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犬の事情の、そのお値段

Posted by 高見鈴虫 on 22.2015 犬の事情
ちゅうわけで、失業保険もついに打ち止め。

そろそろまじめに仕事を初めなくてはいけない訳で、
このニワカ浪人暮らしもついに幕切れも近い。

確かに魅力的なポジションも幾つかあるにはあるが、
そのどれもが、やはり高度の技量を求められる訳で、
つまりぶっちゃけ、身を粉にして勤労に没頭することが必至とされる中、
ふと見ればソファーに寝転ぶ我がブッチである。

この一年、朝からセントラルパークで一時間二時間、
まさに夢の様に過ごしてきたこの犬との時間を
俺はついに諦めなくてはいけなくなってきている訳だ。

犬か、仕事か、なんていう選択は普通の社会人の間には存在しない。

つまり情け容赦ない競争社会の草も木もないジャングルの中で、
まさか、犬の事情、なんてものがどんな意味を持つと言うのか。






という訳で我が犬である。

ベイビーというよりも、相棒というよりも、いまやほとんど俺自身の分身な訳である。

こいつがいないで俺は真っ当な神経を保っていられるのだろうか、
と不安になるぐらいに一緒にくっついてきたこの魂の友な訳である。

仕事を始めれば、こいつをまた人に預けることになるやもしれず、
果たしてそれをこの犬が認める、とはどうしても思えない訳だ。

そう言えば、近所の連中の間に、
俺がドッグウォーカーとしてデビューする、ってな噂が実しやかに、
どころか、ほとんど既成事実として広がっているらしく、

散歩の途中にそこかしこから、やあ、ドッグウォーカーの調子はどうだ、と声をかけられる。

いやいやまだ初めてないんだけどね、と頭をかきながら、
そんな中、このあたりではちょっと有名なドッグウォーカーに声をかけられた。

見るからに凄腕のドッグウォーカー、つまりは、かのシーザー・ミランを地で行くような色黒のメキシコ人。

やあ、どうだい、職探しの方は、なんて感じで声をかけられて、
で、彼の氏の口から、ドッグウォーカーの内情についてお伺いした。

まあ、時と場合によるが、
相場としては、一時間の散歩で20ドル。
これを束ねて、5頭から最高で10頭、一緒に歩くことができれば、一時間で100ドルから多くて200ドル。
これが一日のうちに3-5回有るわけで、という関係から、俺の場合、とそのドッグウォーカー氏。

去年の儲けはちなみに、そうだな、5-6万って言ったところか。

5万ドルか。つまり、日本円で言うと500万円。

だがしかし、そう、このお金にタックスが掛かっていないのである。

つまり丸々手取りで500万円ってことだろ?

そう、まるまる手取りで500万円。ニューヨーク市の狂乱タックスを考えると、
これはまあ、普通の会社で、8-9万ドル、800万900万円を稼ぐのと同じぐらいなものだろう。
思わず目からウロコがボロボロ。

でもまあ、保険。

そう、健康保険。あとはまあ、401Kを初め各種ベネフィット。

ああ、そういう余計なものはないがね。

ただまあ、そうやって5頭10頭でも一緒に歩ける躾の出来た犬なら良いが、
どうしてもそれができない困ったちゃんも多い訳で、
そういう問題児はやはりドッグウォーカー同士でもババ扱い。
新人に押し付けるか、
あるいは、トレーニングを条件にちょっと高い値段で引き受けることになる、と。

お前だったら、とそのドッグウォーカー氏。
もしも、デイケア、つまり、何らかの事情で留守番のできない犬を自宅に連れてくれば、
それこそ100ドル200ドルを請求することも可能だろう。
それに加えてお前はこのあたりで割りと有名な猛犬使い。
我が犬の素行に手を焼く飼い主たちから引く手あまたになること必至だ。

どうだ、ドッグウォーカー、悪く無いだろ?
俺も客をこなしきれなくて大変なんだ。
しかたなく仲間に回してはいるが、やはり奴らのほとんどが素人だ。
ドッグウォーカーができる、というよりも、それ以外のことはなにも出来ないような奴らばかり。
結局そいういう奴はドッグウォーカーとしても半端者。
犬の扱いも知らなければ犬にも好かれない。

お前なら5万6万なんて言わないで、10万ドルは稼げると俺は踏んでいる。
手取りで10万ドル、一千万円だぞ。考えても見ろよ。
どうだ、ドッグウォーカーだってバカにできないだろ?
ってか、一度やったら辞められねえ商売だ。

とそんな熱い言葉でかき口説かれながら、
いやいや、実は、俺もようやく仕事が見つかりそうで、
ただそうなると、我が犬を誰かに面倒見てもらわなくてはいけないわけでさ、
その時に、あんただったらどうかな、と思っていただけの話なんだが。

とそんな俺に、いよいよこのわからず屋が、と溜息をつくドッグウォーカー氏。

つまりはまあ世間体ってやつだろ、と。
まあ確かにドッグウォーカーってのは世間体は悪い。
ホームレスの空き缶集めととどっこいだとおもってる奴らも多いしな。
だがまあ、その内情といえばいま言った通り。上手くやればその辺のカタギなんかよりもずっと儲けられる。
が、そう、つまりは世間体な訳なんだな。
という訳で、その世間体とやらの為に、みすみす損を承知で、カタギの仕事に就いて、
朝から晩まで犬のようにこき使われてはストレスで身を焦がし、
愛犬の面倒さえ満足に見れずに、わざわざドッグウォーカーに金を払わなくちゃいけないと来る。

そんな不条理を十分に承知の上で、お前はいま、
ドッグウォーカーになるか、それじゃなかったら、ドッグウォーカーを雇うか、とそういう決断なわけだな。

そう、つまりはそういう訳。
まあ世間体が云々というよりは、まあその他、俺もよく判らないんだがか色々なことが色々あって、
で、そうそうなんだよ、損は承知でカタギの仕事にしがみついてしかもドッグウォーカーに金を払わねばならない、
そういう訳なんだよな。自分で言っていても馬鹿馬鹿しいがな。

という訳で、あらためてこの相棒のぶち犬君である。

俺の最高の相棒であり、親友であり、もはや分身でもあるこの唯一絶対の友。
今更ながらこの一年間の間、本当によく付き合ってくれた。

一緒に失業した元同僚の中には、職探しの苦悩から神経を患ってしまった奴らも多いと聞く。

俺がそんなドツボに嵌らなかったのは、この失業を資格取得を目指してのチャンスと捉えていたこと、
とそして、つまりはこの犬の世話が大変で、それどころじゃなかった、ということなのだ。

日頃から常々、あんたの奥さんも大変よね、失業中の旦那がこんなのんきに犬の散歩ばかりしててさ、

ってな皮肉交じりのコメントをこの一年そこかしこから頂き続けてきた訳だが、

我が妻がそれに敢えて文句を言わなかったのが、

俺がまあこれしきのことでコケるようなタマではない、とはなから買いかぶっていたことがひとつと、

そしてなにより、朝夕の犬の世話から開放されて、思い切り仕事に集中できるからな訳だ。

俺が激務で犬どころでなかったころ、
かみさんは一人、朝の6時に起きてドッグランで遊ばせて帰って足洗ってご飯あげて
その間にシャワー入って歯を磨いてお化粧して、とまさに半狂乱の毎日。

この朝の修羅から開放されただけでもみっけもの。大助かりな訳だ。

普段なら5時を過ぎると、ああ、おしっこ大丈夫かな、と気が気でないところが、

そんな心労から開放されるというのがどれほど素晴らしいことなのか。

という訳で、改めて、一人で犬を飼うってのは本当の本当に大変なことなんだろうな、と思うわけだ。

多分俺はやっていけないだろうな、とも思っている。

という訳で、そんなやっていけない人たちのためのドッグウォーカー。

我が家の場合なら、一日に2回、朝に一時間夜に一時間、しかも気に入らない奴はすぐに噛んでしまうんで、
あまりにおちゃめな連中とは一緒にして欲しくない、なんて事情もあって、つまりは、立派に問題児の部類。

一回20ドルとして、一日40ドル。
これを年間にするとまさに、年間1万ドル、つまりは百万円がぶっ飛ぶ訳で、これはこれはでなかなか大層な金額ではある。

がしかし、ここでちょっとでも金をケチって、我が犬になにかあったとしたらまさに大事。
悔やんでも悔やみきれない訳で、
やはりいくら払っても、それこそ自分の犬と同じように心から愛情を持って接してくれるドッグウォーカーさんが必要な訳で、
というのが愛犬家の変わらぬ気持ちなのである。

そっか、ドッグウォーカーに1万ドル、つまり、百万払うか、
あるいは、
そんな金を払うぐらいなら、俺がドッグウォーカーになって、キャッシュで一千万を稼ぐか、
と思ってしまっては、いやいやいやいや、と首を振っている訳で、

そんなこんなで、おいおい、今日もこうして犬の散歩だけで一日が終わっていくわけである。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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