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なぜかヤギしかいないBBの夜

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 音楽ねた
犬の散歩をしながら、交差点のカーステから
妙に古めかしいブルースが聴こえてくる。

なんでいきなしこんなブルースなんて音楽を皆が聴き始めたのか、
と思っていたら、そっか、BBが死んだのか。

ブルースは嫌いな訳じゃないが最近はもうわざわざ聴かないなあ。

ロバジョンはたまに無性に聴きたくなるのだが、
BBやらマディ・ウォーターズから、昔あれほど聴きまくっていたブルースが、
最近になってますます遠ざかるばかりであるなあ、とはつねづね思っていた。








でまあ、その代わりというわけでもないのだが、
ここのところ、雪が融けてからというもの、
どういう訳か、去年の夏から始まっていたあの熱病の揺り返しで、
まさにまたまた、DOORSばかり聴いている。

もう朝から晩まで耳の奥の脳内でドアーズが鳴り響き、
勉強中もずっとYOUTUBEでドアーズばかり。

もうここまで来ると聴き飽きて聴き飽きて吐き気がしそうなぐらいなのだが、
音楽を止めたとたんにすぐに耳の奥で自己反芻が始まってしまうわけで、
なかなかすんなりと逃がれることができない。

昔はファースト・アルバムばかり聴いていて、アルバム一枚丸々、最初から最後まで、
各パートのなにからなにまでを完全に再現できるぐらいまでに聴きまくっていた憶えがあるが、
今になって、ジム・モリソンの歌詞がまさに砂に落ちた水のように身体に染み渡ってくるようだ。

という訳で、そう、最近はセカンド・アルバムのSTRANGE DAYSばかりが頭の中で回っている。




一曲目のSTRANGE DAYSから、最後の WHEN THE MUSIC'S OVERまで、
40分に満たないアルバムなのだが、音楽が終わったとたんにまた聴きたくなって
このエンドレスのローテーションからなかなか逃げられないでいる。

とそんな中、勉強の合間にどういう訳か、かのカルロス・カスタネダなんてのが読みたくなって、
WEBで探してみたら、なんとドン・ファン・シリーズの全作品がPDFファイルで出ていた。

インドやらネパールやらのカフェのテーブルで、
広げたページでハッパを揉みながら、
表紙の厚紙をちぎってはフィルターにして、と散々な目にあっていたドンファン本であるのだが、
カノ本に描かれたあの一つのロマン、
国境のバス停でひょっこりと知り合った爺さん、
その爺さんこそが探し求めていた師匠で、
それに誘われ新たな旅が始まる、というあれである。

今となっては全てが嘘っぱちだった、と白状されてしまった訳だが、
あれを鵜呑みにしたまま、こうしてラリラリを続けているうちに、
いつの日にか、ある種の悟りのたどり着けるのでは、と思っていた頃が実にのどかに感じられるな。

で、そうそう、噂に聴いていた、あのドアーズの残党が作ったドキュメント映画:WHEN YOU'RE STRANGE

これもちょっと検索してみたら、なんとWEB上に丸々とUPLOADされていて、思わず最後まで観てしまった。

あれほど探していたものが、ちょっとKEYBOADを叩くだけですぐさまに目の前に転がり出てくる。
いやはや凄い時代になったものだな、と思いながらそんな凄い時代に漁っているのがドアーズというのもなんとも情けない気がしないでもない。


という訳でBBだ。そうそう、BBが死んじゃったんだよな。

でおかしなことに、こちらでブルースを聞くのは判で押したように白人のヤギ系ばかり。

黒人が黒人のブルースを聴いている、なんて見たことないってのはいったいどういうわけなんだろうね。


取り急ぎ合掌


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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