めるほどに、
閉じ込められた中で、より凶悪化する。
臭い物に蓋をすれば、蓋をされた内部でより一層に腐敗を極める。

押せば押すほどに押し返したくのも人の心。

縛れば縛るほどに逃げたがり、
止めれば止めるほどにやりたがり、
痛めつければ痛めつける程に、
悪はその反逆の魂を磨き上げてハードコア化を図る筈だ。

この脈々と続いてきた人類の歴史の中で、
そういう厄介な人間というものの、その陰陽のバランスをどう取っていくか、
それこそが、人類の抱える最大の課題、であった筈じゃないのかな?

その人の心の、そして人の世の難しさ、そして面白さ、
これまで幾億と著されてきた書物、つまりは人類の知恵の集大成、
そのほとんどが、つまりは、この一筋縄ではいかない人間というもの、
そのバランスの取り方の教訓の積み重ね、ではなかったのかな?


この全てが、短絡的な消費主義に踊らされては、
安易な刺激ばかりを煽り立てて悪戯にハードコア化していく世の中。

ガキどもの暴走も、実はそんな社会の反映、に過ぎない。

会社で、学校で、そしてテレビで、繰り返し繰り返し繰り返される、
その短絡的な消費主義と、いまや国民病と化したイジメ体質。

ガキどもはそれを、ただ短絡的に具現化しているだけに過ぎない。

そんな社会のストレスが、判りやすくアイコン化された少年犯罪をダシにしては、
社会不満のガス抜きとしてワイドショー的に騒ぎ立てたい、

それが、少年法改定論者たちの、本音なのではないのかな?

ちんけだな、おい。ちんけ過ぎるぞ、とっちゃんこぞう、もちもちおばさん。
あんたらのおつむは、みじんこ以下だぜ、と改めてお悔やみを言わせてもらう。

で、もしそうだとすれば、

ガキどもはガキどもで、

はいはい、あんたらそうやってヒステリックに騒ぎたいだけなんだろ、
マスゴミはそれで銭を稼ぎたいだけなんだろ、
とすっかり、足元読まれてるってことになり、

そうやって、社会の拠り所を失っなったガキどもは、
大人不信、社会不信を募らせ、あるいはその逆手を取り、

その根本にある、いじめ体質、のその本質ばかりを磨き上げては、
強い物が、弱いものを、徹底的に痛めつける、という方法論ばかりを、
エスカーレとさせることになりはしないか?

それはつまり、あんたらが、歳を取ってすっかり弱者となった時に、
そんな奴らから、情け容赦無く痛めつけられる、ということを意味するのだが、
そういう事情を覚悟している、ということなのかな?

改めて聞く。
それがあたんらの夢の社会なのか?
それがあんたらが未来を託す子どもたちへのメッセージなのか?

違うだろう。

そうであって欲しくない、とは、あんたが一番、骨身にしみていることじゃねえのか?

がしかし、そんな、馬鹿げた少年法改定論にも、一抹の望むはある。

ピラニアのようなマスゴミ、
及び、
ハイエナのようにあさましい政治家連中から、

散々に飯のタネにされた後に、

このフィーバーにも水が挿されて白けムード。

散々弄ばれた後に、なんとなく悪さするのが馬鹿馬鹿しくなったガキどもが、
一切合切に興味を失って、すっかり自閉モード。

部屋で大人しくしてくれているのは良いのだが、
ただ、そうなったらそうなったで、ガキはまた違う遊びを思いつくわけでさ、

部屋に篭ってドラッグばかり初めたり、あるいは自傷行為が花盛り。

つまりはイタチごっこ。

終わりなき追いかけっこってのが、まあ人の世の定め。

それから逃れることができない以上は、
それを踏まえた上で、善と悪とのバランスをどうやって取っていくか、
ってのがオツムの使いどころな訳なんだよ、と改めて思う。


最後に、

全てが商業価値として消費されるだけのこの社会。

安易な刺激を悪戯に追い求めてはハードコア化、つまりは、グロ化する世相、
その末期的な煮詰まりの中で、
エンコーだなんだでガキともの心と身体を貪ってはとことんその下心の足元を見透かされた挙句に、
ワイドショーで血祭りに上げては晒し放題のいじめ商売のダシにしようということかね。

そんな軌道を逸した末期的な修羅の世を、
ガキはただ面白がって真似しているだけなんじゃねえのかな。

という訳で、

ガキのやることに四の五の言う前に、

つまり、なにをトチ狂ってか、少年法改定、なんて言ってる単細胞のとっちゃん小僧たち、もちもちおばさんたち、

まずはてめえで、しっかりと大人してから言え、と俺はそう言いたい。


一番たちの悪いガキ、ってのは、
良い歳こいて、ガキにさえにも舐められるぐらいの幼児的大人、

少年法改定して、悪ガキはみんな死刑にしてしまえ、
なんて、そんな馬鹿なことを言ってる、
単細胞のとっちゃんこぞう、もちもちおばさん、

つまりはてめえらのことだ、と言わせて頂く。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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