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寿司屋のカウンターという場所

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
雨の土曜日、近所の寿司屋にランチを食べに出たら、
あいにく満席とのことで代わりにカウンターに座らされた。

カウンターに座ってランチ定食でも良い訳?
と俄にちょっと高級モードのカウンターランチ。
なんともちょっと特をした気分。

思ってみれば、寿司屋のカウンターに座るのは、
あのバブルの頃の接待飯以来、つまりは云十年ぶりであったか無かったか。

カウンターに並ぶ寿司ネタ越しに、
ずらりと並んだ板前さんたちの手さばきを見るとも無く眺めながら、
思わず、おおお、この人達、仕事やってんなあ、と思っていた。


という訳で寿司屋である。
カウンターに座って見るとも無くもその板さんたちの手さばきに否応なく目が行く。

おお、なんかネタがずいぶん分厚いなあ、から始まって、
海苔巻きの具ってこんなにたくさんいれちゃって良いのかよ、からと、
余計なことばかり考えてしまう。

確かに、ネタが厚ければ厚いだけ良い、という訳ではないが、
かと言ってネタが薄すぎる、というのもなんとなくさみしい。
と同時に、しゃりが大きいのは田舎寿司、と思われるのは判っていながら、
あまりにシャリの量がお上品すぎて、食べ終わった後にも腹が減ってお茶ばかり飲んで、
というのもなんとも寂しい。

という訳で、改めてこの寿司ネタとシャリの量、
その基準というかスタンダードは、
いったいどんな価値基準にそっているのだろうか、と考える。

と同時に、なぜそのネタで無くてはならないのか、なのであって、
ぶっちゃけ我が家の手巻き寿司のように、ありとあらゆるものなんてもあり、
ってなのでも何ら支障はないのではないかと考えるに、
そして思わず、安易な創作寿司の発想が次々に脳裏に浮かび始める。

という訳でここアメリカ。
魚よりは肉、である以上、やっぱりほとんど大抵のアメリカ人は肉が好きだ。

で、なぜ寿司屋に肉がないか、と言えばそれは勿論寿司屋だからな訳だが、
だったら肉のネタしか出さない肉寿司、というのがあっても良いじゃないか。

そう言えば、ハワイヤン料理の中にスパム寿司ってのがあって、
あのスパムを薄切りにしてシャリ、というかまあ四角いおむすびの上に載せただけなのだが、
それはそれでなんとなく面白かったりもしたのだが、
なぜその発想をもっと発展させなかったのだろう、と思ってしまう訳だ。

で、ふと思いついたのがパテ寿司。
あの例のパテ。パンに塗ったりクラッカーに載せたりする奴なのだが、
あれを海苔巻きに巻いても絶対美味しい筈なのだがな。

或いは、焼肉寿司。

カルビから牛たん塩焼きから、果てはユッケの手巻きから
コリアンBBQの全てをそのまま手巻きなり寿司に載せてしまうというのは駄目なのだろうか。

それをいったらハンバーグ寿司。
さすがにハンバーガーはしゃりの上にのせられないしても、
しゃりの上に炒めたひき肉からチーズからを広げて押し寿司にしてみるってのはどうか。

だとしたらケバブ寿司ってのもありかもしれないし、
バターライスの上にチーズを乗せてとろ~りとしたところに、
ケバブ各種を並べてケバブチラシ、なんてのもいけるかもしれない。

とそうこうするうちに寿司の定義というのがかなりあやふやになってくる訳だが、
そうだよな、BBQやハンバーガーをわざわざ寿司にするぐらいなら、
鉄板からの熱々をふーふーいって食った方が美味いに決まっているしな。

そう言えば、ネタにシューストリングの入った、ポテチ寿司ってのも出されたことがあったが、
あれはまずかったよな。

やっぱりそう、職人さんの技に要らぬ口出しはするべきじゃないわけね。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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