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つまりはホルモンな訳なのか?

Posted by 高見鈴虫 on 25.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ずっと求めていたもの、

それはまさに、暑い夏の午後に吹く一陣の風の様に、
あるいは、ルビー色の夕暮れの光りに包み込まれたような、
目に映るものすべて瑞々しく息を吹き返すあの瞬間。

あの子の微笑みが囁きが吐息が、
しっとりと湿り気を帯びて肌に染み込むような、
世界が安らぎに満たされるあの温もり。




夏の海。
沖まで泳いで振り返ったビーチの風景。
音もなく風に揺れる森。
鎮守の森から覗く空の片鱗。
イルカと泳ぐ海。
夕暮れに包まれた駅前商店街の踏切り。

夏草。
潮風。
あの子の髪の香り。
胸に抱いた子犬から漂う乳の匂い。

安堵感。
親和感。
安らぎ。
達成感。
充実感。

世界が溶けてゆく。
風景が満たされていく。
青々と水に濡れ、音もなく漂う緑の息吹。

すべての不安から解き放たれた、
それはまるで、射精の後のようなあの満ち足りた感覚。

つまりは求めていたものはつまりはそれ。
心のコアに潜んだ恐怖からの開放ではなかったのか。

そして一陣の風の中に心が満たされる時、
それをホメオスタシスと言うのだろうか。

映画に、音楽に、文学に、セックスに、
マリファナ、オピューム、ヘロイン、そしてエクスタシーに、
俺はそれを、
普遍的にその至福を得る方法を探していたのではないだろうか。

という訳で、時は21世紀である。
神の実存がデータ値で算出される時代である。
そんななか、ここに一つの糸口。あるいはキーワード。

オキシトシン。。?
別名、愛情ホルモン。

授乳する母親に分泌されるという、愛のホルモンであるらしい。

つまりはそれ、つまるところそれ。本当にそれなのかな?

という訳で、かの映画「パフューム」ではないが、

このオキシトシンを意図的に分泌させることができれば、
世のいざこざから、ネトウヨの戯言から、地下鉄の席の取り合いから、
嫌味な上司から、戦争から、無益なマネーゲームから、

この世の中の不愉快なことが、なにからなにまで、
全て解決してしまうような気がしないでもない。

それが証拠にそう、
俺はこれまであれほど繰り返してきたではないか。

不幸な奴は自分が悪い。

つまりそう、世の不機嫌な奴らは、
ぶっちゃけ、溜まってる、訳であって、

なぜなら、愛に満たされた奴は他人を不愉快にはしない。

或いは、愛に満たされた奴に不愉快になる奴は、実はそいつが勝手に満たされていないせい。
この馬鹿が。自分の不幸を他人のせいにするな、と俺はそんな奴らをせせら笑ってきていた。

あるいはそう、犬。
幸せになりたければ犬を飼えば良い。
なぜそんな簡単なことに気づかないのか。
子犬や子猫に愛情を見いだせないのはお前が病気だからだ。
自分の不幸を他人に押し付けるな。

という訳で不幸な人々。
サイコパスから殺人狂からストレスからヒステリーから、
全てはこの、オキシトシンの分泌を切望するあまりの、その反動なのではないのか。

がしかし、それが本当に本当なら、
悪の帝国がその秘薬を乱用しては、人々を愛で満たす、と欺いて、
ゲットーの奥底でホルモン・ドラッグにラリラリにしたままに幽閉するということが
実に可能になる訳でもあるのかな。

そんなことさえどうでも良いぐらいに、気持ちのよい人々。
つまりは濃厚なセックスの、
射精の直後に訪れるあの空白の中のように、
人々が愛し合っては満たさることがなぜ罪悪なのか、とも思う。

つまりはそう、生産性が上がらないからなのだろう。
つまりはそう、不満と欠乏で欲望を炊きつけ続ける以外に、
この資本主義社会を回すことができないから、なのだろう。
つまり社会は、不幸を燃料として金を作り出す邪悪なマシーン。

が、そう。この21世紀。そのモデルがすでに底が開けてしまっている訳だ。

という訳で、そうか、やっぱり薬なんだな。

このオキシトシンを知らない間に飯に混ぜられては、
世の中のこと、すべてオーライ、と満たされてしまう近未来の状況と言うのが、
果たして良いのか悪いのか、とふと思ったりもした。


という訳で、ふとこんな曲。。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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