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WHIPLASH 邦題:セッション を観る

Posted by 高見鈴虫 on 22.2015 読書・映画ねた
WHIPLASH。
つまりはジャズ・ドラムの映画であるらしい。
そんなことからドッグラン仲間から、あんた絶対に観るべきよ、
とか言われては、半ばいやいやにDVDを借りてみたのだが、
予想通り、んだこれ、であった。

やっぱなあ、どうもこう、音楽ものの映画は嘘くさくていけねえ。







舞台は多分ジュリアード音楽院、
そこのジャズ科ってのがあって、その教室に通う一年生のお話、
である訳で、
まあ俗にいう、スポ根もの。
そのジャズ・ドラム版といったところか。

ただこの昭和の日本では定番となっていたスポ根もの。
厳しい修行の中で芽生える師弟愛。
血と汗と涙、愛と感動の、なんてところかと思えば、
そう、ここはアメリカ。
ことここアメリカにおいては、シゴキ、或いは、体罰は絶対にご法度の犯罪行為。
よって、愛のムチやら、青春の汗、なんてものは、
いきなりただ単に、変態教師のサディステックないぢめ根性の賜物、
ってなところに転がり落ちてしまう、ってのが、まあ、なんともなわけだ。

で、そう、日本でもちょっと前にあったよね、体育会の体罰は是が非か、みたいなの。

確かにあの体育会によって凄く沢山の人々が、
スポーツあるいは学校、あるいは日本そのものを大嫌いになって、
なんてこともあって、実は俺もその一人。

ただその後、日和ったつもりで飛び込んだ音楽業界。
で、実はそこが体育会も座り小便するぐらいに、まさにヤクザな世界。

怒鳴って殴って教えてくれるどころか、
てめえ、次にとちりやがったらぶっ刺すぞ、なんてことまで言われたり(嘘
とか、つまりはそう、教育的指導どころか仁義なき世界。

そんなところを通ってきた俺に取っては、
あんなあ、バンマスのいじめなんて、普通でしょ、と。
殴られた蹴られたで泣き事言ってられるなんてまだまだあまちゃん、というか・・

ドラマーが手に豆つくって血だらけ?
ばーか、それはおめえ、恥だよ恥。
ただたんに練習が足んねえだけだろ、と。
だってさあ、ドラマーたるもの、24時間スティックを握っているってのが前提だろうが。
それでなんでマメなんてものができる訳あるんだよ、と。

というのがまあ普通のドラマー的な感覚なのであって、
まあ、そこからして、なんだこれ・・、とは思っていた。

改めて、
ひとたびプロを目指す以上は、
あるいは、世界一、なんぞと風呂敷を広げてしまった以上は、
普通の人間である必要などまるでない訳でさ。

だってミュージシャンを目指す者、
その根底にあるのは「俺には才能がある!」という確信なのであって、
そんな自称でも「天才」を気取るものに取っては意地でも、
ぼく、これだけ練習したんです、なんて姿は見せるだけでもアホ。

なんてったって俺は天才だから、練習なんてぜーんぜんしてないもんねえ。
だってよお、天才のこの俺にとっちゃ、生きている、ってこと自体がドラムを叩くってことで、
息するのとおんなじようにドラム叩いてるってのがまあ普通なわけよ、とかね。

まあやせ我慢でもなんでも、とりあえずは、
そうやって安っぽい努力を隠し通すことにこそ美学がある訳であってさ。

ちゅうわけで、血まみれになりながら一生懸命練習しました、
なんて次元で調子こいてるうちはまだまだガキ。
くだらねえバイトもせずに一日中ドラム叩いてられるんならそれはそれで天国じゃねえか、
なので、
この映画で悪者役の熱血音楽教師。
こんなに熱心に教えてくれる奴がいたとしたら、
それはそれで逆にありがてえ、って思わなくてどうするんだよ、と。

ちゅうわけで、
なんともまあ、甘やかされたナードなガキの話。

やっぱなあ、
親に楽器を買ってもらったやつ、と言うか、
誰にも反対されずに、あるいは、学校のお勉強の延長として
親に高い学費を出してもらって(実は嫌々)ドラムやってます、
なんてしゃあしゃあと言えちゃう奴って、やっぱ根性なさすぎというか。

つまりは、ジュリアードだかエリートだか知らないが、
学校なんかざで人から音楽をお勉強したなんて奴は、
ちょこざいなテクはお上手なのだろうが、魂は抜け殻。

親と先公とお巡りに追っかけまわされながら、
世の中すべてを敵にまわしながらでも、
人間やめますか、音楽やめますか、
ってところで、命張って音出しだ、ばかやろう、という気合の無い音楽なんて、
しょせんはクソ。
おかあさんといっしょのちーちーぱっぱと変わらねえだろうと。

つまり、ジャズがロックが死んだのは、
そんな過保護な英才教育主義が、
根性も魂も、つまりはソウルのない音楽を量産してしまった、
それが理由だろ、と思っていたのだがどうだろう。

で、そう、あともうひとつ。

そう、この映画に出てくる人々、ぜんぜんミュージシャンらしくない!

実は、俺がミュージシャンだった時代、世界中どこに行っても、
ミュージシャンだけはすぐに見分けが付いた。
どんな人混みの中でも、あ、あいつ、ミュージシャン、とか、
あ、あの顔は、あの目つきは、あの後ろ姿はミュージシャン、
とすぐに判ってしまう。

それはスタイルとか服装とか、そんなものをすべてとっぱらっても、
やはりミュージシャンはミュージシャン。
同種の人間を嗅ぎ分けるこの嗅覚に間違いは無かった訳で、
そんな俺が世界中どこに行っても不思議なぐらいに人脈に恵まれたのは、
つまりはこれ。同類の匂い。
初対面同士が、おっ、こいつミュージシャン、と互いにぴぴぴっと来ては、
で、面倒なト書きがうっちゃって、で、どんなかんじ?という話の核心にすぐに飛び込んで行ける。

で、そう、この映画に出ている人々も含め、
実は、かのジュリアード音楽院の学生さんたち、
このミュージシャン特有の雰囲気が、まるでない人達が多いんだよね、実は。

つまり、授業そっちのけでドラムの練習ばかりしていたり、
親から先公から警察からに、うるさい!と文句を言われては家を飛び出し、
とそんな、音楽を続けることによって生じる風当たり、それに刃向かい続けた侠気、
みたいなものが、まるで感じられない。

まさに、ちーちーぱっぱを繰り返すように、
あるいはまさに、参考書の問題集を解き進めるように、

はい、ジョー・モレロもマックス・ローチもクリアした俺、
次はトニー・ウィリアムスか、デイブ・ウェックルかな、ははは、
みたいな、
なんとも表層的な、譜面追うだけのシャロウな音楽解釈。

いや違うだろ、ジョー・モレロのその奥底には、とか、
俺はやはり、なんといってもエルヴィン・ジョーンズのあのグルーブが好きで、
とか、そう、そういう深い、あるいは、印象的な話がまるでできない。

つまりそういう奴の奏でる音楽には、
張りがない。タメがなく、グルーブがなく、つまり魂がない。

てめえ、焼きそばでもこねてるつもりか?
でんでん太鼓じゃねえんだぞ、と思わずバスドラ蹴りあげたくなる、
という気持ちも判らないでもない。

いいかあ、グルーブってのはな、
紙ペラ一枚に書けるような、そんなもんじゃねえんだよ。
人生傾けて、24時間、音楽を呼吸して初めて身体から滲みだすもんなんだよ、
とか言って言われてしていた頃が、
まったく馬鹿馬鹿しく思えてくるこのクソ映画。

つまりさ、
そう、この時代、
こんな時代に敢えてJAZZなんてものに拘っているということからして時代錯誤。
つまりは、まあ、古典芸能愛好家のおたくなガキ、みたいな、
つまりは、そう、
音楽がまだ煮えたぎっていた頃のように、
バンドをやれば女にもてる!やら、金を掴める!
やら、そういうところばかりに着眼しては、
クラスの人気者が一斉に土方のバイトやって、あるいは万引きして、
いきなりステージに飛び乗って、さああ、ぶっ飛ばそうぜ!
なんていう、
音楽に対するそんな熱狂がまるでなく、
つまりは、そういうお祭り的人間、あるいは「人気者」という種族、
そういう人種とは一番遠いところにある、
まさに地味なおたくなマザコン的なナードなキモガキによる古典芸能修行的ジャズというか。。

そんなところにいきなり体罰上等の熱血教師?

あまりにも陳腐というか、なんというか。

だってさ、そもそも、
踊りの一つも踊れないようなガキに、
あるいは、ドラムはセックスだ、とばかりに練習もやらずに女ばかり追っかけていたり、
あるいは、街中から鼻つまみのお祭り男でもなかったガキに、
つまりは、
親や先生に言われたことを素直に正直にはいはいと聞いていられるようなそんなガキに、
わざわざドラムを叩く、なんて必然性も理由も見当たらない訳でさ。

女と音楽、どちらを取るか?
やら、
体罰教師に怒られたのでやめました、やら、
なんだよ、こいつ、と、思わずせせら笑ってしまうっていうか、
なんか。。
ぜんぜん違うところを見てるんだね、としか言いようがなく。

つまりはそう、表層なんだろ?
譜面通り、きっちりきっちり、間違えなく粒を揃えて音が出せる、
ただそれだけ、ただそれだけの音楽なんだろ?

つまりは音楽をやることの必然性というか、宿命性というか、

音楽をやる理由は、それがなかったら死んじまっていたから。
生き続ける為には、音楽をやっていなかったら身が持たなかったから、
心の平静が保てなかったから、

なんていう切実さは微塵もないわけなんだろ?と。

という訳で、
音楽をやらなくても生き続けられる奴は、音楽なんてやらないに越したことはない。
カウチでポップコーンでも食いながら一生テレビでも観ていなさい、と思いました。

ちゅうわけで、こんな次元で、
音楽を目指したガキが体罰教師に蹂躙されて泣きながら、
なんて陳腐な映画。

そしてついには、その体罰教師のいじめを振りきってがんばっても観ました、
なんていう、
あれまあ、といきなりへなへなと脱力して腰がぬけてしまうぐらいにヘタレ過ぎる、
そんな作り物にされちまうようなぐらいに、
つくづく、音楽ってもう思い切り死んでるんだな、と思い知らされた次第。

あるいはそう、ジャズがその求心力も魅力も輝きも失ってしまったのは、
つまりはそういう理由なんだろうな、と思っていた。

という訳で、
改めて思い出すのは16歳の時にお世話になったバンマス氏の言葉。

オンガク? 
音を、楽しむ?
ふざけろよ、このガキ。
あのなあ、ちーちーぱっぱじゃねえんだぞ。
どこの馬鹿が、ここまで来て、音を楽しんでなんかいるもんかってんだよ。
俺達がやってるのは、ミュージック。ソウル・ミュージック、魂なんだよタマシイ。
誰も楽しんでなんかいねえ。
楽しむのは客だけで十分。俺達は命削って音出しんだよ。
だからてめえも半端なリズムきざむんじゃねえぞ、
さもねえと、てめえ、ぶっ刺すからな。ステージ上がるときには命張ってやれよ。
ただな、
おめえ、ステージ終わってみろ、あそこにいる女達、あの女達はみんな俺たちのものだ。
朝までとっかえひっかえやり放題だぜ。
さああああ、ぶっ飛ばそうぜ!

という訳で、
来る日も来る日もスタジオとギグをいったり来たり。
寝床と言えば幽霊の出る開かずの間。
壊れたメトロノームを相手に
基礎の基の字も知らないままにただただドラムを叩き続けては、
ステック粕の積もったカーペットの上で犬のように寝ていた19歳の頃を思い出して、
つくづく馬鹿なことしたな、とちょっと思い出してもいた。

という訳で、この映画の少年も、さっさとドラムなんてやめて、
JAVAプログラミング教室にでも行っておいたほうがいいよ、と思っていました。

あるいは、そう、JAVAのプログラマーのような人と叩くドラムは、聴きたくないよな、と心底思っていた次第なのです。

音楽は死んだ。それがどうした、じゃな、と思っている。






プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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