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NFL アメリカンフットボールこそがアメリカ人の「肝」なのである

Posted by 高見鈴虫 on 28.2015 ニューヨーク徒然
まあぶっちゃけ、
アメリカ人の、しかも白人の連中。

その中でも特に、世界的な広い視野も持つ機会のなかった田舎者の赤首、

つまりはあのバプティストたち、
ご都合主義的な独善性ばかりを叩きこまれてきた連中は、
ニガー、スピックは言うに及ばず、アジア人はすべて、グークな訳で、
世界を支配するダイナスティーであるアメリカ。
この帝国の威光を笠に着たつもりになって思い切りでかい態度でぶち当たってきたりもする。

がしかし、そんな田舎者のアホを相手に腹を立ててもしかたがない。



と同時に、それはアメリカ人にかぎらず、
そう、日本にだってそういう人いるでしょ?

弱いものイジメ、というよりも、いつも自分よりも弱い立場の者を探しては、
見つけた途端にこれでもかと威張りくさろうとする奴ら。

あるいは、始終相手の弱みばかりを探っては、
ひとつでも自分がえばれそうなことがあるとそればかりを押し通し、
下手をすれば、俺のうんこはお前のよりでかい、やら、
俺の靴下はお前のよりくさい、だから俺のほうが偉いやら、
それぐらいの次元のことをしたり顔で振り回しては、
躍起になって虚勢の限りを尽くそうとする、
あのオレサマ系の珍カスな方々。

まあ最近の、対中強硬論者やら、コリアンの在日の、とか言ってる連中もその部類。
またそういう口だけ勇ましい奴らに限って、実物を見ると虚弱体質の「熱狂的プロレスファン」だったりする訳で、
つまりは自身の弱さ、あるいは後ろめたさのはけ口をそういうところに求めているだけ、という気がしないでもない。

という訳で、人種を問わず国を問わず、
やはりそういう輩は世界中にいる。
いる、というよりも、人間ってつまるところそういうもの、
というぐらい、人間の業と言ってよいほどに、
そういうあさましい心理というのはどこにでも誰にでも有る。

そしてそういう身に染み付いてしまったような意識は、これはこれでなかなか手ごわいのである。

で、そういう奴らに、

お前のそのみっともない態度は、実はお前自身の弱さの露呈に過ぎず、やら、
人間はみな平等で、困った人たちは率先して助けてあげなくては、

なんてことをいくら言っても当然のことながら誰にも聞く耳は持たれない。

そういう言葉に聞く耳を持てないぐらいの知能だからそういう輩になってしまう訳なので、

つまりはそういう人間をいくら理論的に説得しようとしても無駄なのである。

なので触らぬ神に祟りなし。
相手にしないに越したことはないわけなのだが、
このグローバル社会、そうそうと余裕の達観をくれている訳にはいかなくなってきた事情がある。
ぶっちゃけ、
そういう困った連中と、敢えて共同作業を行わなくてはいけない、
あるいは、よりによってそういう人間を部下として使わなくてはいけない、
という事態に度々にぶち当たる訳である。

そんな状況においては、早々と厄介払いをしては見て見ぬふりを決め込む、
なんてことをやっていると、いきなりディスクりみネーションだ、と寝首をかかれることにもなって、
下手をそればそんなバカの扱いこそが死活問題にもなりうるこのグローバル社会。

でまあ、人間関係の衝突、つまりは、コンフリクトを回避し、是正する方法の中で、
一番手っ取り早いのは、四の五の言わせぬうちに校庭の裏に呼び出して金玉を蹴りあげてやることなわけだが、
先にも上げたがこの21世紀の高度管理社会。
最近ではトイレの中にまで監視カメラが隠されている可能性もあって、
早々と昭和の時代の必殺技を披露するわけにもいかない、まさに複雑怪奇なストレス社会な訳だ。

という訳でそう、やはり叩きのめすよりは、まずは妥協、というよりも、歩み寄りである。

人間関係の歩み寄りを促進する方法として、その最もスタンダードなものはと言えば、共感な訳だ。

何か相手との共通点を探す。

その共通点をこれでもか、と強調してそこを突破口にして、だから俺達友達だからな、と強引に肩を組んでしまう。

がしかし、そんなサル並みのオツムしかない連中を相手に、共通点を探すのはとてもむずかしかったりもする。

しかも相手は最初からこっちを思い切り見下して来ているのである。

下手なおべんちゃらで相手のなにかを褒めようものなら、逆に頭に乗られては思い上がられて面倒なことになる。

という訳で、その困った赤首なアメリカ人との間の突破口。

まさに最大公約数的な共通点とはなにかと言えば、まさに「NFL」つまりは「アメリカン・フットボール」である。


アメリカの社会において、その男子のまさに99.99%が、このNFL つまりは、フットボールの中に生きている。

逆に言うと、アメリカにおいてこのフットボールの中に生きていない者は、まさしくブラックシープ。
ゲイかあるいはフリークス、となる訳で、
よっては、このアメリカン・フットボールこそがアメリカの美学の象徴、と勘違いされていることを逆手に取って、

俺はアジア人であるが、アメリカン・フットボールの大ファンである、ことを声高に主張することこそが、
アメリカ人の「男」と共感することのまずは第一歩なのである。

という訳でアメリカ社会における一つの肝になるアメリカン・フットボールである。

相手の出身を聞いた時には、すぐさまそのご当地チームの名前を言ってやる。

バルチモア出身?おお、レイヴンスか。ああ一昨年のスーパーボール、凄かったよなあ。いやあいい試合だった。
俺はあのクオーターバック、なんてったけ?そうそう、そいつの大ファンなんだよ。おお俺達は気が合うじゃねえか。
ラッキーだな。良い奴と知り合った。いいチームが出来そうだぜ。

こう頭ごなしにやられて、それでも歯向かう奴はまずはいない。

それこそはまさに、NFLの威光。アメリカの美学の体現を共有しているのである。
まさに、絶対善を笠に着ているようなものなのだが、この方法が実はかなり効く。

アメリカ人の部下を持つことになった方々、お試しあれ。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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