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トニー・ヤン

Posted by 高見鈴虫 on 01.2015 ニューヨーク徒然
トニー・ヤンは中国生まれ米国育ちのチャイニーズ系アメリカ人であった。

学生時代バスケットで鍛えた身体と強気な態度は典型的なJOCKタイプで、
システム屋にありがちなゲーマ的な虚弱体質のみじんこ野郎どもばかりの中にあって、
俺的には珍しくも好感の持てるタイプであった。

その頑強な体つきと、物怖じをしない屈強な態度。
まさにアメリカのナイスボーイの中国人版。
時としてそのあまりに強気な態度が生意気、と誤解されることも多かったが、
傍から見れば、まさにアメリカの美意識を絵に書いたようなそんな爽やかな青年であった。

がしかし、そんなトニーにもしかしやはり屈折があった。




トニー・ヤンの抱えた屈折。
それはここアメリカで生きるものならば全てが直面することになるであろう、
言わずとしてれた米国社会におけるあからさまな差別、
ぶっちゃけ、人種間でのイジメである。

中国からの移民であったトニーの家族は、辿り着いたニューヨークはクイーンズ、
その貧民街の片隅でなし崩し的に暮らし始めた。

トニーのアメリカ生活は、そのクイーンズという移民社会の中で、
アメリカの社会構造の現実、つまりは最もキツイところを、
まさにこれでもかと食らい込むことから始まった。

ここアメリカは、現実的には白人の白人による白人の社会である。
その現実は、誰がなんと言っても代わりはしない。

そんな白人は、例えどれほどのトラッシュであっても、
やはりこのクイーンズというゲットーにおいても貴族である。

黒人が白人に殺されても警察は動かないが、その逆だとすぐに全国紙のニュースになるように、
黒人はいつも犯罪者でそれを取り締まるNYPDは判で押したように白人だからなのであり、
そして白人以外のマイナリティ、つまりは有色人種同士の揉め事は、なにがあったにしても二の次三の次。
それが良いの悪いの言う以前の段階で、その現実は当然過ぎるぐらいに当然のことなのだ。

という訳で、鬱屈の上に鬱屈を重ねて生きる白人以外のアメリカ人にとって、
その下位にある黒人とそしてラテン系によって形成される非白人社会、つまりは底辺集団の中、
新加入の中国系は、やはり当然のことながらその双方のグループから徹底的にカモにされた。

トニー・ヤンの父親はアメリカに渡る前、本国の中国に置いてはちょっとした実業家であったらしい。
家族全員分の密航代をいっぺんに景気良く払えたのもその財力によるものだろう。
そんなトニーの父親は、クイーンズに落ち着くや否や、
パンと呼ばれる中国人の互助団体の力を借りてレストランの経営を始めた。
着いたばかりの移民たちのひしめきあうこのクイーンズという一種ゲットーの中において、
安い美味い早いをモットーにした中華料理屋を開いた父親は、
通常は誰もが敬遠するであろう黒人やラテン系の人々をメインの顧客にしている関係で
なかなかに割の良いビジネスを展開することが出来たのだが、
と同時に、しかしそれは当然の事ながら、その場所で教育を受けることになる子どもの受難との板挟みに悩むことになった。

レストランがたびたびに渡って強盗の襲撃を受けることは仕方ないにしても、
大切な一人息子が学校に行くたびに殴られ蹴られ有り金の全てを奪われ続ける惨状には業を煮やし続け、
地元のチンピラたちから営利誘拐の標的にされつつあるという現状を知った家族は、
ついにこの土地でのビジネスを諦め、そしてロングアイランドへの移住を決意する。

ロングアイランドは言わずと知れたニューヨーク近郊の金持ち地域である。

古くはフィッツジェラルドの華麗なるギャツビーに描かれるように、
持てるものだけの集う楽天地。
ロングアイランドに住むことはアメリカ社会における成功者、つまりは勝者の体現である。

最近になって、あぶく銭を掴んだ中国系の人々がここロングアイランドに邸宅を構えるケースが増えた、
そんな噂を聞きつけたトニーの父親はそんな特権階級の中国人の人々を対象にしたレストランを開くことにしたのだ。

ロングアイランドに越してからトニーの日常は激変した。

これまでクラスメートと言えばほとんどが黒人とラテン系。
小学校のうちから学校にガンやドラッグを持ち込んでは、
中国系と見るやまさに鮫のように襲いかかってくる凶暴な野獣たち。
それがいきなり、白人か、あるいはユダヤ系の、
自身を貴族階級と信じて疑わない由緒正しきおぼっちゃまお嬢さんに囲まれることになったのだ。

トニーはこのロングアイランドの土地で、ようやく身の安全こそ確保したものの、
それと同時に、中国人に対するあからさまな人種的偏見、
その冷たくも硬すぎる壁と向き合うことになった。

蒼い空と緑の芝生に立ち並ぶ豪邸。
そんな夢のようなロングアイランドの高級住宅街において、
殴られたり蹴られたりはなくなった代わりに、
ランチの席で同席を断られるどころか、
廊下ですれ違うことさえも避けられるような、歴然とした差別、あるいは区別に直面することになった。

みなさん、よく聞いてください。
トニーは中国系です。
だからと言って人種差別はいけません。
事実この偉大なアメリカにおいて、中国の人々は大陸横断鉄道のレールを敷くという偉業を成し遂げてくれました。
皆さんにはあまり馴染みはなかったかもしれませんが、この中国人たちは
現代のアメリカ合衆国の繁栄の、その重要な一翼を担ってくれた人々なのです。
立派なアメリカ市民のひとりとして、そんな中国人の人たちも分け隔てなく暮らすことができるように、
みなさんもこのトニーくんと仲良くしてください。

にこやかな顔をして教師がそんなことを言ったりもするのだが、
それは暗に、奴隷の子孫がなんでこんなところに居るんだ、の揶揄であり、
当然の事ながら、トニーはそんな冷ややかな区別とおざなりな人類愛をポーズしただけのニヤケ笑いに囲まれて過ごすことになった。

幼い時から遊び相手も居ないまま、誰もいない公園のバスケットボールのコートで一人、黙々と3ポイントシュートの練習ばかりしていたトニーは、
その後、高校入学と同時にその才を認められてバスケットボール部に入部。
6フィートに満たない短躯でありながら、筋金入りのポイントゲッターとして活躍するに至った。

このバスケットボール部での活躍によってトニーの生活は一変した。
初めて白人のチームメイトに囲まれて友人というものを知った。
じきに白人のガールフレンドも出来て初体験も経験し、
白人中心の社会においてただ一人の中国人としてなんとか溶けこんで行った。

トニーのその中国人には珍しいJOCKな姿勢は、まさにこのバスケットボール部から始まる成功体験から築き上げてきた物、
つまりは勝ち取ったものであったのだ。

ここロングアイランドの地においておかげ様で父親のビジネスも好転を始めた。

散在する中国人を相手に細々と行っていたする姿勢から一転し、
看板からメニューから、中国語を一切を排除しては、
白人をターゲットにしたなんちゃって中華料理の展開を始めたのだ。

白人客のその味覚に合わせ、本来の中国料理の美学をかなぐり捨て、
バターと砂糖と時としてチーズを多用しては、
オレンジジュースとピーナッツバターを用いたソースのアレンジが好評を得たのだ。

当然のことながら、そんななんちゃって中華料理は、
もともとからの中国系の顧客からは総スカンを食ったのだが、
結果が全てのアメリカ社会。

トニー・ヤンは成功者の息子として晴れて大学進学の夢を果たし、
入学のお祝いとして父親は息子にインフィニティを送った。

トニーは事あるごとに、俺のインフィニティという言葉を使った。

俺のインフィニティ。

それはまさに、トニー・ヤンが人生の中で初めて手にしたまさに黄金のトロフィーだった。

幼い頃からの黒人とラテン系への憎悪。
白人たちの冷ややかな視点に囲まれた孤独な学生時代。
そしてバスケットボール部の英雄としての転身と、白人のガールフレンドとの関係。

そんな中でトニーは自己のアイデンティティ、
特には俺には俺の、アジア人としての美学がある筈だというプライドを求め始めていた。

そんなトニーの目の前に現れたのが日本である。

いまやすっかりと米国を席捲してしまった日本車。
世界のテクノロジーを先導する技術力。
同じアジア人として日本の成功こそが希望であった。

トニーは日本を愛した。
日本こそが同じアジア人としてのプライドを体現してくれる夢の存在だった。

磨き上げられたインフィニティで海岸通りを滑走する時、
図体ばかりデカくて薄のろな米国車を次々と抜き去りながら、
トニーの心は遥か日本に対する憧憬に震えた。
そして華麗なインフィニティを駆るトニーは、知らぬ内に日本人と間違われることにも悪い気はしていなかった。
トニーは身の回りのものをすべて日本製に固めた。
わざと日本人に間違われるように、日本の文化やファッションを積極的に取り入れて、
日本ファンの女の子たちの気をひこうとした。

と同時に、トニーの心にはもうひとつの光が灯っていた。

民族の母国である中国の自由化である。

まだまだ世界の工場扱いの枠を出なかったが、
もしかするとこの先、そんな母国への帰還が許されることになるかもしれない。

幼い頃、黒人やラテン系の子どもたちからイジメに合う度に、そして白人たちからの冷笑の壁に阻まれる度に、
傷ついたトニーを父親が諭した言葉。

私達は中国人だ。世界で最も優れた民族なのだ。それに誇りを持て。

奴隷の子孫と蔑まれてきたトニーにとって、この父親の言葉にはどうしても同意することが出来なかったが、
中国人が実は世界で最も優れた民族である、という言葉はトニーの胸に深く刻み込まれた。

その現実性を問いただすとき、トニーはいつも日本を思ったものだ。
同じアジア人である日本人だってここまで偉く慣れたのである。
中国人にできない訳がないではないか。

いまは似非日本人として暮らすトニーも、いつかは胸を張って中国人としてのプライドを誇れる日が来る。

そう信じるトニーにとって、日本は夢であり希望であり、そして目標であったのだ。

大学卒業と同時にトニーは日系会社への就職を希望した。

日本の優れた技術を学ぶこと、それがトニーの熱望であった。

俺がトニーと出会ったのはそんな時だ。

日本への憧憬を熱く語るトニーに悪い気はしなかったが、
いや、でも、日本人にも色々あってさ、という真実を語ることが照れくさくもあった。

まあ見れば判るけど、日本人だからって優れているとは限らないさ。
日本人にも色々あってさ、バカも居ればお利口も居る。
中国人だって出来るやつもいるし使えない奴もいるだろ?
それは白人だって黒人だってラティノだって同じこと。

ただひとつ、この会社は人種差別はしない。
中国人であっても韓国人であっても、黒人でもラテン系でも出来るやつは正当に評価する。
出来ない奴はその逆。
だからお前もその気があるんならバリバリ頑張れ。期待してるぜ。

トニーはそれなりに頑張った。
人の嫌がる力仕事も率先して引受け、無理なスケジュールの詰め込まれた残業にも休日出社にも嫌な顔をしなかった。
初めての出張が決まった時、トニーの目は輝いた。
生まれてこの方、トニーはバケーションはおろか、ニューヨークを出たことが無かったのである。

そう言えばお前、パスポート持ってるか?

そう聞かれてトニーは耳を疑った。パスポート?そんなもの考えたことも無かった。

常々から日本、あるいは故郷の中国に帰りたいとは思っていたが、まさかそんなことが現実に実現するとは思っても観なかったのだ。

パスポートだって?パスポート?俺が海外に出れる日があるのか?

当時の中国系アメリカ人の中には、パスポートは愚か、アメリカの国籍、下手をすればソーシャルセキュリティさえも持っていない者が多かった。

スネークヘッドと言われる人身売買の組織の手引で密入国を果たした人々。
或いは、米国に辿り着いたにしても、この地での生活における最初の登竜門である英語の壁に挑む気力もなく逃げ続けた人々。
そんな親を持つ中国系の青年たちは、例え米国育ちで本国中国の地を踏んだことがなかったとしても、
本国中国のことはなにも知らず、下手をすれば中国語さえまともには喋れない根無し草となってしまうことにもなる。

それはまあ、どこの民族の子息においても同じことではあるのだが、
しかし中国人社会がなまじっか巨大で、
つまりは英語が喋れなくても中国人のコミュニティの中だけでそれなりに生活が成り立ってしまうことから、
そんなわけで、中国語以外なにも喋れず、あるいはアメリカにおける社会規約の何一つしてして知らないまま、
よっては納税の義務があることさえも知らずに、まさに影のようにしてこの国で生活を送る人々が実に多かった。

実はトニーの父親もそういったたぐいの人間であった。
ソーシャルセキュリティを持たない家族がどうやって生活が可能だったのか。
そんな家庭の子供がどうやって学校教育が受けられたのか。
あるいはビジネスを展開することができたのか。
甚だ疑問ではあるのだが、それが起こってしまうのがここ移民大国アメリカの凄いところでもある。

という訳で、トニーは初めて給料を貰った時に、そこから差っ引かれる税金の凄まじさに唖然とすると同時に、
健康保険への加入に基づく米国の社会保障のあり方を初めて知るに至る。

お前、アメリカ育ちでこっちの大学まで出ているのにそんなことも知らなかったのか。

事実、トニーはニューヨーク・タイムスを読んだことが無かった。
CNNでさえ見たことが無かった。

ニュースは全て中国語新聞。テレビはいつも中国語放送。
誰一人としてまともに英語の喋れない家族とその友人家庭の人々は、
そんな中国系のメディアの論調を疑うこともなく、
口を開けば、中国人は偉大だ、世界で最も優秀な民族だ、と繰り返すばかり。

それを真に受けて育ったトニーは、しかし現実社会とのギャップに悩みながらも、
しかしいつの間にか、例え日々、日系の会社において日系社会相手の仕事に従事して、
そこから給料、それも中国系企業に比べては比較にならないぐらいの高給を稼いでいながらも、
しかし心のうちには、いつか世界一優れた民族である中国人が、世界に君臨する日が来ることを信じて疑わなかった。

そんなトニーの頑なな姿に、俺は思わず、だから、と笑ってしまうことがよくあった。

だから、日本人だから中国人だから、なんて、そんな馬鹿な話はねえって。
周り見れば判るだろう。バカな日本人も居れば、利口者もいる。
お前みたいに使える中国人も居れば、なんとかみてえにさっぱりな奴もいる。
それは民族とか国籍とかそういう問題じゃねえよ。

しかしそんなトニーの中華思想が、
やがて昇竜の如き中国本国の未曾有の発展に煽られる形で、
みるみると暴走を初めていたことにうすうすと感づいてはいた。

ついに来た、とトニーは何度も口にした。中国の時代がついにやって来た。

それはかの北京オリンピックをピークに、ついには、大手を振って、中国こそが世界一、と名言するに至り、
どうだ、見ろ、また金メダルだ、どうだ、中国凄いだろう、中国こそが世界で一番だ。
中国人こそが世界の覇者になるべき民族なのだ、と会社内でも声を荒立て始めた。

あのなあ、と俺は苦笑を抑えながら言った。

お前、大学出てるなら、エスノセントリズムって言葉知ってるだろ?
そう、世界中どこに行っても、そうやって自分がいちばん、自分の国が、民族が一番、
なんていう安易な幻想を振り回す輩がいるもんなんだけどさ。
そういうバカなことを信じて疑わない単細胞、
そういうのを、エスノセントリストって言うんだよ。

そんなことはちょっと周りを見渡せば判るってのにな。
そういうバカには、まずはてめえの面を鏡で観てみろ、と俺はそれを言いたい訳でさ。

こうして世界中を駆けずり回って、
ついでに世界中のオンナとやって来た経験から言うと、

エスノセントリズムは耳にやさしいだけのただの戯言。
そしてそれを煽る奴は、確実にただのパープリン、
つまり、本を一冊も読んだことがないような無学な白痴ばかりだな。

バカがバカを相手にして現実を見るなと言ってるだけの話。

自分の目でよく見てみろ。
能力やらなにやらは人それぞれ。
バカな日本人も居れば、ちんこの小さな黒人もいるし、貧乏なユダヤ人も居れば正直者のインド人だっている。
そんなこと、ちょっと現実を知れば誰にでも判ることじゃねえか。

だがしかし、これまでのトニーの苦境に満ちた生い立ち知る俺としては、そんなトニーの熱狂に早々と悪戯に水をかける気にもなれず、
しかしそんなトニーのあまりにも無邪気な自国愛の中に、ある種の不快感、あるいは一抹の不安を感じなかったか、と言えば嘘になる。

そして改めて、中国系の人々の間に根深く有るこの中華思想という奴。

俺から言わせれば、それはまさに失笑に値するような幼稚なエスノセントリズム。
全てを自己中心的な主観的な視点で捉えようとするその姿勢から、
簡単にバランスを失っては迷走を始め、失敗を認めることをせずに言い訳ばかりをまくし立て、
そしていよいよテンパるとすぐにケツをまくる。
そんなの中国人たち特有の失敗のパターン、その根源にあるのが、まさにこの中華思想。
その狭心性と、視野の狭さ。
あまりに赤裸々な僻み妬み嫉妬の感情表現と、時として自制の効かなくなるその強欲とエゴイズム。
その全てが、社会的な未成熟さによるものではなく、あるいは民族的な性質によるものではなく、
つまりはこの中華思想という概念に基づくものだとすれば。

そんなおぞましい人間の業、時として人という生物の醜さの全てであるような、
そんな幼稚性を全面的に肯定してしまった概念を信じる人々。

孔子を例に挙げるまでもなく、優れた哲学者の数々を生み出してきたこの中国という国の人々が、
何故にこんな原始的かつ幼稚なレトリックの中に絡め取られてしまったのか。

北京オリンピックを経て、エスカレートした中国人たちの中華思想的発言は、
日本人以外の他のアジア系の人々からはあからさまな反感を買う形にもなり、
だから、やめろ、恥ずかしいぞ、という俺に、トニーは薄ら笑いを浮かべてこう言い切った。

嫉妬してるんだろう。俺達中国人に追いぬかれて悔しいのか、日本人。

あのなあ、と思わず。

あのなあ、右も左も判らなかったお前をここまで育てたのは俺達だろうが。
まあ確かにお前も自分で努力したのは十分に認めるが、
そういうお前を可愛がって来たのは他ならぬ俺達。
まあそんな俺達の判断が正しかったのか公平であったのか、
本当のところそれがお前の身に良かったのか悪かったのかは判らないが、
それでも俺達はお前のことを日本人だ中国人だの区別なく、
心の底から仲間として、或いは家族の一員として過ごしてきた。
それを一番良く知っているのはほかならぬお前だろう。

それが何だ。
なにが日本人だ中国人だ。
お前はトニー・ヤンだ。中国人でも日本人でもない、トニー・ヤンだ。
俺がお前を可愛がったのはお前が中国人だからでもアジア人だからでもない。お前がトニー・ヤンだからだ。
なにがあったとしてもお前はトニー・ヤンなんだ。
中国人であり、そんな中国人が優れてるのかなんなのかは知らないが、
そんなこと以前に、そのずっとずっと以前に、お前はトニー・ヤンなんだ。
そこにどんな尾ひれ背びれがついていようと、まずはお前はトニー・ヤンなんだ。それ以上でも以下でもない。
それだけで十分だろう。違うのか?

程なくしてトニー・ヤンは会社を辞めた。

父親が出資した独自の会社を立ち上げてCEOに就任。
その後、アタッシュケースを下げては、元の自身の顧客先を営業に周り始めたと聞いた。

トニー・ヤンと云います。
ご存知のように、日系の会社で日本人顧客を相手にして仕事を学びました。
日本語も少ししゃべります。
この会社にも何度もお世話になっていますよね。
みなさんも私のことをご存知の筈です。
これからは私に直接仕事をください。クオリティは勿論変わりませんが、値段は半分です。
どうです?良いビジネスをしましょう。

あれ以来現場でトニーの姿を見かけたことがないことから、
その元顧客たる日系企業向けの営業戦略は頓挫したようだ。

なぜだ。なぜ日本人は日本人の会社しか認めないんだ。
俺はトニー・ヤンだ。中国人である前にトニー・ヤンなんだ。
日系の会社で日系の顧客に尽力してきたトニー・ヤンなんだ。
どうしてそんな俺が、一人になった途端にそんな俺を無下に扱うのだ。

そんなトニー・ヤンの叫びが聞こえて来そうである。

という訳で、改めてこの日本人という民族の気難しさ、
と同時に、
例のあの厄介な、中華思想という壁である。

若いころの中国旅行以来、俺はそれなりに中国という特に興味を覚えてきた。
中国共産党の歴史から始まり、毛沢東主義から大躍進政策やら文化大革命から、
そして鄧小平と天安門事件から、と激動を続ける中国の現代史を追い続けてきた。

その中で常時心の中にあったのは、
あの旅行中に感じたあのもやもやとした疑念、そして考えれば考える程に深まる謎。

あの時に感じた謎こそが、その後の経済発展の中でしばし巻き起こった、
あの社会性を逸脱しているとしか思えない狂気のごとき企業倫理の倒壊した様に密接にリンクしているのを知る俺としては、
その根源にあるのが、実はかの中華思想ではなかったのか、と言うあまりにも単純明快な思いにに立ち返った時、
今後の世界を占う上で、なんとも背筋がぞっとする不安を感じない訳には行かない訳だ。

と同時に、近年の中国のあの飛ぶ鳥を焼き焦がすような怒涛のような蛮行の数々も、
全てはこの中華思想に裏打ちされた幼稚過ぎるエスノセントリズムの体現であるのか、と思えば思うほどに、
そんな人々と如何にして共存をしていくべきなのか、暗澹たる気持ちにさいなまれるのである。

しかしそれは、そんなエスノセントリズムを振り回す遅れてきた巨人を相手に、
悪戯に虚勢を張ってはか弱い拳を振り回すことでも、
ニヤニヤと作り笑いをしながら擦り寄ることでもない筈だ。

ここに来て改めて、孔子の知恵に頼るしかなさそうである。
それが資源を持たぬ島国の、知恵ある民族としてのさだめだと心得るべきなのである。


中国のような悠久の大地の中で、それこそ湧き出る泉のように生まれてくる人々を、
時として奴隷のように消費し続けながらも、それでも中国の国力は微動だにしないだろう。
そんな中国と違い、日本は島国である。
限られた国土と、そして早くも煮詰まりきってしまった高度文明の中、
そんな島国において唯一の財産といえるものは少数先鋭で鍛えあげられた人的資産以外にはない。
つまりは、人材のひとりひとりを大切に大切に育英し、その知的能力の最大限に活用すること。

米国、そして中国という大国主義の行う、人種隔離、あるいは等級分けの中から、
頂上の優れた人材だけをピックして後は使い捨てる、という方法は、
豊富な資源、あるいは国土があって初めて可能となることであり、
そのそもそもの絶対条件が日本とは対局に当たる。

つまりは土壌からして違うのである。
そういう土壌の違う人々を、自身と同一なものとして同じ価値基準で図ろうとすることからして間違いなのであり、
それこそが誤解の源泉であり、文化の衝突の原因なのだ。

今こうして中国と日本の国家的な対立が騒ぎ立てられる中、
ともするとここニューヨークに暮らす日本人と、そして中国人の中にも、
やれ、日本人はなんやかんやで、やれ中国人はなになにで、
などと要らぬステレオタイプで幼稚な論議を振り回すバカが増えた気がする。

中国人の振り回す中華思想と、まったく似たような幼稚な次元で、
煽った煽られたの似たようなレベルの論議を繰り広げては、
そんなレベルの人々ばかりを相手にするような幼稚な論調ばかりが持て囃されている気がするが、
強いて言えば、それは相手の罠である。

つまり同じ幼稚な土壌に相手を引きずり出すための手段なのだ。
今更そんなことに雁首を突っ込んでどうしようというのだ。

それはまさに、喧嘩をしたことのないひ弱ないじめられっ子が、
テレビでプロレスを観て鼻血を出すほど熱狂する無様な様を思い出させる。

改めて言わせて貰えば、喧嘩の極意とは、

1に戦わないこと。2に逃げること、3,4,が無くて、5に謝ること。

これに尽きる。

それ以外のことを言う人間を、信用してはいけない、と俺はいつもそう思っている。

それ以外のことを言う人間は、はなから喧嘩などしたことがないか、
あるいは、
自分でやる気はないままに、誰かがそれをやってくれるだろう、と思っているだけの話なのだから。


という訳で余計なことばかり書いたが、最後に敢えて言わせてもらう。

俺はトニー・ヤンが好きだった。
奴が中国人であろうが無かろうが、俺はトニー・ヤンがただ単に好きだったのだ。
そこに理由などない。
俺はただ単に、奴のあの生意気そうな面が、そして時として不穏な面構えが、
そして無茶苦茶に喧嘩が強そうでありながら、いざとなるとすぐに泣きを入れ始める、
あの子犬のような無邪気さがただたんにとても好きだったのだ。

今でも街で見かけることがあったら、昔のように問答無用にヘッドロックをして、
あのいがぐり頭をぐりぐりとやることになり、
奴は苦し紛れにそんな俺の腹にパンチを打ち込む。
それは奴が例え、中華思想を信じていようが、
日本人をルーザーとしてバカにしていようが代わりはしない筈だ。
俺達は日本人だ中国人だである前に、仲間であり家族であったのだ。
中国人だ日本人だである前に、俺達はまずはニューヨーカーなのだ。

そんな俺の前で、俺の仲間を悪くいうやつがいたら、
俺はそいつが日本人であろうがなんであろうが、昔とった杵柄、
問答無用にぶちのめさせて頂く。
あわよくば、そんな俺にぶちのめされて、
戦いというものが、テレビで観ているほどにそれほど愉快なばかりでもない、
ということに気づいて貰えれば幸いだ、と思う。

日本人であろうが無かろうか、そんなことの前に、
俺はまず俺なのだ。

この先なにがあったにしても、俺はそれを永遠に忘れるつもりはない。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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