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厄介な物知りもどきな方々

Posted by 高見鈴虫 on 11.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
近頃、妙に物知りが増えたな。

暇な奴に限って物知りを気取りたがる。
あるいは、専門職の無いやつ、
つまり、必要に駆られてなにかを勉強する必要のない奴。
そういう輩に限って、妙に物知りぶっては、
有る事無い事をさかん吹聴したがる。

嘗て物知りはちょっとは尊敬された時代があった。

物知りとは、本読み、つまりは勉強のヒトであったからだ。

難しい本を読んでいるんですねえ。
その知識が有難がたがられた。

それに反して近頃の物知り、あるいは、物知りもどき。
そういった意味ではその価値は暴落。
ともすると、非常に厄介、迷惑な存在であったりする。

事実俺はそんな物知りな人からはちょっと距離を置くことにしている。

なぜかというとぶっちゃけむかつくからである。
なに調子こいてんだよ、と後ろ頭をはりせんで引っ叩きたくなる、
な訳である。




でそんな輩。
俺のむかつきをものともせず、
あんた、そんなことも知らないのか、
と、いきなり高飛車にやってきては、
WEBで掻い摘んだであろうヨタ記事を吹聴しては悦に言っているばかり。

そう、近年の物知りもどきの知識の源泉とは、つまりはWEBである。
だがしかし、そんなWEB知識の切り貼りが、
実は俺自身もどこかで斜め読みしたヨタ記事ばかりな訳で、
つまりはそう、こいつもOPT設定に騙されて森の中に誘い込まれているだけの話。

で、思わず、いやだからさ、と口を挟もうものなら、
いや、あんたは騙されている。
どこでそんないい加減な知識を齧ったんだ。
それは嘘だ。すっかり騙されている。誰かの陰謀にひっかかったんだ。

自分の知識以外のすべてが風評だ、ということなのだろう。

風評の風評は風評で風評が。
自分の信じる風評と違う風評は、
なにからなにまで風評とばかりに、
という訳でヒトの話をまったく聞かない輩たち。

いやだからさ、という言葉ももう面倒臭くなって、
はいはい、判った判った、じゃあな、と背を向けるしかやりようがないく、
正直、そういう奴、電話を取らないどころか、
メールには返信を返す気もなくなってしまう。

つまりは、そう、幻滅、という状態な訳だ。

或いは、
ねえねえ、紹介したい人が居るんだけど、会ってやってくれない?
という場合、
それは大抵、不毛な物知りバトルになる。

へえ、で、オタク、なにさまなわけなんですかね?
と薄ら笑いで横を向いている、その一見して好感度ナンバーワンの草食系。

で、なにかを言わされるたびに、
ああ、はいはい、それ、知ってます。
はいはい、それも知ってますよ。はいはい。
と、すべてを軽く受け流されて、

挙句の果てにスネークマンショーではないが、
違うよお~といきなりヒトの話の腰を折っては、
俺なんかねえ、俺なんかねえ、俺なんかねえ、
とどこにでも割り込んで来ては、
判で押したように、またまたWEB知識の受け売り。

あるいは、
ふん、あんたの知識はその程度かよ、ふっふっふ、やっぱり俺の見ているサイトは最強だな、
とばかりに薄くほくそ笑んでいたり。

で、そんな人達の話が、実はやはり、判で押したようにつ・ま・ら・な・い。

で、あなたはその本を読んだの?
そして、何を感じたの?

あるいは、

で、それを実際にその目で観たの?
で、どんな匂いがしたの?

と突っ込むと、いや、その、と口ごもる。

つまり、WEBのヨタ記事には、感想文までは用意されてなかったりもするからだ。

つまり、実態、というか、脈絡というか、筋というか、
まあつまりは、話に骨が通っていない、
あるいは、悲しいほどにその言葉は重み、あるいは、五感に欠ける。

俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだ。
俺が聞きたいのは、
例えば数字で測れないもの、
例えば誰かさんの権威付けの必要とされていないもの、
つまりは、あんた自身の虚栄から解き放たれた、
あなた自身の心の言葉なのだ。

高速連打の、早弾きの、32連符の、64連符の、
あるいは、
イルミナティのロックフェラーのロスチャイルドの、
あるいは、
在日の、コリアンの、中国の、少年法の、
あるいは、
顔射の、潮吹きの、アナルの、Gスポットの、

あのなあ、そんな取ってつけたような単語になどなんの意味もない。

それは知識であるかもしれないが知恵ではない。
情報ではあるかもしれないが、ストーリーがない。
流れも必然もないく、つまりは匂いがない、
生きていない、つまりは、魂がない。

そんな虚ろな情報の数々。
まるで風に踊るゴミ袋のように、ふわふわと流れては吹き溜まっていくばかり。

言葉っていうのは、実はそういうものじゃなくて、
魂が篭って初めて言霊。

そうそう、あれあれ、いやあ、本当に良いよなあ、

やら、

うひゃあ、俺、あれ、大好きでさ。

やあ、

おおお、良かったあ、面白かったぁ、凄かったぁ、

それだけで十分、という気がするのだがな。

で、な、な、な、そうだろう?
そうそう、あれ、実はさあ、

とそこまで来て初めて、経験的な知識の共有が始まるのだ。

魂無き言葉たち。

共鳴、親和、そして、共感のない言葉に意味などないだろうに。

答えを知らない冒険。

誰も何もしらない未踏の原野を盲滅法に突き進んでは、
そこに出くわすいちいちのことに、思わず言葉を失って、
ただただ見開いた目で見つめ合うだけ、
そして、膝が砕けて腰が折れて、地面に転がって笑い転げては、

こんなもの見たことねえぜ、ぎゃはははは!

仲間たちと、そんな経験をしていた頃を、ふと思い出している。

誰にも内緒だからな。
おお、誰に話したって、こんなこと信じねえだろ。

そう、本当に本当の話は、言葉なんかじゃ伝えられないものなのだ。

だからな、内緒だからな。そう、いまでも内緒である。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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